クルシュナ教本山
ダダン王国の国教でもあるクルシュナ教。その本山が王都から半日の距離にある。クルシュナ教自体は他国にも広く伝わっているものであり、本山と呼ばれているけれども、あくまでもダダン王国における本部のようなものでありクルシュナ教の総本山は別にあり、独立国家として数百年前よりダダン王国もあるキエントルマニ大陸東南の高い山脈に囲まれる地に存在している。
クルシュナ教の神官が起こす奇跡と、国家運営には切っても切れない関係もあり、必要に応じて力を貸してほしいと考える王国は王都内に本山を置きたいと考えている。しかし、教会の力はとても強く、王国の運営にまで介入されるのではないかと恐れを抱いた貴族の声もあり、王都から離れたところに本山は作られることになった。
しかし、万が一の際に備えて王都から半日の距離にクルシュナ教のダダン王国本山は作られた。教会の起こす奇跡は神官の格が高いほど、神がかっているという。街にある教会の司祭の力でも、おおよその怪我や病気の治療を施すことができる。しかし、本山にいる枢機卿になると、失われた手足すら元に戻り、心臓さえ動いていれば治療できると言われている。
国王に何かあれば、すぐに駆けつけられるようにと国の中枢が考えるのは無理からぬことである。エルデンシャイフの街に掛けられた結界以上のことも出来るため、有事の際には頼らざるを得ないという部分もあるのだ。
王都の南東にあるクルシュナ教の本山の置かれた街、アシュートにキトリーたち三人が来たのはアーブの目撃情報があったからだ。昨夜のこと、魔法の習得をようやく終えて満面の笑みで帰ってきたルーに、ククルから情報がもららされたのだ。
「少し前にアシュートにいたらしいニャ」
その情報にルーは飛びついた。シュロを通して得られる情報は、これまでにもたくさんあった。王都の冒険者ギルドに出入りしているという情報や、他の街での目撃情報も多く、その信憑性はあまり高いとは思えなかった。確認のために冒険者ギルドに行ったけれども、アーバンという冒険者の情報や、そういう名前の人物の出入りは確認できなかったためだ。
けれども、ククルに言わせると、アーブという人物を探すというよりもルーに近い血縁者の匂いで捜索しているため、それなりに信憑性はあるということだった。そもそも、王都で情報を集めているククルの元に、違う街の情報が入ってくるのは不思議である。
「ククルは王都にいるけど、なんでそんなにいろんな街の情報が入るの?」
「シュロにだけ使える道があるニャ」
と、余計に不思議な答えが帰ってきた。よくよく聞いてみると、異次元ワープをするようなシュロ専用の通路があり、街と街の間が結ばれているということだった。シュロエであるククルには通ることはできないらしいが、シュロの中には行き来するものもいるため情報が入ってくるとのことだった。
しかし、彼女のいうことを信じると、アーブはキトリーたちと同じようにあちらこちらの街を行き来していることになる。二人と同じように何らかの方法で平民になり、冒険者になったのだろうかと考えた。しかし、たとえ平民になれたとしても成人前のアーブに冒険者登録は不可能のはずだった。
「アシュートにいた時期は分かります?」
「シュロだから、正確じゃないにゃ。でも、めずらしく雪が降ったって言ってたにゃ。最近だと、三日前の雪のことじゃないかと思うにゃ」
アシュートと王都は近い。そのため、天気もほとんど共通している。春も近づき最近は晴れた日のほうが多かったし、気温も高くなったので雪ではなく雨に変わっていた。雪が降ったのはククルの言うように三日前が最後だったと思う。
時間の概念が人と違うシュロの情報で、唯一といっていいほどタイムリーな情報だった。疲れきっていたルーだけども、準備を整えて翌日アシュートに向けて出発した。
アシュートの街は、クルシュナ教の本山が構えているため、多額のお布施で金銭的余裕があるのだろう。街の隅々まで管理が行き届き、王都の新市街のような様子を呈していた。近くに水郷があり、街の中を水路が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。それを利用した船を使った交通網もこの街の特徴といえた。
昼過ぎに街に入った二人は、宿に荷物を置いて早速捜索に乗り出した。ククルは二人から離れてシュロ達から聞き込みをしている。王都の冒険者ギルドにも顔を出していたという情報があるため、最初に向かったのはアシュートの街の冒険者ギルドだ。
だが、それも空振りに終わった。もともと、冒険者ギルドにいるという情報も眉唾であったので、キトリーたちはこの街を訪れる多くの人々と同じように教会を目指した。街の中心に位置する教会は、クルシュナ教のカラーである藍色を基調にしたピラミッドのような建物で、入り口の前には長蛇の列ができていた。
「アーブも怪我をしたのかな」
不安そうな声でルーが呟いた。この街を訪れる理由は人それぞれであるけども、目的は多くの場合共通している。皆、体に何らかの疾患を抱え、神の奇跡を頼ってきているのだ。もっとも街の教会では対応しきれないほどの大病や大怪我であることもあるが、街の教会でも十分対応可能な程度のものも多い。
各街に派遣されている神官は数が少なく、アシュートとは別の列ができている。神官に奇跡を起こす力があるとはいえ、儀式は難しく一日に対応できる人数には限りがあるのだ。それに引き換え、アシュートは修行中のものも含め多数の神官を抱えているため、一日に治療出来る患者の数は十数倍に及ぶ。
キトリーたちは列に並ぶ必要は無いので、列に並ぶ一人ひとりの顔を確認していく。二人のそんな様子に怪訝な顔を向けるものもいて、そのたびに小さな声で「すみません」と謝罪した。一通り列の先頭まで確認したけれども、アーブの姿は確認できず、キトリーたちに出来るのは出てくる人たちをチェックするだけである。
「アーブは父親から剣の手ほどきも受けていたので、冒険者になっていてもおかしくはないと思うんです。ただ、そのためにはアーブの身分じゃ無理なんですよね」
「…他人の身分証を使うことって出来るの?」
「可能だと思います。でも、それは普通の状況ではありえないんです。私達もそうですけど、街で暮らす多くの人たちは身分証を携帯しています。だから、もしも、人に盗られることがあれば気が付くはずです。保安局に連絡が入れば、ギルドや街の入り口などいろんな場所に通達が入るはずなので、使用するのはたぶん無理です」
そこまで言えば、可能性は一つしかなかった。キトリーは黙って彼女の言葉を待った。
「考えたくはありません。でも、もしも、アーブが人様の身分証を使っているとしたら、その人はもうこの世にはいないはずです」
「ルーは、彼がそういうことをすると思う?」
「思いません。でも…」
人は追い詰められたら、理性など吹き飛んでしまうことがある。ルーの弟は成人前の子供なのだ。意図的でなかったにせよ、何かの弾みでそういうことが起きることは十分にありえる。キトリーは街を飛び出す前、声をかけてくれた男の子のことを思い出した。あの時、彼が伸ばしてくれた手を掴んでいたどうなっていただろうかと。
-写真があったらな…
キトリーは遠い昔のことを思った。本人の姿を元に探すことができれば、もっと有益な情報が手に入っただろう。街には似顔絵師のようなものもいないため、二人の人探しでは身体的特徴を言葉にしたものだけだ。ルーと同じブロンドで、背はキトリーよりも少し高い、顔立ちはルーに似ているけども、目は鋭く二枚目らしい。ただ、特徴的な傷も無いので、それっぽっちの情報ではどうすることも出来ないのだ。
「あんまり思いつめたらダメだよ。まだ確かなことは何も分からないんだから。ルーが信じてあげなきゃ」
「そうですよね。分かってるんです。分かってるんですけど、時々ふっと、良くない考えが浮かんでしまうんです」
はあ、と大きくため息をついた。ルーが泣き言をいうのは初めてというわけではない。前向きさが彼女の持ち味といっても常にそうであることなど出来ない。時間がたてば立つほど、マイナスな思考が頭を支配することなどままある。キトリーに出来るのは、傍で励ましてあげることだ。
「何があっても側にいるから」
「ふふ、ありがとうございます」
ルーの頭をポンポンといつもの様に撫でたとき、近くで悲鳴が上がった。列に並んでいる人たちが一斉に振り返り、キトリーたちも同じように声の元を追いかけた。街を覆いつくす小さな水路の縁に人だかりができていた。
次回、心肺蘇生




