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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(9)現れた新種


 学園都市ノーザンライト・アカデミアの日常は、その日も大きな変化は見られなかった。

 保安局による監視体制が続く中、人々は窮屈ながらも仕事に従事し、学校も一部を除いては通常通りに開校している。

 数多のカオスレイダーの脅威に晒されつつも、人は生きるための営みを止めることはできない。

 しかし、脅威はそんな事情などお構いなしに襲ってくる。

 それは天災であれ、人災であれ同じことだ。そして、そのどちらでもない脅威であったとしても――。




 ある男が、道に停めた車の中で携帯端末に話しかけている。

 相手が目の前にいないにも関わらず頭を下げている様子は、通話相手より自分の立場が下であることを窺わせる。

 その表情もまたころころ変わり、不安げな表情をしたかと思えば安堵したように息をつく。

 ひとしきりそのような行動が繰り返されたのち、通話を切った男の口から漏れたのは罵声だった。


「ったく、ふざけんじゃねぇよ! 人の気も知らないで、何様のつもりだ!!」


 車内とはいえ、完全防音というわけでもない。

 たまたま通りかかった通行人が、その声を耳にして目を丸くしている。


「こちとらそっちの都合に合わせて調整してんだぞ! それを偉そうに上から目線で文句言いやがって!!」


 スーツ姿の男は、それでも声を張り上げることを止めない。

 感情に任せて怒鳴る姿は、きっちりした見た目にそぐわぬものだ。

 ただ、それを咎める人間はここにはいないし、いないからこそ彼もまた自重していないのだろう。


「あ~、しかしどうすっかな。ただでさえロックダウンでカリカリしてるところへ、こんな報告持って帰ったら間違いなく部長キレるな……って、なんだこりゃ?」


 男がシートを倒してぼやきながら背を預けると、フロントウィンドウに奇妙な物体が載っていることに気付く。

 それは一見虫のようにも見えたが、よく見ると紫色の種のようである。


「どっから落ちてきたんだ……って、え?」


 訝しげな様子で見上げた男はそこで、奇妙な声を聞く。


『コントンニ……キスル……』


 次の瞬間、その種から一斉に無数の根のようなものが飛び出し、ガラスを突き破って男の全身に突き刺さった。


「な、なんだこれ! ぐわああぁああぁぁぁぁあぁぁぁ……!!」


 噴き上がる血飛沫が、車内を赤く染める。

 同時にその光景を見ていた周囲の人間たちから、悲鳴が上がった。

 根はまるで映像を早送りしたように凄まじい勢いで広がっていき、男の全身を包み込んでやがてサナギのようになる。

 どくんどくんと脈動しながらサナギは徐々に赤くなり、やがてその赤みが鮮血と同じ色に変わった時、爆発するように大きく弾けた。


「うわあぁぁぁ!!」

「な、なにが起こったんだ!?」


 車ごと弾け飛んだサナギは辺り一面に破片を撒き散らし、建物や人々を傷つける。

 しかしそれは、悲劇の始まりに過ぎなかった。

 様々な叫びが飛び交う中、その場にいた者たちは姿を現した異形に驚愕の表情を浮かべる。



「グワアァァァォォオォォォォォ……!!!」



 体長二メートルはあろうかという化け物が、咆哮を上げていた。

 紅く染まった全身はウロコのようなものに覆われている。その姿は神話やおとぎ話に出てくる竜に似ていた。


「うわああぁぁあぁぁ! ば、化け物だああぁぁ!!」


 竜の化け物の虐殺が開始される。

 逃げようとする人々の行き先を塞ぎ、鋭い爪が振るわれる。

 人間の身体がミンチのように砕け散り、道路に血飛沫とパズルのようになった肉片が転がる。

 竜が足を踏みしめるたびに道路が陥没し、剛腕が木々や標識などを薙ぎ倒した。


「コントンニ……スベテヲコントンニィィィ!!!!」


 まるで悦んでいるかのような叫びと共に、巻き起こる破壊の嵐。

 その様子を見る者たちの目には恐怖しかなかったが、唯一その中で冷徹な瞳を向ける者がいた。

 いや、正確には見下ろす者というべきか。


「覚醒までの時間は二分……これは想定以上に早いわね。かつての種子にだいぶ近付いたんじゃないかしら」


 惨劇の場の十数メートルほど上――ビル屋上の縁に立つおぼろげな黒い影があった。

 銀の瞳を輝かせた【統括者】――【テイアー】である。


「これならだいぶ今後の状況も変わりそうね。あとは戦闘能力の測定というところだけど……ちょうど良い相手が来たようだわ」


 つぶやく【統括者】の目に映ったのは、淡いピンク色の光だった。






「まったく……派手にやってくれるじゃない。それにこれじゃ、お姉さんが仕事してなかったみたいで寝覚めが悪いんだけど……」


 カオスレイダー出現から数分後、惨劇の現場に降り立ったサーナは開口一番、そう言った。

 ソルドらと別れウエストエリアの捜査を行っていた彼女だったが、状況は芳しくなかった。

 元々容疑者も絞れてなかったことに加え、昨晩はノーマンを救出に行った関係で捜査を中断せざるを得なかったからだ。

 捜査再開から半日後、【アトロポス】から強いCW値の反応を検知したと連絡を受けこの場にやってきたものの、自分の捜査遅れで覚醒者が出てしまったのかと思うとやり切れない気持ちになる。


「とりあえずいろいろムカついてるから、ここでぶっ飛ばしてあげる。覚悟なさい!」


 半ば八つ当たりのような台詞を吐きながら、サーナは右手を前方に掲げて半身の姿勢になる。

 竜型カオスレイダーは突如現れた闖入者に訝しげな視線を向けていたが、すぐに咆哮を上げると大地を蹴った。

 風を切る音と共に、剛腕が振り下ろされる。

 しかし、それがサーナを捉えることはない。

 巨大な爪がアスファルトに叩き付けられると、そこが乾いた土のように砕けて、路面に大穴を開けた。


「なかなかのスピードとパワーね。覚醒直後の割には、まぁまぁじゃない?」


 いつの間に移動したのか、カオスレイダーの背後を取りながらサーナは鼻を鳴らす。


「でも、お姉さんと遊ぶには力不足かな。これでおねんねしちゃいなさい!」


 言いながら彼女は、捻りを加えてジャンプする。

 振り向いた竜型カオスレイダーの顔面に、すかさずその拳が叩き込まれた。

 拳は渦を巻く風を起こしながら、化け物の頭を路面に叩き付けてアスファルトの中にめり込ませる。


「グワオオオォ……ォォォオォォ……!!」


 絶叫とも取れる声を上げたカオスレイダーは、頭を埋め込んだ姿勢のまま無造作に腕を振るう。

 その動きを空いた左腕で受け止めながら、サーナは少し意外そうな顔をした。


「あら? 割とタフね……普通ならこれでスイカみたいに頭粉々になっちゃうはずなんだけど?」


 言葉の内容こそ物騒であったが、驚いているのは事実らしい。

 彼女の能力である細胞活性は、戦闘時の身体性能を極限まで高める効果がある。

 見た目こそ女性の細腕であるが、その腕力は現特務執行官の中でもトップクラスであり、並のカオスレイダーなら一撃で粉砕できるはずなのだ。

 めり込んだ拳を戻すと、カオスレイダーは咆哮を上げてサーナを押し退けようとする。

 彼女がやや飛ぶように退くと同時に、赤い巨体がふらつくように立ち上がった。


「一応、効いてはいるみたいね。でも、これで落ちなかったのは大したものよ。ホントならもっと遊んであげようかというところだけど……」


 言いながらサーナは周囲の状況を見渡す。

 白昼の街中ということもあって、人の目は決して少なくない。時間をかければ、ますます騒ぎは大きくなるだろう。


「あとあと情報操作もめんどいから、サクッと終わりにしてあげる」


 その声が終わるかどうかというところでカオスレイダーはやや前傾すると、神話の竜さながらに炎を吐き出した。

 灼熱の業火が周囲に広がりながら、特務執行官の身体を包み込んでいく。

 しかし、その炎の中にたたずみながら、サーナは不敵な笑みを浮かべていた。


「あら、ずいぶん激しいじゃない……でも暑苦しいのは、お姉さん嫌いなの」


 火炎の奔流の中を歩みながら、彼女はカオスレイダーに近付く。

 その姿は火にあぶられているにも関わらずまったく変化をみせない。


「じゃあね。ボクちゃん……今度こそゆっくりお休みなさい」


 敵の眼前にやってきたサーナは、そこで無造作に相手の顔面を鷲掴みにする。

 異形の口が驚愕の唸りを上げる中、手の触れた部分から竜の頭が徐々に崩れ始めた。


「グア……アアァア……ァァ……」


 なにが起こったのか理解できないまま、カオスレイダーは塵に変わっていく。

 吹き荒れていた炎が消え失せ、それから数分と経たぬ内に、その場には赤黒い灰の山が出来上がっていた。


「はい、掃討完了。少しは気晴らしになったわ」


 誰に言うともなくつぶやきながら、サーナは灰の山に背を向ける。

 吹き始めた風が、粉々になった化け物を宙へと散らしていった。


(今までの相手とはちょっと違う感じだったわね。でも、これで終わりじゃないみたい……)


 竜型カオスレイダーの異質さを感じ始めたと同時に、彼女は背筋に走る悪寒をも感じていた。

 周囲が喧騒に包まれている中、サーナは遥か上空に鋭い目を向けると、地を蹴って真っ直ぐに飛び上がった。


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