(4)記録の旅路へ
青い闇の中を、数多の流星が流れていた。
形を持たないかに見えるその流星は、よく見ると数字の一と零の集合である。
それらが無限に流れていく様は幻想的でありながら電子的であり、どこか冷たさも感じさせる。
その無機質な奔流の中を、いくつかの光が駆け抜けていく。
流れに逆らい泳ぐ魚のように、うねりながら青い闇を突き進んでいく。
やがてその先に、一際明るい輝きが現れる。
突き進んでいた光たちは魅入られたかのように、その輝きへと吸い込まれていった――。
そこは複数のビルが立ち並ぶ都市の一角だった。
整然と構築された街並みは美しくありながら、どこか生活感を感じさせないものである。
道路を行き交う車は多いが、歩く人々の姿はそこまで多くはない。
「ここは、イプシロンだな……映像データなのか?」
その場に現れたソルドは、辺りを見回してつぶやく。
ただ、実際にはその街の中にいるわけでなく、全方位に投影された立体映像を見ている感覚だ。
「そのようですわね。誰かの記憶をベースに構築されたものでしょうか?」
「個人の記憶というよりは、様々な情報を基に作られた感じだが……なんか古臭い気もするな。割と昔のイプシロンじゃないか?」
フィアネスの言葉にシュメイスが付け加える。
今見ている映像は、新太陽系連邦の中枢であるスペースコロニー・イプシロンの一街区であったが、彼らの記憶にある街並みと異なっている部分もあるようだ。
「こうして大勢で同じ映像を見るのも、なかなか新鮮ねぇ。みんな幽霊みたいになっちゃってるのは残念だけど……」
サーナがあちこちに触れようとしながら、その手を空振りさせている。
映像と同様に、今の特務執行官たちも実体を持たない意識データの集合体であった。
幽霊というのも言い得て妙だが、表現としてはあながち間違いでもない。
『ま、セクハラ大魔王のサーナとしては、不満だよね~』
「ちょっと、ずいぶんな言い草……って、あら? なんで【ラケシス】がいるの?」
背後から聞こえた声に思わず突っ込んだ彼女は、そこに電脳人格の姿を見つけて目を丸くする。
【ラケシス】だけでなく、残りの二人の姿もそこにあった。
【アトロポス】がにっこり頷きながら、弾んだ調子で続けた。
『わたしたちもいますよ。なんだかバーチャルパークに来たみたいですね♪』
「アトロ……お前、バーチャルパークに行ったことあるのかよ?」
『もちろんないですけど、同じような雰囲気じゃないですか。わたし、いつも一人でお仕事してるんで、こういうのって憧れてたんです!』
心底嬉しそうなその言葉に、ソルドたちも笑みを漏らす。
実体を持たない上、姉妹同士もほぼ会えない電脳人格たちにしてみれば、この程度の交流でも嬉しく感じられるのだろう。
ちなみにバーチャルパークとは、様々な仮想現実の世界を体感できる人気のテーマパークだ。
『もう、アトロまで……遊びじゃないんですよ。気持ちはわからなくもないですけど……』
「あれ?【クロト】も意外と嬉しそうじゃない? ははぁ……ソルド君と一緒にいられるからかなぁ?」
『な、なにを言ってるんですか! 私にそのような感情はありません!』
一応たしなめようとした【クロト】だが、サーナの反撃に遭って頬を赤くしつつ反論する。
それらの様子を見ていたルナルは、呆れたように大きくため息をついた。
「重要な秘匿ファイルを見に来てるのに遊び気分とか……みんな気を抜きすぎじゃない?」
「ええ。その通りですね」
同調する声に思わず振り向いた彼女は、そこに緑髪の女性の姿を見つける。
それはここにいるはずのない特務執行官のアーシェリーであった。
「あれ? アーシェリー!? どうしてあなたまで……!? だ、だいじょうぶなの!?」
「はい。ご心配をおかけしてますが、私はだいじょうぶです」
『無限稼働炉こそ修理中ですけど、アーシェリーさんの記憶や意識はセントラルに移行してますからね。司令の指示で連れてきたんです』
思わず驚きの表情を見せたルナルに、【アトロポス】が説明する。
現実世界では重体扱いのアーシェリーだが、電脳世界においては特に問題ないということらしい。
「シェリー……良かった」
「あ……ソルド……すみません。あの時は、助かりました」
それでもどこかホッとしたような表情を浮かべて、ソルドが歩み寄る。
はにかむように微笑んだアーシェリーは、そんな彼に向けて頭を下げた。
「あ~、そうそう、アーちゃんに聞きたいことがあったのよね」
「はい。なんでしょうか?」
「ソルド君と、なにがあったの? シェリーだなんて呼ばせちゃって……やっぱり一線越えちゃったの?」
そんな二人の間に割って入ってきたサーナは、囁くように先刻の疑問をぶつける。
一瞬、不思議そうな表情を浮かべたアーシェリーだが、その意味を理解するとすぐに顔を赤く染めた。
「な……なにを言ってるんですか! そのような事実はありません!」
「え~、そうなの? だってソルド君、アーちゃんの身体にすっごく興奮したって……」
「待て、サーナ! お前、突然なにを言って……!」
いきなりとんでもない発言をされ、ソルドは大慌てで止めに入る。
しかし、アーシェリーはその言葉を聞いてある事実に思い至ったらしく、赤い顔を更に真っ赤にした。
「あ……あの……ソルド?」
「あ、ああ……」
「あの時……み……見たん、ですね……?」
「う……す、すまん!」
責めるような視線で見つめてきた彼女に、ソルドはすかさず頭を下げた。
不可抗力だったとはいえ、見ていないと言えば嘘になってしまう。
しかし、アーシェリーとてそれは当然わかっており、すんなり認められても逆に恥ずかしさが増すばかりだった。
「ぅ……そ、それにシェリーって……まさか、みんなの前で……言っちゃったんですか……?」
「……ま、まずかったのか?」
「も……もう……! 知りませんっ……!」
顔を俯けながら続けた言葉は、彼女が本音を漏らす際の口調に変化していた。
その声は恥じらいながらも、拗ねたような不機嫌さを覗かせている。
ソルドはただただ謝るばかりだが、アーシェリーはしばらく目を合わせようともしなかった。
『ん~、詳しい事情は知らないけど、もういろいろとソルドが悪い気がするね』
「ま、あの朴念仁に女心を理解しろってのが難しいと思うがな。てか、バカやってないでそろそろ行くぞ。話が先に進まないからな」
【ラケシス】のぼやきに同意しつつ、シュメイスが大きくため息をついた。
その後、場面はイプシロンのガバメントエリアにある連邦会議場に移る。
規模としてはかなり大きく、今も政府や関連機関の主要な会議の場としてよく使われている。
映像では、政府関係者と有識者たちによるなんらかの会議が行われていた。
「では、例の小惑星には未知のエネルギー資源が眠っている可能性があると、博士はおっしゃるのですな?」
「その通りです。観測の結果では、同規模の核融合炉の数百倍ものエネルギーが放出されています」
議長の言葉に頷き、発言したのは黒い長髪の男である。
それに続いてスクリーンに映し出された画像や数値などに、会場内から少なからぬどよめきが起こる。
「今後、生存圏を維持する上で新たなエネルギー資源の確保は急務となります。無人機のみでの調査では限界がある。我々科学庁としては、ぜひ調査団の結成を提案したい!」
黒髪の男はその反応を見て、ここぞとばかりに声を張り上げる。
その熱量は広大な会議場を呑み込み、参加者の意思を望む方向に導いているかのようだった。
「兄様……あれって、ウェルザーよね?」
その様子を見ていたルナルは、首を傾げながらソルドに尋ねる。
ソルドもまた不思議そうな表情をしていたが、やがて彼女の言葉に頷いてみせた。
「そうだな。普段の彼からは想像もできないが、確かにウェルザーだ。恐らく人間だった頃の……」
彼らが疑問に思ったのも無理のない話だった。
熱弁を振るう男は特務執行官のウェルザーと変わらぬ容姿をしていたものの、彼とは似ても似つかぬほど激しい気性をあらわにしていたからだ。
「ということは、これはウェルザーの過去の記憶なのね。なんかすっごく押しの強い熱血漢って感じ。彼にもこんな時代があったのねぇ……」
「でも、博士って呼ばれてましたね。それに科学庁とも……彼はあそこの関係者だったんでしょうか?」
「言われてみりゃ、ウェルザーの知識とか見識は科学者っぽいよな」
皆が皆、様々な意見を交わし合う中で、ただ一人フィアネスだけが沈黙していた。
その様子を見て、【ラケシス】が首を傾げる。
『あれ? フィアネス、どしたの? 顔色悪いみたいだけど?』
「……なんでも……ありませんわ」
それは想い人の意外な姿に驚いて、閉口しているわけでもないようだ。
どこか沈んだ表情を見せつつ背を向けるフィアネスに、彼女もそれ以上追及はしなかった。
「それよりも、例の小惑星と未知のエネルギー資源ってなにかしらね?」
『それは恐らく……いえ、とりあえず次の記録に進んでみましょう』
サーナの問いに意味深な言葉を残しつつ、【クロト】は場面を次に移すことを提案した。




