再出発
二人の最初の目標は服を買うことである。取り急ぎ冬用のコートが必須なのはもちろんのこと、下着や替えの服が一着もないと言うのは死活問題だった。宿のご主人の行為で寝床と食事だけは手にしているけども、それも期限付きのものである。
仕事の手伝いと言っても大したことは要求されなかった。野菜の皮むきや、暖炉にくべる薪を割ること、皿洗いやフロアの掃除など、奴隷としての仕事よりは遥かに楽だったし、何より悪臭がなかった。
「冒険者証の再発行ですか?」
ギルドのカウンターで話をすると、受付の女性から怪訝な顔をされた。事情を説明したところで、中々信じてもらえない内容だったため、問い合わせに一日ほしいと言われてしまったのだ。元々登録を行ったのが、ソールズベリーの領都であり、ルーの昇進はここで行われたものの、キトリーは別の場所で昇進していたため、正式な記録が残っていなかったのが問題視されたのだ。もちろん、仕事を終えた記録はあるものの数ヶ月前に一度だけギルドで精算を行った二人のことを、利用者の多い王都のギルドでは覚えがなかった。
ましてや奴隷に落ちながら、無罪で釈放されたと言う前代未聞の話は荒唐無稽な与太話として確認の時間がほしいとされてしまった。しかし、ここ以外に仕事をする宛も無いため、壁に貼られた依頼を見て回っていた。冒険者の登録をしたころから、少しずつルーに文字の読み方を教わっていたキトリーだが、まだすらすらと読むことはできなかった。ただ、ダダン王国で使われている文字は36種類の表音文字だったため、それほど難しいものではなかった。言ってみれば平仮名のようなものである。
「これなんかどうです?」
「ん?どういうの?」
「いなくなったペットの捜索だそうです」
「それは冒険者のお仕事なの?」
「ふふ、違うと思いますけど、こういうよろず仕事もあるみたいですよ。これなんて、煙突掃除ですよ」
指をさされた依頼書を見ると、たしかに<え・ん・と・つ・そ・う・じ>と読めた。依頼料は100リュート、ペットの捜索に関しては300リュートもくれるらしい。
「いなくなったのはシュロみたいだし、ククルさんに相談したら楽勝かもしれませんよ」
楽しそうにルーが微笑んだ。キトリーはすらすらと文字が読めないけれども、ルーが次から次に依頼書を読んでいるどれもが冒険者が見向きもしないような雑用ばかりである。腕に覚えのある冒険者が、受けることはありえないが、見習いレベルの駆け出し冒険者であれば、日銭を稼ぐためにそうした依頼をこなすこともある。
冬以外の季節であれば、薬草採取のような比較的簡単な依頼をこなすことで、少しずつステップアップを図るのだが、雪の降る時期は薬草採取もままならない。雪の帽子をどけてみれば、この時期にも薬草自体はあるのだけどもよほど山や森に詳しくなければとても難易度は高いのだ。その分、他の季節に比べて報酬も高かったりするのだけれども、雪に足を取られたり、寒くて体が満足に動かせず獣に遭遇して大怪我を負うこともあるため、星一つ程度の冒険者は冬の間、雑用で食いつなぐのが常識だった。
健康な若者なら誰でも出来そうな仕事でありながら、単価も50リュートから300リュートくらいとがんばれば一日の生活費以上は稼げるので下手なプライドさえ邪魔をしなければ何も問題はなかった。
「どうにか、生活の基盤は立てられそうね」
「そうですね。まずは目標はコート代ですけど、ククルさんの薬草採取もありますから、一週間あれば何とかなるかもしれません」
ギルドに二人だけで来たのは、ククルに冒険者登録ができないこともあったのだが、薬草採取をお願いしたからだった。昨日、街の外に飛び出したククルは雪に埋もれているケセルという名の消臭効果のあるハーブを見つけてくることができたので、傷薬に使えるような薬草も見つけられないかと聞いたみたのだ。
ギルドで薬草の買取を行っていることは、予めわかっていたので二人の役に立ちたいというククルには薬草の採取をお願いしていたのだ。彼女は寒さにも強いし、王都周辺の森にも詳しいらしく、ある程度は薬草のありかにも心当たりはあるそうだ。もちろん、取り尽されている可能性もあるけども、何もしないよりはマシだった。
キトリーとルーの二人は明日の仕事を適当にチェックすると、ギルドを後にした。雪は降っていないけれども、足元から立ち上がる冷気に体を震えさせる。キトリーの腕にルーがしがみ付くように身を寄せ合ってお互いの体温だけが頼りというように、目的の場所へと小走りに進む。
建物の中にさえ入れば、薪ストーブのやさしいぬくもりにホッと息をつくことができた。必要な経費を算出するために古着屋と武器屋を見て回った。購入するときまで売れ残っていることが前提になるけども、二人分のコートを買うには2000リュートは必要である。街の外にいくことを思えば、風を通さない毛皮のしっかりとしたものを手に入れたかった。下着や替えの服を数着に、荷物を入れるための大き目のバッグ。
武器に関しては切れ味鋭い巧みの一品よりも頑丈なものを選んだ。それでも、1500リュートはくだらない。それから、微かな期待を混めてルーがキトリーにプレゼントしたナイフが売られていないかと思ったが、それはどこにも見当たらなかったので、適当な500リュートほどの安物を見繕う。
いろいろと試算すると、最低でも5000リュートは必要だと言うことがわかった。冒険者ギルドで魔核を売却したときは、それなりの大金を稼ぐことができたけども、何も無い状態からお金を稼ぐのやはり大変そうである。
そして昼には宿屋に戻り、ご主人の手伝いをする。
「ルーラル、こっちの皿を4番に、キトリーは2番のお客にエールを」
いわゆるウエイトレスの仕事である。本来なら夫婦で切り盛りしている小さな食堂を兼ねた宿屋だけれども、座席の数だけ言えば20人は入れる。混雑する昼食や夕食の時間帯は一人で回すにはかなり忙しい。冬の間は、街から街への移動は制限されるため、宿屋の利用客は当然のように激減する。食堂に通ってくれる地元の住人もいるけれども、お客が少なくなることに変わりはない。そのため、奥さんは別の場所で仕事を得ているのだ。
「お待たせしました。クマルとカンザハテングの炒め物です」
いつもは中年のおじさんが運んでくる料理をかわいらしい若い女性が持ってくると、客達からなぞの歓声が上がった。ルーは初めての仕事に緊張しながらも、楽しんでいるのが傍目にもわかる。愛くるしい給仕に客達は顔をにやけさせて料理が運ばれてくるのを待った。
「親父、こんな可愛い子どこで見つけた?攫ったんじゃないだろうな」
「うるせぇ。黙って喰いやがれ」
カウンター越しに繰り広げられる常連客と会話をしながらもフライパンを振るいつつ、料理の仕上がりをチェックしている。キトリーは数十年前の居酒屋でのアルバイトを思い出しながら仕事に勤しんだ。空いてるお皿を見つけたら、お客に聞いて厨房に戻し、手が空いていれば皿洗いをする。
慣れた様子のキトリーに主人は軽く口笛を拭いた。
「なんだい。どっかで経験があるのかい?」
「そんなところです」
「で、ギルドはどうだったんだ」
お昼の客が全員掃け、食器も洗い終わり一息ついたところで主人が聞いてきた。
「冒険者証を再発行するには、確認が必要らしいので、明日また来てほしいといわれました。でも、ギルドの依頼書を見ていたんですが、雑用仕事もかなりあったんで、すぐに収入は得られそうです」
「そうかい。それは良かった。じゃあ、今日は昼の手伝いをしてもらったが、明日以降は無理そうだな」
「仕事が昼前に終わったりしたときは手伝いますよ。給仕のお仕事もなんだか楽しいですし」
「はは、嬢ちゃんは変わってるねぇ」
「…そうですか?」
きょとんとしたルーをみて、主人とキトリーは大きく笑う。
「じゃあ、夕食のときの給仕もがんばってもらおうかな」
「はい」
仕込みの時間までは自由時間ということだったので、部屋の方に移動した。すると、タイミングよくククルが戻ってきていた。蔓を使ってまとめてきたのか薬草の束が背中にくくりつけてあった。シュロの体格からすると、これ以上の採集は難しいだろうというギリギリのところまでがんばったらしい。
窓を開けて室内に入れると、大きく伸びをしてから薬草の束を床に置いた。
「こんなのでいいにゃ?」
「ありがとう。これなら問題ないと思う。明日ギルドで換金しよう。それに…」
と、ギルドで見つけたシュロ探しの依頼の件や、必要なお金のことなどいろんな話をした。人型のとき、左目に掛かっていた髪の毛はシュロの姿になると当然のようにかかってなかった。ククルは隻眼で、左の目はぎゅっと閉じられていた。
次回、ククルの冒険




