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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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ネイルアートの価値

 伯爵夫人からの返事は翌日に届き、3日後には面会する時間をいただけることになった。どこの馬の骨ともいえないキトリー達の面会を快く引き受けてくれた伯爵夫人に感謝し、万全の態勢でアヴァディーン伯爵家を訪れた。


 門番に手紙と共に入っていた面会予約の証明を見せて屋敷へ案内してもらう。元貴族のルーはともかくキトリーは豪奢な屋敷に入るのは初めてのため、些か緊張していた。ククルには、緊張という概念がないのか普通にしているのを見て、やっぱりシュロなんだなと思った。


 執事に案内されて客間に入ると、豪華なソファに腰かけていた伯爵夫人が立ち上がり、キトリー達に席を勧める。三人を代表してルーが、貴族らしい挨拶を交わして席に着くと使用人の手によってお茶菓子が用意される。


 カップから漂ってくる茶葉の香りにキトリーは心を落ち着かせた。貴族同士のやり取りについては門外漢なので、全面的に交渉はルーに任せることにしている。二回の接触で伯爵夫人が寛容な性格だとはわかっているけども、貴族に対してどのような発言が不敬ととらえられるかわからない。折角、平民になったのに、何がきっかけで落とされるかわからないのだ。


 寒くなってきましたねというような時候の挨拶を挟むと、さっそくとばかりに本題へ入る。


「それで私のネックレス以上のものを持っているということでしたけど、どういうものなのかしら」

「とても素晴らしいもので、社交界で伯爵夫人様が注目されること間違いないものです」

「ふふ。それは楽しみね」

「ですが、これは少しばかり特別なものなのです」


 ルーのもったいぶった態度にアヴァディーン伯爵夫人が眉根を寄せるが、これは仕方ないことなのだ。ネイルアートという概念がないとはいえ、使用しているアイテムは既存のものなので、見せてしまえば簡単に真似されてしまう恐れがある。ただ、それでも大丈夫だとルーは太鼓判を押していた。


 貴族には身の回りを整えるお側付きが必ずいるそうだ。化粧も自分ではせずにお側付きの手で行われる。しかし、キトリーが爪に書いた花の絵はとても繊細で普通のお側付きに容易に真似できるレベルのものではない。絵師に頼めば可能かもしれないが、男性ばかりの絵師に貴族の女性の手を触れさせるはずもなく、結局のところお側付きが技術を習得するより無いそうだ。もちろん、できるとわかっていれば時間と研究を重ねて真似される可能性は否定できないのだが。


「簡単に申し上げますと、既存の概念を打ち破る技術なのです。ですが、一度お見せしてしまうと、真似をされる可能性があるため簡単にはお見せることが出来ないことをご理解いただきたいのです」

「あら、それですと社交界で注目を集めても、すぐに真似されてしまうのでしょう。それでは意味がないのではありませんか」

「おっしゃる通りです。ですので、わたくしたちの方から提供できるのは、基本となる技術を一つ。さらに、そこから発展していく技術についても教えていくことが可能になります」

「よく分からないわね。本当にこの宝石よりも価値があるのかしら」

「ええ、そうですね。分かりました。それでは、まずは基本となるものを一つご覧ください」


 半分以上疑っている気配が強いけれども、興味があるのは彼女の目を見れば分かった。ここまでくれば、半分以上はこちらの掌の上に載っている。あとは何を見せるかだ。


「ククル」


 名前を呼ばれてククルは両手につけていた革の手袋を外した。シュロの習性なのか、服を着ているのはまだしも手袋をつけるというのはかなり嫌がっていたので、はずして良いといわれて実にうれしそうな顔をしている。

 

 右手の手袋をはずして現れた先にはシンプルかつ上品に白からピンクへとグラデーションさせたネイルに、左手にはフレンチネイルで先端だけを白にしている。いずれも2色のみを使用したネイルアートの中では王道中の王道でそれほど趣向を凝らしたものではない。それでも、単色のネイルしかないこの世界では、新たな芸術と呼べるだけの価値があることは伯爵夫人の顔を見ていれば明らかだった。


「…美しい。白とピンクというありふれたマニキュアのカラーでありながら、それを組み合わせることで上品さとエレガントさを演出し、しかも同じ色でありながら左右の手で表現を全く異にする奥深さ。これほど単純な事ながら、なぜ今まで誰もやらなかったのかが不思議でならないけれども、単純であるがゆえに誰も手を出さなかった…すばらしいわ」


 伯爵夫人は、ククルの華奢な手を掴みとりまじまじと色々な角度から観察している。あまりにもシンプルすぎてキトリーとして、これでいいのだろうかと思っていたが、ルーの意見を参考にして正解だった。


「さきほどもお話したように、これはとても単純なものですから、すぐに真似されることと思います。ですが、私達が提供できるものはこれで終わりではありません。それらとあわせて、胸元の宝石と交換させていただけないでしょうか」

「これと…」


 伯爵夫人が胸元に手を這わせると、ククルの爪と宝石とを互いに視線を行ったり来たりさせる。


「その宝石は大変すばらしいものだと存じます。ですが、もう、お披露目は済んでしまったのではないでしょうか。人はとても飽きっぽい性格をしていると思いませんか?」

「…そうね」

「初めて、宝石を着けていったときの周囲の目。2回目、3回目とこぞって称賛の声が聞こえてきたことと思いますが、それは徐々に色褪せていったのではないでしょうか?」


 思うところがあるのだろう、ルーの言葉に感嘆したように頷きを返す。ルーは元男爵家の娘として社交のイロハを叩き込まれている。流行がどのように流れていくのか、経験が浅いながらも身をもって体験しているのだ。上位の貴族が発する新しい流行も、次の年にはまた別のものへと移り変わる。それは一種の見栄のようなもの。上位の貴族はお金にゆとりもあるため、宝石にしろ衣装にしても次から次に新しいものを手に入れることができる。それを誇示するために行われているとも言える。


 伯爵夫人のような、中級や、下級の貴族というものは後追いしかできないことに忸怩たる思いを持っている。幸運にも誰も手にしたことの無い宝石を手にしたことで、いままで味わったことの無い優越感を覚えていた伯爵夫人にとって、もう一度味わいたいという欲が芽生えていたことは仕方がないことだと言えた。


「先ほどの話したとおり私達が提供できる技術は、唯一無二の宝石との違いは、真似されてしまうことです。確かにそれは弊害のように捕らえられるかもしれません。でも、こういう風に考えてみてください。他の貴族がこぞって、伯爵夫人の真似をするのです」

「え?」

「失礼ですが、いままで伯爵夫人は公爵夫人が着ていたドレスのデザインを取り入れたことはありませんか?」

「もちろん、あるわ。いつだった私達は真似する側ですもの」

「それが、逆転するのです。想像してください。次の社交界で伯爵夫人が施したマニキュアを次の社交界では皆がまねをしているのです。でも、そのとき、伯爵夫人は別のデザインを指先を彩っているのです」

「…私はそれを何度味わえるのかしら」


 落ちた。

 キトリーにそう確信させるだけの顔をしていた。伯爵夫人の頭には、『女王様の瞳』を初めて着けて社交界に出たときのことが脳裏でリピート再生されているのだろう。上級貴族すらも見たことがないという希少な宝石に、彼女達の目つきが変わったときのことを。伯爵夫人の顔に愉悦が満ちていた。


「少なくとも五回以上は」

「まあ」


 口元の手を当て、目を大きく見開いた。キトリーが提案できる図案は色々とあるが、基本的なテクニックを教えてしまえば、そこから先は伯爵夫人のお側付きの実力によるところが大きくなる。それ以降はどうしても金銭的余裕のある上級の貴族のほうが有利になるだろうと想定している。

 それでも、最低5回は彼らの予想を上回る技術の提供が可能だと考えていた。


「いいでしょう。4日後に侯爵家のお茶会に呼ばれています。その際の侯爵夫人の反応をみて、残りの図案を確認して取引としましょう。いくら4日後のお茶会の評判がよくても、それ以外のデザインに問題があれば、この話は無かったことにしてしまうけど、よろしくて」

「もちろんです。お話を聞いていただきありがとうございます」


 すぐにでも、取引を終えてネイルアートの方法を知りたそうな雰囲気をかもしながらも、貴族としての矜持ががっつくことを躊躇わせたように見えた。キトリーとしては不安が残るところではあったが、ルー曰く簡単に真似できるものではないから特に問題は無いということだった。


 その後は、貴族らしい長々とした挨拶をしながら実際の段取りの打ち合わせと共に、次の約束を取り付けてこの日はアヴァディーン伯爵家を後にした。

 

次回 誤算


アヴァディーン伯爵夫人との取引を終え、再び弟探しに精を出していた。

だが…

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