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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX2 闇と悲劇の学園
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(3)今と過去の二人


 薄闇の中に、声が響く。

 それは、理性を忘れた女の声だ。

 本来は気高く、やや幼さを残したはずのその声も、今は熱を帯びた艶めきを持って室内を満たす。

 狂おしく愛を求め、愛を歌う声は、人という種ならば誰もが持っている強き感情の発露である。


 特務執行官は、人ではない。

 混沌の侵略者を滅ぼすため、果てなき戦いの旅路を行く存在。

 そして日々、新たな罪をその身に刻み続ける存在――。


 しかし、彼らの心は人である。

 強くも脆さを持つ人のものである。

 永劫に続く罪の連鎖を、際限なく受け止め続けることはできない。

 だからこそ、彼らもまた人と同じく繋がりを求める。

 砕けそうな心を、偽りの身体に閉じ込めて求めあう。

 それがたとえ自己満足だったとしても、悦楽だったとしても、想い合う愛だったとしても――。




 熱気の去った気だるい雰囲気の中で、ウェルザーは天井を見上げる。

 もう何度も見上げたものだ。飾り気もなにもないまっさらな天井である。

 手を動かし、室内照明のスイッチを入れると、部屋全体にほのかな白い光が満ちた。

 どこか無機質で冷たい光を浴びながら、彼はわずかにベッドの上に身を起こす。


「ウェルザー様……」


 ふと、傍らに横たわっているフィアネスの口から声が漏れた。

 滲む汗とわずかに色づいた肌は、彼女の見た目にそぐわぬ艶っぽさを漂わせる。


「どうした?」

「やっぱり今日は、おかしいですわ……なにか不安なことがおありですの?」


 言いながら彼女は、恋人の身体に身を寄せる。

 その吐息を肌で感じながら、ウェルザーは嘆息した。


「そうか……今日の私は、私らしくなかったか?」

「そうですわね……そんなウェルザー様も嫌いではありませんけど、私としては気になりますわ」


 少し頬を赤らめつつ、フィアネスは告げる。

 元々、情熱的な面を持ち合わせているウェルザーだけに、心乱れる時には行為の激しさも増す傾向にあった。

 美しい銀色の髪に指を滑らせながら、男は小さく息をつく。


「……お前と出会った頃のことを考えていた」

「出会った頃の……こと?」

「ああ……ノーザンライトで、また事件が起こったんでな。それでふと思い返した……」

「……ソルドたちが受けたあの任務のことですのね?」


 その言葉に、フィアネスの表情は翳りを見せる。

 彼女にとっても、ノーザンライトという地に対する思いは並々ならぬものがあった。


「……お前も、やはり気になるか?」

「はい。できれば私が出向きたかったのですが、逆に私が行ってはいけないような気もして……申し出ることができませんでした」

「そうだな。あれから二十年以上経つとはいえ、お前のことを覚えている人間がいないとも限らない。今のお前を見たら驚くだろうし、行動もしにくくなるだろう……」


 言いながら、ウェルザーはフィアネスを抱き寄せる。

 特務執行官となった彼女の姿は、当時とまったく変わらない。

 こうして肌を重ねることにも、少し背徳感を覚えるほどだ。


「そうですのね。あれからもう、そんなに経つんですのね……」


 どこか遠い目をして、彼女は思う。

 因縁の地ノーザンライト――すべての始まりとなったあの時に、舞台は再び戻る。






 当時のノーザンライト・ハイスクールは、高等教育機関としては極めて広大な敷地を有していた。

 全校生徒数も千五百人を超えており、私設校ということもあって教師含む学園関係者もかなりの人数が勤務していた。

 それゆえにカオスレイダー寄生者の特定は困難であり、加えて事件に関するある事実が捜査を更にややこしくしていた。


「ここ三日で五件の殺人が発生しているとはいえ、その内の三件は校外で発生か……」


 学園内のコンピュータールームで、ウェルザーたちは事件の詳細を調べていた。

 公の報道内容に加え、保安局の捜査情報にも秘密裏にアクセスしている。


「左様ですな。そして手口に関して共通しているのも三件のみ……もっとも、その三件が人間の手では行えないほどの残虐性を持っているわけですが……」

「具体的には?」


 ウェルザーの問いに対して、ノーマンはコンソールを叩くと被害者の遺体情報を表示してみせる。

 そこには目を覆いたくなるような有様となった遺体の画像が載っていた。


「平たく言えば、めった刺しですな。全身にあり得ないほど無数の刺し傷を穿ち、失血死させるといった感じです」

「なるほど……それは寄生者の仕業として、残り二件に関しては別人の犯行と見たほうがいいな」


 無残な三つの遺体に対し、残りのふたつは三件の殺人を真似たような犯行ながらも、傷の数は少なかった。

 ただ、刺し傷を無数に穿ちながらも致命傷となる傷は一ヵ所のみであり、その殺害方法は理性的だ。少なくとも、カオスレイダーのやり口ではない。

 息をついたノーマンは、そこでやや渋い顔をしてみせる。


「その可能性は高いでしょうが、二件の殺人がなぜこのタイミングで起きたのかは気になりますな。ただの偶然とは思い難いところですが……」

「そうだな……まずは、残虐な三件の殺人に焦点を絞ろう。被害者との人物関係なども含めて、洗い直してみてくれ」

「かしこまりました」


 少し肩を動かしたあと、彼は再びコンソールを叩き始める。

 その様子を見つめながら、ウェルザーもまた疑念に満ちた表情を浮かべていた。





 それから放課後を迎え、ウェルザーの姿は校内のある教室の前にあった。

 カオスレイダーの仕業と思われる三件の殺人は、すべて生徒が犠牲となっていた。

 そして彼らに共通していたことは、ある教師が担任を務めるクラスの生徒だったということだ。


(……クラウス=レーガーか。あの時、フィアネス嬢を助けに入った教師だな)


 内心でつぶやきながら、彼は昼の出来事を思い返す。

 あの時、生徒たちの間に割って入った青年教師の姿は、強く印象に残っている。

 チャイムが鳴ってしばらくすると教室のドアが開き、生徒たちに囲まれたその青年が姿を現した。


「あら? あなたは……先ほどのお客様?」


 その傍らには、銀髪の少女――フィアネスの姿もあった。

 彼女は理事長室で見たウェルザーの姿を覚えていたのか、軽く一礼をしてみせる。

 ウェルザーは返すように会釈をすると、そのまま青年教師の前に立った。


「失礼。少しお話を伺ってもよろしいか?」

「はい。あなたは?」

「私はウェルザー=グランフォースと申します。この通りCKOの捜査局員でして……ここ最近、学園を騒がせている殺人事件について調べております」


 言いながら彼は、金属製のプレートを提示してみせる。

 CKOの保安捜査局で使われている身分証と同じで、現場捜査員が常に携帯しているものだ。

 もちろん彼のものは、原子変換システムで精巧に造り上げられた偽物である。


「……あなたもレーガー先生が怪しいと考えていますの!?」


 すると傍らにいたフィアネスの表情が、唐突に険しいものに変わった。

 騒めくクラスメイトを尻目に二人の間に割って入った彼女は、憎しみにも似た鋭い視線をウェルザーに叩き付ける。


「ルークラフト君……やめなさい」

「いいえ。言わせていただきますわ! 昨日も捜査局の方が来てあれこれ聞いていったばかりですのに、まだなにかありますの!?」


 青年教師の制止の声を遮り、彼女はまくしたてる。

 当たり前のことだが、疑惑の目を向けていたのは彼だけではないようだ。

 少女の剣幕にやや気圧されつつ、ウェルザーは頭を下げる。


「申し訳ない。お時間は取らせませんので、ご協力をお願いできますか」

「口を開けば、そのようなことばかり……! いいかげんウンザリですわ! 他に調べることはありませんの!?」

「ルークラフト君、いいかげんにしなさい。申し訳ありません……私に答えられることでしたら、なんでもお答えしましょう」


 さすがにたしなめるように言うと、クラウス=レーガーという青年は落ち着いた口調で言った。

 フィアネスは渋々引き下がるものの、その視線はいまだに厳しくウェルザーを見据えている。


(やれやれ、意外と気性の激しい娘だな。しかし、この男もずいぶん落ち着いているものだ……)


 わずかにため息をついて質問を始めるウェルザーだが、その心には違和感にも似た感覚が生まれていた。


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