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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX2 闇と悲劇の学園
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(1)始まりの追憶


 それは秘匿記録の閲覧を終えて二時間ほど経った頃のことである。

 いつものように、新たな任務がオリンポスに舞い込んできた。


『司令、特務執行官に特殊出動要請が来てますけど……』


 中空に現れた【アトロポス】が、やや小首を傾げつつ穏やかな声で告げる。

 司令室にはライザスの他にボルトスとウェルザーもおり、その全員が訝しげな表情になる。

 理由は、【アトロポス】の放った単語にあった。


「特殊出動要請? 誰からだ?」


 特殊出動要請――それは読んで字の如く、通常の出動要請と異なるものである。

 大概なんらかの追加事項が加わるが、実のところ頻繁にある要請でもない。

 支援捜査官が手に負えない難事件であることが多く、特務執行官たちの間では面倒事の代名詞で通っていた。


『コードネームは【プロテウス】……ノーマンさんからです』


【アトロポス】の返答にライザスはやや目を見開いたあと、神妙な面持ちに変わる。

 残りの二人もそれは同様であり、要請者に対する特別な感情が垣間見えた。


「ノーマンからか……内容は?」

『はい。現在調査中の案件において、複数のカオスレイダー寄生者の存在を確認したそうです。範囲も広範なため、可能であれば特務執行官二名以上の出動をお願いしたいと』

「ふむ……場所は?」

『火星の座標X120、Y17ですね』


 その座標を聞いた瞬間、ウェルザーが反応する。

 

「ノーザンライトか!?」

『は、はい。その通りです……どうしましょう?』


 いきなり声を荒げた黒髪の男に気圧され、【アトロポス】は委縮した様子でライザスに目を移す。

 口元に手を当てながら、ライザスはあとの二人を順に見つめた。


「そうだな。だが仮とはいえ新体制になると、この二人も迂闊に動けん。ローテーションオーダーはどうなっている?」

『はい。ボルトスさんやウェルザーさんを除くと、ソルドさん、サーナさん、シュメイスさん、フィアネスさん、ルナルさんの順になりますね』

「では、オーダー通り、ソルドとサーナに行ってもらう。二人とノーマンには、そのように伝えてくれ」

『了解しました』


 一瞬の光を残し、【アトロポス】は姿を消す。

 無機質な電子のきらめきが残った空間で、訪れかけた静寂を払ったのはボルトスだった。


「学園都市ノーザンライト・アカデミア……なにかと曰く付きの地だな」


 ややため息交じりに、彼はつぶやく。

 ライザスも腕組みをしながら、パーソナルスペースのシートに背を預けた。


「そうだな……事件の発生件数こそ平均的だが、八割近い確率で複数のカオスレイダーが同時発生している」

「だが、あのノーマンが特殊要請を出してくるほどだ。今回の件、また厄介なことになりそうだぞ?」

「うむ……しかし、特務執行官の数は限られている。ここはソルドたちに頑張ってもらうしかないだろう」


 アーシェリーの一件から、ボルトスは少しナーバスになっている様子だ。

 しかし、特務執行官の稼働率を考えると、ひとつの案件にあまり人数を割くわけにもいかないのが実情である。

 ただ、ライザスもノーマンという人物からの要請を意外に感じていたためか、決断しつつもわずかな懸念を覗かせているようだった。


「この件……いざという時には、私が動く。二人ともそれで構わないな?」


 しばし瞑目していたウェルザーは、そこで確認するように口を挟む。

 その表情は、科学者だった頃の有無を言わせぬ圧を感じさせるものになっていた。


「もちろんだ。あの地の案件は、ほとんどお前が受け持っていたからな。もし、その時が来たら頼む」

「ああ……わかった」


 嘆息しつつ、ライザスは首肯する。

 黒髪の特務執行官はそれを確認すると、踵を返して司令室をあとにした。





 通路に冷たい足音を響かせながら、ウェルザーはわずかに視線を落としていた。

 白い床に、照明の歪んだ光が映り込んでいる。

 その反射の連なりが、歪な波のように見えていた。


(……ここに来てまた事件が起ころうとは。やはりあの地には、なにかがあるというのか?)


 彼の心の内も、その波と同様に穏やかならざるものだった。

 ノーザンライトという地、そしてその言葉に対する特別な思いが渦を巻いていた。


「ウェルザー様、お疲れ様ですわ。あら……どうされましたの?」


 やがて彼は自身のプライベートルームの前に立つフィアネスの姿を認めた。

 彼女は微笑みを浮かべてウェルザーを迎えたが、すぐに男の様子がおかしいことに気付いて表情を変える。


「いや、なんでもない……待たせたか?」

「いえ、そのようなことはありませんわ。それに仮にそうだったとしても、待たされることなど気にもしませんわ」


 その言葉にウェルザーは表情を緩めて、恋人の前に立つ。

 そして、しっかりと目の前の華奢な少女の身体を抱き締めた。


(思えばフィアネスと初めて出会ったのも、あの地だったな……)


 強く抱き返してくるフィアネスを見つめながら、彼の意識は遥か過去へと飛んでいた――。






 それは、もう二十年以上前の出来事になる。

 オリンポス設立から半年が経過し、組織自体が徐々に体裁を整えてきた頃のことだ。

 特務執行官として任務に当たっていたウェルザーは、火星北部の都市ノーザンライトにあるノーザンライト・ハイスクールにやってきていた。

 体裁を整えてきたと言っても、まだ特務執行官は当初の三名しかおらず、連日カオスレイダーの掃討に駆けずり回っていた時期である。


「これはウェルザー殿。わざわざご足労いただき、申し訳ありません」


 そんな彼を学園の正門前で出迎えたのは、燕尾服に身を包みシルクハットを被った壮年の男だ。

 特異な格好もさることながら口元には豊かなひげを蓄え、穏やかな中に鋭い光を覗かせた瞳が印象的だ。

 男の名はノーマン=アシュフィールドと言い、オリンポス専属の捜査官として活動している人物だった。

 ちなみにこの頃はまだ支援捜査官も存在せず、彼もCKOの保安局から引き抜かれてきた助っ人でしかない。

 ただ、捜査や戦闘における知識と経験は豊富であり、ウェルザーたちも全幅の信頼を置いていた。


「構わんさ……これも仕事だ。それにルークラフト卿の依頼ともなれば、なおさら無下にはできない。彼はどちらに?」

「はい。理事長室でお待ちです。ご案内しましょう」


 二人は連れ立って、学園内へと入っていく。

 天気も良く、ちょうど昼休みということもあり、あちこちで学生たちが雑談をしたりランチをしている姿が見受けられる。

 ただ、心なしか彼らの表情は暗い。

 豊かな木々に囲まれたメインロードを歩きながら、ウェルザーは辺りをはばかるように静かな声で問い掛けた。


「それで、ノーマン……実際のところ、どんな状況だ?」

「まだ調査を始めて間もないですが……良くないですな。この三日で被害者は五人に上ります」


 わずかに視線を下げて、ノーマンは答える。

 手元には前時代の化石扱いともなった紙の手帳があり、そこには丁寧な筆跡で文字がびっしりと書かれていた。


「生徒や保護者からも不安や苦情の声が強くなっているようで……仮にカオスレイダーの仕業でなくとも、学園存続の危機になりかねない状況です」

「確かにな。特にここは富裕層の子息や子女が多い。それに私設運営ともなれば、評判の悪化は深刻な問題だろう……」


 ウェルザーが辺りを見渡しながらそうつぶやいた時、喧騒が聞こえてきた。

 二人がそちらに目を向けると、何名かの男女が集まって口論をしている。


「な、なにするんだ!!」

「それはこちらの台詞ですわ! 寄ってたかって卑怯な振る舞い……紳士として恥ずかしくありませんの!?」


 複数の男子生徒を相手取り、声を張り上げているのは一人の女生徒だ。

 輝くような銀の長髪と大きな瞳が印象的な美少女である。

 どうやら後ろに庇っている女生徒を男子生徒たちがからかっていたようで、彼女はそれを止めに入った様子だ。


「うるさい! 理事長の孫だかなんだか知らないが、こんな犯罪だらけの学園で、なにが紳士淑女だよ!」

「そうだ! どうせ金絡みで誰かの恨みを買ったんだろう! 噂じゃ、あの理事長は金の亡者みたいだからな!」

「な、なんですって!? 言うに事欠いてなんてことを……許しませんわ!!」


 男子の言い分を聞く限りでは、どうやらその行為の裏には今起きている事件から来る不安もあったらしい。

 とはいえその内容は言い掛かりに等しく、下手をすれば名誉棄損で訴えられても仕方のないものである。


「おやおや、これは見過ごせませんな……紳士として」


 ノーマンがシルクハットを被り直し、一歩を踏み出す。

 出で立ちもさることながら、彼は紳士であるという点に重きを置いた振る舞いをする。

 噂では彼の家系は地球で名を馳せた貴族だったらしいのだが、その真相は定かではない。

 ただ、それよりも先に生徒たちに走り寄る影があった。


「君たち! なにをしているんだ! やめなさい!!」

「あっ……レーガー先生!」


 学棟のほうから走ってきた男性教師が、その場の生徒たちに一喝を入れたのだ。

 精悍な顔立ちの若い青年教師である。彼は男子生徒たちを並ばせて事情を聞いたあと、諭すような口調で説教を始める。

 ウェルザーはその姿に、ふと科学庁時代の自分を重ねていた。


「どうやら私たちの出番はなかったようだぞ。ノーマン……」

「ふむ……残念ですな。しかし今時、なかなかに熱心な若手教師もいたものです」


 苦笑を漏らすウェルザーにノーマンはやや感心した様子で答えると、そのひげを撫でた。

 今時、あれほど真摯に生徒に語り掛ける教師はいない。そんな様子を見ていると、まだまだ世の中捨てたものではないと思える。

 しばし現場を眺めていたウェルザーだが、そこでふと銀髪の少女と目が合う。

 彼女もそれに気付いた様子で、騒動の件を謝るように一礼すると、レーガーと呼ばれた教師に熱い視線を向け直した。


(純粋な想いか……今の私にとっては、眩しすぎるものだな……)


 心中でつぶやきながら、彼はノーマンを促して再び歩き出す。

 その純粋な少女が、自分にとっての大切な人物になろうとは、この時の彼は想像すらしなかった――。


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