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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE EX1 美しき咎人たち
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(1)静寂の葛藤

FILE EXのシリーズは、ソルドを主人公としない話です。

ただし、話としては本編の続きになりますので、そのままお読み下さい。


 宇宙は、変わることのない静寂を保っている。

 特務機関オリンポスの本拠地である小惑星パンドラもまた、いつもと同じ光瞬く闇の中にあった。

 その中枢に位置する半球状の部屋に、ベータから帰還したソルドは訪れていた。

 目の前には司令官であるライザスが中空のシートに座し、彼を見下ろしている。


「そうか。融合したカオスレイダーはさておき、お前はエンリケスという男が自身の意思で覚醒したように見えたことが気になっているのだな?」

「はっ……私の考え過ぎかもしれませんが、そう見えたのは事実です」


 わずかに頭を垂れた姿勢のソルドは、前回の戦いで気になった事実を伝えていた。

 ライザスは顎に手を当て、なにかを考え込んでいる様子である。


「……フィアネスも同じことを言っていた。少なくとも二人の特務執行官が同じことを感じたのなら、それは気のせいではないということだ」

「ですが、カオスレイダーは寄生生命体です。奴らの支配下にある人間が、自らの意思で覚醒に至る……そんなことがあるのでしょうか?」

「わからん。少なくとも今回のケースは極めて特殊だ。今後の戦いで同じことが起こるか定かではないが、警戒しておく必要はあるだろう」


 顔を上げたソルドに返された返答は、ある意味で、当たり障りのないものであった。

 それは明確な回答を避けるためでなく、ライザス自身も疑問を抱いているということなのだろう。

 無理もない話だと思う。ジェラルド邸跡での戦闘は、それほどまでに初めて尽くしの多かった戦いだった。


「改めて、ご苦労だった。ソルド……早くオーバーホールを受けたまえ。無限稼働炉の出力低下など、本来あってはならないことだからな」

「はっ……では、失礼致します」


 一礼して立ち去っていくソルドを見送ったあと、ライザスは中空に視線を走らせた。

 遠ざかる足音が消えたのち、その口から嘆息が漏れる。


(……自己意思での覚醒か。それが事実なら厄介なことだ。()()のもたらした情報には、そのようなものはなかった)


 内心でつぶやかれた言葉は、含みのあるものであった。

 カオスレイダーの自己覚醒――真相はさておき、少なくともオリンポスにとって好ましいものではない。

 SPSの一件といい、ここ最近のカオスレイダーを巡る戦局は、急速に変化を見せていた。


(いずれにせよ、状況は悪いほうに進んでいる。ボルトスの言うように、そろそろ真実を伝えるべきなのかもしれん……特務執行官たちが次のステージに進むためにも……)






 司令室をあとにしたソルドは、メンテナンスルームを前にした通路上に、一人たたずむ影を認めていた。

 青い髪に銀色の瞳を持った女の姿――言わずと知れた彼の妹、ルナル=レイフォースである。

 その表情は彼女にしては珍しく、どこか不安げな様子であった。

 同じようにソルドの姿を認めた彼女は、小走りに駆け寄ってくる。


「兄様!」

「ルナル……どうしてここに?」


 ソルドは表情を緩めながらも、やや訝しげに問い掛ける。

 彼女は現在、待機状態に無く、パンドラにいるはずがないのだ。

 しかし、続けて放たれた言葉に、その答えは端的に表れていた。


「兄様がオーバーホールを受けると聞いて、飛んできたの! 身体はだいじょうぶなの!?」


 愛妹の顔を見つめながら、ソルドは思わず苦笑を浮かべた。

 任務の最中に駆け付けるというのは実際褒められた話ではないのだが、それをたしなめる資格は今の彼にはない。

 ルナルの頭を軽く撫でながら、静かに言葉を返す。


「そうか……心配をかけたな。だが、問題はない。単純に私自身の不摂生の結果だ」

「でも……かなりの苦戦をしたって聞いたわ。私……もう心配で……」

「だいじょうぶだ……お前を残して死んだりはしない」


 オーバーホールの件もさることながら、ベータでの戦いの顛末もオリンポス内部では共有されている。

 融合カオスレイダーの存在は、特務執行官全員に戦慄と警戒心とを植え付けるに充分な存在であった。

 仮に立場が逆だったとしたら、ソルドも気が気ではいられなかったろう。


『ソルドさん、オーバーホールの準備が整いましたよ』


 少しの間、見つめ合っていた兄妹だが、そこに穏やかなソプラノの声が聞こえてくる。

 次いで中空に姿を見せたのは、優しげな笑顔とポニーテールが印象的な黒髪の少女であった。

 外見的には十代半ばくらいで、やや幼くも見える彼女の名は【アトロポス】という。

 オリンポス・セントラルの電脳人格――その三人目であり、メンバーたちからはアトロの愛称で呼ばれていた。


「ああ、すまんな。アトロ……世話をかける」

『いえ、気にしないでください。これもわたしたちの重要な仕事ですから……では、こちらへどうぞ』


 ソルドの言葉に【アトロポス】は小さく首を振る。

 実務的な【クロト】、天真爛漫な【ラケシス】とはまた異なり、どこか癒されるような笑顔や仕草が彼女の特徴であった。

 ルナルから身を離したソルドは、彼女の導くままに開かれた扉のほうへと足を踏み出す。


「ではな……ルナル。任務があるなら、早く戻れ」

「はい……わかり、ました……」


 すれ違いざま、愛妹に声を掛けながら、彼はメンテナンスルームへと入っていく。

 ルナルは静かに頷いたものの、いまだに心配げな様子を崩さず、その場にたたずんでいた。


「オーバーホールですか……それが必要ということは、無限稼働炉に相当な負荷がかかっていたということですね」

「……アーシェリー」


 しばしののち、そこに姿を見せたのは、緑の髪を後ろに束ねた女性であった。

 眼鏡の奥に知的な輝きを宿す彼女は、特務執行官【アテナ】こと、アーシェリー=ウィズフォースである。

 ルナルの横に並びながら、彼女もまたメンテナンスルームの扉を見つめた。


「ですが、今回の件は定期メンテナンスを行っていれば防げたことです。ソルドにはもう少し特務執行官としての自覚を持ってもらう必要がありますね」


 やや冷めた口調でつぶやくその姿には、仲間を心配する様子があまり感じられないように思えた。

 ルナルの表情が気色ばむ。


「アーシェリー……それは兄様が、特務執行官失格だって言いたいの?」

「そこまでは言ってません。ですが、人間も定期検診をするでしょう? 生物機械問わず稼働寿命を延ばすためには、マメなチェックが必要ということです。ソルドはその辺、大雑把ですからね……」


 続けて放たれた言葉は、ある意味で正論であった。

 実際、特務執行官のオーバーホールはかなりの時間を必要とする上、無限稼働炉に存在する記憶や人格といった情報をセントラルに移行して行われる。その過程で事故でも起これば、二度と復活できなくなることもあり得るのだ。

 ルナルの抱えている不安はまさにそこにあり、そうならないためにも定期のメンテナンスは欠かせないものと言える。

 ただ、その正論も今の彼女にとっては、苛立ちを加速させるものでしかなかった。


「なによ! 兄様のことを悪く言って!! 兄様だって、いろいろ大変だったんだから!!」

「感情的にならないでください。ルナル……私とて、彼を悪く言うつもりはありません。ただ……」

「ただ!? ただ、なによ!?」


 銀の瞳に怒りを滲ませ、ルナルは声を荒げる。

 今にも掴みかかってきそうな様子に、少し困った表情を見せたアーシェリーだが、そこに男の声が割って入った。


「おいおい、やめようぜ。みっともない……仮にも特務執行官が、子供みたいな争いしてるなよ」


 いつの間に現れたのか、金髪の青年が二人の横に立ち、互いを引き離すように肩を押す。

 呆れたような口調で言い放った男は、特務執行官【ヘルメス】こと、シュメイス=ストームフォースであった。

 彼は二人をなだめるように、言葉を続ける。


「アーシェリー……お前の言うことはわかるが、直球でものを言うのはよくないぜ。もう少し相手の気持ちを考えろよ。それにルナルも……あいつのことが心配なのはわかるが、仲間にあたっても仕方ないだろ?」


 状況を瞬時に判断したその一言は、彼のアドバイザー的器量を表すものであったと言えよう。

 ただ、一触即発の状況は回避されたものの、ルナルはいまだにアーシェリーを睨みつけたままだった。

 その視線を遮るように、シュメイスはため息を交えて間に立つ。


「それよか、アーシェリー……お前に急ぎ、伝えることがあってな」

「私に? なんでしょう?」

「実はさっき、アトロから出動要請を受けたんだが……それをお前に譲ろうと思う」


 それまで大きな感情の動きを見せなかったアーシェリーだが、その言葉にはさすがに怪訝そうな表情を見せた。


「任務を譲る? ローテーションオーダーを破ってまで、そのようなことをする理由があるのですか?」


 特務執行官の任務は、ローテーションオーダーによって順番に割り振られる。

 それは場合によっては、適材適所と言えない時もある。しかし基本的に断ったりしないのが、オリンポスメンバーの共通認識であった。

 ただし、そこにはもちろん例外も存在する。


「……その任務に【スカーレット・ウインド】が絡んでいるとしても、お前は同じことを言えるか?」


 シュメイスは、ひとつの単語を強調するように告げる。

 それを聞いた瞬間、アーシェリーの表情はなんとも形容し難い複雑なものに変化していた。

 ひとつ言えたのは、それが明らかに負の感情を伴うものだったということだ。その証拠に、わずか目を伏せた彼女の声は、珍しく震えていた。


「……そう、ですか……わかりました。確かにそれを聞いてしまった以上、断るわけにはいきませんね……」

「アトロには俺から話しておく。お前はアルファのポイントX32、Y149へ向かえ」

「了解……では、早速向かいます。シュメイス……お気遣い、感謝します」


 そのまま二人に背を向けたアーシェリーは、ゆっくりと歩き出す。

 足音を響かせることもなく立ち去っていく様子を不思議そうに見つめながら、ルナルもまた先ほどまでの怒りを鎮めていた。


「【スカーレット・ウインド】? シュメイス……それは、いったいなんのことなの?」

「お前は知らなくていい話だよ……と言っても聞いちまった以上、気にはなるか」


 再び嘆息しながら、シュメイスは続ける。

 普段は余裕を崩さない金髪の青年の表情は、どこか悲しげな雰囲気を纏っているように見えた。


「簡単に言っちまえば、因縁の相手ってことさ。俺たちが任務を遂行する上で、不幸にも生まれちまう因縁のな……」


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