(24)晴れぬ結末
死闘から一夜が明けた翌日。
ベータに限らず人類生存圏となる星々では、ジェラルド=バウアー死亡に関するニュースが大々的に報じられていた。
その内容は跡形もなく消え去った邸宅も含め、一家全員スペースデブリ落下による事故で亡くなったということになっている。
もちろんそれはオリンポスによる情報操作であり、真相は言わずもがなだ。
無駄に練られた考察やインタビューなど虚偽に彩られたニュースを眺めながら、ベッドの上のレイカはため息をついた。
「結局、今回の任務は散々な結果だったわね」
そうつぶやいた彼女の傍らには、ソルドが腕組みをしながら腰掛けている。
パンドラへの帰還を前に彼は今一度、レイカに事後報告を含めた見舞いに来ていた。
「そうだな。確かにカオスレイダーの掃討は完了したが……犠牲が出ることは防げなかった」
レイカの言葉に、彼は頷く。
結局、ジェラルド自身はカオスレイダーでなかったわけだが、リサたちが覚醒するための犠牲となってしまった。彼の家族や関係者たちにしても、同様である。
重要人物であるか否かは関係なくオリンポスの任務に当たる者として、本来なら阻止すべきことであった。
敵を倒したからといって、それが任務の成功とは一概に言えないのだ。
「ジェラルド=バウアーがどんな人物だったにせよ、こうして見ると必要とされていたことには違いないし……後味の悪い結末よね」
ネットの映像では、連邦議会への悪影響なども取り沙汰されている。
元々、影響力の強い議員だっただけに突然の死亡ニュースを悪い方向に捉える者たちが多くいるようだった。
ただ、ソルドの意識は、それとは別のある事柄に囚われていた。
「後味が悪い、か……」
「……どうしたのよ? ボーッとして?」
「いや……以前、君の言ったことが気になっててな……」
「以前、わたしが言ったこと?」
記憶を探るように首を傾げたレイカに、ソルドは改めて向き直る。
「宇宙港の事件後に、『因縁を持つ者同士が、同時にカオスレイダー化の疑惑を持つのは出来過ぎな気がする』と言っていただろう?」
「ああ、言ったわね。そんなこと……」
「今回、遭遇した融合カオスレイダー……本来なら、二体のカオスレイダーがひとつになるなどあり得ない話だった」
圧倒的なまでの敵の威容を思い出し、彼は続けた。
「しかし、ジェラルドという男に歪んだ感情を持っていたリサとエンリケスだったからこそ、あれは生まれてきたのではないか? だとすると、それは偶然の産物ではなかったんじゃないかとな……」
リサは歪んだ愛情を、エンリケスは果てのない憎悪をジェラルドに向けていた。
それらの思いがひとつになり、強大な混沌の力が生まれる源となった――ソルドはそう考えていた。
ただ、同時にそれだけではないという疑問も残っている。
エンリケスが覚醒を果たした時、彼はまるで自分の意思で覚醒したように見えた。
それがどういう意味合いを持っているのかは、今ひとつ掴めないままだった。
「それって、誰かが二人をそうなるように仕向けたんじゃないかってこと? その融合カオスレイダーを生み出すために? そんなの誰の仕業だってのよ?」
「あくまで推論だ……確証があるわけではない」
言葉の先を読み取って続けたレイカだが、彼女にしてみればソルドの考えは理解できないようだった。
融合カオスレイダーを目にしていないのもさることながら、金の瞳の影――【ハイペリオン】の存在を知らないのだから当然である。
ややごまかすような態度で押し黙ったソルドを見つめ、レイカは小さくため息をついた。
「ま、いろいろ考えたくなる気持ちもわかるけど、終わったことには変わりないわよ。悩むよりは次の任務に備えたほうがマシ……違う?」
「……そうだな」
彼女の放ったある意味で正論な言葉に、青年は表情を緩めた。
ここで考えていたところで、真相が解明されるわけではない。
顔を上げたソルドの目には、いつもと変わらぬ光が宿っていた。
「では、私はこれで行く。早くパンドラに戻らなければならないからな」
「そう……じゃ、ここでお別れね。わたしももっと腕を磨いておくわ。次の任務で、アンタに迷惑がかからないように」
「……まだ、そんなことを気にしていたのか? 私は別に……」
「これはわたしの問題……アンタに借りを作るってのは、性に合わないの!」
彼の言葉を遮るように、レイカは人差し指を立ててその口を塞ぐ。その行動は、駄々をこねている子供のようにも見えた。
一瞬、驚きの表情を見せたソルドだが、すぐに苦笑を浮かべると静かに立ち上がった。
「さらばだ。レイカ……次に会う時を楽しみにしている」
「はいはい。アンタも無理しないようにね」
まるで憎まれ口のような言葉を向けながら、レイカは青年の背中を見送る。
ドアが閉まりネットニュースの音だけが聞こえ始めたその時、彼女は大仰にため息をついて、その顔をブランケットに埋めた。
「あ~もう……なんであんなこと言っちゃうのかなぁ。わたしの、バカ……」
そうつぶやく彼女の瞳には、微かな輝きが揺れているようにも見えた。
晴れ渡った空の下、ベータの第一宇宙港は普段の喧騒を取り戻していた。
襲撃事件の爪痕は残っていたが、現場となった区画の修復は概ね完了しており、政府高官の移動にも支障が出ていないようだ。
その宇宙港の管制塔上にたたずみながら、フィアネスは静かに中空を見据えていた。
彼女の周囲には電影幻霧が展開されており、周囲の光を屈折させてその姿を視認できないようにさせている。
特に事件が起こるわけでもないのに、なぜフィアネスがここにいるのか――それは酔狂でもなんでもなく、普通の人間が絶対に立ち入れない場所を求めていたからに他ならない。
やがて彼女の上空に一筋の光が現れ、それが音もなく降下してくる。
わずかな風が巻き起こり、光はフィアネスの背後に降り立った。
そこに姿を見せたのは、長身の男だ。切れ長の瞳がどこか人を寄せ付けぬ光を放っているが、口元はわずかに微笑んでいた。
男の姿を認めたフィアネスは、喜びに打ち震えたような表情で走り寄る。
「ウェルザー様!!」
「フィアネス……無事でなによりだ」
胸に飛び込んできた少女を抱き留め、特務執行官【ハデス】こと、ウェルザー=グランフォースは優しく告げる。
穏やかな光が降り注ぐ中、しばし時が止まるような静かな時が流れる。
やがてどちらからともなく身を離した二人は、港内を見渡すように並び立った。
「そうか……ずいぶん大変だったのだな。ゴードンは無事なのか?」
「はい。今はすっかり落ち着いておりますわ……まだ絶対安静ですけど」
今回の戦いの経緯を聞きながら、ウェルザーは瞑目する。
宇宙港での襲撃やゴードンの負傷、そして融合カオスレイダーの出現――特に融合カオスレイダーに関しては彼自身も初めて聞く話だっただけに、わずかな戦慄を覚えたようだ。
ただ、それらは彼の求めている内容ではなかったらしい。ひとしきり話を聞き終えたあと、促すように一言を添える。
「それでフィアネス……私を呼んだ本当の理由はなんだ?」
「……申し訳ありません。ウェルザー様……お忙しいのはわかっておりましたけど……」
「構わんさ。たまたま時間ができたのでな。それにお前が意味もなく私を呼ぶとは思えん。なにか相当な理由があるのだろう?」
その言葉にフィアネスはやや目を伏せたあと、つぶやくように言った。
「実は……【統括者】と思われる者に出会ったのですわ」
「なに!? それは本当か!?」
【統括者】という単語に、ウェルザーの表情が目に見えて変わった。
フィアネスは続けて、アマンド・バイオテック支社で起こった出来事を話し始める。
最初こそ神妙な面持ちで聞いていたウェルザーだったが、やがて静かに息をつくと少女に向き直った。
「そうか。だが、フィアネス……結論から言えば、それは【統括者】ではない」
「そうなのですか?」
「ああ。だが、通常のカオスレイダーと異なる点から、【統括者】が関与しているのは事実だ。恐らくそのダイゴという男は、奴らの手駒として作られた者だろう……」
そう言うと、ウェルザーは視線を天に向ける。
遥か遠くを見つめるその表情は、どこか厳しいものとなっていた。
「ウェルザー様……その【統括者】とは、結局なんなのです?」
「残念だが、それは言えん……今は、まだな……」
フィアネスの問い掛けを、ウェルザーは静かな口調で跳ね除ける。元々はライザスとボルトス、そして彼しか知らない話なのだ。
以前、特別に伝えた内容も【統括者】の存在をほのめかした程度である。彼女がダイゴを【統括者】だと勘違いしたのも、無理のない話だった。
ただ、フィアネスは珍しく納得のいかない様子を見せた。
彼の服を強く掴み、懇願するように詰め寄る。
「なぜですの……? 私が信用できないとおっしゃるのですか?」
「そうではない。だが……本当のことを知ればお前は……」
「私が……なんですの?」
「……お前は……私を軽蔑するだろう……」
予想もしなかった少女の反応に、ウェルザーは辛そうな表情でつぶやく。
軽蔑という単語を聞いたフィアネスは目を見開くものの、すぐに大きく首を振った。
「そんな! 私がウェルザー様を軽蔑するなんて、天地がひっくり返ってもあり得ませんわ! ですから、お願いです。教えてください……」
真摯な表情で告げるフィアネスの姿に、男は小さく息をつく。
その華奢な身体を抱き寄せ、耳元で囁くように言葉を紡いだ。
「どうしても……お前は知りたいというのか?」
フィアネスは静かに頷く。
過去を思い返すかのようにゆっくりとした口調で、彼女は答えた。
「私は、あなたに助けられたあの日から……この身も心も捧げましたわ。傲慢かもしれませんが、私はあなたの苦しみも分かち合いたいのです。それで地獄へ落ちることになろうとも、後悔はいたしません……」
「そうか……なら、お前にだけは告げよう。私とライザスたちが知る真実を……」
根負けしたかのように、ウェルザーは少女に語り始める。
刹那のようでいて、とても長く感じられる時間の中、すべてを聞き終えたフィアネスの顔には動揺が浮かんでいた。
「そんな!? それが……カオスレイダーという存在!? そして、特務執行官の……!!」
立ちすくむ二人の脇を、強い風が吹き抜けていく。
それは蒼天の下でありながら、凍り付くような冷たさを伴っていた。
ジェラルド=バウアーの邸宅があった場所は現在、立入禁止区域に指定されていた。
小山のような丘は上層が陥没し、あちこちにクレーターのような跡ができている。一部の地表層は消え失せ、その下にあるレジデンス構造フレームが剥き出しになっていた。
この状況を見れば、スペースデブリ落下事故という名目も、あながち嘘ではないと思える。まさか戦闘の痕跡だと考える者はいないだろう。
地表修復作業は後日開始ということもあり、今は文字通り無人の荒野となっていた。
「これはなかなかのものだね……まだここまでの残留エネルギーがあるなんて……」
そのフレーム構造の上に、三つの影がたたずんでいる。
ふたつは実体の曖昧な文字通り影のような存在。あとのひとつは黒いマントに身を包んだ男であった。
その影の内のひとつ――金の瞳を持つ【ハイペリオン】は周囲の状況を見回しながら、跪いている男に対して声を掛ける。
「ご苦労だったね。ダイゴ……君が直接、エンリケスに働きかけてくれたおかげで、想定以上の結果を出すことができた。実験としては大成功だ」
「恐れ入ります。【ハイペリオン】様……」
紅い瞳を輝かせた男――ダイゴ=オザキは、その言葉に深く頭を垂れる。
次いで言葉を発したのは【ハイペリオン】の脇に立つ、銀の瞳を持った影だ。
「……問題は、似たような実験台がいないことね。もう少し実用性の高いケースを考える必要がある」
「そうだね。ただ、エンリケス=ラウドのような凄まじい憎悪の持ち主は種の意思と共鳴し、その力を増幅させることがわかった。これは次に生かせそうな内容だよ」
蘇ったばかりの同胞の指摘に、【ハイペリオン】は静かに頷く。
その金の瞳の下には、子供のように無邪気な微笑みが浮かんでいた。
「さぁ、次の実験を始めようか……すべてを混沌に帰すために。そして、僕たちの偉大なる主のために……」
蒼天がにわかに曇り、赤黒い雷光が輝き始める。
混沌を招く使者たちの不気味な笑い声が、その轟きの中に不吉な余韻を残していた――。
FILE 3 ― MISSION COMPLETE ―




