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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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王都の地下

 保安局の本部事務所へと連れて行かれた二人に待っていたのは、およそ一月前に起きたことと同じ一方的な罪状と罰則の通告だった。ククルが『女王様の瞳』と呼ぶ宝石を盗んだ罪により、強制労働20年の刑罰が科せられた。


 盗んだものを返却すれば、その半分の罰で済んだらしいが、そもそも宝石は正当な報酬として手に入れたものであり、盗んだものではないのだがキトリーたちの言い分を聞くことすらなかった。たとえ平民になっていたとしても、相手は貴族でありどちらの証言に信を置かれるか火を見るよりも明らかだった。


 アヴァディーン伯爵夫人に対する二人の印象はいいものであり、二重の意味で裏切られた気分になり遣り切れない思いだった。


 前回の傷害事件との違いはマティエスとケーナの助けがなかったことだ。犯罪奴隷となった者の行き先は、平民が決してやりたいとは思わない過酷な労働環境でありながら人々の生活に必要な仕事が割り振られる。男奴隷の主な行き先は鉱山である。山を掘り進め、鉄、銀、銅のような金属類の採掘が主な仕事となる。


 単純な肉体労働であり、日の光を浴びることの出来ない狭い洞窟内の仕事というものは人々を肉体的にも、精神的にも追い込むものだ。そのため、必要な資源の採掘でありながら、平民ではなく奴隷の仕事とされている。


 女奴隷の場合は、鉱山での採掘は体力的に厳しいために多くの場合、都市の地下へと送られる。王都を初めとした各領都やそれに準ずる大きな都市のほとんどで下水道が敷設されている。人々の出す排泄物を含む汚水が地下を流れているのだ。


 配管がつまり逆流することもあるため、定期的な点検が必要であり汚水が流れ込む処理施設では、不要なものを取り除き堆肥へと加工している。比較的、力ないものでも作業が可能なため女奴隷の仕事とされているが、吐き気を催すほどの臭いに、衛生環境も悪く奴隷としての刑期を終える前に死んでしまうものも少なくないとされている。


 だが、奴隷は人に非ずという考えが一般的であり、死んだところで問題にはならなかった。広い王都の汚水を一箇所で処理するのは無理があるため、施設は4つに分かれていた。そのうちの一つにキトリーとルーは連れて行かれた。


「うっぷ、すごい臭いですね」

「ほんと」


 まだ、施設にたどり着いていないのに、鼻の曲がりそうな悪臭が漂っている。袖を口に当てているのにルーの目には涙が溢れていた。何かの腐った臭いに、鼻を刺激するアンモニア臭、カビの臭い、生臭さ、様々な臭いが合わさった表現のできない刺激臭に、顔をしかめて薄暗くジメジメした通路を歩いていた。


 二人を案内する兵士は大仰なガスマスクのようなものをしているのにもかかわらず、しかめっ面をしている。臭いそのものは防ぐことができたとしても、汚水処理施設の空気がそうさせているのだろう。実際に仕事をするのは奴隷達とはいえ、管理する人間は必要なので、平民の兵士が仕事についている。もっとも、人々の嫌がる仕事のため、基本的に仕事で失敗をしたものが飛ばされる部署となっている。


 二人が進んでいる先から話し声が聞こえてきた。どうやらゴールは近そうだと、一向に収まらない臭いに辟易としながら角を曲がると、食堂のような場所が現れた。長方形のテーブルに背もたれの無い長い椅子が10組ほどあり、そのほとんどの席が女奴隷たちで埋め尽くされていた。彼女達の視線が一気に注がれる。


 新しく入ってきた二人を値踏みするような視線を向ける者たちに、薄ら笑いを浮かべるものたち。いろんな人達がいるなか、彼女達に共通するのは誰も口元を押さえていないということだ。

 この悪臭に慣れている。

 人間は慣れる動物だとはいうけれど、この悪臭にすら慣れてしまえるものだろうかとキトリーは思う。


「新しく入った二人だ。新人の教育はいつも通りお前達に任せる」


 それだけ言うと、兵士は足早にこの場を去っていく。定期的に仕事の状態を視察には来るが、常駐しているわけではないらしい。奴隷に対してずいぶんと自由を与えているようにも思えるが、当然仕事が捗っていなければ制裁を与えられるので、監視がなくても奴隷達は比較的真面目に仕事をするのかもしれない。


「成人したてってところか、まだ若いのに何したんだ?」


 入り口近くに座っていた一人が話しかけてきた。何年も手入れなど一切していないのだろう髪の毛はバサバサにもつれて肌は荒れ放題だ。これが数年後の自分たちの姿だと思うと、言いようのない恐怖が襲ってくる。震えるルーの手をいつものように握るキトリーの手も同じように震えていた。


「なんだい。おびえてるのかい?とって食いやしないよ」


 そんな風に話しかけてくるもう一人の奴隷もまた、同じような風貌で目つきが悪くおびえるなというのは無理な相談だった。卑人として辛酸を舐めたつもりでいたルーにとっては、いままで出会ったことの無いようなタイプの人達である。


「…盗み」

「はは、何だよ。私らとお仲間じゃないか。ここにいる連中の大半がそうさ」


 そういって下品な笑みを浮かべる。


「そこで突っ立っていてもしょうがないだろ。まずはあそこにいるボスに挨拶をしな」


 女奴隷があごで示したのは、入り口から真反対に位置するところに座している一人の恰幅のいい女だった。長い髪の毛が顔の半分にかかり、薄暗い明かりの所為で顔つきは良く見えなかった。他の奴隷と違って、ぼろぼろの奴隷服ではない、比較的マシな服を着ている上に、髪の毛にも潤いが見られた。同じ環境にいるはずなのに、どうしてそれほどの違いがあるのかキトリーは疑問に思いつつ、促されるまま、ボスと呼ばれた女の下へと足を進める。


 周囲の視線が二人の歩みにあわせて付いてくるのが、不気味でルーの手に入る力だ段々と強くなっているのが感じられた。周りにいるのは全て犯罪者ということを考えれば、怯えてしまうのも仕方がないのだろう。同じような荒くれ者の集まりである冒険者ギルドとは、質がまるで違う。


 ボスと呼ばれた女奴隷はまるで興味がなさそうに、視線を合わせることなく二人の到着を待っていた。奴隷としての正しい挨拶の方法など知るよしもないので、キトリーは素直に自己紹介を始める。


「私はキトリー、それからこっちが…」

「キトリー?」


 ルーを紹介する言葉を遮るように、ボスはキトリーの名前に反応してようやく顔を上げた。瞬間、キトリーの体が硬直する。顔の半分は相変わらず髪の毛で隠れて見えなかったものの、半分でもハッキリ見えればすぐに分かった。


「かはっ!くっくっく。キトリー、キトリー、キトリーじゃないかよ。えぇ!ずいぶん大きくなったじゃないか」


 立ち上がりキトリーの肩を叩いて、頭をわしゃわしゃとかき回す。背はキトリーより少し低いくらいだが、二人の容姿は並んでみると良く似ていた。赤い髪の毛に灰色の鋭い瞳。


「姐さん、知ってるんですか?」

「ああ、よく知ってるよ。よーくね」


 愉快そうな笑みを浮かべるボスと対照的にキトリーは苦渋の顔を作る。


「なあ、私のたった一人の愛しい娘」


 周囲がざわめく中、ルーの「キトリー」と呼ぶ声が聞こえるが、彼女は硬直したまま動けなかった。犯罪者が行き着く先は似たり寄ったりだ。犯罪者の子が犯罪者となるこの世界で、強制労働の現場での親子の再会など珍しいものではない。


 だが、キトリーと母親とでは捕まった場所が全く違った。それに、キトリーの中で母親はすでに過去のものとして忘却の彼方にいたのだ。再会する未来を微塵も想像していなかった。


「こいつらの教育は私がやるよ」


 彼女のにやけた笑みに薄ら寒い気配を感じながらも、キトリーはじっと動けなかった。犯罪者から寄せられる視線とは違う、母親の視線に縫いとめられ幼き日々の恐怖がキトリーを縛り付けていた。

次回、地獄の入り口


奴隷としての生活の始まり。

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