(8)真実を知りて
すべての記録が終わり、青い闇が辺りを包む。
数字の流れる無機質な空間の中に、特務執行官たちはたたずむ。
彼らの中には、最後に見た記録に対する様々な思いが渦を巻いていた。
「今のが……カオスレイダーの生まれた理由だったってのか……」
「そして、私たち特務執行官の……コスモスティアの真実……」
シュメイスたちの言葉に、ソルドはわずか瞑目する。
「我々は、コスモスティアに選ばれた者……今までずっとその意味がわからなかったのだが、こういう真相があったとはな。コスモスティアはただの鉱石ではなく、人の意思の集合体だった……」
「そして、オリンポスの真なる目的……それはカオスレイダーの掃討だけでなく、その力を受けて蘇るであろう【統括者】や王を滅ぼすことだったのね」
ルナルがその言葉を継ぐと、それに対してアーシェリーが忌まわしい記憶を思い返すようにつぶやいた。
「では、あの【テイアー】も、【統括者】の一人ということですね……」
「そういうことになるな。そして、あの金の瞳の影も……」
ミュスカたちの事件、そしてアーシェリーの件――それぞれで出会った黒い影を思い、ソルドは表情を厳しくする。
少なくとも現在の段階で【統括者】は二体、蘇っているということになる。
彼らが何体いるのかは不明だったが、特務執行官を容易く屠る相手である。
数が揃ってしまうと、戦況は非常に厳しいものとなるだろう。
「でも、こうして見ると、私たちは司令たちの尻拭いのために戦ってたってことね」
そこで別の視点から言葉を発したのは、サーナだった。
その物言いは、実に彼女らしいものだ。
カオスレイダー復活に至るまでの過程――様々な思惑があったとはいえ、そこにライザスたちが直接関与していたのは事実である。
特務執行官たちは、小惑星調査団のミスによりカオスレイダーが蘇ったという話は知っていたが、その詳しい内容までは知らされていなかった。
ここにいる、ただ一人を除いて――。
「実際、司令たちがあの王って奴を解放しなければ、こんなことにはならなかったわけだし……」
「……尻拭いの、なにがいけませんの?」
彼女のぼやきに強い口調で反論したのは、フィアネスだ。
いつになく厳しい表情を湛えた彼女に、全員の視線が集中する。
「どんな人間も、過ちは犯すものですわ。だからこそ、人はその過ちを繰り返さないために力を尽くすのでしょう? ウェルザー様だって、好きでカオスレイダーを解放したわけじゃありませんわ……!」
「どうしたんだ? フィアネス? 君らしくもない……」
あまりにも激しい口調に、ソルドたちは驚きを隠せない。
すると、わずか考え込むようにしていたシュメイスが口を挟んだ。
「さっきから気になってたんだが、フィアネス……お前、この記録を見始めてからずっとダンマリだったよな? もしかして……知ってたのか?」
いかにも洞察力に優れた彼の言葉だった。
言われてみれば、この空間に入ってフィアネスはほとんど口を開いていない。
彼女はその言葉に頷くと、表情を崩さずに続けた。
「……以前、ウェルザー様に聞いたことがありますわ。ですからこの記録にあることは、ほぼ知っていますわ」
「あら、そうだったのね。でも、ウェルザーも意外と口が軽いわねぇ。一応、これって秘匿記録だったんでしょ?」
サーナは気にした様子もないように思ったことを口にするが、その言葉はフィアネスの怒りの炎に油を注ぐものだった。
表情を更に険しくし、銀髪の少女は無頓着な同僚にずいと詰め寄る。
「私が無理にお願いしたからですわ。それよりもサーナ……あなた少し口が過ぎますわね。ちょうど良い機会ですわ。私が縫い付けて差し上げましょうか!」
「ちょ、ちょっと、フィアネス……どうしたのよ。急に?」
さすがに気圧されたのか、サーナは両手を掲げて後退る。
今は肉体のない状態なので物理的な圧迫感はないはずだが、激高するフィアネスからはそれを感じさせないプレッシャーが放たれている。
見かねたようにソルドは、二人の間に割り込んだ。
「待て。フィアネス……ウェルザーを非難されて、怒るのはわかる。しかし、なぜそこまで……?」
「ウェルザー様は、私のすべてですわ! あの方がいたからこそ、今の私がいるのですわ。ですから、たとえ仲間であったとしても、あの方を責めることは許しません……!」
「フィアネス、とにかく落ち着け。今は情報の整理が先だ。それに私たちが戦うべき相手は、ここにはいない……そうだろう?」
なおも感情を昂らせるフィアネスに対し、彼は諭すように続ける。
衝撃的な真実を知り、今は誰もが少なからず混乱している状態である。一度、感情を抑えて考える必要があった。
ソルドを押し退けそうな勢いだったフィアネスだが、やがてふいと目を逸らすと、その顔を俯ける。
「やれやれ……もう少し言葉は選べよ。サーナ……口は災いの元だぜ?」
「はいはい、悪かったわよ。でも、正直、フィアネスがあそこまで怒るとは思わなかったわね……」
シュメイスに忠告され、サーナも大きくため息をついた。
『……これでファイルの内容は、すべてですね。では、ダイブアウトしましょう』
頃合いを見計らったかのように、【クロト】が特務執行官たちに告げる。
セントラル最大稼働の時間は限られている。すべての記録を見終わった以上、ここにいる必要はない。
『なんかいろいろ衝撃的な内容だったねぇ。でも、これでスッキリしたかな』
『……これでまた、姉さんたちは眠りについちゃうんですね……』
『ん~、気持ちはわかるけどさ。そんなに悲しそうな顔しないでよ。アトロ……別に今生の別れじゃないんだし』
『そうですよ。アトロ……眠っていたとしても、私たちはいつも一緒です』
普段にない悲しげな表情をした【アトロポス】を、姉たちが慰める。
ファイルの内容こそ重いものだったとはいえ、彼女らにしてみれば、かなり貴重な交流の機会であった。
またそれぞれが一人きりの任務に戻ることを考えれば、名残惜しさもひとしおというところなのだろう。
そして、名残惜しさを感じている人物が、もう一人いた。
「ソルド……」
「シェリー……どうかしたのか?」
黙って電脳人格たちを見つめていたソルドの脇に、そっとアーシェリーが歩み寄る。
いつになく不安そうな表情を浮かべながら、彼女は囁くような声で言った。
「いえ……これで少しの間、お話もできなくなりますので……あの……くれぐれも、気を付けて……」
端的ではあったものの、その言葉にはこれからまた遭遇するであろう【統括者】に対する警戒の意味が込められていた。
同時に、彼女自身が秘めているソルドに対する真っ直ぐな想いも――。
「ああ……了解した。今度また君が目を覚ましたら、その時には一杯、茶を淹れてもらうとしよう」
「……はい。わかりました」
ソルドはわずかに息をつきながらそう言うと、いつになく優しい瞳を向けた。
アーシェリーは一瞬、目を見開いたが、すぐに柔らかな笑顔をその顔に浮かべるのだった――。
「……戻ったようだな」
その後、電脳世界から帰還したソルドたちは、柱との接続を解いて再び三名の男たちの前に立った。
そんな彼らを見つめ、ライザスは静かな声で言い放つ。
「君たちの見てきた内容が、オリンポスの……我々の真実だ。聞きたいことがあれば聞くが、その前にひとつだけ言わせてもらいたい」
するとそこで彼は、ソルドたちに向けて深々と頭を下げた。
見るとボルトスらも、同様の行動を取っている。
「すまなかった……これまでの長い戦いで真実を告げず、君たちを利用するような真似をしてきたことは、我々の臆病さゆえだ」
その言葉には、苦悩を感じさせる響きが混じっていた。
それも当然のことであろう。秘匿記録の開放とはすなわち、彼らの過去の罪をさらけ出すことに他ならなかったからだ。
「我々の犯した罪は、決して許されるものではない。君たちの中には今回の記録を見たことで、我々への疑念を抱いた者もいるはずだ。だからもし、ここで戦い続けることが嫌になったのなら……立ち去ってもらって構わない」
偽らざる気持ちを、ライザスは吐露する。
彼らの罪を知った上で、なお彼らの下で戦い続けるということは、普通に考えれば難しい話だろう。
しかし【統括者】はカオスレイダー以上の強敵であり、オリンポスが一枚岩として機能しなければ太刀打ちできない相手だ。
これはいわば試金石であり、特務執行官としての度量と覚悟とを試されているのであった。
「司令……私の覚悟は決まっている」
長い沈黙のあと、初めに口を開いたのはソルドだった。
「悔やんでも過去の過ちは、変えられない。今、この時にカオスレイダーの脅威に怯える人々がいる以上、戦い続けるのが特務執行官の役目だ」
そう言って、彼は拳を握り締める。
罪を犯しているという点では、彼もまた変わらない。カオスレイダーとの戦いの中で買った恨みも、死なせた生命もたくさんある。
今更、ライザスたちを責める資格はないし、それが無意味であることも知っていた。
「私も兄様と同じです。蘇ったこの生命は、もう、私だけのものではない。人々を守るために得た生命です」
そのあとに、ルナルが続ける。
そもそも特務執行官となった時点で、元の生命は尽きている。
そしてコスモスティアと共に蘇ったということは、カオスレイダーとの戦いを宿命づけられたということなのだ。
「正直に言えば、もっと早く聞きたかったですよ。俺たちは意外と信用されてなかったんだなって……そっちのほうがショックでしたね」
「私の答えも、変わりませんわ。大切な人のために戦い抜く……その覚悟は初めから決めておりますわ」
シュメイスもフィアネスも、答えは変わらない。
そこにある想いは様々だが、これまで同様に特務執行官としての責務を果たす気持ちはあるようだ。
「ま、ちょっとムッとした部分はあったけどね。でも、ここで尻尾撒いて逃げたところで、なにも変わらない。やるべきことをやる……私たちにできるのは、それだけよ」
最後に言葉を発したのは、一番疑念を抱いていたと思われるサーナだった。
しかし、彼女もまたコスモスティアに選ばれた者である。
過去に囚われ、今やるべきことを見失うような真似はしないと、瞳の中の光は告げていた。
「みんな……ありがとう」
特務執行官たちの言葉に、ライザスは初めて穏やかな笑みを浮かべる。
それは自分たちの犯した罪を見ても揺るがない彼らの気持ちに対する、強い感謝の表れであった。




