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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX2 闇と悲劇の学園
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(5)不自然な記録


 その後ウェルザーは人気のない路地に潜み、セントラルへの回線を開いた。

 薄闇の中、渦巻く光の中にポニーテールの少女が現れる。言わずと知れた【アトロポス】だ。

 セントラルコンピューター【モイライ】が稼働を始めてから数ヵ月――その性能は人類圏に存在するコンピューターを遥かに上回っており、すでにオリンポスの情報収集には欠かせない存在となっている。

 ペルソナである三名の電脳人格たちもそれぞれ特徴があり、彼女らとの対話は殺伐とした任務におけるひとつの気晴らしになっていた。


『お疲れ様です。ウェルザーさん……どうかしました?』

「アトロ、ひとつ頼まれてくれるか? クラウス=レーガーという人物に関する情報を調べて欲しいのだが……」


 ウェルザーは穏やかな笑みを浮かべる黒髪の少女に、情報を送信する。

 映像データとして送られてきた青年の外見を見て、【アトロポス】は首を傾げた。


『クラウス=レーガー……ですか? この方がなにか?』

「ああ。少々気になることがあってな。事件に直接関わっている可能性は低いのだが……」

『えぇ? ウェルザーさん……一応、決まりとしては……』


 ウェルザーの返答を聞いた彼女は、そこで表情を曇らせる。

 個人データに関してはカオスレイダー案件に関わるものでなければ引き出せないのが、オリンポスのルールである。

 もちろん、この線引きは特務執行官の判断による部分も大きいため、早くも形骸化したルールと言えなくもない。


「わかっている。これが職権濫用に当たることくらいは……ただ、ルークラフト卿の懸念を払拭して差し上げたくてな。勝手な話かもしれんが、お願いできないだろうか?」


 それを知っていつつも、ウェルザーは重ねて懇願する。

 ディック=ルークラフトの言った言葉と、先ほど垣間見たクラウスの表情とが彼の脳裏を駆け巡っていたのである。

 カオスレイダーと関係がなくとも、このまま放っておくのはまずいという危機感が拭えなかった。

 そんな彼の様子に【アトロポス】も、ただならぬものを感じ取ったようだ。


『う~ん……わかりました。ウェルザーさんがそこまで言うなら……こ、今回だけですよ?』


 ひとしきり悩んだ彼女はやがてため息をつくと、念を押すように言った。

 ウェルザーはわずかに笑みを浮かべると、一言礼を述べる。

 少し間を置いて、浮かび上がったスクリーンにひとつのデータが表示された。


『こちらがクラウスという人のデータになりますね』

「ふむ……おや? アトロ……この二十歳から一年の間の空白はなんだ?」


 そのデータを素早く閲覧したウェルザーは、ふと眉をひそめる。

 クラウスの経歴の中に【UNKNOWN】と表示された期間が存在したためだ。


『はい。そこだけデータが抜け落ちてます。通っていた大学は休学扱いですが、本人の所在が不明になってますね』


【アトロポス】は補足するように付け加える。

 改めてデータを凝視するウェルザーだが、それ以外は特に気になる部分はなかった。


「あとはこれといって、問題のない経歴だが……そのためか、この空白期間に違和感があるな」

『どうしましょう? 少し調べてみますか?』


 本来なら、それ以上追及しないはずの【アトロポス】も、このデータには不可解なものを感じたようである。

 小首を傾げながら訊いてくる彼女に対し、ウェルザーは頷きを返す。


「うむ……ここで放り出すのも中途半端だな。良ければ、頼めるか?」

『わかりました』

「よろしく頼む。もし、なにかわかったら教えてくれ」


 そう言うと彼は通信を終了し、光の渦を消した。

 薄闇の戻った空間に、また静けさが訪れる。

 ウェルザーの表情は疑念に満ちたままであり、漠然とした不安は更に大きくなっていた。

 そんな男の足元で、風に転がった空き缶が乾いた音を立てた。





 同じ頃、学園の正門を出た車が、複数車線の公道へと乗り入れていた。

 道路を走る車の数はそれなりに多かったが、渋滞を起こすことはなくスムーズに流れている。

 わずかにクラシック音楽の流れる車内には二人の人間が乗っており、助手席の少女が口を開いた。


「本当に、おじい様には困ったものですわ」


 その声の主――フィアネスは呆れたようにため息をつく。

 目の前をよぎるいくつもの光が、彼女の横顔を照らすと同時に翳りを添える。

 そんな彼女の様子を横目にしながら、運転席に座る青年は穏やかな声で言う。


「そう責めてはいけないよ。フィアネス……身内なら、誰でも心配はするものだからね。特に君はたった一人の家族なんだろう?」

「でも……」

「それに今の君と僕の立場では、反対されても当然だ」


 青年――クラウス=レーガーは、そこで静かに息をついた。

 緩やかに停車した車が、そのエンジンの音を同様に緩める。


「だからこそ、二人の関係を認めてもらうには誠実さと時間とが必要になる。焦ってはいけない……」

「先生、いえ……クラウス様はやっぱり大人ですのね。私は自分のことばかり……」


 諭すような言葉に、フィアネスは少し落ち込んだような表情を見せた。

 感情が優先しがちな少女にとって、青年の態度は極めて冷静で、大人びたように映っていた。

 もっとも、それは想い人であるがゆえに、肯定的に捉えている部分は大きいと言える。


「自分を卑下する必要はないよ。フィアネス……それだけ、君が僕とのことを真剣に考えているということだろう?」


 クラウスはわずかに優しげな視線を向けると、再び車を発進させる。

 動き始めた光の奔流の中で一時の沈黙を挟んだあと、彼は決意を込めたように告げた。


「僕もね……覚悟を決めたよ。明日、君のおじいさん……理事長と話をしに行くつもりだ」

「クラウス様……!」


 思わずフィアネスは、口元を抑える。

 同時に瞳の中に、揺れる輝きが宿った。


「フィアネスも……一緒に来てくれるかい?」

「もちろん……もちろんですわ! 二人で……おじい様を説得しましょう!」


 続けられた青年の言葉に、彼女は即答する。

 そこには今までの不安や焦りから解放され、喜びに打ち震える少女の姿だけがあった。


「ありがとう。フィアネス……」


 クラウスは笑みを向けながら、静かに礼の言葉を紡ぐ。

 ただ、その瞳の奥にどこか歪な光が宿っていたことに、この時のフィアネスは気付いていなかった。






 翌日は、青空の少ない薄曇りの空であった。

 個々に情報収集を行っていたウェルザーとノーマンは、昼頃に昨日と同じ正門の前で合流していた。

 やや肌寒いこともあってか、学園内を歩く生徒の数は少し減っている。

 それでも人に聞かれるとまずい内容の話をするため、二人は学園を離れて人気のない木陰に身を潜めた。


「やはり、犯人はクラスメイトと見るべきか……」

「そうですな。残虐な殺人が起きた時のアリバイを証明できない生徒は数名いました。ただ、この中から探り当てるのは骨の折れる作業です。カオスレイダーの殺人に、個人の怨恨はまったく関係ない。しかも、それをどのように掃討するかという問題も立ちはだかります」


 捜査の結果を見直し、ウェルザーは大きくため息をつく。

 ノーマンの態度は普段通りに見えたものの、その表情には少し翳りが見えていた。


「うむ……やむを得ないこととは言っても、親の立場に立ってみれば到底割り切れはしないだろう。まったくもって、罪深いものだな。我々も……」


 二人が気を重くしている理由は、疑惑の対象が少年少女であるということに他ならない。

 カオスレイダーが寄生する対象は、感情のエネルギーが強い人間の場合が多い。

 その中でも特に感情豊かで、かつ自制心に乏しい思春期の若者は高確率で狙われる傾向にあった。

 しかし、寄生者を救うことができない以上、カオスレイダーの掃討とはすなわち寄生者の殺害である。

 人を殺める罪の重さは同じでも、前途ある若者を手にかけるという現実は容易に受け入れ難いものだ。


「しかし、そうしなければ被害者は増えるばかり……そして最終的には、人類滅亡に繋がるわけですからな」

「そうだ。冷たいようだが、カオスレイダーを葬ることが我々の任務だ。そこに感傷を入れる余地はない」


 自らに言い聞かせるようにウェルザーは言うと、清書された紙のレポートに目を通す。

 やがて彼はそれを丁寧にまとめ、ノーマンへと返却した。


「ここまで調べてあるとは、さすがだな。ノーマン……これだけ人数が絞れていれば問題はない。皮肉な話だが、今の状況なら犯人を見つけ出すことは容易だ」

「と、おっしゃいますと?」


 その問いを受け、ウェルザーは光の結晶を手の上に具現化させた。

 その結晶を指でつまみ、目の前に掲げてみせる。


「これはコスモスティアのエネルギーを凝縮した欠片だ。覚醒したカオスレイダー相手には役に立たないものだが……」


 そのままわずかに瞑目し、彼は意識を集中する。すると結晶が一瞬だけ、眩い光を周囲に放った。

 思わず目を背けたノーマンに、彼は続けて説明する。


「このように意識を集中することで、一瞬だけ微弱なエネルギーを開放できる。覚醒を間近にした寄生者がこれに晒された場合、カオスレイダーとしての本性を隠すことができなくなるのだ」

「ほう。そのようなものが……つまりこれを容疑者に片っ端から当てれば、すぐに犯人がわかるということですな?」


 話の先を読んだように、ノーマンが続けた。

 言ってみれば、カオスレイダーを発見する装置のようなものである。

 もっとも、簡単に寄生者を探し出せると言っても、そこにデメリットが無いわけではない。


「そうだ。だが、自制心の弱い人間の場合、その場で暴れ始める危険もある。時と場所は選ばねばならん」


 ウェルザーは表情を厳しくしつつ、結晶をノーマンに差し出す。

 カオスレイダーの本性を一時的に暴き出すということは、覚醒の危険性も増すということだ。人の密集した場所で行うことはできない。

 結晶を受け取ったノーマンは深く頷くと、おもむろにシルクハットを被り直した。


「しかし、これなら時間は大幅に短縮できますな」

「ああ。手分けすれば、今日中に終わらせることは可能だ。早速、始めるとしよう」


 事件を迅速に解決するため、二人の男たちは動き出した。


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