(5)小惑星の謎
場面はイプシロンの軍港に移る。
何隻かの軍用艦が停泊する中、一隻の強襲揚陸艦を見上げながら、二人の男が敬礼を交わしていた。
一人はスーツに身を包んだ口ひげが印象的な男。もう一人は褐色の肌をした大柄な体躯の軍人であった。
「この度は、政府の要請に応じていただき、感謝致します。艦長にお目通りを願いたいのですが……」
「ええ、かしこまりました。ご案内しましょう」
簡単な自己紹介などを済ませ、二人は連れ立って歩き出す。
艦に乗り込む道すがら、やがて軍人のほうがつぶやくように言った。
「しかし、今回の件は正直、気が進みませんな」
「ふむ。少佐はなにか、気掛かりなことでもおありですか?」
「地球と火星の公転軌道間に現れた謎の小惑星……それだけで警戒するには充分でしょう。無人探査ならいざ知らず、わざわざ自分から乗り込もうという人間の気が知れません」
その言葉に、スーツの男は肩をすくめた。
彼としても乗り気でないのは、その態度からも見て取れた。
「確かに否定はしません。だからこそ万が一に備えて、軍部の協力が必要となったわけですが……」
「まぁ、こちらも命令である以上、断るわけにはいきませんからな。苦労はお互い様というところですか」
互いに苦笑を漏らしつつ、二人の男の姿は艦内へと消えていった。
「あれは司令とボルトスか?」
二人の姿を眺めてつぶやくソルドに、シュメイスが頷く。
「政府の査察官と治安維持軍の将校ね……こうして見ると、面白い経歴の持ち主だな」
特務執行官の過去にあまり触れないのは、オリンポスメンバーの共通認識である。
特に古株であるライザスたちのことを知る者は、今いるメンバーの中には誰もいなかった。
ただ、個人の過去よりも今は、その言葉の内容にメンバーの意識は向いていた。
「それにしても公転軌道間に現れた謎の小惑星……これが過去の記録だとすると、それの意味するところって……」
『先へ進んでみましょう』
ルナルの言葉を遮り、【クロト】は次へと場面を進めた。
次の場面は、先ほどの強襲揚陸艦のブリッジに移った。
すでにイプシロンを出発し、現在は宇宙空間を航行しているところらしい。
「目的の小惑星まで、あと五千キロ……映像を出します」
オペレーターらしき人物がそう告げると、中空にスクリーン映像が浮かび上がる。
そこには虚空の闇の中に浮かぶ小惑星の姿が映し出されていた。
「うむ……やはり相当量のエネルギーが放出されている」
白衣を纏った黒髪の男――ウェルザーは表示されているデータを分析しながらつぶやく。
同じように映像を見つめるライザスは、その小惑星の形状に不可解なものを感じたようだ。
「こうして見ると……ずいぶん奇怪な形の小惑星だな」
「同感です。まるで生き物のようですな……博士、本当にあそこに降りて調査するおつもりか?」
ボルトスもまた、同じことを思ったらしい。
実際、その小惑星は妙に赤黒い色をしており、まるで巨大な魚のようにも見える。
「もちろんです。実に興味深い。これほどのものとは……素晴らしい……!」
しかし、ウェルザーはそれを気にした様子もない。
彼の興味はあくまでデータにあり、そのデータが示す数値に並々ならぬ関心を抱いているようだ。
愉悦を感じている様子の科学者を見つめ、ボルトスは大きくため息をつく。
「科学者というのは、危機感よりも好奇心が上回る人種なのですかな?」
「さて、どうでしょう……ただ、今のところ見た目が不気味なだけで、特に危険はないようですがね」
その言葉を受けてライザスも苦笑を漏らしたが、彼もそこまで危機感めいたものを抱いてはいない。
あくまで形状の意外さを気にしていただけのようだ。
「そうであれば、いいんですが……」
ただ、ボルトスを含めた艦内の軍人たちは、わずかながらに張り詰めた空気を纏っていた。
「あれがその小惑星の映像……確かに奇妙な形だな」
同じ映像を眺め、ソルドたちも同じ感想を抱いていた。
ただ、そこで初めて【クロト】が怪訝そうに眉をひそめる。
『……妙ですね』
「ん?【クロト】、なにか気になることでも?」
『私は、例の小惑星とはパンドラのことを指していると考えていました。ですが、そうではないようです』
彼女の言葉は、実のところメンバーの何名かも抱いていた推測であった。
地球と火星の公転軌道間に存在する小惑星とは、パンドラのこと以外に考えられないからだ。
しかし、映像に見える小惑星は、彼らの記憶にあるものと違っていた。
「確かにあれはパンドラの形状と異なってますね。推定規模も倍以上はありそうです」
アーシェリーが補足するように、言葉を継ぐ。
過去の記録とはいえ現在は存在しない小惑星に、メンバーの疑念は高まっていた。
「詳しいことは、先を見ればわかるだろう。ここであれこれ言っても仕方がない」
『ソルドの言う通りだね。パッパと先に進めるよ』
考えに耽るよりは、そのほうが効率的だとばかりに【ラケシス】が記録を先に進めた。
次の場面は、その小惑星にライザスたちが降り立つシーンから始まった。
強襲揚陸艦はあくまで彼らを現地に運ぶ役割を担っていただけで、実際には探査艇で小惑星上に着陸したようだ。
ただ、上陸した人員はそれなりに多く、研究員や軍人を含めて二十人はいる。
スペーススーツを着込んだ彼らは思い思いの装備を手に、地表を移動していた。
「これは不思議だ……外観からはよくわからなかったが、この小惑星の表面は岩石ではない」
地面を撫でるように観察しながら、ウェルザーはつぶやいた。
その内容を聞き取ったライザスたちが、彼の元へとやってくる。
「岩ではない? では、博士はこれがなんだとおっしゃるのです?」
「詳しくは調べてみないとわかりませんが、生体組織……つまり生物のように見えます。ただ、硬化具合から考えると、もう生きてはいないようですが……」
「つまり、これは生物の死骸だということですかな? そんなバカなことが……」
地表の意外な構造に彼らが不可解な表情を浮かべていると、研究員からの個別通信がウェルザーの耳に入ってきた。
「博士! こちらへ来てください!! こ、これは……!」
あまりに動揺したその様子に、ウェルザーは訝しさを深めつつ、場を離れる。
ライザスらと共に研究員のところへやってきた彼だが、そこで意外なものを目にすることとなった。
「なにがあった……っ!? これは!?」
そこにあったのは、直径が五メートルほどある深い穴だった。
それだけなら別に大騒ぎする話でもなかったろう。
意外だったのは穴の奥がわずかに輝いており、そこへ続く途中から、人工的に造られたような構造になっていたことだ。
「これは内部への侵入口……なのか?」
「人工物だとすると、誰がこんなものを造った? それに奥から発せられているこのエネルギーは……!?」
ウェルザーが手にした観測機器を見つめ、驚きの声を発する。
ただならぬ様子に集まってきた他の人員たちも含め、調査団一行は次の行動をどうすべきか選択を迫られる。
「博士、どうします?」
「中へ入ってみましょう。なにがあるのか、ぜひ確かめたい……!」
答えるや否やウェルザーは、バックパックのスラスターを噴射して穴に降下していく。
顔を見合わせた一行だが、すぐに全員が続くように彼のあとへと続いた。
小惑星内部に降下した調査団一行は、巨大な通路らしき場所に降り立った。
通路といってもかなり広く、幅も高さも十メートル以上ある。現在位置はその一端であり、奥行きがあるのは一方向のみだ。
通路自体は大理石に似た構造材で造られており、明らかに人工的な施設である。
加えて通路にはわずかな重力もあるらしく、全員が地に足を着いた状態になっている。
「これは驚きだ……小惑星の内部にこのような空間があるとは。いったい、誰がなんのために造った施設なのか?」
ライザスは辺りの様子を見回しながら、驚いたようにつぶやく。
それは調査団の誰もが感じていることだったろう。
「この凄まじいエネルギーの発生源は、間違いなく奥からだ。いったい、この先になにが……?」
ウェルザーは手にした観測機器を眺めながら、取り付かれたように先へ進み始める。
体感として感じられるわけでなかったが、通路の奥からは熱風のようなものも流れてきているようだ。
彼に続くように調査団の面々も歩き始めるが、数分ほど進んだところでボルトスが声を上げた。
「博士、少しお待ちいただきたい。まだ、奥に進まれるおつもりか?」
「ええ……なぜです?」
「気付かれていませんでしたか? ここに入ってから皆の様子がおかしいことを。私の部下や研究員たちの多くが気分を悪くしている」
そこで彼は、調査団の面々に目を向ける。
彼の言う通り、あとに続いていた人間たちの多くが、その場にへたり込んでいたのだ。
まともに立っているのは、ライザスを含めた彼ら三人だけである。
「もちろん気付いています。あなたはその原因が、このエネルギーにあると言いたいのか?」
「その通りです。詳しいことはわかりかねますが、ここにいるだけでひどく精神を消耗させられる。これ以上進むのは止めたほうが良いと、私の勘が告げているのです」
「バカバカしい。これが人間の精神に影響を与えるエネルギーかは、調べてみないとはっきりしないはずだ。曖昧な勘だけで調査の邪魔をして欲しくありません」
ボルトスの忠告を、ウェルザーは一蹴する。
彼にとっては己の知的好奇心を満たすことが第一であり、根拠のないものを信じてはいないようだった。
良くも悪くも、科学者と言えただろう。その点では、ボルトスの対極に位置する人種であった。
「査察官のあなたは、どうお考えですかな?」
「……確かにここまで来て引き返すというのなら、もっと明確な論拠は欲しいところです。少佐の勘を疑うわけではないですが……」
「……そうですか。ならば、なにも言いますまい」
意見を求められたライザスも、不穏な空気を感じ取ってはいた。
しかし、ウェルザーの調査を可能な限り支援するというのが、今回の政府の意向でもある。
ボルトスはまだなにか言いたげではあったが、元より護衛部隊長にしか過ぎない彼に行動の決定権はない。
ふらつく者たちを気遣いつつ、一行はゆっくりと先に進んでいった。




