(23)決着の時
不快な連中だった。
自分の攻撃を受けてもしつこく立ち上がり、蠅のようにまとわりついてくる。
破壊したい。
消し去りたい。
粉々にしてしまいたい。
紅い輝きを持つ瞳の奥に、融合カオスレイダーは憎悪の炎を灯していた。
その憎悪は、かつてエンリケスやリサと呼ばれた人間の怒りと狂気の溶け合ったものである。
カオスレイダーとしての力やSPSの融合はあくまでフィジカルな強さであり、それは彼の強さの本質ではない。
底知れぬ負の感情の渦こそが融合カオスレイダーの力の源であり、特務執行官をも圧倒する力を発揮させているのだ。
「グアアアウアアアアアアァァァ!! ナニモカモ殺シ尽クシテクレル!! みんちニシテクレルワアァァァ!!!」
融合カオスレイダーは、狂ったようにエネルギー球を放つ。
無差別に撒き散らされる破壊の嵐は、まさに凶気の証だった。
その攻撃から身をかわしながら、フィアネスは強い視線で相手を見つめる。
(エンリケス=ラウド……これ以上、何者の犠牲も出させない! ここですべてを終わらせてあげますわ!!)
彼女の髪が淡いピンクの光に包まれた。
同時に光の花吹雪が出現し、それらが少女の周囲を回り始める。
次いで、髪の光が銀色に移ろう。
同時に白い霧が現れ、融合カオスレイダーの全身を包み込む。
「スベテ、破壊シ尽クシテクレル!!」
だが、SPSによって感覚系の研ぎ澄まされた融合カオスレイダーに、電影幻霧は効果がない。
音で、臭いで敵の位置を察知し、エネルギー球を放とうとする。
(かかりましたわね!!)
頃合いを見計らうように滞空していたフィアネスは、その瞬間、身に纏った斬影桜舞を眼下に向けて放つ。
そこには融合カオスレイダーの足があった。
花びらは吹雪ではなく鋭い雨のようになって、敵の片足を切り刻んでいく。
「グオオオォォオォッッ!?」
一時的に足をズタズタにされた融合カオスレイダーは、大きくバランスを崩した。
エネルギー球があらぬ方向に飛び、大地を吹き飛ばして爆発する。
「ソルド! 今ですわ!!」
爆風に顔をしかめつつ、フィアネスは叫ぶ。
彼女とて効果のない攻撃を仕掛けるほど、愚かではない。
電影幻霧は、斬影桜舞の狙いを悟らせないための布石に過ぎなかった。いくら感覚器官が優れていようとも、目で見なければ攻撃の狙いまではわからず、防御も対処のしようもない。
そして片足を奪いバランスを失わせた目的は、動きの素早い融合カオスレイダーに一瞬の隙を作るためだった――。
フィアネスが全力の陽動を仕掛けている間、ソルドはボリスの傍らにいた。
彼は意識のない男を後ろから支えながら、原子破砕砲の照準を融合カオスレイダーに向けている。
エネルギーパックの差込口に添えられたソルドの右手は、溶け合うように形を失っている。それは特務執行官の持つ特殊能力のひとつ――無機物との融合による機能の拡張利用であった。
覚醒したカオスレイダーの体表には特殊なフィールドが展開されており、通常兵器による攻撃をすべて無効化してしまう。それは圧倒的破壊力を誇る原子破砕砲とて同様だ。
しかし、特務執行官の有するコスモスティアのエネルギーだけは例外であり、そのエネルギーを兵器に用いれば、スペック通りのダメージを与えることは可能になる。
問題は十メートル級の融合カオスレイダーの巨体を、一気に吹き飛ばすことができない点だった。
射線をいかに調整しても敵の全身を収めることはできないし、出力を上げ過ぎれば原子破砕砲そのものが壊れてしまう。
敵にSPSがある以上、一気にすべてを消し去らなければ即時再生されてしまうのは目に見えていた。
『フィアネス……原子破砕砲に私の力を乗せるのはいいが、それだけであの巨体は消し去れないぞ?』
『もちろんわかってますわ。ですが今までの戦いを見る限り、敵の力の根源は底知れない負の感情です。なら、その感情の発生源を一時的にでも破壊できれば、勝機はありますわ』
『感情の発生源……なるほど、そういうことか!』
ソルドはフィアネスとの会話を思い返し、集中力を高める。
狙いはひとつ――融合カオスレイダーの頭部の破壊だった。
そして動き回る敵に隙の生まれる瞬間を待った。
(ボリス。お前の得た力……人々の明日を守るために、使わせてもらうぞ)
強い意思と共に、無限稼働炉が唸りをあげる。
ソルドの全身から赤い光が放たれ、ボリスの腕に移動していく。
原子破砕砲のエネルギーラインが通常と異なる赤い輝きに満ち、発射態勢が整う。
そして数瞬後、ソルドの耳にフィアネスの声が届いた。
「ソルド! 今ですわ!!」
その声と同時に、彼は目を見開く。
照準誤差を一瞬で修正し、彼は原子破砕砲に発射命令を下す。
すべてを消し去る赤い閃光が砲口から放たれ、降りしきる雨を呑み込みながら飛んでいった。
それは、勝敗の決め手となる一撃だった。
「グオオオアアアォアァオァオォォ……!?」
自身になにが起こったのかわからぬまま、融合カオスレイダーはその意識を飛ばされた。
横合いから飛んできた凶悪な光の奔流は、憎悪の中枢となっている異形の頭を跡形もなく吹き飛ばしていたのである。
指示命令系統を失った巨体が震えながら倒れ、地響きが辺りに轟き渡る。
しかしそれも束の間のこと、緑の血管が脈動を始め、SPSが頭部と足とを復元するために動き始めた。
「させませんわ!!」
その瞬間、フィアネスはすかさず髪を白く輝かせる。
同時にその手から迸った猛烈な冷気が、再生を始めようとする首元を一瞬で凍り付かせていた。
それは彼女にとっての得意属性である冷気――宇宙港でオールバックの男を死に追いやった瞬間凍結の力だ。
融合カオスレイダーは最期のあがきとばかりに腕を振るうが、その動きは目に見えるほど緩慢であり、特務執行官を直撃できるものではない。
すべてを終えたと判断したフィアネスは大きく飛び退ると、とどめをソルドに任せた。
「今度こそ消えろ……おおおおぉぉぉっ!!」
次いでソルドの雄叫びと共に、七色の炎が巨体に炸裂した。
先ほどを上回る規模で膨れ上がった火炎竜巻が曇天を突き、脅威の化け物を焼き尽くしていく。
敵を包んでいた赤黒い波動は徐々に消え失せ、漆黒の身体が灰に変わっていく。
のたうち回るように暴れた融合カオスレイダーは最後に腕を天に突き出すと、その姿を消していった――。
「終わった……か」
敵が炎と共に消え失せたことを確認したソルドは、天に向かって息を吐きながら、尻をついた。
フィアネスも緊張の糸が解けたように、その場にへたり込んでいる。
二人の特務執行官にとって今回の戦いは、初めての経験となる苦しいものであった。
小降りになってきた雨の中で、ソルドはオリンポスへの通信回線を開く。
「オリンポス・セントラル、アクセス……敵の掃討を完了した。ICコードの解除を頼む」
それは報告としては大雑把なものであったが、光の中に現れた【ラケシス】は気にした様子もなく、いつもの笑顔を見せた。
『了解! セントラルは【アポロン】の申請を承認しました……ということで、二人ともお疲れ~! もう、見てるこっちがヒヤヒヤしたよ……』
それでも先の戦いを見守っていた彼女にしてみれば、気が気ではなかったようである。
ソルドは苦笑を浮かべるしかない。
「すまんな。心配をかけた」
『まぁね。でもなんとか倒せてよかったじゃない。これであたしも気兼ねなく眠れるってもんよね~』
「ああ……そうか。交代の時期か」
『そ!【ラケシス】ちゃんは、お休みの時間なのです! あとはアトロに引き継ぐから、しばらくはお別れだね』
【ラケシス】はそう言うと、軽く手を振ってみせる。
ちょうどセントラルの電脳人格が交代するタイミングだったらしく、その姿は徐々に薄れ始めていた。
『そんじゃ、バイバイ色男! あまり女の子を泣かせちゃダメだよ~……っと、なんか司令から話があるみたい』
「司令から?」
ただ、消える前に彼女は一言そうつぶやいた。
入れ替わるように通信に現れたのは、上官であるライザス=ヘヴンズフォースである。
『ご苦労だったな。ソルド、フィアネス……苦戦を強いられたようだが、無事でなによりだ』
彼もまた戦闘の終結に安堵した様子が見えた。
とはいえ、ねぎらいの言葉だけで終わるはずもなく、続けて二人の特務執行官に向けて指示が飛ぶ。
『だが、事後処理が済んだら、二人ともパンドラに帰還したまえ。今回の件について詳細な報告が聞きたい。それとソルド……君はオーバーホールを受ける必要もあるだろう。ここ最近、定期メンテナンスを怠っていたのではないか?』
無限稼働炉が出力低下した瞬間を見逃していなかったのだろう。
鋭い視線を向けられ、ソルドは思わず頭を下げた。実際、ライザスの指摘は正しかったのである。
「はっ……すみません。司令」
『まったくお前という奴は……いくら特務執行官といえど、不死身ではないのだからな。無茶は禁物だと肝に銘じておくことだ』
念押しするような最後の一言は、今まで以上に厳しい口調であった。
通信の光が消え、静けさが戻ったところで、ソルドはふうとため息を漏らす。
「……やれやれだな」
「ですが、司令の言うことも、もっともですわよ? ソルドはもう少し、自分の身体をいたわったほうがいいですわ」
ゆっくりと傍らにやってきたフィアネスが指を立て、彼の顔を覗き込む。
先の戦闘でもそうだったが、ソルドの戦い方は、時に過大な負担を発生させる。そんな戦い方を続けた上でメンテナンスを怠れば、出力低下を起こしても当然であった。
ただ、ライザスにせよフィアネスにせよ、意味もなく厳しい言葉をかけたわけではない。それはひとえにソルドの身を案じるがゆえのものであった。
特に反論することもなく頷いた青年の姿を見て彼女は笑顔を見せると、くるりと踵を返す。
「さて、私は行きますわ。ゴードンを迎えに行かないといけませんので」
「そうか……今回は世話になったな。ありがとう、フィアネス」
「お互い様ですわ。それに礼なら、黒服の彼に言うべきことかもしれませんわね……」
わずかに視線だけを向けてつぶやくと、フィアネスは銀の光になって飛び立っていった。
その姿を見送るとソルドはゆっくり立ち上がり、傍らのボリスに目を向ける。
しかし、その身体を抱え上げようとしたところで、跳ね除けるような手が彼の胸を叩いた。
「おい……なに勝手に人を担ごうとしてやがる」
「……もう気が付いたのか? 本当にタフな男だな……」
「ふん……それだけが取り柄みてぇなもんだからな。とりあえず離せ」
いつもの口調でつぶやいたボリスは、よろめきながらも自力でその場に立ち上がった。
実際、何度も気を失うようなダメージを受けているにも関わらず、短時間で復帰するタフネスぶりには驚嘆せざるを得ない。これで生体強化も受けていないただの人間なのだから、なおのことだ。
慣れ合うつもりはないとばかりに背を向けた彼に対して、ソルドは静かに言葉を告げる。
「……お前のおかげで、今回の任務は成功した。礼を言っておく」
「別に手伝ったつもりはねぇ……言っただろうが。あの時の借りを返しただけだってな……」
「そうか……では、次に会った時は、また敵同士になるのか?」
「ま……そういうことになるのかもな……」
雨音が、荒廃した大地に響き渡る。
ゆっくりと、しかし己の足だけで乗ってきた車に向かう男に背を向け、赤髪の特務執行官は静かに天に飛び上がった。
「さらばだ。ボリス=ベッカー」
「あばよ……ソルド=レイフォース」
最後に交わされたその言葉に、どのような思いが込められていたのか――それを知る者は、二人以外の誰もいない。
ただ、そこには確かに互いを認め合った男たちの絆が存在していた。




