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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(4)混沌に染まる少女


 ソルドがルークラフト・ハイスクールでの捜査を始めて、早くも一日が過ぎようとしていた。

 CKOの捜査局員を名乗り行動を開始した彼は、まずターゲットを生徒に絞っていた。

 カオスレイダーが若く感情に満ち溢れた若者を狙うことは統計上はっきりしていたし、直近の事件の犯行時刻が下校時刻後でもあったからだ。

 それでも生徒数が多いだけに捜査は難航するかと思えたが、現在のノーザンライトはロックダウンによる行動規制下にあるため、生徒の単独登下校は基本的に禁止されている。

 ゆえに、明らかに不審な行動パターンを取り始めた生徒の特定は難しくなかった。


(リーン=アステリア……ここが彼女の家か)


 その中でソルドは、一人の少女に対し、寄生者としての疑惑を抱いていた。

 生徒たちへの聞き込み調査を続ける中、気になる情報を拾うことができたためである。


『そういえば、この間リーンちゃんの目が赤かったのを見たよ。カラコンでもしてんのかな?と思ったけど、そのあと元に戻ってたんだよね』

『今日、体調悪いって休んでたなぁ。あの子にしては珍しいって思った』

『最近、変だったよね。みんなともあまり話さなくなったし……前はそんなことなかったんだけど』

『アステリアさんのことですか? う~ん、あまり詳しくは知らないです。でも、オルフィーレさんと仲が良かったから、彼女ならなにか知っていると思います』


 瞳の色が赤くなるというのは、寄生者の末期症状を示すサインである。

 そして普段は人当たりも良い人間が、急に態度を変えるというのも疑うには充分な証拠だった。

 リーンという少女と仲の良かったフューレという少女には出会えなかったものの、ソルドはすぐに次の行動に移ることにした。

【アトロポス】に頼みリーンのデータを得た彼は、こうして少女の自宅までやってきたのだった。

 時刻は午後の七時になっている。すでに陽は落ち、辺りは外灯の淡い光が照らすのみとなっている。

 家に明かりはついておらず、人の気配も感じられなかったが、とりあえずソルドは呼び出しのベルを押してみた。


「留守か……しかし学校に来ていない上、この時間で両親共々不在とは……いったいどこへ?」


 当然のことながら、返答はない。

 ロックダウン下とはいえ外出できないわけではないものの、疑念は深まる。

 スキャニングモードを起動して周辺のデータを取ろうとした矢先、彼の背後から甲高い声が聞こえてきた。


「あ! あんたは……あの時の変態!!」


 思わず振り向くと、そこには一人の少女がたたずんでいた。

 服こそ制服ではなかったが、その口調と容姿からソルドは彼女が昨日ぶつかった少女だと気付く。


「変態はやめてくれ。私はこういう者だ……」


 わずかにため息をつきながら、彼は偽の身分証をかざす。

 ここでまた大騒ぎされたら、たまったものではない。

 警戒したようにそれを覗き込んできた少女は、内容を見て少し驚いたような表情をした。


「CKOの……捜査局員?」


 偽物とはいえ、身分証の効果は絶大だったようだ。

 睨みつけるような少女の目が和らいだところで、ソルドは諭すように言った。


「そうだ。それよりも、こんな時間に一人で出歩くのは感心しないな。今の街の状況はわかっているだろう?」

「別にいいじゃない。家が近くなんだから、ちょっと友達の様子見に来たって……」


 どこかバツの悪そうな顔をした少女だが、そのつぶやくような言葉にソルドは、はたと気が付く。


「もしや……君が、フューレ=オルフィーレか?」

「……だったら、なんだってのよ?」


 そこで再び少女は警戒心を強めた。

 見ず知らずの人間に、いきなり名前を呼ばれればそうもなるだろう。

 謝るように頭を下げたソルドは、少し言葉を選びつつ話を続ける。


「いや、実はリーン=アステリアのことについて訊きたくてな……」

「リーンのこと聞いて、どうしようってのよ?」

「最近、学園付近で起こっている殺人事件は知っているだろう? 今、そのことで捜査していて……」


 そこで少女――フューレ=オルフィーレは彼の言わんとしていることに気が付いたように、声を荒げた。


「まさか、リーンを疑ってるの!? リーンがそんなことするわけないじゃない!」

「落ち着け。まだそうだと決まったわけじゃない。ただ最近、彼女の様子が変だとクラスメイトたちから聞いてな。君にもなにか心当たりが……」


 ただ、そこまで言ったところで、話は打ち切られてしまう。

 なぜなら夜を裂くように、人の絶叫が聞こえてきたからである。


「悲鳴だと……! 君はここを動くな!!」


 二人の表情が一転する。

 怯えたように身を竦ませたフューレに対し、表情を厳しくしたソルドは一言、言い残して駆け出す。

 距離としては、直線距離で百メートルといったところだ。

 更にスキャニングモードを起動した彼は、叫びの発生地点にわずかながらのCW値が計測されたことに気付く。


(カオスレイダーの反応……寄生者に間違いない!)


 黄金の瞳に闘志を宿し、ソルドは目標地点へと急ぐ。


(殺人事件……リーンが……犯人……? そんなこと……あるわけ……!)


 そんな彼を呆然と見つめていたフューレであったが、やがて震える手を握り締めると、あとを追うようにその場を駆け出した。






 そこは、廃屋の敷地の一角だった。

 かつてノーザンライトが普通の街だった頃に使われていた施設だが、取り壊されることもなく残っていたものだ。

 入口には鎖が張られているが侵入できないほどではなく、平穏時には子供たちの遊び場になっていたこともあるらしい。

 しかし、ロックダウンのかかった現在は監視も厳しくなり、人は寄り付かなくなっているはずだった。

 外灯の光すらおぼろげなその場所に、リーン=アステリアはたたずんでいた。

 返り血に染まった制服はあちこちが破けており、靴は脱げて裸足になっている。

 瞳はガーネットのような色に染まり、手の爪はまるで猛禽のように変形し、鮮血を滴らせていた。

 少女の足元には、男の死体が転がっている。スーツを纏ったその容姿を見るに、どうやらサラリーマンのようだ。

 なぜ、男がこの場所で、リーンの側にいたのかは不明だが、それを確かめる術はない。

 男の死に顔は、驚愕と畏怖に凍り付いていた。

 死体を見下ろすリーンの顔には、愉悦が浮かんでいる。それはまさに邪悪と呼ぶに相応しい笑みだ。

 舌なめずりをしながら、彼女がその爪を物言わぬ死体に振り下ろそうとした時である。


「やめろ!」


 男の声が響き渡った。

 少女が目を向けると、そこには金の瞳を輝かせた青年がたたずんでいる。


(あの容姿……リーン=アステリア! やはり、彼女がカオスレイダー……!)


 そこに現れた男――ソルドは厳しい表情を湛えたまま、一歩を踏み出す。

 近づいてくる青年を無言で見つめながら、リーンは新たな獲物を見つけた悦びに笑みを浮かべる。

 もはや少女の意識は、カオスレイダーに呑み込まれかけていた。


「コントンニ……キスル……」


 片言でつぶやきながら、リーンはソルドに襲い掛かる。

 その動きは、普通の人間では反応できないほどに早い。しかし、特務執行官にとっては余裕で対処できるものだった。

 振り下ろされた爪の一撃をわずかな動きでかわし、ソルドは無造作に掌底を繰り出す。

 激しい音と共にリーンの身体が跳ね飛ばされ、地面を十メートルほど転がった。


「カオスレイダーよ……特務執行官【アポロン】の名において、貴様をここで掃討する」


 ソルドは抑揚を感じさせない声で、端的に告げる。

 いまだ少女の姿を残す敵であっても、憐憫を抱くわけにはいかない。

 その身に宿す炎の力とは正反対に、彼は強くその感情を自制していた。


「ガ……キ、サマ……!?」


 リーンはどこか怒りをみなぎらせた表情で、目の前の敵を見つめる。

 しかし、ふとその顔が驚愕に凍り付いたように変わった。


「はぁ……はぁ……リーン……?」


 カオスレイダーたる少女の目は、ソルドの背後に向けられていた。

 そこには息を切らせた様子の、短髪の少女の姿がある。


「君は!? なぜ来た!! 早く戻れ!!」


 ソルドもまた振り向きざま、叫んでいた。

 まさか、フューレがあとを追ってくるとは思わなかったのだ。

 その場の誰もが愕然とする中、顔を歪めたリーンは呻き声を上げてその場に膝をつく。


「ふ、ふゅーれ……チャン……」

「リーン!? いったい、どうしちゃったのよ!?」


 友人の元へ駆けだそうとしたフューレだが、ソルドはすれ違いざま、その腕を掴んで引き留める。


「よせ! 彼女に近付くな!!」

「どうしてよ! 放してよ! この変態!」

「今の彼女は、君の知るリーン=アステリアではない! 彼女は……!」


 昨日のことを思い出したかのようにフューレは彼を非難するが、ソルドは今度は引く様子を見せない。

 そんな二人の様子を見つめていたリーンは頭を抱えつつも、ゆっくりと立ち上がる。

 その瞳に浮かび上がったのは、黒き殺意だ。


「ふ、ふゅーれ……オマエヲ、コロシテ……!!」

「ちぃっ!!」


 リーンが爪を構えて跳躍する。

 ソルドはとっさにフューレを抱き寄せると、横っ飛びにその場を離れた。

 驚く少女の目に、異形の爪が空を切り裂く様子が映る。


(どうする? これは想定外だ。この娘の前で、カオスレイダーを葬るのか……?)


 背後にフューレを庇って立ち上がりながら、ソルドは歯噛みする。

 カオスレイダー寄生者を救う手立てがない以上、掃討することが特務執行官の使命だ。

 しかし彼もこれまで、関係者の目前で寄生者を手にかけたことはなかった。

 ミュスカの時のようにフューレを昏倒させる余裕も、今はない。


(やるしかないのか……悩んでいる暇は、ない……!)


 ソルドは覚悟を決めたように、拳を握り締めた。

 戦いでの逡巡は命取りになる。そうなればフューレを守ることもできない。

 だが、彼がリーンに立ち向かおうとしたその瞬間、対峙する両者の間を強い疾風が駆け抜けた――。


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