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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX2 闇と悲劇の学園
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(11)共に生きる限り


 その翌日、フィアネスは同じように病院のベッドで、ウェルザーが来るのを待っていた。

 彼女の表情は穏やかであったが、その瞳にはどこか決意を秘めたような強い輝きが宿っている。

 元々ナノマシンヒーリングを受けたこともあり、傷自体は完治と呼べる状態になっている。

 それでもこれまで入院していたのは、主に精神的ショックを考えての部分が大きかった。

 それも今は元に戻りつつあるので、じき退院できるのは間違いない。

 ただ、そうなるとウェルザーとの接点は無くなってしまうことになる。

 自身の思いを、決意を伝えるために、少女は彼が来てくれることを祈っていた。


「こんにちは。フィアネス嬢……」


 その思いに応えるかのようにウェルザーが訪れたのは、陽も傾き始めた夕暮れの頃だった。

 男の表情は、どこか無理に作ったような笑顔である。それは昨日のやり取りを考えれば、無理のない話だったろう。

 彼はその後、こうして見舞いに来るのは今日が最後であると告げた。

 そこにどのような感情や理由があったかはわからない。

 ただ、フィアネスとしては今こうして話をする機会が訪れただけで充分であった。


「そうですか。ウェルザー様……少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「……ええ。なんでしょう?」


 やや重々しく口を開いたフィアネスに、ウェルザーは少し緊張した面持ちになった。

 少女はブランケットを握り締めながら、射抜くような視線を男に向ける。


「私を、あなたの組織にお連れいただきたいのですわ」

「!? フィアネス嬢、なぜ!?」

「こんなことを言っても信じていただけるかわかりませんが……おじい様から聞いたのです。夢の中で……」


 少女の口から出た言葉に、ウェルザーは驚きを隠せない様子だった。

 当然のことだろう。ディックの孫とはいえオリンポスのことは重要機密であり、フィアネスに伝えられていたとは思えない。

 フィアネス自身も祖父と語り合ったあの夢のことはいまだに信じられない出来事だったが、それでもあの中で語られた内容が偽りでないということは直感的に信じられた。


「この世界を滅ぼそうとする存在――カオスレイダー。今回の一連の事件、そしておじい様が死んだのは、全部そのためなのだと……」


 ウェルザーは、その言葉を黙って聞いている。

 否定もしなければ笑い飛ばすような素振りも見せないということは、やはり真実ということなのだろう。

 それを確認したフィアネスは、次の言葉をためらわずに告げた。


「あなたは、そのカオスレイダーと戦っているのでしょう? でしたら、私にもなにかお手伝いをさせていただきたいのです」

「それはダメだ!!」


 その瞬間、ウェルザーが叫んだ。

 不意の大声に、思わずフィアネスはびくっと身を震わせる。

 それを見て取ったのか、ウェルザーは声のトーンを落として言い直した。


「あ……いや……申し訳ない。だが、それは認められない……」

「なぜですの? 私がまだ子供だからですか……?」

「……それは……」


 言い淀む彼だが、その時胸元から光がこぼれた。

 その光は大きく広がり、やがて辺り一面を白く照らし出す。


「この光は……あの時の……!」


 フィアネスは、思わず叫んでいた。

 それはウェルザーに自害を止められた時に見た光であった。

 彼女の声に呼応するようにウェルザーの懐から現れた光の結晶がゆっくりと宙を動き、手元に降りる。

 目を見開く二人の前で、結晶は更にその輝きを強めた。


「ああ……これは……!?」


 その光に包まれながら、フィアネスは静かにつぶやいた。

 悲しみや後悔――ウェルザーの抱く様々な感情が奔流となって、彼女の心に流れ込んでくる。

 光は言葉よりも雄弁に、男の心や想いを彼女へ伝えていたのだ。

 優しく温かな輝きの中で、少女の瞳に涙が浮かぶ。


「そうだったのですね……カオスレイダーと関わることになれば、私がまた傷つくことになる。いえ、もっと大切なものを失うことになる。あなたはそれを心配していらっしゃったのですね……」

「フィアネス嬢……」

「でも……私、決めましたわ」


 その涙を手で拭いながら、フィアネスは再びウェルザーを見据える。

 同時に、手にした光――コスモスティアをその前に掲げた。


「ウェルザー様……私は、あなたと共に参りますわ。この光と共に……」

「バカな! フィアネス嬢! 君がその光を受け入れるということは……!」


 フィアネスは声を荒げるウェルザーに、今度は驚くこともなく続ける。


「はい。この生命を捧げよということなのでしょう? ですが、構いませんわ。あなたがいなければ、私の生命はなくなっていたのですから……」


 コスモスティアの光は彼女にウェルザーの心を伝えると同時に、戦士となる者の覚悟も伝えていた。

 カオスレイダーと戦うのならば、人を捨てよ――それは夢の中でディックが言っていた過酷な道そのものである。


「それに、あなたはおっしゃいました。過去を受け入れた上で、今を生きろと……」

「それは……! だが……!」


 思わず立ち上がりコスモスティアに手を伸ばそうとしたウェルザーだが、その手をフィアネスは静かに制した。

 あまりにも自然な少女の動きに、彼は思わず固まる。


「……確かに生命の在り方は、変わるのかもしれません。ですが、おじい様や多くの人を死なせ、今後も災いをもたらすものを放ってはおけない。そしてなにより……」


 決然としたように言い放ったフィアネスだが、そこでふと、その表情が柔らかくなった。


「私は……あなたと共に生きたいと思ったのです」


 それは、花が咲くような笑顔であった。

 少女のあどけなさを残しつつも、どこか慈愛に満ちた優しい表情であった。


「あなたは、私に生きる意味を教えて下さいました。ですが、そのあなたはずっと心に辛い苦しみを抱えている……」


 そしてフィアネスは、ゆっくりとベッドの上で膝立ちになった。

 そのままウェルザーに近付き、その頭をしっかりと自身の胸に抱き締める。


「愚かな小娘の戯言と思っていただいても構いません。でも私は、そんなあなたの心に寄り添いたい。力になりたいのです……」


 ウェルザーは、動くこともできなかった。

 柔らかな温もりに包まれながら、彼は凍り付いた心に優しさが染み渡ってくるのを感じていた。

 セルピナの死から始まった悲しみと後悔――それを忘れるべく、ひたすら研究に没頭した日々。

 そして訪れた新たな災厄――カオスレイダーの解放と、それを引き起こしてしまった罪。

 贖罪のため戦う覚悟を決め、果てなき道程を歩む彼には、ずっと安らぎと呼べるものなどなかった。

 フィアネスはそんな彼のすべてを受け止め、支えたいと言ってくれたのだ。

 もう何年も流したことのない涙が頬を伝い、彼は少女の身体を抱き締め全身を震わせる。


「一緒に参りましょう……ウェルザー様」


 やがて部屋の中に、押し殺したような嗚咽が漏れ始めた。

 フィアネスは再び涙を浮かべながら、その腕にわずか力を込める。

 静かに寄り添い合う二人を、夕暮れの赤と白い光とが優しく照らしていた――。






「……なんだか、ついこの間のことのようにも思えますわ」


 追憶の旅を終え、白色の光が灯る部屋の中で、フィアネスはぽつりとつぶやいた。

 あれから当時の自分の年齢を上回るほどの歳月が流れたとは、とても思えない。

 隣にいるウェルザーも、感じていることは同じようだった。


「そうだな……それからお前は特務執行官となった。オリンポスでは初めて、自らの意思で人の生命を捨てた者として……」


 ただ、その表情は少し沈んでいる。

 彼にとっては懐かしくも、思い出したくない記憶だったのだろう。

 そんな男の鼻を指で突っつき、フィアネスがいたずらっぽく笑う。


「ウェルザー様……いけませんわよ? また、お顔が暗くなってらっしゃいます」

「フィアネス……お前は後悔していないのか?」


 恋人の瞳をしっかりと見つめ、ウェルザーは問う。

 改めて考えても、あの時の選択は正しかったのか――彼の心にはそんな思いが浮かんでいた。


「どうして後悔する必要がありますの?」


 しかしフィアネスは、まったく気にした様子もなく言い放つ。

 そのままゆっくりと恋人の身体にしがみつき、その顔を首元に埋めた。


「私は幸せですわ。今もこうして……あなたと同じ時を生きられるのですから」


 人を捨てカオスレイダーとの戦いに身を投じた彼女だが、その決断は今も間違ってなかったと断言できる。

 同じ苦しみを共有し、同じ時を歩む人が傍らにいる――それだけで彼女の心は満たされているのだから。


「私にとっては……それがすべて。この生命が尽きるその日まで、私はあなたと共に在り続けます」


 そうつぶやくと、フィアネスはウェルザーの顔を見上げる。

 いずれこの戦いも終わりを迎える時が来るだろう。その時に自分たちがどうなっているかはわからない。

 しかし、どのような運命が訪れようと構わなかった。

 大切な今を、共に生きるだけ――その覚悟を改めて心に宿し、フィアネスはその唇を相手のそれに重ね合わせるのだった――。





FILE EX2 ― MISSION COMPLETE ―


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