(7)秩序の光
そこはただ、無限に白が続く空間だった。
見えているのか見えていないのか、それすらも定かでないところ。
高さも奥行きもなく、あるのはただ一色の濁りなき白であった。
『時は来てしまいましたか……』
その空間に、声が響き渡る。
穏やかで優しく、それでいて強い意思を感じさせるような声だった。
『不変のものが存在しない限り、この解放も必然と言えたのでしょう。ですが、混沌の脅威に抗する力もまた……解放されるのです』
声と同時に、無とも思えた世界の中に三つの人影が現れる。
それは謎の影によって倒されたはずのライザスたちであった。
「これは……いったい? 私たちはどうなった……?」
「それにこの光は……?」
彼らは周囲の様子もさることながら、自分たちの胸が輝いていることに驚きを見せる。
正確には、彼らの心臓の部分が内部から光を放っているのだ。
『新たな光の担い手たちよ』
そんな三人に向けて、謎の声は言葉をかける。
そして、その声に合わせて白の空間に、黒い影が姿を現した。
『あなたたちは一度、死にました。しかし、混沌に負けぬ強き魂の力が、【秩序の光】を受け入れたのです』
その影は、あの謎の影と同じような姿をしていた。
違いがあったのは、ふたつの瞳と思しき部分が白く眩く輝いていたことである。
「【秩序の光】……? お前は、いったい誰だ!?」
警戒心を強めるボルトスだが、今の彼らは銃も持たないどころか、衣服すら着ていない状態である。
影はそんな彼らに対し、慈愛に満ちたような声で続けた。
『私に名はありません。強いて名乗るとするなら……私は【レア】。そしてあなたたちは私の新たなる子……混沌の力に抗する者たち』
「【レア】だと? それに混沌の力……?」
『語りましょう。私たちの過去を。そして、あなたたちの使命を……』
【レア】と名乗ったその影は、次いで右手を差し上げた。
すると白一色だった空間に闇が広がり、無数の星々の姿を映し出す。それは、宇宙空間の映像であった。
そして【レア】の語りは始まった――。
『ここではない、少し離れた星の海――』
宇宙の中に、青い星が浮かんでいる。
かつての地球かとも思われたが、よく見ると大陸などの構成が異なる。
地球に似た別の惑星のようだった。
『かつて、ある星で大きな戦争が起こりました』
【レア】の言葉に沿うように、視点は変わっていく。
星へと降りるように移動した映像は、そこに住む人々の在り様を映し出す。
人間とほぼ変わらぬ姿をした者たちが、武器を手に争っている。
戦闘機や戦闘車両、人型機動兵器――様々な兵器が銃火を交える中、そこに異質な存在が姿を現した。
『その中で生まれたのが、数多の人の意思や感情をエネルギー源とする巨大な生体兵器でした』
それは全長数十キロはあるかと思われる空中戦艦――赤い甲殻のような装甲を備え、生物のように蠢く生きた戦艦であった。
『その兵器は、無限に人の感情を食らい続けました。人々の中に渦巻く狂おしき感情を……その結果なのか、他に理由があったのか……やがて兵器は暴走を始め、すべてを滅ぼそうとしました』
生体戦艦は艦体から無数の光線を放ち、大地を炎に染めていく。
まるで地に動くものは、すべて敵であると言わんばかりに――。
『人々は戦いました。多大な犠牲を払い、なんとかその兵器を破壊することに成功した。しかし、それが更なる悲劇の始まりになった……』
それでも数日に渡る人類の猛反撃により、生体戦艦はついに破壊される。
しかし、爆散した破片は人間たちに憑りつくように降り注ぎ、彼らを異形へと変えていった。
『砕け散った兵器の破片は人と融合し、醜悪な獣を生み出したのです』
それは、まさに混沌の獣――カオスレイダーであった。
爬虫類のように、鳥のように禍々しく姿を変えた者たちは、いまだ残る普通の人間たちを蹂躙していく。
『そして、兵器の中枢意思であったメインシステムも進化しました。システムは獣を操るための【統括者】を生み、生命すべてを滅ぼし、混沌に帰そうと企んだ……』
轟沈し、大地に横たわった生体戦艦の骨格らしき残骸から、何者かが姿を現す。
それは様々な色の瞳を備えた黒い影――【レア】と同様の姿を持ったものたちであった。
彼らはカオスレイダーを使役し、世界に侵攻する。
長い戦争と生体戦艦との激戦で疲弊し切った人類は、まともに対抗することもできなかった。
そしてカオスレイダーの脅威は人のみならず、星に住むあらゆる生命にまで及んでいく。
『人は……生命は滅ぼされようとしていました。しかし、希望は消えてはいなかった』
そこで視点は、再び生体戦艦の残骸に戻る。
黒い影たちの現れた場所とは別のところから、白い光の柱が立ち昇っていた。
『兵器には【人の意思】を蓄えた部分が残されていたのです。混沌たる感情の力に潰されず、激しい輝きを放つ強き意思の集合体……』
光の柱から姿を現したのは、白い瞳を備えた影である。
その姿はまさに今、語り手となっている【レア】であった。
『その集合体を司っていた兵器のサブシステムは自我に目覚め、暴走したメインシステムから独立して、意思の力を結晶化した【秩序の光】を生み出しました。そして、混沌の獣に抗する力として人々に与えた……』
映像の【レア】を囲むように、無数の光が浮かぶ。
宝石のようにも見えるそれらは、色とりどりの光を放ち、人々の元へ向けて飛び立った。
そして、それらの光とひとつになった人間たちは、世界を滅ぼそうとする敵に立ち向かっていく。
『【秩序の光】に認められた者たちは、【統括者】たちと戦った。激しい戦いののち、【統括者】の多くは次元の彼方へ追いやられ、混沌の獣たちも力を失い石と化しました』
光を宿した戦士たちにより、黒い影たちは暗闇の彼方へと駆逐されていく。
カオスレイダーもまた滅ぼされ、消えることなく残った遺骸は赤黒い化石のように変じた。
『しかし、最後に残されたメインシステム――【統括者】の王は、本体を失っても抵抗し続けた。疲弊した秩序の戦士たちは最後の力で、王の自我を巨大な結晶体に封じ込めたのです』
最後まで戦士たちを圧倒し続けたもの――それはライザスたちを屠ったあの黒い影であった。
しかし、夢幻に輝く六つの瞳を持った影も、巨大な水晶のような物体の中に吸い込まれるように消えていく。
同時に戦士となった者たちもまた、力尽きたようにその場に倒れ伏した。
『人々は星の一部に結晶体を隔離し、数多の獣の骸と共に封印した』
再生不可能となった不毛の大地に、化石化したカオスレイダーが集められる。
その地下には堅固な封印施設が作られ、中に結晶体が収められたのである。
『……しかし、戦いの影響は星の生命にも及んでいました。宇宙に出るための術も失ってしまった人々は、滅びゆく星と運命を共にしました』
大地がひび割れ、噴き上がるマグマが、あちらこちらですべてを呑み込んでいく。
海は大きく荒れ、断末魔を上げるように大きくのたうつ。
残された生命はすべて死に絶え、やがて内側から膨れ上がるようにエネルギーを迸らせた星は凄まじい爆発を起こし、虚空に四散した。
『その星の欠片――かつて封印の施された地こそが、あなたたちの訪れた場所なのです』
そして、最後の言葉と共に映像は消えた――。
元の白い世界が戻ってきたところで、ライザスたちは疑問を口にする。
「今の記録を見る限りでは、【レア】よ。あなたが、【秩序の光】を生み出した存在なのか?」
「そして、我々が先ほど目にしたあれが……【統括者】とやらの王だと?」
その言葉に【レア】は頷く。
『その通りです。王の力は獣の残骸を蘇らせ、災厄の種として虚空に振り撒きました。そして王の意識は【統括者】の放逐された異相次元への扉を開いてしまった……』
そこで【レア】は、ライザスたちが体験した光景とその後とを、映像として再生する。
広がるように姿を消した影――王の残留エネルギー体は小惑星の外殻となっていた遺骸の塊に吸い込まれる。
蘇ったかのように赤く色を変えた塊は膨らんで弾け、やがて爆発し四散する。
広がった破片が強襲揚陸艦を撃沈し、虚空の闇に消えていく。
そして最後に残っていたわずかな赤黒いエネルギーの塊が、宇宙空間に小さな穴を開け、その中に吸い込まれていった。
『災厄の種は生命と同化し、新たな獣を生み出すでしょう。そして、獣の力が高まることで混沌の力が満ち溢れ、【統括者】たち……王もまた力を取り戻すはずです』
【レア】は更に補足するように続ける。
混沌の獣たちの生み出すエネルギーこそが、王を含めた【統括者】を現世に復活させる鍵となる力なのだと。
『ですが、混沌の脅威が解放される時、抗する力も解放される。王が蘇りし時、【秩序の光】も蘇るようになっていました』
しかし、封印施設の中では、【レア】も眠りについていた。
そして、王の結晶破壊と連動して覚醒するようにプログラムが施されていたのである。
蘇った彼女は、ライザスたちに新たな生命を与えた。
それは当初の言葉にあったように、混沌の意思に屈しなかった彼らの魂に【秩序の光】が反応したからであった。
『あなたたちは戦わねばならない。獣を滅ぼすため、【統括者】や王を倒さねばならない。それが光を受け継いだあなたたちの使命……』
「戦わねばならない……か」
ボルトスが、覚悟を決めたようにつぶやく。
話を聞いても信じられない部分は多かったが、あの時の死の感触は偽りではなかった。
混沌の復活が自分たちの責任であり、こうして新たな生命を得た以上、その脅威には立ち向かう義務がある。
その思いは、彼の軍人的性格から来るものでもあったろう。
「我々の愚かさが、眠れる災厄を呼び起こしてしまったのだな……」
ライザスは、どこか悔やんだように言う。
あの時、調査を止める判断をしていれば、結果は違っていた。
しかし、すべては遅い。復活した災厄に立ち向かうのは、いわば贖罪でもあるのだ。
逃げ場など存在しないと、彼は悲壮な決意を固めていた。
「話は理解した。しかし【レア】よ。具体的に、我々はどうすればいい……?」
最後に、瞑目していたウェルザーが【レア】に問う。
表情こそ抑えていたものの、握り締めたその手は大きく震えていた。
元々、調査を強行したのは彼の意思によるものだ。その結果が取り返しのつかない過ちを生み出してしまった。
己がすべてを懸けて使命を完遂する――彼はそう思うも、同時にやはり科学者であった。
あの強大な敵とどう戦えばいいのか、その方策を考えねばならないと思っていた。
そして、それは【レア】も承知の上であり、彼女は今後の指針を示す必要があると感じていた。
『あなたたちに、私の叡智を授けましょう。そして、探すのです。残されし光を受け入れる強き魂たちを……』
そう言うと【レア】は己の周囲に、いくつかの光を浮かび上がらせる。
赤や青、緑といった色とりどりの輝きを放つ十二個の光の結晶が、男たちの目にその存在を焼き付ける。
同時に彼らの胸に宿った光も、輝きを増す。
この光こそが、【レア】の言う【秩序の光】――コスモスティアと呼ばれるものであった。




