(14)悪夢の狂宴
薄明かりの灯る部屋で、フューレは目を覚ました。
「ここは……?」
初めに目に映ったのは、見たこともない薄汚れた天井だ。
次いで、わずかな機械の稼働音が聞こえてくる。
どうやら空調音のようだったが、それにも関わらず室内の空気はやや澱んだ感じがした。
「あたし……なんで……?」
ゆっくりと立ち上がって彼女は身体を確認してみるも、特に変わったところはない。
獣道の途中で黒スーツの男と向き合い、スタン・スティックを奪われてしまったところまでは覚えていたが、そこから先の記憶が飛んでいた。
(どこなの? ここ……なんか研究室みたいな感じだけど)
警戒しつつ辺りに目を向けると、部屋の中にはいくつかのコンピューターや計器が立ち並んでいた。
ランプやモニターの放つ淡い光が、今の室内の光源となっている。
背後にはこの部屋唯一のドアがあり、それ以外は特に気になる部分もないように思えた。
(どうしてこんなところに連れてこられたんだろう?)
恐らくあの黒スーツの男の仕業だとフューレは思った。
しかし、その意図がまったくわからない。
とりあえず外に出てみようかとドアに足を向けようとした矢先、彼女の瞳は部屋の奥に人影の存在を認めた。
「え? あれって……」
その人物の着ている服は、フューレたちの学校の制服のようだった。ボロボロに擦り切れていたが、間違いはない。
椅子に座りうな垂れていたその人物に恐る恐る近づいてみると、フューレはそれが見慣れた親友の姿であることに気付く。
「っ!? リーン!? どうしたの!? しっかりし……!」
フューレはすぐに駆け寄って、その肩を揺する。
しかし、手に伝わってきた硬い感触に、どこか違和感を覚えた。
やがて揺すられた少女の頭がかくんと後ろに倒れ込んだ時、フューレは絶叫を放つ。
「……いやああぁああぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」
思わず後退った彼女の瞳は、驚愕に見開かれていた。
椅子に腰掛けていたリーンと思われる少女の顔は、まるでミイラのように干からびていたのだ。
「リーン……リーンッ……! どうして……どうしてぇぇ……!」
腰が抜けたようにその場に尻もちをつき、フューレは落涙する。
目の前の少女からはどう見ても、生命の鼓動が感じられなかった。
探していた親友の死。そして生気を抜かれたかのような無残な亡骸――。
圧倒的な恐怖がフューレの心を支配し、混濁した意識が現実を否定しようと悲鳴を上げていた。
「……フュー……レ……」
どれほどそうしていたのだろうか。
フューレは突然背後からかけられた声に、わずか正気を取り戻す。
ゆっくり振り向いた彼女は、そこに白衣を着た壮年の男の姿を目にする。
「その声……リーンの……!?」
シルエットとして浮かび上がったその姿に、フューレは見覚えがあった。
ラング=アステリア教授――リーンの実の父親であり、彼女自身も少なからず信頼している男性だ。
「お、おじさん……リーンが……リーンがあぁぁ……!!」
恐慌をきたした少女は、目の前の男に泣き叫びながらすがりつく。
なぜ彼がここにいるのかといった疑問は完全に頭から消え失せ、ただ認めたくない現実に逆らうように声を張り上げた。
しかし、それに対する男の反応はない。
それどころか彼はすがりつくフューレを引き離し、その場に突き倒したのだった。
「ひあっ!? お、おじさん、なんで……?」
改めてアステリア教授の顔を見つめたフューレは、そこで異変に気付く。
男の瞳は虚ろであり、そして薄明かりの中に浮かび上がったその肌は、まるで植物のように緑色に染まっていたのだ。
「いやあああぁぁああぁぁぁぁ!!!」
襲い来る驚愕の現実に、フューレはただ泣き喚くのみだ。
自分は悪夢でも見ているのだろうかという思いすら、その頭には浮かばない。
そんな少女を見下ろすアステリア教授の後ろから、更に数名の男たちが姿を現す。
「な、なに……!? この人たち……!?」
その男たちもまた、白衣を着た緑の肌の人間たちだった。
研究者然としたその姿とは裏腹に瞳は虚ろでありながら、どこか狂気に似た光を見せている。
まるでゾンビのように歩いてきた彼らは、やがて倒れたフューレに向けて手を伸ばし、一斉にその身体を取り押さえた。
「な、なにすんの……! 変態っっ!!」
必死に抵抗しようとするフューレだが、男たちの力は圧倒的だった。
完全に動きを封じられた少女のシャツが引き裂かれ、ホットパンツが強引に脱がされていく。
「いやっ! やめて!! おじさん、助け……!?」
助けを求めるフューレだったが、その瞳は更なる驚愕に見開かれることとなる。
なぜならアステリア教授もまた獣のような眼光を向けながら、彼女に覆い被さってきたからだ。
その口からは男たち同様に、興奮したような吐息が漏れている。
残された下着に節くれだった手が伸ばされ、絹を引き裂くような音がそのあとに続く。
「いやあぁああぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁああぁぁぁ……!!!」
知性なき獣と化した男たちによって、フューレは生まれたままの姿にされてしまう。
愉悦に似た笑みが複数浮かぶ中、その発育した健康的な身体が蹂躙されていく。
無機質な光の照らす中で、希望の潰えた少女の叫びだけが無残に響き渡った――。
フューレの絶叫がわずかに聞こえてくる廊下に立ちながら、ダイゴ=オザキは葉巻を燻らせていた。
その瞳は、明滅するかのように紅く輝いている。
「ずいぶん悪趣味なことをするのね……これはあなたの嗜好かしら?」
窓際に立つ彼の後ろに現れたのは、緋色のライダースーツを着た女である。
言わずと知れたアレクシアだ。その表情は、どこか嫌悪に満ちているように見える。
「バカを言ってもらっては困るな。これは事前準備だ」
振り向きつつ窓枠に背を預けたダイゴは、心外だとばかりに否定した。
アレクシアの目が、細められる。
「……事前準備?」
「そうだ。あの娘には新種子の実験台になってもらおうと思ってな……」
葉巻の灰を窓から捨てながら、ダイゴはつぶやく。
「ただ、あの娘は我が強い。それに正義感や友情に厚い面もあった……」
そのまま彼は空いた手を懐に入れると、紫色をした種子を取り出した。
その種子はフューレの叫びに合わせるように、手から跳ねるほどの脈動を続けている。
まるで今すぐにでも、少女の元に行きたいというように――。
「それではせっかくのテストに支障をきたす恐れがあるのでな。だからその心を打ち砕き、絶望に染める必要があったということだ」
「それが……あの仕打ち?」
「そうだ。親友の無残な亡骸との対面……更にはその前で、化け物となった親友の父親に凌辱される。未熟な娘の心では耐えられまい」
そんな種子を眺めながら、ダイゴは悪びれもせずに言い放つ。
フューレの人間関係を把握した彼は、少女が最も簡単に絶望する方法を見出し、それを実践したということだ。
そのやり口にどこか感心しつつも、軽蔑したようにアレクシアは息をつく。
「よくもまぁ、しれっと……そんなこと思いつく辺り、やっぱりあなたの嗜好じゃないの?」
「フン……復讐のために手段を選ばぬお前が、今更なにを善人ぶっているのやら……」
反発する女の態度に、ダイゴは変わらぬ冷たい口調で返すのみだ。
実際、アーシェリーへの復讐のために民間人を殺しまくったアレクシアである。今もこうしてフューレへの凌辱を見て見ぬふりしているのだから、ダイゴを責める資格はない。
彼女の反発は、単純に自分の好みに合わないからであろう。
「すべては我らが主のためだ。それに……」
瞳を更に紅く輝かせながら、ダイゴは続ける。
それに反するように、聞こえてくる少女の悲鳴が小さくなり始める中、彼の口元には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「あのソルド=レイフォースに思い知らせてやるのだよ。己の無力さというものをな……」




