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-274点の理不尽な世界  作者: 朝倉神社
第二章 冒険者として
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アヴァディーン伯爵夫人と遭遇

 翌日、一緒に街を歩くために人型を取ったククルと共に貴族街へと足を運んでいた。アヴァディーン伯爵家の家まではルーも知らない。各屋敷の前には門番が立っているけども、彼らに聞いたところで答えは返ってこない。男爵家の令嬢として、すべての貴族の紋章を頭に叩き込んでいるルーの記憶を頼りに各屋敷に建てられている旗を見て確認するしかないのだ。


 アヴァディーン伯爵家はハバシメンという水鳥を紋章に使っているので、それを探しながら歩いていた。前回、ルーの弟であるアーバンの友人宅を探していた時にも、貴族街を歩く二人には不審者に対する鋭い視線を投げられていたが、それを今回も浴びていた。

 心地のいいものではないけれども、怪しいことこの上ないという自覚はあるのでなるべく視線を気にいないようにと、他愛のないおしゃべりをしながら歩いていく。


 貴族街のメイン道路を四分の一ほど歩いたところで、正面から獣車がからからと音を立てて近づいてきた。キトリー達は、貴族の邪魔にならないようにと道を開けて獣車が通り過ぎるのを待つ。


「あれ、アヴァディーン伯爵家の獣車ですよ」


 車体に刻まれた紋章に気づいたようでルーが声を上げると、それが聞こえたかのように獣車少し進んだところで動きを止めた。まさかキトリー達のために止めたとは思わないので、このあたりに住まう貴族を訪れたのだろうかと考えていると、扉が開いて母親らしき女性の静止の声を振り切った小さな男の子が飛び出してきた。

 

「キトリー、ルー」


 以前、迷子になっているところを助けた少年だった。


「マルク様?」


 相手が貴族とわかると、丁寧な対応ができるようにとルーが一歩前へと出た。


「おねぇちゃん達、どうしたの?」


 瞳をキラキラとさせてマルクが質問をすると、車から母親が下りてきた。どこへ向かうつもりかわからないが、着飾った彼女の胸元には例の宝石が一際存在感を放っている。キトリーは予定外の出来事に心の中で舌打ちすると、そっとククルの視線を隠すように体を動かした。探している相手ではあるが、会うのは不味い。そんなキトリーの心の機微を知ってか知らずかキトリーの背中からククルが顔をのぞかせる。


「わぁ、シュロイム人ですかぁ?」

「こら、マルク!」


 興味津々という顔でマルクがククルに近づこうとするのを、母親が引き留めようとするなか、ククルの目は一点に注がれていた。「おとなしくして」とキトリーが小声でお願いをするよりも早く、彼女はアヴァディーン伯爵夫人の前に移動した。


「返して。それはボクたちの宝なのだ」


 貴族がどういうものか説明をしたとはいえ、自分たちの社会に存在しないシステムを一晩で理解できるはずもなく。そして、ずっと探し続けたものが目の前に現れた瞬間、ククルの理性は吹き飛んだ。首元から下がるネックレスへと向かって伸ばそうとするククルの手を、アヴァディーン伯爵夫人の護衛がはじく。

 わずかに遅れてキトリーはククルを取り押さえると、場を収められるようにルーに目配せする。


「大変申し訳ございません。この物に伯爵夫人様を害する意図はございません。ずっと探していた宝石を目にして、自制を失ってしまったのです。まだ、小成人も迎えていないただの子供でございます。どうか、お慈悲をくださいませ」


 キトリー達を捉えようと動き出した護衛を、伯爵夫人が待ちなさいと留める。


「この石のことをご存じなの?」

「私は直接知っているわけではありません。ただ、この子から聞いた話では『女王様の瞳』と呼ばれるもののようで、どこかで落としたらしくずっと探していたそうです」


 ルーの言葉に、護衛の者たちからは「これほどの宝をこんな小娘が‥」などと侮蔑の言葉が聞こえてくるけども、伯爵夫人はどこか心当たりがあるように遠くを見つめた。


「私の元へ持ってきた宝石商も出所については言葉を濁していました。私以外にはどなたも手にしていない、今まで見たこともない美しい宝石。あなたが落としたというのであれば、返すのが筋かもしれません。でも、それは無理というもの」


 絶望できな言葉に、キトリーの腕の中でククルが暴れ口元を覆っていた手が外される。


「なんで?」

「あなたの落とし物だと証明することが出来て?それに、私はこの宝石を手に入れるために、相応のお金を支払っています。宝石商も返却には応じないでしょう。あなたにそれを保証することが出来ますか?それにね、私はこの宝石で何度も社交の場に出ておりますの。周囲の方から大変好評でしてね、皆から羨ましがられたものです」


 その時のことを思い出しているのだろうか、うっとりとした表情をしている。お金うんぬんよりも、彼女にとっては周囲の称賛の声のほうが大きいのだろう。貴族社会における社交の意味はとても大きい。貴族の世界においては伯爵夫人はちょうど中間の立場であり、侯爵や公爵には財力でとてもではないが敵わない。流行の発信は当然上のものが行うなかで、誰も持っていない宝石を手にしたことで彼女は羨望のまなざしで見られたのが何よりも心地よかったのだろう。


 キトリーは力強くククルの口元を塞ぐと後の会話をルーに任せた。ククルの気持ちがわからないでもないが、この場で暴れさせるわけにはいかない。せっかく平民の地位を手に入れて戻って来られたのに、また捕まってしまうわけにはいかなかった。幸いにもアヴァディーン伯爵夫人は、話を聞いてくれるだけの寛容さを持ち合わせていたため、ルーの謝罪の言葉を受け入れてくれた。


 何が起こっているのかわからっていないマルクと挨拶を交わして彼らの獣車を見送った。


「何で止めるのだ。『女王様の瞳』がすぐ目の前にあったのに…」

「ごめんね。でも、無理なの。一度宿に戻ろう」

「なんで!家を教えてくれれば、それで…」


 興奮気味のククルに首を振って、それは出来ないとキトリーは拒否した。ルーの説得もあり、どうにかククルを納得させて三人は宿へと戻った。もちろん、ククルはシュロの姿になって窓から入ってくる。


「こまったね」

「ですね。まさか、あそこで伯爵夫人と会うなんて思いませんでした」

「どういうことにゃ。さっきは興奮して済まなかった。でも、もう大丈夫だから、家を教えてほしいにゃ」

「今は無理です」

「なんでにゃ?」

「ククルはすぐにでも盗みに入るつもりだよね」

「当たり前にゃ。『女王様の瞳』が目の前にあるのに手を拱いている時間はないにゃ」

「それが問題なんです。盗みはよくないと思いますけど、それでもいいかなと思ってました。もともと、ククルが落としたものですから、それを取り戻すだけなら仕方ないかなって。でも、いま、ククルが盗んじゃうと、確実に私たちが疑われるんです」


 ようやく気が付いたのだろう。ククルの首ががっくしと下がった。


「それは駄目にゃ。二人に迷惑はかけられないにゃ」


 理解を示してくれたことにキトリーはホッと息を吐いた。でも、問題が解決したわけではない。ククルをはじめ、キトリー達に宝石を買い戻せるほどの大金があるはずがない。


「ルー、あれがいくらで取引されたか見当つく?」

「うーん。難しいです。宝石の価値は種類や大きさだけじゃないですし、あの石が他にないほどの貴重品であれば、想像がつかないです」

「でもさ、それほどの宝石なら普通ならもっとお金のありそうな上級貴族の方に話を持っていくよね」

「上級貴族とは接点がない宝石商だったってことですか。でも、それが何かの手掛かりになるんですか」

「宝石商を見つけて、いくらで売ったのか確認してもいいけど、少なくとも伯爵家のものが手を出せる範囲の金額ってことだよね」

「それでも、見当もつかないのは変わらないですよ」


 いい方法が見つからずに肩を落とす二人をみて、ククルが感謝を述べる。


「二人ともありがとう。でも、手はあるにゃ」

「ククルはお金持ちなの?」

「違うにゃ。『女王様の瞳』はボクたちにとっては何にも代えがたいものだけど、人族にとってただの宝石だったら、代わりはあるにゃ」

「どういうこと」

「ボクの目と交換するにゃ。それなら盗んだことに気づかれないから問題ないにゃ」


 初めにどんな宝石かと聞いた時に、ククルは自分の目を指さして「これと同じ」と答えた。それは比喩的なものだろうと思っていたけども、文字通りということなのだろう。


「無理だよ」

「なんでにゃ?」

「当たり前じゃないですか。目を取り出すなんて何考えているんですか!目が見えなくなりますよ。そんなことしたら痛いじゃないですか」

「一つだけなら問題ないにゃ」

「うん。それも問題だけどね、そもそも無理だと思うよ。どうやって『女王様の瞳』がああいう状態になったのかわからないけど、もし仮にククルが自分の目を取り出したところで同じ状態にはならないよ。普通に考えて腐るし、あの瞳のように瞳孔が細いままにはならないから」

「それは…」


 どういう風にして『女王様の瞳』ができたのか、ククルには思い当たる節があるのだろう。簡単ではないとわかり悲しそうに目を沈ませる。いきなり凶行に走らなかっただけマシではあるけども、いざとなれば実行に移しそうな気配を漂わせていた。簡単ではないけども、方法はあるのかもしれない。


「何か他の方法を考えましょう。ほら、こういう時こそ『ぶれいんすとーみんぐ』ですよ」


 ブレインストーミングがわからないククルに説明をして、いかにして宝石を手にするかを議論する。対価となるお金を稼ぐ。半年くらいの時間をおいて忘れたころに盗みに入る。模造品を作成してすり替える。伯爵夫人があの宝石に飽きるのを待つ。


 そんな有象無象の意見を重ねながらも、これだというものは一向に出てこなかった。


「なんか無いですかね?あの宝石より珍しい宝石があればいいんですけど」

「それって、どんなのだろう」

「ドラゴンの魔核とか?」

「何それ?ドラゴンって実在するの?」

「いるにゃ。あまり近づきたく無いにゃ」

「そうですよね。でも、宝石じゃなくても珍しいものがあればいいんないですか」

「例えばどんなものにゃ」

「キトリーは何かないですか。おばあちゃんの知恵袋に何かないです?」

「ちょっと…」


 ククルの前で前世の記憶という言葉を隠したのだろうけども、その言い方はないよね、とキトリーは半眼になり軽く睨みつける。美玖の生きた世界にあって、この世界に無い物は五万とある。でも、それらを持ち込むことはできないし、一から作れるような知識をキトリーに求められても困るのだ。


-ただのOLに無茶言わないでよ


 そう考えた瞬間、一つのアイデアが浮かんだ。OLとしてのキトリーが日常的に行い、休日の前には力を入れてやっていたことがあったことを思い出した。


次回、宝に代わる物

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