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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE5 太陽の翳る時
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(2)苦悩の少女


 頭の中で、声が響く。


(コロセ……ハカイシロ……)


 自らの意思を支配するかのようなその声に、少女は必死で抗う。


(ダメ……ダメ……!)


 しかし、声は決して消えることはなく、むしろより強く彼女に語り掛けてくる。


(コントンニ……スベテヲ……)


 すでに少女は知っている。

 どれほど抗おうとも、抗うことのできない事実を。

 声は時に彼女を支配し、その身体すらも意のままに動かしてしまう。

 その結果としてもたらされた悲劇があることも、今の彼女は知っていた。


(やめて! もう……わたしの心を……!)


 それでも、彼女は抗うことを止めない。

 止めてしまえば、自分の存在そのものが消え失せてしまうから。

 ただの死ではなく、自分という人間が謎の意思に乗っ取られて生き続ける。

 それはとても怖いことだと、その少女は感じていた。


「……リーン? リーンってば!」


 孤独な苦しみの中で、彼女は自分を呼ぶ声を聞く。

 意識が現実に引き戻された時、目の前にいたのはショートカットの少女であった。


「……あ? フューレ……ちゃん?」


 目を瞬かせながら、少女――リーン=アステリアはその相手を見つめる。

 小首を傾げるように彼女の顔を覗き込んできたフューレ=オルフィーレは、心配そうな表情を浮かべて続けた。


「あ?じゃないわよ。ずっと、どうしちゃったの……? 具合悪いなら保健室行く?」

「う、ううん。だいじょうぶ! もう平気だから……」


 努めて笑顔を浮かべると、リーンは改めて辺りを見回す。

 すでに教室内の人の数はまばらで、窓の外からは生徒たちの明るい声が聞こえてくる。

 いつの間にか放課後のホームルームが終わっていたことに、ここで初めて彼女は気付いた。


「それならいいんだけど……それより、一緒に帰らない?」


 フューレはまだ訝しげな様子だったが、リーンがいつも通りの反応をしたことでホッとしたらしい。

 ただ、その誘いに対するリーンの答えはそっけないものだった。


「ご、ごめん……今日は少し用事があって……」

「え~、最近そんなんばっかじゃない。理由訊いても教えてくれないし……」

「ほ、ホントにごめんね……実はお父さんとの約束があるの」

「そうなの? それならしょうがないけど……でも、単独行動はいけないから途中まで一緒にどう?」


 友人のつれない態度にフューレは頬を膨らませつつも、食い下がる様子を見せる。

 ただ、彼女は知らない。

 瞳の奥に紅い輝きをわずか宿した少女の抱える苦しみを――。


(コロセ……ふゅーれ……)

(ダメ! フューレちゃんには……絶対そんなこと……!)


 再び頭の中に響いてきた声に、リーンは強い拒絶の意思を示す。

 恐るべき謎の意思は、目の前の少女――フューレの生命を奪えと告げてくる。

 勢い良く立ち上がったリーンの身体がわずかに揺らいだ。

 態勢を立て直すべく突いた椅子が床に倒れ、乾いた音が教室内にこだまする。


「ねぇ、ちょっと……顔色悪いよ? ホントにだいじょうぶ?」


 やはり様子がおかしいと思ったフューレは、彼女の身体に触れようと手を伸ばす。

 しかしその手を払いのけ、リーンは叫ぶように言った。


「へ、平気……心配かけて、ごめんね……じゃ、わたし、行くから!」

「あ、ちょっと、リーンってば!」


 ひったくるようにカバンを掴んだリーンは、脱兎のごとく教室を駆け出ていく。

 その様子を呆然と見つめながら、フューレは漠然とした不安に囚われていた。


(どうしちゃったの? リーン……いったい、なにが……?)


 やがて彼女はその不安を振り払うかのように、友人のあとを追った。





 なにかに駆り立てられるように、リーンは走る。

 下校中の生徒たちは必死の形相の彼女を見て驚いたり、ひそひそ話したりしているが、当の本人にはそれを気にしている余裕はない。


(ダメ……もう、わたし……どうすれば……!)


 正門を出て歩道をひた走りながら、彼女は心中で叫ぶ。

 誰にも聞こえない慟哭。しかし、その苦しみを理解する人間はいないし、理解してもらうわけにもいかない。

 今はただ、誰もいないところへ行きたかった。謎の声に、自らの身体が乗っ取られてしまわない内に――。

 やがて彼女は一人の男とすれ違うが、その男が好奇心めいた視線を飛ばしてきたことに気付くこともなかった。


「ふむ。あの進行度なら覚醒も間近か。贄としては最適だな……」


 リーンとすれ違った男は、黒のスーツに身を包んでいた。

 鋭い眼光は紅い光に満ち、駆け去っていく少女を捉え続けている。

 その男――ダイゴ=オザキはわずかに口元を歪ませるも、次いで目を移した進行方向に見知った者の姿を認めた。


「む? あの男は……」


 赤い髪の青年が、車道を挟んだ向こう側を歩いている。

 すっと物陰に身を潜め、ダイゴはわずかにいまいましげな表情をした。

 幸い、彼の姿は相手から認識されなかったようだ。


「特務執行官【アポロン】――ソルド=レイフォースか……まさか、奴が来るとはな」


 少なからぬ因縁の敵の名をつぶやきながら、彼は静かに踵を返した。






 ソルドのやってきた場所は、街の北部――ノースエリアであった。

 数時間前のビル屋上での話し合いで、ノーマンは南部の捜査を継続、ソルドとサーナは被害が集中している北部と西部とに分かれて捜査を行うことになったからだ。

 現在、彼が見上げているのは、かつてノーザンライト・ハイスクールと呼ばれていた学園の正門である。

 ディック=ルークラフトという男の残した遺産はその名をルークラフト・ハイスクールと改め、規模も当時と変わらぬ千人単位のマンモス校であった。

 建物自体は老朽化が進んで一部は改築もされていたが、その佇まいは二十数年前と大きく変わらない。

 ここにウェルザーやフィアネスがいれば懐かしさを感じたところだろうが、二人の過去を知らぬソルドにしてみれば特に感慨が湧く場所でもなかった。


(被害はここを中心に起こっていた……)


 ノーマンの調べ上げた情報を思い返しながら、ソルドは息をつく。

 殺人事件の起こった場所は学園の近隣が多く、寄生者がここの関係者である可能性は高い。

 ただ、決め手となる情報も少なく、人の数も多いだけに対象の特定には時間がかかりそうだった。


(状況を考えると、あまり時間があるとも言えないが……さて、どうする?)


 考え事をしながら正門へと近づいた彼だったが、その瞬間凄い勢いで飛び出してきた人間とぶつかった。


「きゃっ!?」


 ぶつかったのは、この学校の女生徒であった。

 ソルド自身はほとんど微動だにしなかったが、相手は跳ね飛ばされたかのようにその場に尻もちをついている。


「あ、す、すまん」

「ちょっと、なにボーッとして……ひあっ!?」


 謝ろうとするソルドに対し、少女は非難の眼差しを向けるが、すぐになにかに気付いたように驚きの声を上げた。

 激しくぶつかった影響もあってか、スカートが大きくめくれて下着が丸見えになっていたからだ。

 慌ててスカートを抑える少女の顔が見る見る紅潮する。


「み、見たでしょ!! 変態!!」

「いや、見ていない!って……ミュスカ?」


 ソルドもまた頬を赤らめつつ弁解しようとするが、すぐにその顔が驚きの表情に変わる。

 ぶつかった少女に、かつて守れなかった少女の姿が重なって見えたのだ。


「は? 誰よそれ……」


 しかし、それも一瞬のことである。

 憤りの中、放たれた少女の疑問に、ソルドは我を取り戻して頭を掻いた。


「あ、いや、すまん……人違いだった。君が知り合いに似ていたものでな……」


 実際、その少女は容姿も雰囲気も、ミュスカに似ていた。

 この場に彼女がいれば、姉妹と見間違えられても不思議じゃなかったろう。

 ただ、ミュスカの存在を知らない少女にしてみれば、それは一人の男の妄想めいた戯言にしか聞こえない。


「ふ~ん……ぶつかって、人の下着覗き見た上に、知り合いに似てる? ずいぶん新しいナンパね。この変態!」


 怒りと羞恥で我を忘れた少女は、まくし立てるように言う。

 完全に思い込みであったが、誤解を解こうとソルドが一歩踏み出した瞬間、彼女は更なる叫びを上げた。


「触らないでよ! 人呼ぶわよ! きゃ~~~! ここに変態がいま~~すっ!!」

「わかった。すまなかった。だから落ち着いてくれ……」


 こうなっては、変に動くと本気で疑われる。

 降参するように両手を上げたソルドは、少女が自力で立ち上がるのを見届けるしかなかった。

 わずかに鼻を鳴らした彼女は最後にもう一度、変態と言い残してその場を走り去っていった。


(やれやれ……これでは先が思いやられる……)


 騒ぎを聞きつけた人間たちの冷たい視線を受けながら、ソルドは早くも捜査につまづいた事実に頭を痛めていた――。


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