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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE1 それはかつて友だった
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(2)謎めいた女


「月日の流れるのは、早いもんだ……俺もあいつも、すっかりオヤジになっちまった」


 招待客との語らいを終えて、控え室へ戻る道すがら、ジョニー=ライモンはつぶやいた。

 その瞳には、どこか懐かしげな光が浮かんでいる。

 旧友との再会は、彼の心に泉のような潤いを与えていた。



 ジョニーは、ボリスと同郷である。

 人工衛星型コロニー【アートサテライト・レジデンス】のベータは、人類居住圏の中でも比較的人口の多いところである。

 雑多な人種が住んでいるため争いも絶えないが、同時に様々なチャンスにも恵まれている場所であった。

 貧民層の住人であったジョニーが、類稀(たぐいまれ)なピアノの才能を武器に演奏活動を始めたのが十代後半の頃だ。

 チンピラに絡まれていた彼を助けたのがボリス=ベッカーという男であり、以来彼との付き合いは続いている。

 しかし、ジョニーがとある実業家の目に留まったことで、交流は途絶えがちになってしまった。

 七年前に火星へ移住してからは、完全に音信不通であった。

 今回のリサイタルで招待状を出したのは、ジョニー自身、旧友への謝罪の意味もあったかもしれない。


「あれからろくに連絡もしなかった薄情者の招待を受けてくれた。義理堅いところは変わってねぇな」


 悪態をつくような口調でありながら、ジョニーの表情は晴れやかだった。

 正直、ボリスが来ることに期待はしていなかった。

 だが、彼はやってきた。

 それもジョニーの知る、昔の傲岸不遜(ごうがんふそん)な態度のままで。


「悪くないもんだ……変わらないものがあるってことは」


 ジョニーがかつての思い出に耽ろうとした矢先、聞きなれない声が耳に飛び込んできた。


「こんばんは。ジョニー=ライモンさん」


 驚き、振り向いたジョニーの目に映ったのは、鮮やかなドレス姿の女性だ。

 茶色とオレンジのメッシュの髪を持ち、落ち着いた雰囲気を漂わせている。

 同時に、どこか警戒心を抱かずにはいられない空気も併せ持っていた。

 もっとも、そう感じたのは、彼やボリスが危機に敏感な下層出身者だったからかもしれない。

 一般の人間たちは、恐らく見目麗しい女性としか感想を抱かないだろう。


「……どなたです?」


 ていねいな物腰を装いつつも、ジョニーは身構えた様子で問い返す。

 メッシュの女はそんな彼の心中を知ってか知らずか、口元に微笑を浮かべた。


「私は、アルティナ=サンブライト……あなたのファンですわ」

「……ここは関係者以外、立ち入り禁止のはずですがね?」

「あら、固いことをおっしゃいますのね。せっかく、あなたに会えるのを楽しみにしてきたのに」


 ジョニーの表情は、固いままだ。

 彼自身、ファンが追ってくるのには慣れていたし、控え室に押しかけられたこともないわけではない。

 しかし、目の前の女はそういった熱狂的なタイプのファンに見えない。

 あまりにも口調や態度が冷め過ぎているのだ。


「あなたのような美人にそう言われるのは悪い気がしないし、ありがたいことですがね……物事には決まりというものがあります。リサイタルの準備もあることですし、今はお引取りを……」


 社交辞令を口にしながら、ジョニーは腕時計を三回ほど指で叩いた。

 たちまち周囲の部屋のドアが開き、武装した警備員が数人現れる。

 アルティナと名乗った女性の目が、細められた。


「そう……残念ですわ」


 彼女はかぶりを振ると、ジョニーの脇を通り過ぎるようにしてホールへと歩き始める。

 すれ違い様、彼女は首元に吊るしたペンダントを軽く揺らす。

 先端についた宝石が、わずかに輝いた。


「う……? ぐっっ……!?」


 その瞬間、ジョニーは頭を抱えて膝をついた。

 異常なまでの汗が噴き出し、彼の表情が苦痛に歪む。


「ライモンさん!? どうされました?」

「い、いや……なんでも、ない……ナン、デ、モ……」


 警備員に手を向けて制しながら、ジョニーは立ち去ってゆくアルティナに目を向けた。

 その時に、気付いた者がいただろうか。

 彼の放つ眼光が、どこか獣じみた狂気を宿していたことを――。




 ホールに戻り、そのまま庭園へと出たアルティナは、人気のない木陰に身を寄せた。

 ペンダントを軽くもてあそびながら、彼女は静かに息をつく。


(やはり、彼が黒ということね。けど、このままでは……)


 わずか考えたあと、彼女は胸元からコンパクトのようなものを取り出す。

 ふたを開いて表面に何度か指を滑らせると、微かな電子音と共に光のスクリーンが浮かび上がる。


「こちら、【アグライア】……オリンポス・セントラル、アクセス」


 アルティナの声と共に、スクリーンに【CONNECT】の文字が光る。

 続いて、儚げな印象の女性の姿がそこに現れた。


『こちら、オリンポス・セントラル……【クロト】です』


【クロト】の声は、見た目と裏腹に無感情である。

 アルティナもまた事務的な口調で、彼女に報告した。


「コードナンバーM397の件で報告。対象の特定は完了したものの、処理は極めて困難な状況。また対象はすでに半覚醒状態にあり。特務執行官の出動を要請する」

『了解……セントラルは【アグライア】の要請を承認しました。待機中の特務執行官は【ヘルメス】、【アポロン】、【アテナ】の三名……ローテーションオーダーに従い、【アポロン】に出動要請を出します』

「到着までは?」

『およそ、二十分です』

「了解。うまく始末できれば、それに越したことはないけど……いざって時は、なんとかもたせるわ」

『……健闘を祈ります。【アグライア】』

「ありがと……じゃあね。【クロト】」


 最後、わずかに心配そうな表情を見せた【クロト】に対しアルティナも微笑みで応じると、静かにコンパクトを閉めた。

 淡い光に包まれていた木陰に、闇と静寂が戻る。


「さて……応援が来るのはいいんだけど、一番融通の利かない奴が来ちゃうのは、別の意味で不安かしらね」


 今度はわずかなため息を漏らし、アルティナは木陰から歩み出た。

 しばし、外の空気を味わうかのように身体を伸ばす。

 肌寒いはずの冷気が心地良く感じられるのは、息苦しい熱気にあてられ過ぎたせいだろうか。

 だが、孤独の時間に親しんでいた彼女に、不意に声をかける者が現れる。


「……よぉ」

「あら? どちら様?」


 一瞬驚きの表情を見せたものの、アルティナはすぐに彼が入口で疑わしげな視線を向けてきた男であると気付く。

 ボリス=ベッカーは無造作に頭を掻きつつ、彼女の顔を凝視した。


「なぁに……どちら様ってほどのもんでもねぇがな。ちょいとあんたが気になったんで、声をかけさせてもらったのさ」

「そう……お誘いにしては、芸のないセリフね。女を口説くのに慣れてないんじゃなくて?」

「否定はしねぇよ。なんせ、女の扱いに疎いんでな……しかし、仕事柄、悪党の扱いには慣れてるつもりさ」


 そう言うとボリスは不敵な笑みを浮かべ、胸元に潜ませた黒のプレートを見せる。

 そこには金色のメッキで、事細かに文字が連ねられていた。


「CKO特別保安局エクレールの第一級警護官……でも、要人警護という感じじゃなさそうね」


 アルティナは、わずかに意外な表情を見せた。

 彼は、秩序管理維持機構――通称CKOと呼ばれる組織でも上位に位置する特別保安局の人間らしい。

 ということは、テロや要人襲撃に対するスペシャリストということになる。

 人は見かけによらないとは、このことだ。


「もちろん。俺の管轄はベータなんでな……ここに来たのは、あくまでプライベートさ」

「だったら、人をいきなり呼び止めて悪党呼ばわりするのは、ずいぶんじゃない?」

「違ってたら謝るぜ。しかし、当たらずしも遠からずってやつだろう? あんたみたいな殺気持ちの女は、まっとうな世界にはいやしねぇ」


 安煙草に火をつけ、ボリスはアルティナを睨んだ。

 身を切るような風が一瞬、二人の間を吹き抜ける。


「……職業柄の観察眼ということかしら。でも、おあいにく様ね。私はあなたが思っているような人間じゃない」

「どうかな。その言葉を信用できるほど、俺も素直じゃないんでね」

「いちいち引っかかる言い方をするわね。あなた、なにが言いたいの?」


 含みありげな態度に、アルティナは表情を厳しくする。

 それに対してボリスの返した言葉は、一言だった。


「……ジョニーに手を出したら許さねぇ」

「え……?」

「他の奴らがどうなろうと知ったこっちゃねぇがな。あいつは俺の古くからのダチだ。なにかあったら許さねぇ……そんだけだ」


 正直、質問の答えにはなっていない。

 しかし、有無を言わせぬ迫力があったのは事実だ。

 私情を挟んで初対面の人間を犯罪者呼ばわりするなど、普通ならあり得ない話である。

 それでも彼がそういった行動に出たのは、よほどジョニーという人間に対する思いが深いせいだろうか。

 悪いことではないが、第一級の警護官にしてはずいぶん甘い考えの持ち主だとアルティナは思う。


「ふ~ん……美しい友情ゴッコってわけね。でも、それで後悔するのは、あなたかもしれないわ」

「なんだと!? どういう意味だ!?」

「多分、すぐにわかる。間違いなく今日中にはね……」


 口元に艶めいた笑みを残して、彼女はボリスの脇をすり抜けていく。

 思わず手を伸ばしたボリスだったが、その動きをアルティナは鮮やかにかわした。


「待て! てめぇ……」

「ひとつ忠告しておくわ。かつての友が、今日の敵になる……それが今は、ごく当たり前に起こる世の中だということをね」

「なにぃ……?」


 ひときわ強い眼光に、さしものボリスも次の手をためらってしまう。

 わずかに空いたその時間で、アルティナは衆目の多い場所へ出てしまった。


「あの女……いったい、何者なんだ?」


 空を掴んだ手を握り直し、ボリスは忌々しげにオレンジの人影を見送った。




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