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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(3)陰謀と疑念


 暗闇の中に、歪に光る赤い輝きがある。

 光に照らされる岩肌は赤黒く、どこか化石めいた印象を与える。

 そこは直径二十メートルくらいの空間であった。

 なぜか出入り口と思しきものはなく、周りはすべて異質な岩に囲まれている。

 空間の中央には光の元となる卵のような物体が鎮座しており、どくどくと音を立てて脈動していた。

 その卵型の物体を囲むように横たわっているのは、異形の怪物たちである。

 トカゲのような者、熊のような者、虎のような者――様々な姿をした者たちが虚ろな瞳を宙に向けている。

 そこには意思の欠片も見えず、まるで彫像のようである。

 その中でただ一人、明確な意思を持ってたたずむ者がいた。

 黄金の瞳を持つ黒い影――混沌の統括者である【ハイペリオン】だった。


「混沌の下僕たちよ……その力、捧げよ……より強き混沌の礎となれ」


 その声と同時に、横たわる異形たちから赤い輝きが放たれる。

 光は一筋の流れとなって、鎮座する卵に吸い込まれていく。

 それに従い異形の者たちは干からびるように姿を変え、やがてミイラのような骸と化した。

 卵のような物体はその輝きをより強め、脈動もまた力強いものに変化していた。

【ハイペリオン】がそれを満足そうな目で見つめていると、そこに突如として別の気配が現れる。

 彼の背後に現れたのは、黒いスーツを身に纏った男だ。

 それは、混沌の下僕として活動するダイゴ=オザキだった。


「ダイゴか……どうしたんだい?」


 振り向くこともなく、【ハイペリオン】は問い掛ける。

 ダイゴは普段の慇懃無礼な態度を欠片も見せることなく跪くと、主に向かって自分の見たことを報告した。


「ふ~ん……特務執行官【アポロン】が現れたって?」


 しかし、その報告を聞いても、【ハイペリオン】はそっけない反応を返すだけだった。

 どうやら彼にとって、ソルドたちが現れたことは想定済みのようである。


「ま、そもそもこれだけ覚醒間近の下僕たちが暴れてるのに、気付かれないはずもないさ。むしろ遅過ぎるくらいじゃないかな? なにをやっていたかは知らないけどね……」


 闇に浮かぶ金の瞳が、閉じられたように消える。

 しばし動きを止めた【ハイペリオン】は、やがてなにかに気付いたように言葉を続けた。


「それにここにやってきたのは【アポロン】だけじゃないようだ。感じるよ……もうひとつの光の存在を……」


 混沌に対するために生まれた【秩序の光】――コスモスティアの反応を【統括者】たる彼は感じ取ったようだ。

 わずかに恥じ入るような表情を見せたダイゴは、体勢を維持したまま指示を仰いだ。


「では、いかがいたしましょう?【ハイペリオン】様……」


 ただ、その口調にはわずかながら、黒い感情が渦巻いているようにも感じられる。

 振り向いた【ハイペリオン】は忠実な下僕を見つめると、静かに告げた。


「どうもしないさ。君は今まで通り捕獲を続行するんだ。ただ、奴らに始末されては元も子もないからね。この際、未覚醒の個体でも構わないよ……」

「はっ……かしこまりました」


 一言答え、うやうやしく一礼をしたダイゴは踵を返す。

 その後ろ姿を見送る【統括者】の心中には、懸念が覗いていた。

 それはダイゴに対するものではなく、特務執行官たちの行動やそれ以外の不測の事態を考慮してのものだった。


(これ以上は、()()()()()では荷が重いか。【テイアー】にも動いてもらうかな。今回の計画はかなり重要だからね……)


 黄金の瞳を歪に煌めかせ、【ハイペリオン】は脈動する卵に視線を移した。






 逃げるように学校を飛び出したリーンは、走りに走った挙句、ある公園の一角でその足を止めていた。

 どれだけの時間が経ったのかわからないが、周囲には闇が下り始めている。

 まったく見たことも来たこともない場所で、少女は荒い息をつきながら木の下にへたり込んだ。


(コントンニ……スベテヲコントンニ……)


 頭の中で響く声が、ますます強くなってきている。

 頭痛というレベルではない痛みが脳を駆け巡り、力尽き汗ばんだ少女の身体が草むらの中で転がる。

 今までも何度か襲ってきた苦痛――それは日増しにリーンの意思を侵食してきていた。


(ダメ……壊れる……わたし……もう……!)


 天に向けて声にならない悲鳴を上げながら、彼女は頭を抑えつつブリッジのように身を反らす。

 傍から見れば、明らかに異常な少女の行動――それに気付く人間がまったくいないわけもなかった。


「君……こんなところで、なにをしているんだ?」


 そこに現れたのは、パトロール中と思われる保安局の警官だった。

 ハンドライトを手にリーンの様子を窺うが、少女はそんな彼に気付いた様子がない。


「今がどういう状況か知っているだろう。早く家に帰りなさい」


 訝しげに声を掛けるも、リーンはまったく反応しない。

 ただ茫然と天を見上げ、口をぱくぱくと動かすだけだ。

 その瞳の色は、鮮やかな紅い色に染まり始めていた。


「おい、どうした? 君……!」


 あまりにおかしい少女の様子に、警官が更に近寄ると、その動きに呼応したかのようにリーンの身体が起き上がった。

 続けて瞬間的に繰り出された少女の手が、男の胸板を貫く。


「ぐ、ぐわああぁあぁあぁぁぁぁぁ……!!」


 驚愕した男の絶叫が、こだまする。

 真っ赤な鮮血が、点り始めた外灯の下で四方に弾ける。

 先端に鉤爪を生やしたどす黒い手が男の背中から突き出ていた。

 もちろん警官は即死だったが、リーンはそのまま異形となった手で男の全身を切り刻む。


「ふふふ……ハハハ……アハハハハハ……!!」


 そこにあったのは、優しげな雰囲気を持つ少女の姿ではなかった。

 口元に歪んだ笑みを浮かべ、残虐な行為を楽しむかのように哄笑を上げる狂人の姿だった。

 しかし、数分ほど過ぎてサイレンの音が聞こえ始めた時、その瞳に元の輝きが戻り始める。

 異形の腕が人間の腕に、紅い瞳が青い瞳に変わった時、リーンは全身に夥しい返り血を浴びていることに気付く。


(わ……わたし、また……!)


 普通なら叫び出しそうなところだが、少女に激しい動揺はない。

 それもそのはずで、彼女にとってこのような状況は何回か繰り返したことなのだ。

 もちろんそればかりが理由ではない。恐ろしいことに、リーンの心には恐怖どころか悦びにも似た感情が芽生え始めていたのだ。

 首を振りながら逃げるように駆け出した少女は、そのまま灯りのない闇の中へ消えていく。


「また……まタ、やってシマッた……ワタシ、これカラどうスレバ……!」


 その口から放たれた言葉は、わずかに片言めいた口調となっていた。





(あの娘も、寄生者か……)


 そんな少女の行動を、一部始終眺めていた影がある。

 現場から少し離れた木陰に潜んでいた人物は、音もなく斬殺死体の傍らに移動する。


(もう意識を保つのも難しいってところかしら……哀れなものね)


 緋色の髪と瞳を持つその女――アレクシア=ステイシスは遺体を一瞥すると、リーンの立ち去った方角を見やった。

 その目の奥には、わずかながらに憐憫が浮かんでいる。


(混沌の種子……人の感情を食らい、精神を侵食する寄生生命体……)


 かつては自分も苛まれた苦痛を思い返し、アレクシアは瞑目する。

 自分の心を食い尽くされるようなあの感覚は、体験した者でないとわからない。

 同じ混沌の力を持つ者でありつつも、そういう意味で彼女はダイゴと大きく違っていた。

 覚醒した自分がこうして自我を保っていられる理由は今も不明だが、それゆえにアレクシアは同属でありながらカオスレイダーに対する嫌悪を少なからず内に秘めてもいた。

 そして、それを好ましく思っていない存在もいる。


『【ハイペリオン】は、あなたを信用していない。今回の仕事で、あなたの有用性を知らしめてあげることね……』


 それは少し前に【テイアー】に告げられた言葉だった。

 どうやら現在のアレクシアは【統括者】たちにとってもイレギュラーな存在であり、警戒の対象となっているようだ。

 自分たちの都合で人の身体を弄り回しておいて、勝手なものだと思う。

 もっとも、アレクシアも本心では彼らを信用していないので、ある意味お互い様だ。

 アーシェリーを倒す――その目的のために利用できる価値がある以上、表立って敵対するつもりもなかったが、彼らのやることに盲目的に従うつもりもなかった。


(それにしても【ハイペリオン】は、あんな人間たちを集めてどうしようというのかしら。ろくでもないことを考えているのは確かだろうけど……)


 心中でつぶやきながら、アレクシアは近付く喧騒から遠ざかるように緋色の風となった。


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