誤算
ルーの弟探しは難航していた。
ククルが去った後、アヴァディーン伯爵夫人へのネイルの技術提供も終えて元の生活に戻っていた。アーブが足を運んだ可能性のある場所を徹底的に調べて回ったけども、何一つ手がかりを得ることができなかった。ルーの弟が王都にいたことが嘘であるかのように、痕跡がどこにも無かったのだ。
唯一弟が王都にいたことがハッキリしているのは、友人であるクルトの証言ぐらいである。貴族学院の寮に住まい、学院と寮の往復が主だったとしても、休日に友人と街に繰り出すこともあったはずではあるが、お店の人間も貴族とはいえ一個人のことなど一々覚えていることもなく、アーブの存在は霞のように掴めなかった。
この日、キトリーとルーは危険を避けるために後回しにしていた王都のスラム地区を訪れていた。華やかな大通りとは一変して、淀んだ空気の流れる陰鬱とした場所で、日中でも太陽の光がほとんど入らず家の無い住人が路地のあちらこちらで死んだような目で座っていた。
そういった場所にアーブがいるとは思えなかった。平民でも躊躇するような場所に、直前まで貴族の一員だった14歳の子供がおいそれと足を運べる雰囲気ではない。だが、他の場所の探索を終えた二人には、それ以外の当てがなくなっていた。
「あの、この辺でアーバンという男の子を見ませんでしたか?貴族のような小奇麗な格好をしていたかもしれません。私と同じブロンドで、青い目をしています。14歳ですけども少し大人びていて、成人したばかりにも見えると思います。背は大体このくらいです」
キトリーより少し高いくらいを指し示す。質問された浮浪者のような薄汚れた男は怪訝な顔をすると、そのまま何も言わずに通り過ぎていった。さっきから、ほとんど同じような反応しかかえっておらず、その度にルーががっくりと肩を落としていた。
「大丈夫。次はきっと何か答えてくれるよ」
「そう…ですね」
はあ、とため息を一つ吐くとすぐに歩き出す。
王都での捜索も、すでに二週間以上は経過している。マニキュア代でそれなりの出費はあったものの金銭的にはまだいくらかの余裕はあるので、こうして一日中二人で捜し歩いているけども、一向に手がかりすら得られないというのは思った以上に精神へのダメージは大きい。それでも、ルーは明るく振舞っていた。
-そろそろ、限界かもしれないな。
一度、気持ちを切り替える必要があるかもしれない。そんな風にキトリーは考えていた。カラオケのような娯楽施設があるわけではないし、ルーの大好きな花もめっきり寒くなったこの季節ではどこにも咲いていなかった。出来るのは美味しいものを食べるくらいかなと思う。
別の人に話しかけていたルーが撃沈して戻ってきたところで、キトリーは前に二人で行った甘味処に行くのはどうかと提案してみた。
「エシャルですか?」
「そう、疲れたときには糖分がいいんだよ。頭もすっきりするし、いい考えも浮かぶかもしれない」
「でも…」
「お金のことは心配しなくても大丈夫だよ。蓄えも十分あるし、無くなりそうになったら私が冒険者ギルドで何か仕事取ってくればいい」
「そんな、キトリーばかりに無理はさせれないですよ」
「役割分担だと思うけど?ルーの弟の顔を知らない私じゃ、あんまり役に立たないでしょ」
「そんなこと無いですよ」
「うん。こういうスラムに来るときはね。でも、それ以外の場所なら、王都は安全だと思うし、ルーが探している間に私が宿代とか稼ぎに行っても良いと思うんだ」
「で、でも…」
「まあ、実際にどうするかも含めてさ、甘いものでも食べながら考えよう」
納得いかないという顔をしているルーを無理矢理引っ張っていくような形で、エシャルを売っている甘味処へと二人はやってきた。前回と変わらず長い行列ができており、甘い幸せな香りが充満している。さっきまでいたスラムとのギャップに同じ街の中なのかと疑問すら湧いてくる。
「相変わらず、すごいですね」
おいしそうな匂いに、ルーの険しい表情も和らいでいく。アーブが最後に目撃された日から二月以上経過していて、捜索が簡単に行かないことは百も承知なのだ。思いつめて探すよりも、気分転換をしたほうが良いことも分かっている。ただ、どこかで苦しんでいるかもしれない弟を思うと、罪悪感のようなものに首を締め付けられる気がするのだ。
「キトリー、ありがとう。連れてきてくれて」
「ふふ、どういたしまして」
キトリーは満足したように笑みを見せる。
20人ほどの列はすぐに解消して、キトリーたちの出番がやってくる。ポップで明るい店内にいると、気持ちまで明るくなってくる。店員に案内されて席に着くと早速とばかりにエシャルを二つ注文する。ほかに何があるのか分からないし、キトリーとしては餡子以外に食べたいものは無い。
「一度、おば様のところへ向かおうと思うんですけど、どう思います?」
「いい考えだと思うよ。いまのところ何も手がかりは得られてないし、もしかしたら行っているかもしれないんだよね」
「そうですね。王都の中で生活を続けるより、おば様の元へ向かうほうが現実的かもしれません」
「そうね。都市間の移動は初めてだったけど、街道沿いは思ったよりも魔物との遭遇は少ないし。隣町だっけ」
「はい。ゴアの街は西門から出て真っ直ぐ三日ほどの距離にあります。そんなに大きな町ではないですが、銀山の麓にある街で、温泉もあるんですよ」
「そうなの!」
「ふふ、キトリーの目が輝きましたね」
「だって、リースの苦い思い出が…」
「あの時は大変でしたからね」
リースの街への入場を断られて山道を分け入って見つけた秘湯を思い出して二人で笑い出す。温泉を見つけるまでは良かったものの、ショルイドヴァに襲われて結局泥まみれになってしまったのも、いい思い出かも知れない。
「お待たせしました」
そんな話をしていると、エシャルを二つトレイに乗せて店員がやってきた。自然とキトリーの頬が緩む。「イタダキマス」と心の中で合掌して、ナイフとフォークを差し入れる。
ふんわりとしたスポンジのようなケーキ部分を切り分けて、餡子をたっぷりと載せて口へと運ぶ。
口内に広がる甘美な味わいは、余韻を残しつつとけていく。
「はぅうう。おいしいです」
「はぁ、しあわせ」
顔中の筋肉を弛緩させて、幸福感に包まれる。
甘いものを口にする以上の幸せがこの世にあるのだろうかと自問する。
「それで、いつ出発するの」
「そうですね。スラム街もほかにも何箇所かあるみたいですけど、先におば様の方に向かいますか?考えたくは無いですが、おば様の元にいなければ、そのときは戻ってくれば良いと思います。それに、力を貸してくれるかもしれませんし」
「貴族の力があれば、人探しも楽になるのかな」
「んー。直接的に人手が借りれるとは思いませんが、街に出入りしている人の情報とかを入手できる可能性はあると思います。他にも、これも考えたくは無いですが、アーブがもしも何か悪いことをしていて捕まっていたとしても、私達では情報が得られません」
「家族でも」
「家族でもです。でも、子爵様であれば、そういうところへも話を付けてくれる可能性はあると思います」
「犯罪か…その可能性はあると思う?」
「分かりません。普通なら絶対にないって言い切れますけど、私も卑人がどういう扱いを受けるのか身をもって分かっているつもりです。卑人の身分で生きていくのはとてもじゃないですけど、無理だと思います。あの子は私なんかよりもずっとずっと賢いから、変なことはしないと思ってます。でも、父のことを考えれば、絶対にないって言えないんです」
「話を聞く限りじゃあ、ルーのお父さんが自ら罪を犯したとは思えないけどね」
「ありがとうございます。私もそう思ってます。でも、キトリーにそういってもらえると本当にうれしいです」
心の底から幸せそうに笑う。
エシャルと紅茶を味わいながら、至福の時を過ごした二人はゴアの街へ行くための準備を整えて宿へと戻ってきた。
そこに二人の帰りを待っていた保安兵が5人。
「窃盗の罪で逮捕する」
宣言と共に、剣を突きつけらたキトリーたちは、何が起きたのか理解できないまま保安局へと連行された。
次回、王都の地下
奴隷となった二人の行き着く先




