表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE1 それはかつて友だった
9/300

(3)特務執行官


 時を同じくして、アンテラの遥か天空を挟んだ彼方。

 地球と火星の公転軌道間に、直径一キロ程の大きさの小惑星が存在した。

 それは宇宙に漂う無機質な岩塊のひとつであり、外観上は特になにもないように見える。

 しかし、その小惑星こそ、現在人類を守る最後の砦として機能している場所であった。

 限られた人間たちのみが知る小惑星――その名をパンドラと言った。



 全体が白で統一された、無機質な空間であった。

 広さはおよそ二十平方メートルというところか。

 調度として置かれているのは飾り気もない円形テーブルと、それを囲む数十脚の椅子のみである。

 部屋の片隅にはバーカウンターらしきものが設けられているが、そこも機能重視のためか無駄なものは置かれていない。

 今、その部屋にいるのは、三名の人間たちだ。

 一人の男は腕組みの姿勢で椅子に座り、もう一人は宙に浮かんだモニター相手にガンシューティングを楽しんでいる。

 紅一点の一人は、カウンターでお湯を沸かしながら、なにかを考えているようだ。


「しかし、珍しく暇だねぇ。特務執行官が三人、こうして本拠でボケッとしてる状況ってのも、そうあるもんじゃない」


 ゲームを楽しんでいた金髪の男が、あくびを噛み殺しながら言う。

 目の前で輝くベストスコア更新の文字も、彼にとって興味の対象ではないようだ。

 腕組みをしていた赤髪の男が、そのぼやきに低い声で答える。


「悪いことではあるまい。それだけ奴らの脅威が少ないということだ」

「ま、そうかもしれんが……俺としては駆け回っていたほうが性に合ってるんだ。これも職業病というやつかね?」

「くだらないことを言う。そんな単語は普通の人間にしか当てはまるまい?」

「おいおい。元を正せば、()()()()()()()()()()()だろ? そういうメンタリティがないわけじゃない」

「うむ……確かに、そこは否定しないがな……」


 どこか調子を乱されたように、彼は唸る。

 すると今まで沈黙していた女性が、二人のほうに向き直った。


「今までの統計から考えれば、一人の特務執行官が待機状態を維持できる時間は、平均で六時間二十七分というところです」

「細かいね。そんなこといちいちデータに取ってたのか? アーシェリー?」

「これも仕事の一環です。シュメイスこそ、情報管理官の割にアバウト過ぎるのでは?」


 アーシェリーと呼ばれた女性は、無表情に答える。

 それに対するシュメイスと呼ばれた男の答えは、妙に達観した人間のものだった。


「情報に潰される人間の多くは、整理がうまくいかない奴だっていうぜ。いらん情報は捨てる。必要度の低い情報は、突っ込んで考えない。それがうまく生きていくための秘訣ってやつさ」

「それは、昔取った杵塚(きねづか)というものでしょうか?」

「ま、そういうこった。それも深く突っ込んで考えちゃいけない情報のひとつだけどな……」


 シュメイスは、肩をすくめてみせる。

 モニターの光が、その表情に影を添えたように見えた。


「それはそうと……ソルド、緑茶です。データ通りの形式で淹れてみましたが?」


 アーシェリーはカウンターより進み出ると、沈黙を取り戻した赤髪の男の元へやってくる。

 盆の上に載せた湯呑みを差し出しながら、彼女は青年の顔を覗き込んだ。

 ソルドと呼ばれた彼は、ゆっくりと湯気を立ち昇らせている液体を口に含む。

 その表情が、わずかにほころんだ。


「……うむ。問題ない。ルナルが淹れるものと、ほとんど差はないな」

「それはなによりです」


 トレードマークの眼鏡を煌めかせ、アーシェリーは微笑みを浮かべた。

 その様子を、にやけた表情でシュメイスは見つめる。


「そのセリフ、ルナルが聞いたら怒るんじゃないか? 『兄様のお茶は、私が淹れなければダメなんです!』とか言ってな」

「はい。九十九パーセント以上の確率で、その言葉が返ってくるでしょうね。もっとも、彼女がここにいないのでは検証になりませんが……」

「くわばら、くわばら。立ち会いたくないね。そんな検証……」

「なぜ、立ち会いたくないのです?」

「そりゃお前、修羅場になるとわかってる所に、いたがる奴はいないだろうが……」


 怪訝そうな顔をするアーシェリーと、どこか呆れた様子のシュメイス。

 二人のやり取りを気にすることもなく、ソルドは緑茶をすするのみであった。


『お話中のところ、失礼します』


 そこに突然割り込んできたのは、巨大な立体映像だ。

 黒髪に愁い顔が印象的な女性――【クロト】である。


「よぉ、【クロト】。今日も美人じゃないの」

『あの……私を褒めても、なにも出ませんが? それより、特務執行官に出動要請です』

「出動要請? 誰からだ?」


 わずかに動揺した様子を見せる【クロト】だが、すぐにいつもの事務的口調を取り戻す。


『先ほど【アグライア】より要請がありました。コードナンバーM397の件です』

「コードナンバーM397……火星都市アンテラの連続殺人に関連したカオスレイダー暗躍の一件か。にしても、アルティナがそんな要請をしてくるってことは、結構ヤバイ感じだな?」

『彼女の報告では、対象が半覚醒状態にあるとのことです。恐らくは二十分もたないかと』

「そいつは、ギリギリだな。俺が行くか?」

『いえ、ローテーションオーダー通り、ここは【アポロン】にお願いします』


 シュメイスの提案を断り、【クロト】は赤髪の青年に目を向けた。

 その【アポロン】こと、ソルドは飲み終わった湯呑みをテーブルに置いて立ち上がる。


「……問題はない。すぐに出る」


 その表情は、すでに一人の戦士のものに変わっていた。

 わずかな緊張感が、その場に満ちる。


「あんま派手にやり過ぎんなよ? ただでさえ、お前の絡む一件は始末が面倒臭いと言われがちなんだからな」

「善処しよう。しかし、それは状況次第だ」

「武運を祈ります。ソルド」

「了解した。アーシェリー……充実した一時に感謝する」


 忠告と激励を送る二人の仲間を背に、ソルドは足早に歩き始めた。




 レストスペースをあとにしたソルドは、より強靭な鋼鉄に包まれた空間に足を踏み入れる。

 無数の輝きが星のように満ちる場所だが、ロマンチックという言葉には程遠い。

 金庫のような扉が閉じると、内部に満ちたエアーが排出されていく音が聞こえる。

 あっという間に消えていく空気。

 並みの人間なら死ぬことになる空間も、彼を含む特務執行官には戦闘前の儀式の場に過ぎない。

 精神を集中し、肉体の構成を変換する。

 全身を構成する特殊細胞が、無機質な超金属細胞へと瞬時に入れ替わる。

 人として生きている時間から、超人へと変わる時――正確には超兵器へと変わる時だろうか。

 それは人としての精神では、耐え難い苦痛でもある。

 それも彼らの背負った業のひとつなのか。


『反重力カタパルト、オンライン……全システムオールグリーン……射出ゲートをオープンします』


 頭の中で【クロト】の無機質な声が聞こえる。

 太いパイプのような空間に淡い緑光が満ち、ソルドの身体がゆっくりと浮かび上がる。

 視線の向こうで巨大な扉がゆっくりと口を開けていく。

 その向こうに見えるのは、漆黒の宇宙空間だ。


『目標……火星都市アンテラ。空間座標X357、Y46、Z557……ロックオンを完了』


 緑の光が徐々に白く変わってくる。

 迫りくる出撃の時に、ソルドの心も昂ぶる。

 無論、彼は戦いを望んでいない。

 しかし、戦うことが彼に課せられた使命だ。

 人々の未来を繋ぐため、男は果てなき戦いの道を歩む。


『発射シーケンス、オールクリア……【アポロン】、テイクオフ!』

「特務執行官【アポロン】、出撃する!!」


 全身に響く強烈なGと共に、身体が前方へと押し出された。

 ほんの一瞬で超音速を超えたソルドは、全身を灼熱の赤光に包み、虚無の真空へと飛び出した。




 所戻り、火星都市アンテラ郊外。


「うああああああああぁああぁぁぁぁあぁぁぁ……!!」


 ジョニー=ライモンは控え室で、一人もだえ苦しんでいた。

 ベッドに顔を押し付け、絶叫を押し殺す。

 楽譜の束が、無造作にカーペットに散らばっている。

 その所々には、わずかな血の跡が滲んでいる。

 リサイタルの開演まで、あと数分というところであった。


「俺は……おれ、は……どうしちまった、んだ、ああああああぁあぁぁぁあぁぁぁ……!!」


 ジョニーの頭の中は、焼け付くようだった。

 思考がまとまらず、様々な記憶が乱れ飛んでは消えていく。

 死の間際の走馬灯と違い、情報の奔流が無作為に脳を横切っていく感じだ。

 今まで何度か、偏頭痛はあった。しかし、今回のこれは桁違いのレベルだ。


「ぼ、ボリス……俺、はあああああああああぁぁあぁぁぁ……!!!」


 思わず友人の名を叫ぶジョニー。

 その頭に、自分のものとは違うなにかの声が聞こえてくる。


『じょにぃ……じょにぃ……オマエハ……オマエハスデニ、ワレノモノ……ゼツボウヲ……ハカイヲ……シヲ……』

「や、やめろ、おおおぉぉおおおぉぉぉ…………!!!!」

『コロス……ハカイ……ナニモカモ……ぼりす=べっかぁ、シヲヲォォォォ……!!!』


 恐るべき声の主は、ジョニーの意識を、心を喰らっていく。

 恐るべき混沌の渦が、ジョニーという人間を飲み込んでいく。

 抵抗はできない。

 抵抗など、できない。

 突然襲ってくる天災に人々がなにもできないように、今のジョニーに声の主を退けることは不可能であった。


「ライモンさん? そろそろお時間です! 準備をお願いします! ライモンさん!?」


 やがて訪れた静寂の中、彼を呼びに来た人間の声が聞こえてくる。

 ゆっくりと、まるで幽鬼のように立ち上がりながら、ジョニーはドアのほうへと向き直る。


「……わかった。いマ、イコウ……」


 その声、その表情は確かにジョニー=ライモンでありながら、どこか歪んだ雰囲気を放っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ