スリングの練習
ルーの手の先で革紐で作られたスリングがくるくると回転している。彼女の目の前には5トールほど離れた場所に大きな岩があり、こぶし大ほどの石ころが乗っていた。ルーはタイミングを見計らうと、気合を入れるように声を上げる。
「やっ!」
握りこんでいたスリングの一端を手放すと、回転の力を受けた小さな石が真後ろに飛んでいった。身の丈ほどの草を切り裂いて石はどこかへ消えていった。
「あ、あれ?」
正面の石を見ていたルーは、自分の投げた石がどこに向かったのか分からず、あたりをキョロキョロとしながらきょとんとしている。
「後ろだよ」
「え?」
素っ頓狂な声を上げて後ろを振り向くと、ルーの目にも一部だけ草が背丈が低いところがわかったのか、不思議そうな顔をしている。キトリーは初めて自分がスリングを使ったときのことを思い出し、小さく笑みを浮かべた。キトリーの場合は、真上に飛んで行った石が脳天に舞い戻ってきたのだ。
「最初はそんなものだよ。スリングが回転しているときの指先の感覚で、先端がどこに向いているのか把握できるようになるから。初めのうちは回転させる速度を落として、前に飛ばせるように練習したほうがいい」
ルーに小石を渡してスリングを再度セッティングすると、彼女の手を上から包み込むように握って一緒に回転させる。分かりやすくするために、「3,2,1」とカウントダウンをしながら目で追える速度でスリングをまわして、石を弾き飛ばす。一拍おいて二人で投げた石は、岩の上の小石を弾いた。
「わ!」
驚いた声を上げて、自分の手の中のスリングと岩とキトリーを交互に見比べる。
「ね、最初はこのくらいの速度からゆっくり慣らしたらいい。単純な話、スリングは長ければ長いほど威力が増すから、弓矢と違ってルーくらいの腕力でも十分通用する」
「はい」
気持ちのいい返事をすると、ルーはまた岩の上に的を設置して練習を再開する。キトリーは少し離れたところに立って、その練習風景を眺めていた。
二人はまだ、エンデルシャイフの街に泊まっていた。昨日のストラテクラクスの発生時に行ったスキルの過剰な発動により、キトリーは昼過ぎまで眠りこんでいた。いつもなら日の出と共に目覚めるのに全く起きる気配がないことにルーが焦っていると、様子を見に来たオルトヴィーナがそのまま寝かすように助言してくれたらしい。
その後、ようやく目覚めたキトリーはルーと一緒に、魔物討伐の報酬を貰うためにギルドへと向かった。昨日の活躍が伝播しているのか、冒険者達のキトリーを見る目が変わっていた。変に絡んでくる輩が減ったのはうれしいが、尊敬するような眼差しというのもむず痒くてしかたなかった。
あの場には、他の冒険者も詰め掛けていたのだろう。最終的にグランガシートを倒したのが、オルトヴィーナであることは明らかだったが、彼女の働きも十二分に語られていたのだ。兵士達の攻撃の通らない鉄壁の装甲とも言える外殻をあっさりと貫くキトリーを素直に称賛していた。
「昨日の報酬がもらえると聞いているんですが」
キトリーはカウンターに自分の冒険者証を置くと、受付の女性がにっこりと含みのある笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです。ですが、昨日壊したドアノブの件はお忘れじゃありませんよね」
「キトリー?」
どういうことですか?と責めるような視線を受けて、キトリーはぽりぽりとこめかみの辺りを掻いた。彼女へ説明していなかったし、まるっきり忘れていた。
「足りませんでしたか」
「ええ、全然、全く、一個分もなかったですよ!」
冷静を装いつつも、受付嬢のこめかみはぴくぴくと痙攣していた。冒険者の集まるギルドで受付嬢が勤まる女性は静かな凄みを持っていた。魔物を前にしたときのように冷や汗が流れ落ちた。
「え、えーと。すみません。じゃあ、修理代を報酬から引いてください」
「当然です」
受付嬢はキトリーの冒険者証を預かると、一変して仕事モードの顔に切り替えた。
昨夜討伐した魔物について確認の意味をこめて説明をつらつらと行う。ホーグは説明を受けるまでもなく真っ黒な魔核を有する最低レベルの魔物だったので、一バインあたり50リュートと大した額ではなかったが、グランガシートは一匹で約1000リュート近くになった。巨大な魔物ということもあるのだろうが、それにしても大金である。
キトリーが直接倒したのは1体だけだったのだが、南門の巨大なグランガシートに関しても、オルトヴィーナから半分を渡すように言われたそうだ。あまり関わりたい相手ではないので、仲間で折半みたいな真似はうれしくないのだけども、お金は必要なのでキトリーは受け入れることにした。
その上、キトリーたちの戦いはただ魔物を倒したというだけでなく、魔物の脅威から街を守ったという意味合いもあり、街から別途報奨金が与えられた。本来、街を守るべき騎士達はグリエントルの森で奮戦していたらしい。結果的に逃がした魔物がいたものの、森に出現した魔物は倍以上あったらしい。
「ドアノブの修理代を差し引きまして、2413リュートになります。それから、キトリーさんは今回の件で、星一つ授与させていただきます。働きを鑑みれば星三つを与えても問題ないのですが、規定により一つずつしか与えられませんので、ご理解くださいませ。それでは、冒険者証を準備してきますので、もう少しお待ちください」
「キトリーだけですか!?」
「貴女も昨日のストラテクラクスでご一緒に戦われたのですか?」
「い、いいえ」
「それは無理ですね」
自信満々に首を左右に振るルーに受付嬢が困ったように引きつった笑みを浮かべる。キトリーは肩をすくめるとルーに向き直った。
「無茶言わないの。別に良いでしょ」
「うぅ。分かってますよ。分かってますけど…二人で登録したのにキトリーだけ出世するなんてずるいじゃないですかぁ」
「ずるい?」
「そうですよ。それじゃあ、戦えない私が不利じゃないですか」
「別に競い合ってないのに…」
意味が分からずキトリーが小首をかしげていると、ルーが何かを思いついたのかぱぁっと顔を明るくした。
「そうだ。これだけ稼ぎがあるんですから、魔法を覚えましょう。そしたら、私も戦へるほうになりまひゅよ」
最後まで言わせずに、キトリーがルーの頬をつねりあげる。
「大事なお金をそんなことに使えるわけないでしょ。大体、いつからルーは冒険者になりたかったの?」
「ひえ、ほんなほほはないれすへど(いえ、そんなことはないですけど)」
「でしょ」
分かったようなので、キトリーが手を離すと赤くなった頬をさすりながら口を尖らせる。
「でも…」
それでも諦めきれないというルーのキラキラする青い瞳に絆されて、キトリーはスリングを教えることにしたのだ。昼過ぎに目覚めたキトリーたちには、日の短くなったこともあり、日暮れまでに次の宿場町にたどり着くのは無理だった。
街を離れたとき、13歳という子供だったキトリーは、いまのルーよりも体力も筋力もなかった。それでも、木の実以外の食べ物をとるために、自分の身を守るために選んだ攻撃手段がスリングだった。
練習さえすれば誰にでも出来ることは分かっていたし、ルーが戦うための力を欲していることも分かっていたけども、それを教えることは危ういと思っていた。
でも、と思う。
最近のキトリーは、辛うじて戦いの場を切り抜けているけども、力不足を感じていた。ソールズベリー領都前の戦いではギースに破れ、キードの町では盗賊に嵌められ、昨夜は力の過剰使用で倒れた。
言ってみればただの狩人だったキトリーが、戦いの技術を磨いてきた上級騎士に敗れるのは必然であるし、盗賊に嵌められたのも不可抗力だ。スキルの力について知識が不足していただけであると、第三者なら言うかもしれないが、ルーを守ると決めたキトリーにとって、それらは許せることではなかった。
守護の対象に戦いの術を教えることが、果たして良いことなのかどうか分からない。それでも、必要なことだとキトリーは判断した。
目の前であらぬほうに飛んでいく小石をみて、悔しそうに顔をゆがめるルーの練習を見ながらキトリーは大きくため息をついた。ルーの中に眠る可能性をキトリーは確信している。でも、自分自身に何が出来るのだろうかと思う。ほんの少し身体能力が高く、森の生活のお陰でよく分からないままに手に入れたスキルという特別な力があっても、前世の記憶があっても、何も特別なものなんて何もない。
やりたいことを見つけ、やれることを増やそうと躍起になるルーが眩しかった。
次回、再会
王都に戻ってきた二人はネコミミ少女と再会する




