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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE4 明かされる過去と真実
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(5)小惑星の謎


 場面はイプシロンの軍港に移る。

 何隻かの軍用艦が停泊する中、一隻の強襲揚陸艦を見上げながら、二人の男が敬礼を交わしていた。

 一人はスーツに身を包んだ口ひげが印象的な男。もう一人は褐色の肌をした大柄な体躯の軍人であった。


「この度は、政府の要請に応じていただき、感謝致します。艦長にお目通りを願いたいのですが……」

「ええ、かしこまりました。ご案内しましょう」


 簡単な自己紹介などを済ませ、二人は連れ立って歩き出す。

 艦に乗り込む道すがら、やがて軍人のほうがつぶやくように言った。


「しかし、今回の件は正直、気が進みませんな」

「ふむ。少佐はなにか、気掛かりなことでもおありですか?」

「地球と火星の公転軌道間に現れた謎の小惑星……それだけで警戒するには充分でしょう。無人探査ならいざ知らず、わざわざ自分から乗り込もうという人間の気が知れません」


 その言葉に、スーツの男は肩をすくめた。

 彼としても乗り気でないのは、その態度からも見て取れた。


「確かに否定はしません。だからこそ万が一に備えて、軍部の協力が必要となったわけですが……」

「まぁ、こちらも命令である以上、断るわけにはいきませんからな。苦労はお互い様というところですか」


 互いに苦笑を漏らしつつ、二人の男の姿は艦内へと消えていった。




「あれは司令とボルトスか?」


 二人の姿を眺めてつぶやくソルドに、シュメイスが頷く。


「政府の査察官と治安維持軍の将校ね……こうして見ると、面白い経歴の持ち主だな」


 特務執行官の過去にあまり触れないのは、オリンポスメンバーの共通認識である。

 特に古株であるライザスたちのことを知る者は、今いるメンバーの中には誰もいなかった。

 ただ、個人の過去よりも今は、その言葉の内容にメンバーの意識は向いていた。


「それにしても公転軌道間に現れた謎の小惑星……これが過去の記録だとすると、それの意味するところって……」

『先へ進んでみましょう』


 ルナルの言葉を遮り、【クロト】は次へと場面を進めた。






 次の場面は、先ほどの強襲揚陸艦のブリッジに移った。

 すでにイプシロンを出発し、現在は宇宙空間を航行しているところらしい。


「目的の小惑星まで、あと五千キロ……映像を出します」


 オペレーターらしき人物がそう告げると、中空にスクリーン映像が浮かび上がる。

 そこには虚空の闇の中に浮かぶ小惑星の姿が映し出されていた。


「うむ……やはり相当量のエネルギーが放出されている」


 白衣を纏った黒髪の男――ウェルザーは表示されているデータを分析しながらつぶやく。

 同じように映像を見つめるライザスは、その小惑星の形状に不可解なものを感じたようだ。


「こうして見ると……ずいぶん奇怪な形の小惑星だな」

「同感です。まるで生き物のようですな……博士、本当にあそこに降りて調査するおつもりか?」


 ボルトスもまた、同じことを思ったらしい。

 実際、その小惑星は妙に赤黒い色をしており、まるで巨大な魚のようにも見える。


「もちろんです。実に興味深い。これほどのものとは……素晴らしい……!」


 しかし、ウェルザーはそれを気にした様子もない。

 彼の興味はあくまでデータにあり、そのデータが示す数値に並々ならぬ関心を抱いているようだ。

 愉悦を感じている様子の科学者を見つめ、ボルトスは大きくため息をつく。


「科学者というのは、危機感よりも好奇心が上回る人種なのですかな?」

「さて、どうでしょう……ただ、今のところ見た目が不気味なだけで、特に危険はないようですがね」


 その言葉を受けてライザスも苦笑を漏らしたが、彼もそこまで危機感めいたものを抱いてはいない。

 あくまで形状の意外さを気にしていただけのようだ。


「そうであれば、いいんですが……」


 ただ、ボルトスを含めた艦内の軍人たちは、わずかながらに張り詰めた空気を纏っていた。




「あれがその小惑星の映像……確かに奇妙な形だな」


 同じ映像を眺め、ソルドたちも同じ感想を抱いていた。

 ただ、そこで初めて【クロト】が怪訝そうに眉をひそめる。


『……妙ですね』

「ん?【クロト】、なにか気になることでも?」

『私は、例の小惑星とはパンドラのことを指していると考えていました。ですが、そうではないようです』


 彼女の言葉は、実のところメンバーの何名かも抱いていた推測であった。

 地球と火星の公転軌道間に存在する小惑星とは、パンドラのこと以外に考えられないからだ。

 しかし、映像に見える小惑星は、彼らの記憶にあるものと違っていた。


「確かにあれはパンドラの形状と異なってますね。推定規模も倍以上はありそうです」


 アーシェリーが補足するように、言葉を継ぐ。

 過去の記録とはいえ現在は存在しない小惑星に、メンバーの疑念は高まっていた。


「詳しいことは、先を見ればわかるだろう。ここであれこれ言っても仕方がない」

『ソルドの言う通りだね。パッパと先に進めるよ』


 考えに耽るよりは、そのほうが効率的だとばかりに【ラケシス】が記録を先に進めた。






 次の場面は、その小惑星にライザスたちが降り立つシーンから始まった。

 強襲揚陸艦はあくまで彼らを現地に運ぶ役割を担っていただけで、実際には探査艇で小惑星上に着陸したようだ。

 ただ、上陸した人員はそれなりに多く、研究員や軍人を含めて二十人はいる。

 スペーススーツを着込んだ彼らは思い思いの装備を手に、地表を移動していた。


「これは不思議だ……外観からはよくわからなかったが、この小惑星の表面は岩石ではない」


 地面を撫でるように観察しながら、ウェルザーはつぶやいた。

 その内容を聞き取ったライザスたちが、彼の元へとやってくる。


「岩ではない? では、博士はこれがなんだとおっしゃるのです?」

「詳しくは調べてみないとわかりませんが、生体組織……つまり生物のように見えます。ただ、硬化具合から考えると、もう生きてはいないようですが……」

「つまり、これは生物の死骸だということですかな? そんなバカなことが……」


 地表の意外な構造に彼らが不可解な表情を浮かべていると、研究員からの個別通信がウェルザーの耳に入ってきた。


「博士! こちらへ来てください!! こ、これは……!」


 あまりに動揺したその様子に、ウェルザーは訝しさを深めつつ、場を離れる。

 ライザスらと共に研究員のところへやってきた彼だが、そこで意外なものを目にすることとなった。


「なにがあった……っ!? これは!?」


 そこにあったのは、直径が五メートルほどある深い穴だった。

 それだけなら別に大騒ぎする話でもなかったろう。

 意外だったのは穴の奥がわずかに輝いており、そこへ続く途中から、人工的に造られたような構造になっていたことだ。


「これは内部への侵入口……なのか?」

「人工物だとすると、誰がこんなものを造った? それに奥から発せられているこのエネルギーは……!?」


 ウェルザーが手にした観測機器を見つめ、驚きの声を発する。

 ただならぬ様子に集まってきた他の人員たちも含め、調査団一行は次の行動をどうすべきか選択を迫られる。


「博士、どうします?」

「中へ入ってみましょう。なにがあるのか、ぜひ確かめたい……!」


 答えるや否やウェルザーは、バックパックのスラスターを噴射して穴に降下していく。

 顔を見合わせた一行だが、すぐに全員が続くように彼のあとへと続いた。






 小惑星内部に降下した調査団一行は、巨大な通路らしき場所に降り立った。

 通路といってもかなり広く、幅も高さも十メートル以上ある。現在位置はその一端であり、奥行きがあるのは一方向のみだ。

 通路自体は大理石に似た構造材で造られており、明らかに人工的な施設である。

 加えて通路にはわずかな重力もあるらしく、全員が地に足を着いた状態になっている。


「これは驚きだ……小惑星の内部にこのような空間があるとは。いったい、誰がなんのために造った施設なのか?」


 ライザスは辺りの様子を見回しながら、驚いたようにつぶやく。

 それは調査団の誰もが感じていることだったろう。


「この凄まじいエネルギーの発生源は、間違いなく奥からだ。いったい、この先になにが……?」


 ウェルザーは手にした観測機器を眺めながら、取り付かれたように先へ進み始める。

 体感として感じられるわけでなかったが、通路の奥からは熱風のようなものも流れてきているようだ。

 彼に続くように調査団の面々も歩き始めるが、数分ほど進んだところでボルトスが声を上げた。


「博士、少しお待ちいただきたい。まだ、奥に進まれるおつもりか?」

「ええ……なぜです?」

「気付かれていませんでしたか? ここに入ってから皆の様子がおかしいことを。私の部下や研究員たちの多くが気分を悪くしている」


 そこで彼は、調査団の面々に目を向ける。

 彼の言う通り、あとに続いていた人間たちの多くが、その場にへたり込んでいたのだ。

 まともに立っているのは、ライザスを含めた彼ら三人だけである。


「もちろん気付いています。あなたはその原因が、このエネルギーにあると言いたいのか?」

「その通りです。詳しいことはわかりかねますが、ここにいるだけでひどく精神を消耗させられる。これ以上進むのは止めたほうが良いと、私の勘が告げているのです」

「バカバカしい。これが人間の精神に影響を与えるエネルギーかは、調べてみないとはっきりしないはずだ。曖昧な勘だけで調査の邪魔をして欲しくありません」


 ボルトスの忠告を、ウェルザーは一蹴する。

 彼にとっては己の知的好奇心を満たすことが第一であり、根拠のないものを信じてはいないようだった。

 良くも悪くも、科学者と言えただろう。その点では、ボルトスの対極に位置する人種であった。


「査察官のあなたは、どうお考えですかな?」

「……確かにここまで来て引き返すというのなら、もっと明確な論拠は欲しいところです。少佐の勘を疑うわけではないですが……」

「……そうですか。ならば、なにも言いますまい」


 意見を求められたライザスも、不穏な空気を感じ取ってはいた。

 しかし、ウェルザーの調査を可能な限り支援するというのが、今回の政府の意向でもある。

 ボルトスはまだなにか言いたげではあったが、元より護衛部隊長にしか過ぎない彼に行動の決定権はない。

 ふらつく者たちを気遣いつつ、一行はゆっくりと先に進んでいった。


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