ククル再び
エンデルシャイフを出た後は、何事も無く王都にたどり着いた。干ばつの影響がソールズベリー領のみにあるのも不思議なものだけれども、魔物との遭遇は全く無かった。
キトリーとルーの二人は、宿を見つけた後は冒険者ギルドに向かう。一度卑人として訪れたことのある町なので、前回とは違う宿を取ることになった。宿の主人が記憶しているとは思えなかったけども、卑人の旅人というのは珍しいから、覚えていることもあるだろう。
王都の冒険者ギルドは他と比較して規模が全く違う。今までの街のギルドは、酒場を兼ねていることが多くギルド側のスタッフも二人くらいしか常駐してなかった。王都のギルドでは武器屋に防具屋、薬屋というものまで一緒に入っており、魔核買取や仕事の依頼を受けるカウンターも3つ並んでいた。
もちろん利用している冒険者の数も圧倒的に多い。そのため、女二人組という冒険者らしくないキトリーたちにも視線を投げるものはいたけれども、今までの冒険者ギルドほどの視線を浴びせられることもなかった。空いているカウンターに進んだ二人は、冒険者証といままでの町で預かってきた手紙を置いた。
「郵便ですね。ご確認しますので、少々お待ちください」
応対してくれたのは30代くらいの真面目そうな男性で、今までずっと女性ばかりのスタッフだったので意外に思った。確認は手紙の枚数を数えるだけなので、確認はすぐに終わる。運んできた枚数は冒険者証の裏に書いてあるので、その枚数と一致していればそれで終了だ。
枚数と手紙の発送元を確認して、運んだ距離に応じた金額が用意される。
「それから、ルーラルさんは今回で見習い卒業ですね。星一つの授与になりますので、もう少しお待ちください」
「やった!私もこれで星一つですよ。キトリーと一緒ですね」
「うん。おめでとう」
スタッフの言葉にルーの顔がお日様のように明るく輝いた。キトリーも一緒になってうれしそうにルーの頭をぽふぽふと叩く。だが、満面の笑みを浮かべる二人に、周囲の冒険者から嘲笑があがった。
「ぷっ、星一つでおめでとうって」
「くっくっく、そういうなって、可愛い嬢ちゃん達ががんば…くっくっく」
「腹イテェ、喜ぶのは星4つからにしろっての!」
どかんと笑い声が上がり、ルーのうれしそうな顔が一気にしぼむ。すぐにでもギルドを出たいけども、まだ冒険者証が戻ってきていないので屈辱に耐えるしかなかった。ルーの手をやさしく握り、冒険者をじろりと睨みつけると、一瞬で場が静かになる。
キトリーの眼光にはそれだけの力があった。星5つ持つオルトヴィーナの評価はそれほど間違ってはいない。冒険者としての経験は少ないが、キトリーの戦闘力は星3つから4つの冒険者に等しい。冒険者の数も多い王都であれば、星を多く得ているものも少なくないが、結局のところ駆け出しと呼ばれる星1つから、ようやく一人前と認められる星2つ。そこからセンスの良いものがたどり着けるのが星3つの冒険者となる。
ここから先が兵士と騎士の違いくらいになるのだが、星4つを越えるものは極端に減る。星4つに相当する魔物の多くは大型のものが多く、スキルを習得をしていないものには対応が厳しい。どれだけ肉体を鍛えても越えられない壁が存在する。
もちろん星4つに相当するグランガシートを相手に、スキルなしで立ち回りをするようなオルトヴィーナのような規格外の連中もいるのだが、星5つを超えるものは往々にして皆化け物じみている。
ギルドスタッフの「お待たせしました」という声に、凍りついた時が溶解した。カウンターの上に置かれたルーの冒険者証をひったくるようにして手にすると、キトリーたちは足早に立ち去ろうとした。
「待てよ」
数人の冒険者が二人の前に立ちはだかった。戦いを生業としているものとして、視線一つで黙らされるというのは屈辱なのだろう。しかも、その相手が成人したてのような若い女性であればなおさらだ。
キトリーはやれやれと肩をすくめた。
冒険者というものが男の世界ということは理解できるけれども、毎度毎度こんな風に絡まれていたらたまらない。王都のギルドには女性も多く、入ったときに感じた視線はそれほど嫌なものではなかったので、二重に辟易とした。
-どうしようか
キトリーがルーと顔を見合わせた直後、ギルドの入り口のドアが勢いよく開けられ、発生した大きな音に周囲の視線が動く。外の明るさに目を細めると、小さな影が勢いよく飛び込んできた。
「ルー!キトリー!やっと見つけたのだ!」
自分たちを呼ぶ声に視線を合わせると、うっすら桃色をした白髪の小柄な美少女が人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。すぐにグリュンの街で出会ったシュロイム人だと分かる。
「ククルさん?」
「ふぅー。伝言貰ったから王都に来たけど、二人ともどこにもいないから困ってたのだ」
「ごめんね。色々あって王都を離れてたんです」
「そうなのか」
「うん」
「とりあえず、詳しい話がしたいから出よう」
みんなが困惑しているうちにと、キトリーは二人を促して外へと出た。絡んできた男達も、声をかけるタイミングを逸したようで、それ以上は何もしてこなかった。
外は明るく夕食には早い時間だったので、軽食が食べられるカフェのようなところに入る。以前、ルーが案内してくれた新市街にあるような高級なお店ではなく、もっと庶民的なお店で雰囲気もいつも利用している食堂と余り変わらない。注文したのは紅茶とクッキーのようなお菓子。残念ながらちょっとポソポソしているので、牛乳のようなものと一緒であればよかったかもしれない。
でも、紅茶は香りが高く満足いく一杯だった。
「私達を探していたんですよね」
「そうなのだ」
小さなで紅茶のカップを両手で掴んでいる姿が実に可愛いらしい。その上、シュロイム人は見た目どおり猫舌なのか、カップに向かってふぅふぅと息を吹きかけるばかりで一向に飲む気配がなかった。その様子を見ているだけで自然と頬が緩む。
「シュロ達の伝言は、細かい部分までは分からないのだ。王都からの伝言なのは分かったから、急いで来たけど二人はすでに街を出た後だったのだ。それでも、この街で見つけたのならと思って、自分でも探してみたけど全然見つからなかった」
しょんぼりと肩を落としながら、ようやく適温になったらしい紅茶を一口含むと、あちちっと舌を出して冷やしている。シュロイム人の猫舌っぷりはかなり酷いらしいけども、その様子が可愛すぎてたまらない。
-撫でたい
柔らかそうな薄桃色の髪の毛に手を伸ばしそうになってしまうのをぐっと堪える。
「それじゃあ、明日はアヴァディーン伯爵夫人のところに行ってみますか?さすがに今からだと、日が暮れてしまいますし」
「ほんとか!連れてってくれるか」
「もちろん…でも、見つけたらどうします。ククルさんが落とした物だっていっても、相手は伯爵夫人ですからね」
「伯爵夫人だと難しいのか?」
「貴族ですから」
「貴族?」
初めて聞くというように小首をかしげるククルにキトリーたちの方が目を丸くする。
「貴族を知らないんですか?」
「知らないのだ」
そんなことがあるのだろうかとキトリーは思う。8歳まで軟禁に近い生活をして、その後は神の家や森で暮らしていたキトリーでも、身分制度について理解していた。小成人を迎えていなければ、身分証を発行されることはない。だから知らないのだろうか。たしかに、目の前の美少女は小成人前だといっても通用しそうである。
「ククルはいくつなの?」
「42」
「「・・・」」
言葉を失う二人を置いてきぼりにして、何てこと無い様子で、突拍子も無い年齢を答えたククルは目の前のクッキーに手を伸ばす。
「いやいや、どういうこと?シュロイム人は年の数え方が違うとか?」
「そ、そんなはず無いですよね」
キトリーとルーが顔を見合わせる。
「マーセンフローの花が咲くのは次で確か43回目なのだ」
貴族学院にもあった春を代表する白い花の名をククルが口にする。ダダン王国のどこにでもある樹木だ。花が咲くのはもちろん一年に一度きりなので、ククルの表現は変わっているけども数え方に違いは無い。
「シュロイム人ってみんなこんなに若作りなの」
「エルマイム人より若く見えますけど、さすがにありえません」
「ん?ボクはシュロイム人じゃないのだ」
「「え、どういうこと?」」
思わずハモる。キャスケット帽に隠れて見えないけども、明るいところで細くなる瞳に尻尾はどう見てもシュロイム人の特徴である。イム族は他に四種存在するけども、同じ特徴を持つものはいない。
「ボクたちはシュロエというシュロイムでなくシュロに近い種族なのだ。知らないのも無理はないのだ。ボクたちは普段森から出ることはないから」
「そうなの・・・?でも、42歳でその見た目って…?」
「うーん。ボクたちはとても長命なのだ。人族にもあるのだ。イム種以外の人族をなんといっか?」
「エルフですか?」
「それなのだ。ボクたちはシュロにとってのエルフって言えばいいのかな」
「シュロにとってのエルフ?そんなのがいるんですか?」
「そのようなものと思ってほしいのだ。この姿は魔法で作ってるから見た目が幼いのは気にしないでほしいのだ」
「どういうこと?シュロの姿にもなれるの?」
「シュロの姿になれるというよりも、人の姿を取れるというほうが正解なのだ」
キトリーとルーは顔を見合わせると目を輝かせた。未知なるものへの単純な好奇心と、二人はそもそもシュロ好きで、目の前のククルは人の姿をとっていてもかなり美少女だ。色も艶もよく柔らかそうな髪の毛や尻尾からも、シュロに戻った時の姿は想像するだけで愛らしい。
「私たちの宿に行きましょう!詳しくお話を聞きたいです」
「私も!」
「…あまり人に見せていいものではないけど…わかったのだ。二人の協力がないと『女王様の瞳』は見つかりそうもないから特別なのだ」
紅茶の残りを飲み干すと一行は宿に向かった。多少懐具合が良くなってきたとはいえ、いつも通りの隙間風の入る安宿は大通りから少し入ったところにあり、街灯もないような路地に面していた。夜の一人歩きには適していないけれども、明るいうちなら問題は無い。
一階にある食堂を通り抜けて、2階へあがろうとしたところで声がかかった
「そっちの白髪のお嬢ちゃんは、お客さんじゃないよね」
禿頭の厳つい顔をした宿の主人に止められる。二階より上は宿泊客専用のエリアとなっているので、部外者立ち入り禁止らしい。今まで客人を招く機会もなかったので、あまり意識をしていなかったけれども、日本のビジネスホテルのようなシステムが取り入れられていた。無銭宿泊への対抗策と思えば当然だろう。
「どうします?」
「部屋の窓を開けててほしいのだ」
ククルはそういうと宿の外に出たので、キトリー達は部屋へと戻り言われた通りに窓を開ける。ククルがどこにいるのかときょろきょろとすると、陽光を反射してキラキラと輝くほんのりとピンクの混ざった白髪のきれいなシュロが、何かを咥えたまま窓の桟や軒を軽やかに飛び移り、キトリー達の部屋へと侵入した。
「ククルさん?」
半信半疑といった雰囲気でルーが聞くと咥えていた服を床に下ろして返事が返ってくる。
「そうにゃ」
-ニャ!! この子、ニャって言ったよ。
キトリーの中で、テンションが跳ね上がる。昔飼っていたアメリカンショートよりも若干大きめというくらいの、金色の目をした美しい白シュロがベッドの上で後ろ脚で耳の後ろを掻いていた。繊維よりも細そうなシュロ毛が宙を舞い光を躍らせる。
「この場で人の姿にも成れるんですか」
「なれるけど、このままの方がいいにゃ。人型はマニャを使うからちょっと疲れるにゃ」
人型の時は語尾が「~なのだ」だったのに、なぜかシュロ型になると「~にゃ」に変わるらしい。話を聞くと、シュロの形をとると、骨格や声帯の形も変わるので人語の発音が少し難しくなるそうで、結果として「にゃ」になってしまうそうだ。
「撫でていい?」
許可を取るよりも先に、キトリーの手が伸びる。頭から首、背中から尻尾へと滑らかな感触が掌を伝わってくる。最高級品質のシルクよりも肌触りがよく、しっとりと柔らかい。耳の後ろを指先で刺激して、首の下を優しく撫でる。
「ん、にゃ、やめるにゃ、それ以上は危険にゃ」
ククルの言葉を無視してキトリーの愛撫は続く。
「キトリーだめですよ!」
「そうにゃ、ルー、キトリーを止めるにゃ」
「キトリーばかりずるいです」
「!!」
ククルの目が大きく開き、ルーの手がキトリーと同じように身動きの取れない小動物を捉える。恐る恐る頭に手を置くと、ゆっくりとキトリーがしたように毛並みに沿ってククルの全身を撫でる。そのたびに、抜けた毛が宙に舞い上がった。
「ふ、二人とも止めるにゃ!」
シャーと声を上げると、二人の手を逃れて窓枠に着地した。
「ごめん。あまりにも可愛かったから」
「ごめんなさい」
「うぅ。もういいニャ。人型になるにゃ」
「ま、待って。もうしない。もうしないからこのまま話をしましょう」
「私も約束する」
キトリーとルーはアイコンタクトをして肯いた。二人ともシュロ好きなので、できればこのままがいい。もちろん、触れるのが一番だけども、とりあえず今だけは我慢をしようと誓い合う。二人の真剣な目に絆されたのか、むき出しの牙が鳴りを潜める。
「わかったにゃ。じゃあ、貴族について教えてほしいにゃ」
ククルの要望で、貴族社会に詳しいルーが説明をする。キトリーも身分制度について詳しく知っているわけではないので、一緒になって耳を傾けていた。ダダン王国には王族と呼ばれるものを頂点に、八つの公爵家が存在する。そのうちの一つがソールズベリー公爵であるように、公爵家はそれぞれの領地を持ち、独自の権限で治めている。
簡単に言えば合衆国のようなもので州知事に近い存在と言える。公爵以外には、侯爵、伯爵、子爵、男爵とあり、領都以外の街は侯爵や伯爵が市長というような立ち位置で治めており、子爵や男爵は彼らを補佐する役目を担っている。
もちろん、土地を直接支配するだけではなく国の根幹にかかわる政治を行うのが貴族の役目である。財務を取り仕切る大臣や、軍事の総統には侯爵家のものが任命され、代々世襲制で国を動かしている。ルーラルの父、旧エディンバラ男爵は軍事部門の一つである南西方面軍の指揮官であり、軍部においては大佐の地位を賜っていた。
男爵という身分からすると、過分な地位であったがランベルト=エディンバラの兵法は高く買われており、その子孫であるルーラルの父もまた同様の評価を得ていた。それでもなければ他領に住んでいたルーラルの父が、10年前に発生したソールズベリーでの国境防衛に呼ばれることはあり得なかった。
ルーラルの話は平民と貴族との違いにいたり、どれほど横暴なことであっても平民に逆らうことが出来ないことをククルへと教え込んだ。
「わかったにゃ。家の場所さえ教えてもらえれば一人で忍び込むにゃ。ボクたちはそういうのがとても得意にゃ」
宿に侵入してくるときの身軽さを思えば造作もないことだろう。気配を消して足音を殺して屋敷の中を探索することもシュロならできる。あれほどの宝石であれば、鍵のかかった部屋や金庫の中に仕舞われる可能性もあるだろうけども、まずは現物の確認からだろう。
ククルはもう一度、人型へと変身すると一緒に夕食を取った。元々が小さなシュロなのに、彼女はキトリーたちと同じくらいの勢いで食事を平らげた。人型を取ると体力を消耗するらしい。シュロは肉食なのに、野菜もたくさん取り、人の味付けにも大満足だったようだ。それから再びシュロに戻ると、二人と一匹は一つのベッドで一緒に眠りに落ちた。
次回、アヴァディーン伯爵夫人
伯爵の屋敷の位置を確認するはずが本人に出くわしてしまう。




