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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE4 明かされる過去と真実
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(2)邂逅の記憶


 それはもう十年も前――ソルドが特務執行官になって間もなく、アルファで起こった事件を担当した時のことである。

 カオスレイダーの疑惑があったのは一人の男であったが、その時彼は確証を得られずにいた。

 それは男が人格者で通っていたため殺人事件に関与していると疑う人間がいなかったこと、ソルドが駆け出しで捜査を不得手としていたこと、更には支援捜査官が不在だったことにある。

 慣れない任務を進める中で、ソルドは男が近く結婚式を挙げるという情報を入手する。

 多くの関係者が集うため、警戒が必要と判断した彼はスタッフに扮し式場へ潜入することにしたのだった。




 パーティー会場となるオープンテラスの最終チェックを手伝いながら、ソルドは妙な違和感を覚えていた。


(なんだ? この感じは……身体が思うように動かん。不調、なのか……?)


 全体的に身体が重く、細かい動作が思うようにできない。

 意識自体ははっきりしているのだが、身体が反応してくれないのだ。

 無限稼働炉に異常はなく、神経伝達や人工血流も正常に機能している。原因はまったくの不明であった。

 作業にも支障が出ており、会場内の空き箱などを片付けようとなんとか奮闘していたところ、彼は誰かにぶつかったことに気付く。


「あ、す、すまん。いえ、申し訳ありません。お客様……お怪我は、ありませんか?」

「いえ、だいじょうぶです。こちらこそすみません。少しボーッとしてて……」


 慣れない言葉遣いで、ソルドはその場に尻もちをついた女性に手を差し出す。

 女性は少し照れ笑いを浮かべながら、その手を取って立ち上がった。

 フォーマルなドレスに身を包んでいることから、式の参列者らしい。一足先に会場見物に来たというところだろう。

 知的な顔立ちと、緑がかった美しい黒髪が印象的な美人であった。


「あの……ここのスタッフの方ですよね? もし、お邪魔でないようでしたら、少し会場のことを教えて下さいませんか?」

「え? あ、ああ……構いませんよ。私でわかる範囲でしたら」

「良かった。私、こういうところは初めてで、緊張しちゃって……」


 はにかみながら言う彼女に見惚れながら、ソルドは頷く。

 時間には少し余裕があったので、一緒に会場内を回るように歩く。


「きれいな会場ですよね。テーブルの花の感じなんか、とてもお洒落です」

「そうですね。皆、今日のパーティーのために力を注いでいる。一生に一度のことですからね」

「あれ? あの樽みたいなものはなんですか?」

「ああ、あれはですね……」


 自分の隣で子供のように目を輝かせている女性を見て、ソルドも微笑みを浮かべる。

 しばし説明や他愛もない会話を交わしたあと、彼女は丁寧に一礼をしてその場を去っていった。

 その後ろ姿を見送ったソルドは、いつの間にか身体の不調が消え、心が安らぐのを感じていた。




 その後パーティーが始まり、彼はサービスを手伝いながら周囲の状況を観察していた。


(……今のところは、特に変化もないが……)


 一通りのイベントも終わり、プログラムは歓談の時間となっている。

 会場が和気あいあいとした空気に包まれる中、新郎新婦は思い思いに各テーブルを回り、ゲストとの話に興じていた。

 その中で、ソルドは新婦と言葉を交わしている一人の人物の姿を見つける。


(あの娘は、さっきの……)


 それは先ほど、会場を見に来ていた女性だった。

 向かい合う二人の容姿はよく似ており、ソルドは彼女らが姉妹であることに気付く。


(……姉妹、か……)


 ふとそんなことを考えると、身体がまた重くなったようだった。

 忘れかけていた感覚が戻ってきたことに、彼は再び表情を固くする。

 するとその時、凄まじい悲鳴が響き渡った。


「うわああぁああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 ハッとして目をやると、数名のゲストが血まみれで床に倒れているのが見えた。

 その傍には、呆然と立ちすくむ新郎の姿がある。

 手には刃のような爪が生えており、そこから幾筋もの鮮血が滴っていた。


(あれは……やはり奴がカオスレイダーだったのか!)


 すぐに飛び出そうとするソルドだが、次の瞬間、バランスを崩してその場に転倒してしまう。

 身体が文字通り、鉛のように重くなっていたのである。


「う……ぐっ!?」


 なんとか身体を起こしつつも、腕や足は大きく震えていた。

 とても走ることなどできない状態だ。


(こんな時に、また……! 早く動かねば、ならんというのに……!)


 ソルドが焦燥を覚える中、瞳を紅く輝かせた新郎が人々を惨殺していく。

 ゲストやスタッフの阿鼻叫喚の声が響き渡る中、ついに男は愛する新婦の背中に禍々しい爪を振るった。

 更なる絶叫の中、新婦の悲痛な声が響く。


「逃げ、て……逃げて……シェリー……ッ!」


 その声が終わるかどうかというところで、新婦の背に爪が突き立った。

 鮮血を迸らせて倒れる彼女の前で、女性が震えながら絶叫している。

 そして新郎の姿が、人ならざる異形へと変わっていった。


「うおおおぉぉっっ!!」


 吼えるように叫んだソルドは、全身の力を総動員して身体を動かす。

 全速力には程遠いものの勢いをつけて走った彼は、カオスレイダーと化したばかりの新郎に飛び付いた。


「そこの君、逃げるんだ!! 早く……!!」


 呆然としている女性に向けて、彼は叫ぶ。

 しかし、カオスレイダーを押し留めるには、力が完全に不足していた。

 振り払われて転倒したソルドは、次の瞬間、女性の胸に凶気の爪が突き立つのを目撃する。


「くっ……貴様! おおおおぉぉぉぉっっ!!」


 その光景を目撃した瞬間、ソルドは怒りの咆哮を上げた。

 彼の思いに応えたかのように、無限稼働炉が大きく唸る。

 その瞬間、全身に力を取り戻した彼は赤い炎をその手に滾らせ、カオスレイダーの顔面を鷲掴みにした。


「ゴワアアァァァァアァァァァ……!!」


 灼熱の掌で頭から地に叩き付けられたカオスレイダーは、断末魔のあがきとばかりに爪を振るう。

 その攻撃を空いた手で受け止めたソルドは、炎を活性化させて敵を一気に焼き殺す。

 やがて灰となったカオスレイダーは、風に流されるようにして消えていった。




 パーティー会場内は、多数の死体が転がる惨劇の場と化していた。

 敵の掃討を終えたソルドは、血まみれで横たわっている女性の側に跪く。


「しっかりしろ! 君!」

「……はぁ……は……ねぇ、さん……ね、さ……」


 うわ言のように繰り返す彼女の瞳は虚ろで、すでになにも見えていないのだろう。

 助け起こしてナノマシンヒーリングを施すも、すでに出血は致死量に達している。

 女性の身体から熱が失われていくのを、ソルドは悔しげに見つめることしかできなかった。


(ダメか……もう間に合わない。私は、この娘すら守れないというのか……!)


 己の不甲斐なさを嘆きながら、女性をしっかりと抱き締める。

 その瞬間、彼は全身に不思議なエネルギーが満ちるのを感じた。


「これは……?」


 無限稼働炉が、聞いたことのない甲高い音を上げている。

 同時に赤と緑の光が明滅するように自分たちを包み込んでいることに気付いた。

 次いで女性の出血が止まり、同時にその生命の鼓動も止まる。

 しかし、それは亡くなったというよりも彼女の時間そのものが止まった感じだった。


「ソルド」


 その時、彼は背後から声を掛けられる。

 振り返ったそこには、いつの間にか一人の男が立っていた。


「司令!? なぜ、ここに……?」


 それはオリンポス総司令のライザス=ヘヴンズフォースであった。

 なんの前触れもなく現れたことに驚きの表情を見せるソルドに対し、彼はそっとその手を開いてみせる。


「お前も感じ取ったのではないか? 見たまえ。これを……」

「これは……コスモスティア? 緑色に輝いている……!」


 その手にあったのは、拳ほどの大きさの宝石であった。

 翡翠のように輝くその石は、脈動するように淡い光を明滅させている。


「ああ……この娘は()()()()()()()()()()()()()だ。我々と同じにな……だから迎えに来た」


 特務執行官の証となる未知の石を見つめたソルドに、ライザスは静かな口調で告げたのだった――。






「その後、シェリーは特務執行官としての運命を受け入れ、この世に蘇ったわけだ」


 過去話を終えたあと、ソルドは大きく息をついた。

 それは彼もあまり思い出したくない記憶のようだった。特務執行官として不名誉なことばかりゆえに、無理のない話だろう。

 黙って聞いていたルナルは神妙な面持ちのまま頷くも、そこで疑問に思ったことを口にする。


「そんな経緯があったなんて……でも、その時の兄様が不調だったのは、なぜなの?」

「それは心の問題よ」


 その問いに対して口を開いたのは、サーナだった。

 彼女はソルドたちを交互に見つめながら、自分の胸を何回か叩く。


「無限稼働炉の制御は心理状態に大きく左右されるから、不慣れな頃は拒否反応が出やすいの。特に不安や悲しみといった負の感情が強いとなおさらね。当時は眠り姫だったルナルちゃんが心配で、ソルド君も落ち着かなかったから」

「ああ……ルナルの最終調整は難航していたからな」


 やはり思い出したくない記憶とばかりに、ソルドは言い放つ。

 兄妹が特務執行官となった時期はまったく同じものの、覚醒したのは彼が遥かに先であったのだ。

 実際、ルナルの覚醒はかなり遅れ、アーシェリーと同時期になっている。


「ただ、それが元でシェリーにはすまないことをしてしまった。今回も結局……」

「兄様……」


 アーシェリーが特務執行官として蘇ったのは、結果論である。

 そうでなければあの時、彼女は確実に死んでいたのだ。

 ソルドとしてはいまだに残る後悔であり、それゆえに今回の件でアーシェリーを助けられなかったことが、更なる後悔を生んでいたのだ。

 知らなかったこととはいえ、ルナルも少しやり切れない気持ちになる。


「はいはい、湿っぽくならないの! 終わったことを気にしても仕方ないでしょ。幸いアーちゃんは助かったんだから、今回はそれで良しとしないと」


 再び沈み始めた空気を晴らすかのように、サーナは大きな声で言う。

 実際、彼女の言う通りであり、あれこれ悔やんだところで状況が変わるわけでもないのだ。


「あ、でも、アーちゃんとスキンシップできなかったことだけは残念ねぇ。お姉さん、そこは不満かも」


 ただ、サーナとしては空気を変える以上に、自身の欲求を満たしたい思いが強かったらしい。

 流し目でソルドの脇にすっと移動してきた彼女は、豊満な胸を腕に押し付けながら囁くように続けた。


「ねね、ソルド君知ってる? アーちゃんってああ見えて、すっごいナイスバディの持ち主なのよ? もう、お姉さんが嫉妬しちゃうくらいの……」

「お、おい、サーナ。いいかげんに……」


 思わず顔を赤らめたソルドはたしなめようとしつつも、ふとなにかを思い出したかのように言葉を詰まらせた。

 サーナは更に目を細めると、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「あれ、その顔……知ってるって感じね? もしかして運んでくる時にマジマジと見てたとか? このむっつりスケベ」

「兄様……そうなの?」

「いや、それは……ってサーナ、不謹慎だぞ。シェリーが大変な時に……!」


 ソルドは、動揺を隠せない。

 救出の際は無限稼働炉の損傷に意識が向いていたが、実はあの時のアーシェリーは全裸に近い状態だった。

 珍しく取り乱した様子を見せる彼に、サーナは追撃の一言を加えてくる。


「ごまかそうとしてもダ~メ♪ それにソルド君、いつからアーちゃんのことをシェリーなんて呼ぶようになったの?」

「そ、それはだな……」

「ふふ~ん♪ これはなにかあったわね。もしかしてもしかしてだけど、一線越えちゃったとか!?」

「兄様……?」

「そんなわけないだろう。誤解だ。これは彼女に頼まれてだな……!」


 面白がるように追及してくるサーナと厳しい表情で見つめ返してくるルナルに挟まれ、ソルドが更にあたふたしていると、通路の向こうから二人の人物が姿を現した。


「なにやってんだ。お前ら……」


 呆れるような声でそう言ったのは、同じ特務執行官のシュメイスである。

 傍らには、ため息を漏らすフィアネスの姿もあった。

 新たにやってきた二人の姿を認めると、サーナはにこやかな表情で手を振る。


「あら? シュー君とフィアネスじゃない。久しぶり。良かったら話に混ざる?」

「遠慮しておく。お前と関わると、ろくなことにならないからな。あと、その呼び方はやめろ」

「まったくですわ。セクハラもいい加減にしないと嫌われますわよ? サーナ」

「え~……つれないなぁ。お姉さん、寂しい……」


 間髪入れず返された突っ込みの言葉に彼女はうな垂れると、いじけたように背を向けてしゃがみ込む。

 その傍らでは、ルナルの追及に押されて後退っているソルドの姿があった。

 そんな彼らを見て再び大きなため息をついたシュメイスたちは、砕けた空気を引き締めるかのように告げる。


「お前ら、ここに来た目的忘れてるんじゃないだろうな? 司令がさっきからお待ちかねだぞ」

「全員、セントラルエリアに集合だそうですわ。さっさと行きますわよ」


 そのまま二人は踵を返して、元来た通路を戻り始める。

 ややあって、残りの三人の足音がそれに続いた。


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