表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE4 明かされる過去と真実
66/304

(4)記録の旅路へ


 青い闇の中を、数多の流星が流れていた。

 形を持たないかに見えるその流星は、よく見ると数字の一と零の集合である。

 それらが無限に流れていく様は幻想的でありながら電子的であり、どこか冷たさも感じさせる。

 その無機質な奔流の中を、いくつかの光が駆け抜けていく。

 流れに逆らい泳ぐ魚のように、うねりながら青い闇を突き進んでいく。

 やがてその先に、一際明るい輝きが現れる。

 突き進んでいた光たちは魅入られたかのように、その輝きへと吸い込まれていった――。





 そこは複数のビルが立ち並ぶ都市の一角だった。

 整然と構築された街並みは美しくありながら、どこか生活感を感じさせないものである。

 道路を行き交う車は多いが、歩く人々の姿はそこまで多くはない。


「ここは、イプシロンだな……映像データなのか?」


 その場に現れたソルドは、辺りを見回してつぶやく。

 ただ、実際にはその街の中にいるわけでなく、全方位に投影された立体映像を見ている感覚だ。


「そのようですわね。誰かの記憶をベースに構築されたものでしょうか?」

「個人の記憶というよりは、様々な情報を基に作られた感じだが……なんか古臭い気もするな。割と昔のイプシロンじゃないか?」


 フィアネスの言葉にシュメイスが付け加える。

 今見ている映像は、新太陽系連邦の中枢であるスペースコロニー・イプシロンの一街区であったが、彼らの記憶にある街並みと異なっている部分もあるようだ。


「こうして大勢で同じ映像を見るのも、なかなか新鮮ねぇ。みんな幽霊みたいになっちゃってるのは残念だけど……」


 サーナがあちこちに触れようとしながら、その手を空振りさせている。

 映像と同様に、今の特務執行官たちも実体を持たない意識データの集合体であった。

 幽霊というのも言い得て妙だが、表現としてはあながち間違いでもない。


『ま、セクハラ大魔王のサーナとしては、不満だよね~』

「ちょっと、ずいぶんな言い草……って、あら? なんで【ラケシス】がいるの?」


 背後から聞こえた声に思わず突っ込んだ彼女は、そこに電脳人格の姿を見つけて目を丸くする。

【ラケシス】だけでなく、残りの二人の姿もそこにあった。

【アトロポス】がにっこり頷きながら、弾んだ調子で続けた。


『わたしたちもいますよ。なんだかバーチャルパークに来たみたいですね♪』

「アトロ……お前、バーチャルパークに行ったことあるのかよ?」

『もちろんないですけど、同じような雰囲気じゃないですか。わたし、いつも一人でお仕事してるんで、こういうのって憧れてたんです!』


 心底嬉しそうなその言葉に、ソルドたちも笑みを漏らす。

 実体を持たない上、姉妹同士もほぼ会えない電脳人格たちにしてみれば、この程度の交流でも嬉しく感じられるのだろう。

 ちなみにバーチャルパークとは、様々な仮想現実の世界を体感できる人気のテーマパークだ。


『もう、アトロまで……遊びじゃないんですよ。気持ちはわからなくもないですけど……』

「あれ?【クロト】も意外と嬉しそうじゃない? ははぁ……ソルド君と一緒にいられるからかなぁ?」

『な、なにを言ってるんですか! 私にそのような感情はありません!』


 一応たしなめようとした【クロト】だが、サーナの反撃に遭って頬を赤くしつつ反論する。

 それらの様子を見ていたルナルは、呆れたように大きくため息をついた。


「重要な秘匿ファイルを見に来てるのに遊び気分とか……みんな気を抜きすぎじゃない?」

「ええ。その通りですね」


 同調する声に思わず振り向いた彼女は、そこに緑髪の女性の姿を見つける。

 それはここにいるはずのない特務執行官のアーシェリーであった。


「あれ? アーシェリー!? どうしてあなたまで……!? だ、だいじょうぶなの!?」

「はい。ご心配をおかけしてますが、私はだいじょうぶです」

『無限稼働炉こそ修理中ですけど、アーシェリーさんの記憶や意識はセントラルに移行してますからね。司令の指示で連れてきたんです』


 思わず驚きの表情を見せたルナルに、【アトロポス】が説明する。

 現実世界では重体扱いのアーシェリーだが、電脳世界においては特に問題ないということらしい。


「シェリー……良かった」

「あ……ソルド……すみません。あの時は、助かりました」


 それでもどこかホッとしたような表情を浮かべて、ソルドが歩み寄る。

 はにかむように微笑んだアーシェリーは、そんな彼に向けて頭を下げた。


「あ~、そうそう、アーちゃんに聞きたいことがあったのよね」

「はい。なんでしょうか?」

「ソルド君と、なにがあったの? シェリーだなんて呼ばせちゃって……やっぱり一線越えちゃったの?」


 そんな二人の間に割って入ってきたサーナは、囁くように先刻の疑問をぶつける。

 一瞬、不思議そうな表情を浮かべたアーシェリーだが、その意味を理解するとすぐに顔を赤く染めた。


「な……なにを言ってるんですか! そのような事実はありません!」

「え~、そうなの? だってソルド君、アーちゃんの身体にすっごく興奮したって……」

「待て、サーナ! お前、突然なにを言って……!」


 いきなりとんでもない発言をされ、ソルドは大慌てで止めに入る。

 しかし、アーシェリーはその言葉を聞いてある事実に思い至ったらしく、赤い顔を更に真っ赤にした。


「あ……あの……ソルド?」

「あ、ああ……」

「あの時……み……見たん、ですね……?」

「う……す、すまん!」


 責めるような視線で見つめてきた彼女に、ソルドはすかさず頭を下げた。

 不可抗力だったとはいえ、見ていないと言えば嘘になってしまう。

 しかし、アーシェリーとてそれは当然わかっており、すんなり認められても逆に恥ずかしさが増すばかりだった。


「ぅ……そ、それにシェリーって……まさか、みんなの前で……言っちゃったんですか……?」

「……ま、まずかったのか?」

「も……もう……! 知りませんっ……!」


 顔を俯けながら続けた言葉は、彼女が本音を漏らす際の口調に変化していた。

 その声は恥じらいながらも、拗ねたような不機嫌さを覗かせている。

 ソルドはただただ謝るばかりだが、アーシェリーはしばらく目を合わせようともしなかった。


『ん~、詳しい事情は知らないけど、もういろいろとソルドが悪い気がするね』

「ま、あの朴念仁(ぼくねんじん)に女心を理解しろってのが難しいと思うがな。てか、バカやってないでそろそろ行くぞ。話が先に進まないからな」


【ラケシス】のぼやきに同意しつつ、シュメイスが大きくため息をついた。





 その後、場面はイプシロンのガバメントエリアにある連邦会議場に移る。

 規模としてはかなり大きく、今も政府や関連機関の主要な会議の場としてよく使われている。

 映像では、政府関係者と有識者たちによるなんらかの会議が行われていた。


「では、例の小惑星には未知のエネルギー資源が眠っている可能性があると、博士はおっしゃるのですな?」

「その通りです。観測の結果では、同規模の核融合炉の数百倍ものエネルギーが放出されています」


 議長の言葉に頷き、発言したのは黒い長髪の男である。

 それに続いてスクリーンに映し出された画像や数値などに、会場内から少なからぬどよめきが起こる。


「今後、生存圏を維持する上で新たなエネルギー資源の確保は急務となります。無人機のみでの調査では限界がある。我々科学庁としては、ぜひ調査団の結成を提案したい!」


 黒髪の男はその反応を見て、ここぞとばかりに声を張り上げる。

 その熱量は広大な会議場を呑み込み、参加者の意思を望む方向に導いているかのようだった。




「兄様……あれって、ウェルザーよね?」


 その様子を見ていたルナルは、首を傾げながらソルドに尋ねる。

 ソルドもまた不思議そうな表情をしていたが、やがて彼女の言葉に頷いてみせた。


「そうだな。普段の彼からは想像もできないが、確かにウェルザーだ。恐らく人間だった頃の……」


 彼らが疑問に思ったのも無理のない話だった。

 熱弁を振るう男は特務執行官のウェルザーと変わらぬ容姿をしていたものの、彼とは似ても似つかぬほど激しい気性をあらわにしていたからだ。


「ということは、これはウェルザーの過去の記憶なのね。なんかすっごく押しの強い熱血漢って感じ。彼にもこんな時代があったのねぇ……」

「でも、博士って呼ばれてましたね。それに科学庁とも……彼はあそこの関係者だったんでしょうか?」

「言われてみりゃ、ウェルザーの知識とか見識は科学者っぽいよな」


 皆が皆、様々な意見を交わし合う中で、ただ一人フィアネスだけが沈黙していた。

 その様子を見て、【ラケシス】が首を傾げる。


『あれ? フィアネス、どしたの? 顔色悪いみたいだけど?』

「……なんでも……ありませんわ」


 それは想い人の意外な姿に驚いて、閉口しているわけでもないようだ。

 どこか沈んだ表情を見せつつ背を向けるフィアネスに、彼女もそれ以上追及はしなかった。


「それよりも、例の小惑星と未知のエネルギー資源ってなにかしらね?」

『それは恐らく……いえ、とりあえず次の記録に進んでみましょう』


 サーナの問いに意味深な言葉を残しつつ、【クロト】は場面を次に移すことを提案した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ