(9)新たな課題
その後、小惑星パンドラのレストスペースで、特務執行官たちはそれぞれの思いに耽っていた。
普段は騒々しいサーナも沈黙を守り、シュメイスもガンシューティングゲームをすることなく、漫然と視線を宙にさまよわせる。
ソルドは普段とあまり変わらない様子に見えたが、表情は硬い。
いつも以上に時間をかけて緑茶を淹れてきたルナルが、湯呑みをテーブルの上に置く。
やはり硬い表情をした妹の顔を見やりながら、彼は苦味の濃い茶をすすった。
「今の我々は不完全、か……」
味に関して特に言及することもなく、ソルドはつぶやく。
その脳裏には、先ほどライザスから言われた言葉が蘇っていた――。
ファイルの閲覧を終えた特務執行官たちは、その後の質疑応答から様々な補足情報を得ていた。
その中で明らかになった点は、オリンポスの各種設備は【レア】からもたらされた叡智を基に完成したということ。
古代異星文明と現人類文明の間には技術差が存在しており、いくつかの問題点が発生しているということ。
そして、その叡智を授けた【レア】も今は姿を消し、行方がわからなくなっているということだ。
「特務執行官が、不完全な存在?」
文明間の技術差の話になった時、ライザスが口にしたのはソルドたちにとって衝撃的な内容だった。
「そうだ。特務執行官……というより君たちの無限稼働炉も、【レア】の叡智を基に現在の技術で造り出されたものだ」
言いながら、ライザスは自分の胸を指し示す。
彼が言うには【レア】によって再生した自分たちの無限稼働炉は異星の戦士たちと同じものであり、いわばオリジナルということらしい。
「しかし、先ほど言ったように技術差の問題は無限稼働炉にも及んでいる。言い方は悪いが、君たちのものは不完全なレプリカということなのだ」
わずかに嘆息しながら、彼は続ける。そこには罪の意識とは別の苦悩が垣間見えた。
レプリカのエネルギー制御システムは限界値が低く、オリジナルの六十パーセントしかコスモスティアの力を開放できない。
つまり現状において、ソルドたちの能力は異星の戦士やライザスらの六割程度ということなのだ。
「今回の件で我々も実感したが、今の特務執行官では【統括者】に対抗できない。奴らと戦うためには、君たち自身が次のステージに進む必要がある」
「次のステージ……ですか?」
突然出てきた技術差と関係のない言葉に、ルナルが疑問を呈する。
「そうだ。無限稼働炉こそ不完全だが、コスモスティア自体はかつての異星の戦士と同じものだ」
言いながら、ライザスは指先ほどの大きさの光り輝く結晶を宙に具現化してみせる。
それはコスモスティアのエネルギーから生み出された劣化結晶体で、欠片と呼ばれているものだ。
支援捜査官の所持している欠片はライザスたちが生み出したものであり、それは真正のコスモスティアを持つ特務執行官なら誰でも創り出せるものらしい。
もちろんそれすらもソルドたちには初耳の話であり、同時に現在の彼らに欠片を生み出す能力はなかった。
「つまり、ポテンシャルそのものは変わらないのだ。そのポテンシャルを自力で引き出すには、意思の統一が必要となる」
「意思の……統一?」
「コスモスティアは強き意思の塊だ。君たち……いや我々は選ばれた者ではあるが、真の意味でコスモスティアと意思を通わせていない」
生み出した欠片を再び光に戻して吸収しながら、ライザスは続ける。
複数の二人称から一人称へ言葉を改めたことから、彼ら自身もまだ真の力を発揮できているとは言えないらしい。
「コスモスティアの声を聞き、その意思とひとつになった時、初めて真の力を発揮できると【レア】は教えてくれた。その段階になれば、無限稼働炉の性能差はまったく関係がなくなるともな」
「でも、意思とひとつになるって……具体的にどうすればいいんです?」
あまりに観念的な言葉に、特務執行官たちも困惑するばかりだ。
それをわかっていつつも、ライザスの返答は具体性を欠いたものにならざるを得なかった。
「残念ながら、それに対する明確な答えは示されていない。答えは我々自身が見つけなければならないのだ。ただ……」
「ただ?」
「鍵となるのは、A.C.Eモードだと私は思っている。あれは無限稼働炉の制御限界値を超えた力を引き出す最終モードだが……同時にコスモスティアに秘められた意思のエネルギーを最も強く感じられるモードとも言える」
それでも、彼の中でひとつのきっかけは見出されていたようだ。
言葉の先を汲み取ったのか、シュメイスが続けた。
「つまり……コスモスティアと意思疎通するためには、A.C.Eモードの発動が必要ってことですか?」
「そうだ。ただ、君たちも知っての通り、A.C.Eモードを発動するということは、かなりの危険を伴うものだ。おいそれと行うわけにはいかんだろう……」
頷きつつも、ライザスの表情は厳しい。
特務執行官の最終形態――それは常に自壊の可能性を孕む危険なものだ。
オリンポスの歴史の中でも実際に彼が発動を認めた事例は、数えるほどである。
「それでも、今後の任務で【統括者】が絡んできたら……A.C.Eモードの発動は必須になるだろう。現状、奴らに対抗できる手段はそれしかない」
その言葉に、特務執行官たちの間で緊張が高まった。
司令官自らが最終形態の発動を容認するという点に、現状の厳しさが垣間見えたからだ。
「君たちの無限稼働炉にかけられたロックはセントラルを通じて解除する。今後は君たちの判断だけでA.C.Eモードの発動が可能となるはずだ」
「要は戦いの中でA.C.Eモードを活用しながら、真の力の開放を目指せってことですね……」
「そうだ。しかし、無理はするな。君たちが死んでしまっては元も子もないからな……」
覚悟を決めた表情の部下たちに、ライザスは釘を刺すように告げる。
それは厳しさの中にも気遣いのこもった言葉であった。
「A.C.Eモードのロック解除もそうだが、今後は我々三名が常時フォローできる体制を取る。【統括者】が姿を見せたら、すぐに連絡してくれ」
最後に彼は、今後の任務体制の変化に触れる。
それは今の状況でも【統括者】に対抗できる可能性を模索した結果だろう。
新たな敵を前に、特務執行官たちは様々な意識の変革を求められようとしていた――。
「真の力の開放って言っても、今後の任務でどれだけ【統括者】が関わってくるかだな。それにA.C.Eモードを使わなければ、本当に勝負にならないものなのか?」
ソルドが意識を現実に戻した時、シュメイスがふと小さく漏らした。
もちろんアーシェリーを戦闘不能にしたという事実はあるのだが、【統括者】と会っていない者にしてみれば、その脅威を今ひとつ実感できないのも無理はない。
「そうよねぇ……ソルド君は実際に【統括者】と会ったことがあるんでしょ? どんな感じだったの?」
「うむ……」
サーナがその言葉を受けて、ソルドに訊いてくる。
この中で【統括者】と遭遇した経験があるのは、ここでは彼以外にいない。
「私が出会ったのは二体の【統括者】だが、そのどちらも目の前にした時、身体が委縮するのを感じた。普段通りに動けないというか……」
記憶を思い返すように瞑目しながら、ソルドは言葉を紡ぐ。
火星の街レイモスで金の瞳の影と会った時に感じた違和感は、いまだに身体が覚えている。
【テイアー】と出会った時は感情が昂っていたため気にも留めなかったが、やはりまともに反応できなかった気はする。そうでなければ、ああも容易く衝撃波で吹き飛ばされはしなかったはずだ。
「それってつまり……怖じ気づいちゃったってこと?」
「正直に言ってしまえば、そうなるな。蛇に睨まれたカエルとは、まさにあのことだろう……」
サーナの言葉を肯定し、彼は表情を歪める。
誰でも認めたくないという感情はあるものだが、ソルドの場合、恐怖に脅えるという感情がそれに当たるらしい。
そして同じように感じたのは、彼だけではなかったようだ。
「へぇ……ソルド君でも、そういうことあるのねぇ。というよりも、ソルド君ですらそんな感情を抱いちゃったというべきかしら?」
「ちょっと、サーナ……兄様に失礼じゃないの!?」
「いや、いい……私としても意外に思ったほどだからな」
気色ばむルナルを制し、ソルドは嘆息する。
場合によっては、彼もアーシェリー同様にやられていても不思議ではなかった。あの場で戦いにならなかったことは、むしろ僥倖と言えたろう。
「そうか。お前ですらそうなるってことは、【統括者】ってのは相当にめんどくさい相手ってことだな。司令たちが悩むのも無理はないってことか……」
シュメイスも同じように嘆息すると、椅子の背もたれに身体を預けた。
褒められているのか貶されているのかわからない評価を受けながら、ソルドは残りの茶を静かに飲み干す。
「ところで、フィアネスはどこ行ったの? あれから姿が見えなくなったけど」
「さぁな。どこか別のところにでもいるんだろ。特にお前とは顔合わせたくないみたいだしな」
「ちょっとシュー君、なによ。その言い草……」
いつもの軽口を取り戻した二人を見つめながら、ソルドはゆっくりと席を立った。
「兄様?」
「私も気分を変えたくなった。少し出てくる」
首を傾げるように覗き込んできたルナルにそう答えると、彼はレストスペースをあとにした。




