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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX1 美しき咎人たち
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(11)妖艶なる覚醒者


 まるで爆発が起こったかのような凄まじい風が、辺りを吹き抜けている。

 赤黒い稲妻のような輝きが周囲を飛び交い、薄闇を歪に照らしている。

 それまで穏やかだった波は荒れ、打ち寄せる方向とは逆に遠ざかっていた。


「これは!?」


 強烈な衝撃波を受けて後退ったアーシェリーは、それまで自分が立っていた場所に目を向ける。

 立ち込めていた蒸気が風を受けて流れ、その場に起きた変化があらわになっていた。


(覚醒した……? でも、あの姿は……!?)


 彼女の目は、そこに立つ一人の女の姿を認めていた。

 緋色に染まった髪と深紅の瞳は、先ほどまで見ていたアレクシアとまったく同じである。

 異なっていたのはその身体が白磁の肌に戻っており、全身に緑の光る血管らしきものが浮かび上がっている点だろう。

 地球の光の下で浮かび上がったその裸身は、まるで芸術作品のような美しさを持っていた。


「ああ……気分が良いわ。アーシェリー……すごく、気分が良い……」


 女はどこか陶酔したような口調で言い放つ。

 天を見上げたその表情は妖艶そのものであったが、同時に底知れぬ不気味さをも秘めていた。


(彼女は、カオスレイダー……なのですか?)


 魅入られたように見つめるアーシェリーだが、その頭には疑念が渦を巻いていた。

 今まで出現したカオスレイダーは、例外なく異形の化け物に変化していた。

 人間の姿を保ったまま覚醒したという事例は、まったく存在しないのである。

 その口調も、カオスレイダー特有の片言めいたものではない。


「こんな穏やかな気分は久しぶりよ。本当に気持ちいいわ……そう……アーシェリー……」


 呆然とする彼女に目を移し、アレクシアは微笑む。

 その視線は愛しい者を見つめるかのように、温かく穏やかであった。

 しかし、それは次に放たれた声によって否定されることになる。


「……あなたをすぐに殺せそうなほどにね!!」

「な!?」


 気が付くとアレクシアの姿は、アーシェリーの目の前まで移動していた。

 まるで瞬間移動かと見紛うような速度である。

 反射的に飛び退った刹那、今までアーシェリーのいた空間に手刀が振り下ろされていた。

 空気をも切り裂くその一撃に、強烈なソニックブームが巻き起こる。


(この速さは、いったい!? カオスレイダーにしても、これは……!)

「どこを見ているの?」


 驚愕する特務執行官の背後から、アレクシアの声が響く。

 ハッとして振り向いた瞬間、アーシェリーの身体は回し蹴りを受けて吹き飛ばされていた。


「うあああぁぁぁっっ!!」


 バウンドするように路上を滑った彼女は、埠頭の係留柱にぶつかって停止する。

 ダメージ自体は大したこともなかったので、立ち上がることは容易であった。

 しかし、その場に身を起こした瞬間、彼女は背後から熱い息遣いを感じた。


「フフ……どうしたの? もっと楽しみましょう?」


 いつの間にかアレクシアが、抱き締めるかのようにアーシェリーを抑え込んでいたのだ。

 その手が生き物のように彼女の身体をまさぐり、敏感なところを捉える。


「うっ……」


 羞恥に顔を赤らめるアーシェリーの耳元で、アレクシアは吐息を交えて囁く。


「いやらしい身体……この身体で、ロイスを誘惑したのね?」

「な、なにを……っ!!」


 あらぬ疑いをかけられ、アーシェリーは更に頬を紅潮させる。

 しかし、引き離すために力を込めようとした瞬間、彼女は激しく突き飛ばされていた。

 先ほどと逆方向に路上を滑ったアーシェリーに向けて、アレクシアの追撃が放たれる。


「こうしてあげるわっ!!」


 巻き起こった風と共に、無数の見えない刃が降り注ぐ。

 ガーデンで目にしたものと同じ真空切断攻撃が、体勢を立て直そうとするアーシェリーの身体を切り刻んだ。


「きゃあああぁぁあぁぁぁぁぁっっ!!」


 彼女は絶叫と共に、その場に膝をつく。

 衣服の大半が散り散りに吹き飛ばされ、覗いた白い肌のあちこちから血が噴き出した。


「いい格好ね、アーシェリー……その美しい身体、もっとズタズタにしてあげるわ。ズタズタに刻んで殺してあげる!!」


 穏やかな顔に狂気の笑みを浮かべ、アレクシアはゆっくりと近づいてくる。

 ナノマシンヒーリングによって傷を治しながら、アーシェリーは戦慄に身を震わせた。


(どういうことなのか、わからない。でも、これは今までのカオスレイダーではない……!)


 アレクシアになにが起こったのか、現状ではまったく判断がつかない。

 ただ、上級カオスレイダーすら凌駕する恐るべき戦闘能力を備えていることは事実だった。

 眼鏡を外した彼女はそれを胸元にしまい、槍を構え直す。

 再度放たれたアレクシアの真空切断攻撃が、牙を剥いて彼女に襲いかかってきた。


「はあっ!」


 その見えない刃を、アーシェリーは気合と共に振るった槍の旋風で弾き飛ばした。

 進行方向を変えられた無数の斬撃が、路上や倉庫の壁に深々と傷を刻む。

 アレクシアはやや意外そうな顔をするも、すぐにその口元に妖艶な笑みを浮かべた。


「フフフ……さすがね。そうでなければ、面白くないわ……」

「我は叡智……真理の守護者! 生命の歴史脅かす輩に、正義の存在を知らしめん! 特務執行官【アテナ】の名に懸けて、アレクシア……私はあなたを倒します!」


 鋭い光を瞳に宿し、アーシェリーは名乗りの言葉と共に槍の穂先を、倒すべき敵に向けた。






 時は少し戻り、決闘の始まりと同時刻の小惑星パンドラでは、ソルドのオーバーホールが完了していた。


「身体が軽い……なるほど。知らぬ間に、かなりのダメージが溜まっていたということか」


 メンテナンスルームを出たソルドは、体操でもするかのように身体を動かして、つぶやく。

 今の肉体は既存データに基づき再構成されたもので以前と違いはないのだが、そのように感じたのは無限稼働炉の稼働効率が上がり、代謝が高まっているためである。

 ただ、目に見えない場所だけに実感することは難しい。こうして身体を動かしてみることで確認したのは、人間だった頃の癖みたいなものだろう。

 そんな彼の前に、待っていたとばかりに【アトロポス】が光と共に現れた。


『ソルドさん、身体の調子はどうですか?』

「ああ……月並みな言葉かもしれんが、生まれ変わったように調子が良い。今回は世話をかけたな。アトロ」

『良かったです。わたしもホッとしました』


 心底、安心したしたような表情を浮かべた彼女だが、要件自体は別にあった。


『それはそうと、ソルドさんに司令からオーダーがあって……アーシェリーさんのサポートに向かって欲しいそうです』

「アーシェリーの? 珍しいな。彼女になにかあったのか?」


 思わずソルドは、訊き返してしまう。

 任務に関しては自分以上にきっちり遂行する彼女だけに、サポートを要する理由がわからなかった。


『いえ、特になにかあったわけではないんですが……任務中に寄生者を逃がしてしまったらしくて』

「なんだと?」


【アトロポス】の返した言葉に、彼は耳を疑う。

 もちろん【アトロポス】もそれは理解していたようで、次いでそのような状況に至った経緯を説明し始めた。

 しばらくそれを黙って聞いていたソルドは、やがて納得したように大きく頷く。


「そうか……すぐに向かうとしよう。場所はどこだ?」

『アルファのポイントX32、Y149です』

「了解した」


 答えを返すや否や、ソルドは疾風のように通路を駆け出す。

 カタパルトエリアに向かう途上で、彼は三年ほど前にあった出来事を思い返していた――。




 それはアーシェリーと二人、レストスペースで待機していた時の記憶だった。

 その時のことは、今も印象に残っている。普段はあまり感情を表に出さない彼女が、沈痛な面持ちを隠さずにいたからだ。

 ソルドもその様子には気付いていたが、どのように声を掛けるべきか迷っていた。


「……ソルド、ひとつお聞きしても良いでしょうか?」


 やがて、アーシェリーのほうから話を切り出してきた。

 苦味の濃い緑茶を置きながら、ソルドは頷いて先を促す。


「人々を守るため、私たちはカオスレイダーや寄生者を倒します。ですが、それが原因で人の恨みを買ってしまった場合……あなたは、どうしますか?」

「それは……難しい質問だな」


 わずかに目線を落とし、彼は嘆息する。

 湯気を漂わせる湯呑みの表面に、青年の顔が歪んで映り込む。


「……正直なところ、考えてもどうにもならないというのが私の見解だ。カオスレイダーから寄生者を救う方法がない以上、その悲劇は必ず起こる」


 ソルドは、あえて断定するように答えた。

 カオスレイダーを倒す際には関係者の目の届かないところで行うべきだが、必ずしもうまくいくとは限らない。細心の注意を払っていても、どこかから情報が漏れることもある。

 記憶操作という最終手段も残されてはいるが、対象者の心に強く印象付けられた記憶は、多くの場合消えてなくならない。

 恨みを買う確率がゼロでない以上、それは起こって当然のことなのだ。


「だが、私はその恨みを無視するつもりはない。カオスレイダーの脅威がなくなったその日、私の前に幾千幾万もの復讐者が現れたとするなら……私は彼らの刃を望んで受け入れるだろう」

「そうですか……では、もしその復讐者がカオスレイダーとなってしまったら?」

「その時は……倒すだけだ。ためらえば、より多くの人々が泣くことになるからな」


 青年の迷いのない答えに、アーシェリーは目を伏せる。その表情は変わらずに、悲しげなままだ。

 椅子から立ち上がったソルドは、改めてそんな彼女を静かに見つめた。


「ソルドは……強いのですね」

「そんなことはない。私とて悩みはする。今言ったことも、本当に実行できるかはわからない……」


 ぽつりとつぶやいたアーシェリーに、彼は首を振って答える。

 そして、力のない両肩にその手を優しく乗せた。


「アーシェリー……君は優しいのだな」

「え……?」


 伝わってくる温もりと優しく注がれた視線とにアーシェリーは驚き、思わず頬を染める。

 金の瞳を見つめ返した彼女に続けて放たれた言葉は、今までのぶっきらぼうにも思える口調ではなかった。


「だが、忘れないでくれ。私たちは同じ苦しみを共有する仲間だ。君がその罪と向き合うのが辛くなったなら、いつでも話を聞く。そのくらいしか私にはできないが……これで、君の望む答えにはならないだろうか?」


 それはソルドなりの気遣いであり、現状では最大限の答えでもあった。

 理想的な答えになっていなくとも、心を潤すように染み入ってきたその言葉に、アーシェリーはふっと相好を崩した。


「ありがとう……ございます」


 礼の言葉を述べる彼女を見ながら、ソルドもまた少し救われた気分になったのだった――。




 先ほど【アトロポス】から聞いた内容を照らし合わせるに、今、彼女が関わっている任務の敵は、あの当時に倒したカオスレイダーの関係者なのだろう。

 そして、その関係者を軸に暗躍する何者かの存在もあるようだ。


(カオスレイダーを宿す復讐者。そして、その者を逃がした謎の存在……嫌な予感が拭えない。アーシェリー……無理はするな……)


 謎の影の存在が、脳裏をちらつく。

 頼りになる仲間でありながら、同時にどこか砕けてしまいそうな危うさも持つ女性のことを思いながら、ソルドは焦燥を抑え切れずにいた。


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