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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE4 明かされる過去と真実
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(1)広がる動揺


 その日、小惑星パンドラには様々な思いと極度の緊張感とが渦巻いていた。

 特務執行官であるアーシェリーの戦闘不能――それはオリンポス創設以来の大事件であったからだ。

 カオスレイダーとの戦いの中で傷つく者は、確かに多い。支援捜査官の負傷や殉職は良くある話だし、特務執行官が無傷で終えられなかった任務も多々ある。

 しかし、無限稼働炉にダメージを負って戦闘不能になるという事例は、今まで一度もなかった。


「ライザス……今回の件は、お前に非があるぞ!」


 怒声と共に、衝撃音が響き渡る。

 半球状の司令室で、ボルトスの放った拳がライザスの頬を捉えていた。

 床に尻をつくように倒れた司令官に向けて、褐色の特務執行官は感情を昂らせた。


「奴らの暗躍に感づいていながら、なぜすぐに手を打たなかった? ソルドがあと一瞬でも遅ければ、アーシェリーは死んでいたんだぞ!?」

「落ち着け。ボルトス……ライザスとて、ここまでの事態になるとは思っていなかったはずだ」


 拳を握り締めて更に振りかぶるボルトスを、ウェルザーが止める。

 彼の口調も静かだったが、その表情は極めて厳しい。

 普段、あまり感情的になることはない二人の特務執行官が、今はそれを抑え切れていない様子だ。

 口元を手で拭ったライザスは、そんな彼らを見据えながら、静かに立ち上がる。


「いや……いい。ウェルザー……ボルトスの言う通りだ。奴らの力を正しく認識していなかった私のミスだ」


 自らに言い聞かせるように言うと、彼は中空に一枚のスクリーンを浮かべる。

 そこには、銀色の瞳を輝かせた黒い影の存在が映し出されていた。

 元々、ソルドの見たデータを基にした映像のため、その影が衝撃波を出してソルドを吹き飛ばすシーンもしっかりと記録されていた。


「アーシェリーを戦闘不能にさせ、ソルドを容易く手玉に取る。これが【統括者】の力か……」


 拳を握り締め、ライザスはいまいましげにつぶやく。彼としても、やり切れなさの捌け口を求めているのは同じなのだ。

 ボルトスは震える手を下ろしながら、同じようにスクリーンを見つめる。


「ソルドの報告では、こいつは【テイアー】と名乗ったそうだな?」

「【テイアー】か。神話ではオリンポスと争ったティターンの一人だったな……ネーミングにも皮肉が効いている」


 ウェルザーは瞑目しながら、ボルトスの言葉を継ぐ。

 オリンポスの名前やコードネームなどは、かつて地球にあった一部の神話を基に付けられている。そして黒い影は、自分が敵対者だと示す名を名乗ったということだ。


「そんなことを言っている場合か。奴らが実力行使に出てきた以上、我らも手を打たねばならないぞ? 今までのカオスレイダーとはわけが違う」

「わかっている。どうやら特務執行官たちに、オリンポスの真の目的を伝える時が来たようだ」


 声を荒げるボルトスに対し、ライザスが低い声で告げる。

 そして二人に改めて向き直ると、彼らの目を交互に見つめた。


「すでに任務外の特務執行官たちには集合命令を出した。彼らが集まり次第、セントラルを一時的に最大稼働させる。構わんな。二人とも?」

「そうか……【レア・ファイル】を開放するのだな?」


 セントラルの最大稼働という言葉を聞き、ウェルザーが察したようにつぶやく。

 その顔には先ほどの厳しさに加え、わずかに辛さを感じさせる表情が覗いていた。

 ボルトスもまた、昂った感情に冷や水を浴びせられた様子だった。


「【レア・ファイル】か……特務執行官たちが、あれを見てなにを思うかだな」


 三人にとって【レア・ファイル】という単語には、それだけ特別な意味があるようだ。

 静かに中空を見据え、ライザスは決意を込めた声で締めた。


「それは彼らの判断に任せよう……だが、私は彼らを信じている。そして、そこからが真の戦いの始まりとなる」






 メンテナンスルームを前にした通路上で、ソルドは一人たたずんでいた。

 壁にもたれて立つその表情は、憂いを帯びている。

 やがてそこに先日の時と同様、青い髪に銀色の瞳を持った女の姿が現れる。

 その女――ルナル=レイフォースは兄の姿を認めると、静かにその横にやってきた。


「兄様……」

「ルナルか……任務は終わったのか?」

「ええ。昨日ね……そうしたら、司令からパンドラに至急来るように言われたの」

「そうか……」


 ここまでまったく目を合わせず語るソルドを見て、彼女はメンテナンスルームの扉に目を移す。

 そこは今、固く閉ざされている。


「……兄様。アーシェリーは、だいじょうぶなの?」

「ひとまずは間に合った。だが、あのダメージではしばらく復帰できないだろう……」

「そう……まさか、こんなことになるなんて……」


 扉の上に輝く赤い光を不安げに見つめながら、ルナルは小さくつぶやいた。

 先日、ここでアーシェリーと言い争いをした時の記憶が蘇る。

 あの時、感情的になり過ぎたがあまり、彼女と喧嘩別れのようになってしまったのが悔やまれた。

 アレクシアとの因縁を聞かされた時、アーシェリーが深い罪の意識を心の奥底に抱えており、普段の冷たく思える態度が本心を包み隠す仮面なのだと気付いた。

 彼女が最後に言いかけた言葉の先には、自分と同様の不安があったのではないかと思う。

 そのことを謝ろうと考えていた矢先での、今回の負傷である。ルナルとしても、やり切れない気持ちであった。

 訪れた沈黙に、この空間を包む空気自体が重量感を持つように感じられてきたその時である。


「ル・ナ・ル・ちゃ~ん!」


 妙にテンションの高い声が、吐息と共にルナルの首元に吹きつけられた。

 同時に背後から細身の腕が回され、彼女の身体――主に胸や腰の辺りを、むにむにとまさぐる。

 全身の毛が逆立つような感覚に襲われたルナルは、思わず素っ頓狂な声を上げた。


「ふあいいぃぃっ!?」

「フフッ……相変わらず良いスタイルしてるじゃない? この膨らみとくびれの程良いバランスが、たまらないわぁ♪」


 次いで聞こえてきたのは、からかうようで陶酔しているとも取れる声である。 

 飛び跳ねるような動きでその腕から逃れたルナルは、振り向きざま、そこにいた人物に向けて動揺混じりの怒声を浴びせた。


「さ、さ、サーナッ!! ここここの変態ぃぃっっ!!」

「あ、もう、つれないなぁ。久しぶりに会ったのに……お姉さん、泣いちゃうぞ?」


 その声を受けて冗談交じりに答えたのは、一人の女性である。

 整った顔立ちに柔らかそうな薄桃色の髪、そして豊満な身体を誇示するかのような露出度の高い服が印象的だ。

 女性の名はサーナ=アーデントフォースといい、【アフロディーテ】のコードネームを持つ特務執行官であった。

 逃げるように兄の脇に移動したルナルから目を移し、彼女はソルドに語り掛ける。


「ソルド君も久しぶり。相変わらずの仏頂面ねぇ」

「サーナ……いたずらも時と場所を考えてくれ。今はそれどころではないはずだぞ?」


 大きくため息を漏らし、ソルドも彼女を見据える。

 特務執行官の中では極めて明るい性格のサーナだが、なにかと問題の多い発言や行為をするところが玉に(きず)であった。


「あら? 考えてるからこそじゃない。アーちゃんがこんなことになって、ズーンと落ち込んでるあなたたちを励ましてあげてるのよ?」


 しかし、サーナは謝罪する様子もなく言い放つ。

 言葉の内容こそ少しおちゃらけていたものの、その声から、からかうような雰囲気は感じられない。

 セクハラ紛いの行為を励ましというのかは、さておきとしてもだ。


「そもそも今回の件、ソルド君のせいじゃないんだから気に病むことはないはずよ? それとも助けが間に合わなかったことを悔やんでるの? ()()()だから?」

「それは……」


 ソルドは、そこで続ける言葉を失う。

 二度目という単語――それこそ今、彼が心に抱えている暗い感情のキーワードとなっているものだった。

 傍らで聞いていたルナルが、そんな兄の様子を見て訝しげな顔になる。


「え? 二度目……って、どういうこと?」

「ん? ああ、ルナルちゃんは知らないのか。ソルド君とアーちゃんの馴れ初めの話」

「誤解を招くような表現を使うな。サーナ……」


 たしなめるようにサーナに言い放ち、ソルドは再びため息をつく。


「ねぇ、兄様。二度目ってことは、以前もこんなことがあったの?」

「ああ……あれは、お前が特務執行官として目覚める前のことだ……」


 ルナルの問いに頷くと、彼は訥々と語り始める。

 それはソルドとアーシェリーが初めて出会った時の話であった――。


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