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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX1 美しき咎人たち
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(5)黒い思惑


 一夜明けた翌日、アーシェリーは犯行現場となった場所を訪れ、現場検証や聞き込みを行っていた。

 とはいえ、CKOの保安局員たちもすでに行った捜査のため、目新しい情報はさほど得られていない。

 ただ、まったく意味がなかったかと言えばそうでもなく、不自然な点が浮かび上がってきていた。

 まずひとつは、殺害の行われた瞬間を目にした者が誰もいないということ。

 証言をした者たちは緋色のライダースーツの人物が現場を立ち去るところを見ただけであり、実際にその人物が被害者を殺した瞬間を目撃していない。

 そしてふたつめは、犯人の立ち去った痕跡が残されていないということ。

 通常であれば、足跡なりが残されていてもおかしくはない。しかし特務執行官のスキャニングモードをもってしても、足跡はおろか犯人が存在した痕跡すら見つけることができないのだ。

 それは事件発生から時間が経過していたことを差し引いても、奇妙な事実であった。

 一通りの調査を終えたアーシェリーは、セントラルのデータバンクからも情報を引き出しながら、その整理を試みる。


(凶器は鋭い刃物のようなもの……被害者は全員ズタズタに切り裂かれて死亡。そして被害者は裏社会や【スカーレット・ウインド】と関係のなかった一般人ばかり……)


 殺害方法に関しては、人間の仕業としては手が込んでいる。

 不可能とは言わずとも短時間でできる犯行ではなく、ここはカオスレイダー寄生者によるものと考えたほうが自然だ。

 しかし、殺された人間に【スカーレット・ウインド】との接点がないというのは奇妙であった。

 カオスレイダー寄生者のターゲットは、寄生者にとって身近な人間もしくはなんらかの接点がある人間に集中する。

 まったく無関係の人間だけを襲い続けるというのは、前例がないのだ。


(やはりこの事件、何者かがアレクシアに罪を着せようとしているようにしか思えない。だとすれば、いったい誰が?)


 アーシェリーは、カオスレイダー寄生者が別にいるのではないかと踏んでいた。

 とすれば無差別に見える一連の被害者にも、なんらかの共通性があることになる。


(いずれにせよこのままでは、更なる被害者が増えることになる。今までの被害者に共通するもの……それを見つけ出さなければ……)


 心の奥に潜むわだかまりを押し殺し、彼女は思考の海に沈む。

 眼鏡の奥に輝きを宿したその表情には、それまであった迷いに似た感情は垣間見えなくなっていた。





 同じ頃、アレクシアもまた【スカーレット・ウインド】を騙る犯罪者の捜索を開始していた。

【スカーレット・ウインド】は裏社会でのみ名の通った存在で、表向きには名前が挙がることはない。

 しかし、似た容姿の人間が犯行を重ね続ければ、今後アレクシアが仕事をする上で邪魔になることは事実だ。少なくとも、依頼は確実に減るだろう。

 表であれ裏であれ、どの世界でも信用は第一になる。本人の犯行は論外として、濡れ衣であったとしてもそれを放置するような者にも信用はなくなるのだ。

 相手の真意はさておき、このまま見過ごすことはできなかった。


『詳しいところはわからんが、この犯人はあんたをおびき出そうとしているんじゃないかねぇ?』


 殺害現場の調査を終えたアレクシアは情報を整理すべく、アジトに戻って端末を操作していた。

 そんな彼女の目の前には、いつもの情報屋の姿が浮かんでいる。

 アレクシアの求めに応じていくつかの情報を提供した男は、鼻の頭を掻きながら最後にそう付け加えた。


「でしょうね。でなければ、わざわざ私の見た目に似せて殺人事件など起こさない」


 極めて冷静な表情で、アレクシアは応じる。

 そこには悪夢にうなされていた狂おしき女の姿はない。


『それがわかっていて、あんたはその犯人を追おうってのかい?』

「このまま放っておけるほど安い問題じゃないことは、あなたもわかっているでしょう?」

『まぁねぇ……確かに【スカーレット・ウインド】の株が下がるのは、こっちとしても好ましくない』


 情報屋の男はそう言うと、大仰に肩をすくめて見せた。

 ただ、そこにはわざとらしい雰囲気も感じられる。

 無言でデータを見つめているアレクシアに、彼は頃合いを見計らったように言葉を続けた。


『ああ、それとあんたにとって耳寄りな情報が入手できたんで、伝えておこうか』

「……耳寄りな情報?」

『そう……あんたがずっと探していた緑の髪の女についてだ』


 そこまで言った瞬間、鉄面皮だった女の表情が目に見えて変わった。

 椅子を鳴らして立ち上がった彼女は、映像の男に詰め寄るかのように声を荒げる。


「なんですって!? 詳しく聞かせなさい!! その女は何者!? 今どこにいるの!?」

『と、おいおい……そう慌てなさんなって』


 あまりにも激しい剣幕に、さすがの情報屋も面食らった様子だった。

 アレクシアを片手で制するような真似をしながら、彼はハンカチで額の汗を拭う。  


『いや、実は今あんたの追っている事件を調査している女がいるらしくてな。なんでもその女が緑の髪をしているって話なんだよ』

「私の偽者を……調べているですって?」

『ああ、特に保安局の人間とかではないらしいんだが……』


 その言葉に、アレクシアは眉をひそめる。

 治安維持を目的とする保安局以外に、事件を調査をする女がいる。その時点で不審なことには違いない。

 情報屋の男もそれは認識していたようだが、続く言葉は曖昧なものだった。


『ただ、その女が何者かまでは掴めてない。あんたの探している女と同一人物なのかもわからんが……一応、耳に入れておく必要はあると思ってな』

「そう……感謝するわ。だったら、やはりこの事件は追う価値がありそうね」


 しかし、アレクシアにとっては、かなり望みに近い情報だったようだ。

 今まで手掛かりすら掴めなかった緑髪の女――姿を見せた今でさえ、情報屋が詳細を掴めない相手である。まともな人間であるはずがない。

 ロイスを殺害した女の手際を考えれば、当たりとは言い切れずとも外れとも言えない。

 そして、その人物が事件を調査しているとなれば、顔を合わせる機会は必ずやってくるだろう。

 久しぶりに期待感を抱いたアレクシアは、口元にどこか歪んだ笑みを浮かべつつ再度提供されたデータを洗い直し始めた。




「やれやれ……これでよかったんですかい?」


 アレクシアとの通信を切った情報屋は大きく息をつきながら、座っていた椅子をくるりと回した。

 やや見上げるように移った視線の先には、一人の男の姿がある。

 黒スーツに身を包み、凍り付くような瞳を持った男は威圧的な態度でその問いに答えた。


「ああ……問題はない。ご苦労だったな」

「そりゃどうも……ご期待に沿えたようでなによりだ」


 その言葉に情報屋は、再びハンカチで額の汗を拭う。

 仕事柄、様々なプレッシャーに晒されることの多い彼も、男の前では異常に緊張している様子だった。


「しかし、あんたが生きていたとは思わなかったよ。ニュースでは自殺だなんて言われていたが、どういうことだい?」


 ただ、そんな彼でも抑え切れない好奇心はあったらしい。それとも仕事上の性分というところだろうか。

 何気なく放たれたその言葉に、男はわずか視線を厳しくした。

 その瞳には、異様な紅い輝きが浮かんでいる。


「貴様には関係ない。余計なことを嗅ぎ回るつもりなら、ここで死ぬことになるが……?」

「や、やめてくれ。こっちだって命は惜しいんだ。わかった……わかったよ」


 剥き出しの殺意をぶつけられ、情報屋は慌てて首を振った。

 さすがに自身の生命と引き換えにしてまで、好奇心を満たしたいとは思わなかったようである。

 相手の態度に鼻を鳴らした男は、懐から葉巻を取り出しつつ先端に火を灯した。


「わかればいい。今回の手間賃は、あとで貴様の口座に入れておく。くれぐれもこの件、内密にな」

「ああ……わかったよ」


 彼は踵を返すと、すっかり怯えた様子の情報屋を尻目に歩き出す。

 重苦しい鉄扉を押し開けて灰まみれの通路に出ると、吹き込んできた風が叫び声のような音を立てた。


(これで最初のお膳立ては整った。さて、次は……)


 情報屋のアジトとなっている廃墟をあとにしながら、その男――ダイゴ=オザキは口元を歪める。

 吐き出された紫煙が、彼の横を駆け抜けるように流れていった。


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