二人を待つもの
太陽のまぶしさに目を瞬いたあと、襲ってきたのは冷たい冬の息吹である。
「「さむっ!」」
思わずジャケットの前を閉じて身を縮ませる二人だったけども、冬の前に購入した服が雪の舞い散るいまの季節に適しているわけでもなく、寒さが暴力的なまでに襲い掛かった。凍える二人にマスクをはずして、人心地ついたという風の兵士が白い息を吐きながら、二つのプレートを投げてよこした。
久しぶりに手にする二人の身分証である。ちゃんと平民の証である宝石が治まっていることに安堵する。
「それで、何があったんです?」
「知らん。後は勝手にどこにでも行け」
それだけ言うと、「ああ、寒い寒い」と門番用の小さな小屋へと体を滑り込ませた。小屋の上から立ち上る煙から、中にはストーブもあるのだろう。好きなところへ行けと言われたところで、彼女たちにはお金も何も無いのだ。
「ルー、キトリー」
人がほとんど来ることのない街の端っこに位置する下水施設の入り口付近は、降り積もった雪に足跡一つ無くきれいなものだった。その先に、雪と同じくらい白い小柄な少女が立っていた。さっきからガクガクと震えているキトリーたちとは違い、膝丈のオーバーオールに長袖のシャツと言う薄着であるにもかかわらず平然としている少女からは一本の尻尾が生えていた。
「ククル?」
驚きと喜びを覚えて、奴隷になる直前まで一緒にいたシュロエの少女に向かって駆け寄っていく。前とは似ているけどもちょっとだけ違う服を着ていても、おおよそ同じ格好だ。大きな耳を隠すキャスケット帽に、以前より髪の毛が伸びたのか左目を覆い隠している。人化の術による姿でも時と共に髪の毛が伸びたりするのかと不思議に思う。
「ククルさん!」
ルーが歓喜もあらわにククルに抱きつこうとしたが、ククルは大きく飛びのいた。鼻をつまんで距離を取る。
「臭っ!!!」
「え、えええええ!ククルさん!?」
ククルの予想外の行動に、ルーは立ちすくみ自分の匂いをかいだ。キトリーも同じように自分の匂いを確かめてみたけども、鼻が麻痺しているのか良く分からない。石鹸で洗い流したつもりでも、外の世界の人からしたら悪臭なのだろう。それも、鼻の利くシュロエならなおさらかもしれない。
「ごめんなのだ。でも、その匂いは無理」
「ど、どうしよう」
「匂い消しを取ってくるのだ。だから、待っててほしい」
踵を返そうとするククルをキトリーは呼び止める。
「待って、私達お金もないし、どうしようもないんだけど、ククルはお金ある?」
「持ってないのだ」
「そっか。色々話も聞きたいし…」
「前に泊まっていた宿に行きませんか?私達の荷物があるかもしれませんよ」
希望に満ちた目でルーがいうけれども、その可能性はおそらく低い。戻ってくる可能性の低い奴隷の荷物を預かる理由はないので、すでに古買屋にでも売られた後だろう。でも、売却益に対する権利はこちらにあるといえばあるだろう。応じるとは思えないけども。
「そうだね。それしかないかな。ククルは覚えてる?」
「もちろん」
「じゃあ、その匂い消しというのを取ったら戻ってきてくれる」
「わかったのだ」
そういうと路地にいったん引っ込んだククルはシュロの姿に戻り、人の倍以上ある高い外壁を駆け上って姿を消した。路地を覗き込むと、彼女が着ていた服が落ちているので拾い上げる。それを手にキトリーたちは宿へと向かった。
街の中心部に向かうと、道路に雪はほとんど残っていなかった。大陸の中でも北の方に位置する王都は比較的暖かい気候であるため、真冬であっても降雪量は多くない。人通りの無いところであればキレイに積もることはあるけども、人々の往来のある中心では、そのほとんどは溶けて見えなくなっていた。
街を歩く人々と、肺すら凍りそうな冷たい空気を吸い込んでいると、少しずつ現実感が戻ってきた。数時間前まではキトリーとルーは奴隷服をきて、石畳に残った灰を洗い流していた。鼻の曲がりそうなにおいの中で、薄暗く淀んだ空気と、犯罪者特有の卑屈そうな目がそこかしこにあった。
数週間過ごした懐かしい宿をあけると、見覚えのある禿頭の主人が驚いたような顔を見せた。
「あんたら…」
犯罪者になったものが、これほど早く出所することはありえないのだから驚くのも無理はない。しかし、キトリーたちがカウンターまで近づいてくるにつけて、主人は身を仰け反らせた。
「くせぇ!お前等外に出ろ」
「やっぱりにおう」
「さっさと外に出ろ。ここは食堂なんだ。そんなにおいした奴がいたら客が寄りつかねぇ」
「じゃあ、ちょっと外で話そうか」
カウンター越しに腕を掴んで、引きずるようにして外へと連れ出す。キトリーより体は大きいものの、有無を言わさぬ様子にしぶしぶとしたがっている。
「ぬれ衣だったんでね。こうして無事解放されたんだけど、私達の荷物はどうした?」
「そ、そんなもの、処分したに決まってるだろ!何ヶ月経ったと思ってる」
「まあ、そうだよね。でも、服は二束三文だとしても槍とナイフはそれなりの金額で売れたんじゃない?」
「び、ビビたるもんだ」
「ふーん?」
「な、なんだよ。そんなのははした金だろ。それをいうならこっちだって、兵士達にお前達に貸した部屋を隅々まで荒らされたんだ。それで帳消しだろうが!」
キトリーの鋭い視線にオタオタとしながらも、冒険者も時々泊まることもある宿の主人は、怯えながらもしっかりと意見を主張する。そこに、ルーが言葉を差し挟む。
「槍とナイフの売却益で相殺されたとしても、1000リュートは現金ありましたよね?」
ぎくりと主人の体が強張った。強盗にあったときから、手持ちのお金はあの時以上に分散して持っていた。キトリーが持つ分と、ルーが持つ分、それから荷物と一緒にバッグの中にも入れていた。部屋を空けるときにおいていくのはリスクがあるけども、手持ちのものを奪われることを想定すれば、全て持ち歩くほうが危険と言えた。
「金目のものは全部兵士達が持っていたから俺はしらねぇ」
寒空の中、額に冷や汗を浮かべていては小さい幼子にさえ嘘だと丸分かりだ。
「おじさん。私達はお金を返してほしいわけじゃないんです。もちろん、それが一番ですけど、そこまでは望んでいません」
「そうなのか?」
全てを要求されると思っていたのだろう。落ち着いたやさしい声音のルーの言葉は、主人から緊張を解かせる力がある。飴のルーと、ムチのキトリー、それぞれ役目を上手くこなしている。
「おじさんも被害を受けたというのはよく分かっています。でも、私達も突然開放された上に、持っていたお金を返してもらったわけじゃないんです。こんな冬の日に、いきなり外に出されてもどうしようもないんです。ですから、おじさんが手にしたお金を返してとはいいませんから、数日泊めていただけませんか」
ルーのお願いを吟味するように、いまさらながらにキトリーとルーの格好に目を落とした。宿を出て行ったときと同じ少し厚手のジャケットに、その下にはキトリーは長袖のシャツ、ルーはタートルネックのセーターを着ている。よくよく見れば、二人の唇は紫色に変色し体も小刻みに震えている。
このまま放置すれば凍死してもおかしくはなかった。それを意識したとき、宿の主人の良心がちくりと痛んだ。兵士達に壊された部屋の備品はあるものの、彼女達が言うように収支はプラスに転じている。二人は支払いを滞らせたことは無かったし、お客としては何一つ問題のある行動を取ったことはなかった。若い女の子の二人組みということでよく覚えていた。
「分かった。部屋には入れてやる。ただし、無償で泊めるのは一週間だけだ。それまでにどうにかしてくれ。それから、無償と言っても少し仕事を手伝ってもらうぞ」
「分かりました」
「それから、部屋に入る前にそのにおいを何とかしてくれ。裏庭は分かるだろ、寒いのは分かるがお湯を持っていくからどうにかしてくれ」
「ありがとうございます」
食堂を通らずに裏庭のほうに行くと、使い慣れた井戸がそこにはあった。水を汲み手を付けてみるがキンキンに冷えていてさすがに、これで体を洗うのは無理だなと思っていると、温かな湯気を立たせた桶を主人が持ってきてくれた。さらに二つの瓶と、白っぽい粉を渡された。
「同じ量を混ぜて使えば消臭出来る。それで体を洗うといい。家の中に入れてやれなくてすまないが、あの辺の木の陰なら姿は隠せるはずだ」
宿の主人の言うところには大きめの木があり、常緑樹のため上からの視線をしっかりと遮っていた。井戸を汲みに人が来れば隠れようはないけども、その扉を主人が死守してくれればおそらく大丈夫だということが分かった。色々と小言を言いながらも根がいい人なのだろう。
「ありがとうございます」
「お湯がもっと必要なら、声をかけてくれ」
主人が立ち去ったのを待つと、入り口側にキトリーは立って、ルーの体を隠せるようにした。なぞの消臭剤を使用しながら体を洗っていると、ククルが戻ってきた。ずいぶんと早いなと思いながら、銜えているトゲトゲとした葉っぱを受け取った。
「すりつぶして体に塗ると匂いは消えるにゃ」
久しぶりに聞くニャ言葉にほっこりする。ご主人の持ってきた消臭剤とククルの消臭剤を使って体中を洗った後、ククルによる匂いチェックで合格を貰った二人は、宿の部屋に落ち着いた。暖房の利いた部屋で体が奥から温まっていくのを感じながら、事の顛末をククルから聞かされることとなった。
次回、ククルの冒険




