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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(5)戦慄の使者たち


 その風は大地を切り裂き、亀裂を刻んだ。

 普通の風でない真空を利用した切断――明らかな攻撃の一種であった。


「これは!?」


 風の止んだあと、ソルドが改めて視線を上げると、目の前に一人の女が立っていることに気付く。

 緋色のライダースーツに身を包んだ女だ。

 カオスレイダー特有の紅い瞳を持ちつつも、その目が強い意思を持って彼を見つめてくる。


「残念だけど、この娘をやらせるわけにはいかないわ……」

「お前は!?」

「こうして言葉を交わすのは初めてかしらね。でも、あなたに吹き飛ばされたこと、忘れてないわよ……」


 アレクシア=ステイシスは、わずかに憎悪を込めた声音で語り掛けてくる。

 言われてソルドは、女が何者かに気付いた。


(この女は、あの時にシェリーと戦っていた奴か!)


 アーシェリーとの因縁を持ち、彼女とほぼ互角の戦いを演じた敵だ。

 その存在は今まで確認されたどのカオスレイダーとも違っていると、後日見た記録には記されていた。

 わずかな戦慄と共に彼が油断なく身構えると、加えて女の背後にもうひとつの影が現れる。


「そういうことだ。悪いが、この娘はもらっていくぞ……特務執行官【アポロン】」


 低い声が、耳を打つ。

 リーンの傍らに立った黒いスーツの男は、呆然としている少女を抱きかかえて口元を歪めた。


「貴様!?」


 その男にも、ソルドは見覚えがあった。

【テイアー】と初めて対峙した時、その傍らにいた男だ。 


(【統括者】の下僕として行動している男……確か名前は、ダイゴ=オザキ……!)


 彼としてはあの時が初対面であったが、アマンド・バイオテックの重役だった男は、これまでの様々な事件に関与していたようだ。

 フィアネスも一度、彼を取り逃がしている。アレクシアとは別の意味で油断のならない敵と言えた。


「……その娘を、どうするつもりだ?」


【統括者】の下僕と寄生者を前に、ソルドはやや劣勢な状況下に置かれることとなった。

 これが一人ならどうにかなりそうなものだが、今、背後には、混乱に身を竦ませているフューレがいる。

 このまま攻勢に出られたら、彼女を守り切れるかは難しい。冷静を装う彼の内心は、焦燥に駆られていた。


「それを言う必要はなかろう。ただ、貴様たちにとって望ましくないことは確かだろうがな……フフフ」

「なに……?」

「この場は引き上げさせてもらうが、今度会った時は貴様の最期になるかもしれんぞ?」


 ただ、ダイゴにはここで戦端を開くつもりはなかったらしい。

 リーンを抱えたまま、彼の姿は以前会った時同様に闇に溶け込もうとしていた。


「待て! このまま逃がすと……!」


 駆け出そうとするソルドだが、次の瞬間、彼の目の前を真空の刃がかすめる。

 動きを止めて歯噛みした彼を静かに見据え、今度はアレクシアが告げた。


「これで、この前の借りを少しは返せたかしら。【アポロン】……アーシェリーに伝えなさい。今度会った時には、必ず決着をつけると……」


 そして、彼女は廃屋の上に飛び上がると、そのまま緋色の風となって闇に消えていく。

 ダイゴたちもその姿を完全に消しており、その場にはソルドとフューレだけが残されることとなった。


「逃げられたか……」


 吹き抜ける乾いた風の中で、ソルドはつぶやく。

 悔しさが残る反面、フューレを戦いに巻き込まずに済んだことは僥倖であった。

 しかし、状況が良くなったわけでは決してない。


(ノーマンが言っていた寄生者の失踪は、こういう理由があったのか? だとしたら、奴らはいったいなにを企んでいる?)


 謎の失踪を遂げている寄生者――その裏に【統括者】たちの思惑があることを感じ取った彼は、嫌な予感を拭えずにいた。

 そもそも寄生者たちが保護されていたのだとしたら、その分カオスレイダーの個体総数が増えていることになる。

 その時点で、すでに厄介なことには違いないのだ。【統括者】や王の復活も早まることになるだろう。

 速やかに対応する必要があると思った矢先、彼の耳は呆然とした少女の声を聞いていた。


「リーン……」


 改めてフューレに目をやったソルドは、その少女の瞳にわずかな輝きが浮かんでいるのを見た。






 時はほぼ同じくして、ところは変わる。

 そこは人智の光が交錯する場所だった。

 夜空に煌めく輝きと、鋭く投げかけられる光の矢。

 天の星すら打ち消すような地の光は、清涼な風の中で幻想のごとき光景を生み出す。

 それは見るべき時と、共にある人との関係によって記憶に焼き付く美景となったろう。

 しかし、今向かい合って立つ二人の人間にとって、それは無価値なものでしかない。


「お、お前はなんなんだ!? 私にいったい、なんの用があると言うんだ!?」


 壮年の男が、どこか脅えた様子で問い掛ける。

 超電導ライナーステーションの上層に設えられた展望広場は、普段は人の多いムードスポットのひとつである。

 ただ、ロックダウンのかかっている現在、そこに訪れる人間は極めて少なくなっている。

 そして今、この場にたたずむ人間は二人だけであり、次いで人の訪れる気配はなかった。


「さてさて、用と言うほどのものでもありませんが……あなたに、少し確かめたいことがありましてな」


 男を追い詰めた男は、柔らかな物腰で問い掛ける。

 しかし、シルクハットの下に宿る眼光は、どこか鋭さを帯びていた。


「あなた……ここ最近、人を殺したことがおありですな?」


 唐突な質問を受け、男の喉が鳴る。

 額に伝った汗が、その動揺を物語っている。


「……な、なんのことだ!? 私は、知らんぞ……!」

「しらばっくれる必要はありません。隠していても無意味なものはありますので……それに、あなたの意思で行ったわけでもないはず……」


 男の乾いた声に、シルクハットの男――ノーマンは嘆息すると、ステッキの中ほどを持ち、柄の部分を相手に向けた。


「もっとも、それであなたという人間を見逃すことも、救うこともできないのですがね」


 同時に眩い光が、そこから弾ける。

 それはカメラのフラッシュ程度の瞬間的なものだったが、それを見た男が突然絶叫を上げた。


「グアアアァァァァアァァァ……キ、キサマ……!」


 紅くなった瞳をノーマンに向け、男は隠された殺意をむき出しにする。

 もっとも、それは彼自身のものでなく、身体に潜む別の意思が姿を見せたものだった。


「正体見たり……というところですな。では、お相手致しましょう」


 ノーマンが呟くと同時に、カオスレイダーの本性を見せた男が飛び掛かってくる。

 その飛び込みを、わずか身を逸らせて回避したノーマンは、すぐさまステッキの先端で相手を突き込む。

 同時に放たれた衝撃波が、男を大きく跳ね飛ばしていた。


「そんなあからさまな攻撃では、私に当てることなど叶いませんぞ」


 老紳士の挑発めいた言葉に、カオスレイダーの男は咆哮で答える。

 次いで彼が取った行動は、ナイフのように伸びた爪をその指から射出することだった。

 空を切り裂いて飛ぶ爪が、光を受けて鈍く輝く弾となる。

 ただ、その攻撃がノーマンを捉えることはなかった。動きを先読みしたように身を低くした彼の上を、爪の弾丸が通り抜けていく。

 その風切り音を聞きながら、ノーマンは地を蹴った。

 とても初老とは思えぬほどの俊敏な動きで、敵の喉元に迫る。

 カオスレイダーの男はすかさず腕を振り降ろそうとするが、脇の下に突き込まれたステッキが初動を止める。

 わずかにバランスを崩したその身体に、次いでノーマンの掌底が叩き込まれた。


「ゴガアァッ!」


 呻くような声と共に大きく後退った男に、追撃のシルクハットが飛んでくる。

 回転する帽子のツバが煌めくと同時に、それが身を逸らそうとした男の胸板を深々と切り裂いた。

 迸った鮮血が、広場の床にはたはたと飛び散る。


「パワーとスピードは人並み以上でも、攻撃は単調そのもの……ま、それをあなたに言っても詮方なきことですかな。カオスレイダー殿?」


 ノーマンはブーメランのように手元に戻ってきたシルクハットをキャッチすると、鮮血を払って被り直す。

 その口調は挑発するようでありながら、淡々としていた。

 カオスレイダーの男は苦痛に苦しんでいたものの、瞳に浮かぶ殺意はより増しているようだった。


「とはいえ、油断は禁物。人の目につかぬとも限りませんので、早々に終わりに致しましょう」


 一方的に告げるように言うと、ノーマンはステッキを中ほどから分離して、先端側を床に落とす。

 次いで持ち手の部分を捻ると、分離面の部分からプラズマが迸りブレードを形成した。

 始末をつけるべく彼は再び地を蹴り、カオスレイダーの男に向かう。


「……さて、そう簡単にいくかしらね……人間」


 しかし次の瞬間、謎の声を耳にしたノーマンは、自らの身体が強い衝撃と共に進行方向と逆の宙に舞ったことを知った――。


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