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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(8)次なる行動


「……レ……ん……」


 どこからか声が聞こえる。

 耳障りの良いソプラノの声。


「フ……ちゃん……」


 陽だまりを思わせる優しい声。

 それを耳にしながら、フューレは目を覚ますように意識を向ける。


「誰……?」


 周囲は黒一色の闇である。

 自分がどこにいるのかもわからないほどの漆黒だ。

 しかし、その闇に風穴を開けるように、柔らかな光が差し込んでくる。


「……フューレちゃん……」


 声はその光の向こうから聞こえてくる。

 はっきりとした言葉になった時、少女は声の主が誰なのかに気付く。


「リーン!? リーンなの!?」


 フューレは、光の元へと駆け出す。

 光は徐々に彼女の視界を埋め尽くし、やがてそこにたたずむ者の姿を浮かび上がらせる。


「フューレちゃん……」


 そこに立っていたのは、リーン=アステリアだった。

 学校の制服に身を包み、見知った愛くるしい笑顔を浮かべている。


「リーン! 無事だったの!?」


 フューレもまた同じように笑顔を浮かべ、手を伸ばす。

 しかしその時、リーンの口から意外な言葉が漏れた。


「……たすけて……」


 少女の表情が瞬時に泣き顔に変わる。

 それはまるで面を付け替えたかのような変化だった。

 続いてその顔が、また一転する。


「……来て……フューレ……お前を……」


 浮かび上がった邪悪な微笑の中、意味の読み取れない言葉が漏れる。

 やがて光の中にいずこかの景色が映り、リーンはその方向に遠ざかるように消えていった――。




「リーンッ!!」


 自宅のリビングで、フューレはソファから飛び起きた。

 ソルドと別れたあと、あれこれ考えている内に眠ってしまったらしい。

 外はすでに陽が昇り始めており、朝方の優しい光が少女の顔を照らす。

 しかし、その光を受けるフューレの表情は、まったく晴れなかった。


(なんだったの? 今の夢は……)


 わずかな頭痛を感じながら、少女は窓際へと歩み寄る。

 夢にしては妙にはっきりしていて、リアリティがあった。


(リーンがあたしを呼んでる? でも、あれは……?)


 昨晩の記憶が蘇る。

 あの時、歪な形相で自分を襲ってきた姿が、夢の悪魔的微笑のリーンに重なっていた。

 いまだにあれがリーンであるとは思えなかったし、いったい彼女になにが起きているのか知りたかった。

 ただ、それを知ると思われる人物は、フューレの前からはいなくなっている。


(確かめなきゃ……リーンに会って……!)


 元々、人に頼るよりは自分で行動することが多い彼女だった。

 今回もまた、そうするしかない。他ならぬ親友のためならなおさらのことだ。

 光を浴びる中で少女は強く決意を固めていたが、同時に先ほど見た夢の最後の光景が気になっていた。


(でも、あの場所……どこだったっけ? 確かにどこかで見た気がするんだけど……)


 水の輝きと緑の木立、吹き抜ける優しい風――それは不吉な夢の中で唯一懐かしさを感じさせるものだったが、フューレはそこがどこだったのかを思い出せずにいた。






 同じ頃、ソルドの姿はフューレやリーンの自宅を見下ろせる施設の屋上にあった。

 ノーマンらと別れたのち、彼は一晩をここで過ごすこととなった。

 リーンが再度襲撃をかけてくる可能性を考慮してのものだったが、それは今のところ杞憂に終わっている。


(フューレ=オルフィーレか……)


 朝日の下で、彼は物思いに耽る。

 監視を続ける中、ソルドはフューレに関する情報を整理していた。


(両親は政府高官とその秘書で、共に火星各地を飛び回っている……)


 少女の親は元々政府関係者ということもあって、割とすんなり情報が見つかった。

 ただ、多忙を極める役職であるために、なかなかプライベートの時間は取れないようである。


(ロックダウンの影響もあって、なおさらこの街に戻って来れないということか……)


 結果として、フューレはほぼ放置状態ということになっているらしい。

 家族がほとんど帰らず、一軒家に一人で住まわなければならないという現実――ますますもってミュスカに似ていると、ソルドは思った。


(その寂しさを埋めてくれたのがリーン=アステリアなら、彼女がこだわる理由もわかるというものだな)


 ただ、フューレがミュスカと大きく違っていたのは、リーンが近くにいたという点だろう。

 不満があったとはいえ、少女が日常生活の中でやさぐれなかったのは、やはり親友の存在が大きかったらしい。


(しかし、このままフューレだけを見張っているわけにもいかない。警戒しなければならないのは事実だが……)


 ただ、リーンという少女にとって、フューレがすべてかどうかはわからない。

 もちろん大切な存在であるのは確かだろうが、覚醒のトリガーとなる人間は他にもいる。


(リーン=アステリアの親にも会っておく必要がある。どうやら昨晩は戻らなかったようだが……)


 その最たる者が、リーンの親族だった。

 わずかなため息を漏らしつつ、ソルドは立ち上がる。娘がカオスレイダーに憑かれたことは伏せるにしても、行方不明になった事実は伝えなければならない。

 見下ろす光景に大きな変化が現れないことを今一度確認すると、彼は行動を開始した。






 その日の陽も高くなり始めた頃、ノーマンはある路地裏に潜みつつ、オリンポスとの通信を行っていた。

 ライザスへの報告はすでに済ませたあとの話で、今、彼の目の前に浮かび上がっている映像は黒い長髪の男である。


「ご無沙汰しております。ウェルザー殿」


 その相手――特務執行官【ハデス】ことウェルザーは、老紳士の挨拶に微かな笑みを浮かべる。


『久しぶりだな。ノーマン……手ひどくやられたと聞いたが、無事でなによりだ』

「サーナ様のおかげです。あの方がいなかったら、確実に死んでおりました」


 先刻の報告で、昨晩あった出来事は伝達済みだ。

 この通信はその後、ウェルザーから送ってきたものである。


『【統括者】の一人と出会ったと聞いたが?』

「はい。【テイアー】と名乗りました。なんとも不気味で恐ろしい相手です」

『【テイアー】か……ひとまず詳しい状況を説明してもらえるか?』


 その目的は、どうやらフォローに際しての情報共有であった。

 ライザスに聞いたところでは、今回の件についてはウェルザーにフォローを一任するということらしい。

 あくまで概要的なものに留めていた報告と違い、ノーマンは起きた出来事の詳細を的確に説明する。


『なるほど……話はわかった。では、今もソルドたちは別々に捜査を継続しているのだな?』

「はい。しかし今のところ、新たな事件の発生は確認しておりません。昨晩ソルド殿の追っていた少女の起こした事件が最後ですな」


 頷くウェルザーに対して、ノーマンは最新のデータを提示する。

 ここ数日は数時間おきに事件が起こっていたが、【テイアー】の出現以降、ぱったりとその動きは止んでいた。

 もちろん偶然の可能性もあるが、【統括者】たちの取っていた行動を考えると理由は明白だろう。


『寄生者の拉致か……奴らはなぜ、そのようなことを……?』

「わかりませんが、ただ……」


 そこでノーマンは嘆息する。

 彼は昨晩【テイアー】に言われたことを、そこでそのまま口にした。


『これまでのようにいかなくなると、【テイアー】が言っていたのか?』


 それを聞いたウェルザーの表情が厳しいものに変わる。

 ノーマンはシルクハットを整えながら、ツバの下でわずかに目を伏せる。


「はい。それがなにを意味するかはさておき、我々にとって厄介なのは事実かと……」


 その時吹き抜けた風に、埃が舞った。

 静かに答えた老紳士を見下ろしながら、ウェルザーはやや唸りつつ瞑目する。


『そうか……わかった。私も間もなくそちらに向かう。合流次第、次の方針を考えよう』

「かしこまりました」


 次いで鋭い眼光と共に放たれた男の言葉に、ノーマンは微かに頷いた。


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