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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(22)勝機を呼ぶ追撃者


 そこは異質な空間だった。

 光と闇が交互に渦巻き、この世のものと思えない雰囲気を作り上げている。

 無限に思える広大な広がりの中にあるのは、浮き島のような岩場だ。その中央に黒い影のようなものがたたずんでいる。

 距離の概念すら希薄なこの空間で、その浮き島がどれほどの規模を持っているか定かではなかったが、影が人間大とするなら数百メートルはあっただろう。

 やがて、空間が捻じれるような歪みを見せる。

 その歪みから赤黒い波動のようなものが降り注ぎ、浮き島全体を包んでいく。

 波動は徐々に収束し、たたずむ影の目の前で卵のような形状に変化する。

 その卵が大きくはじけ飛んだその瞬間、そこには元の影とは別の影が姿を現していた。


「ここは、どこ……私は、いったい……」


 新たに現れた影は、片言でつぶやく。

 揺れるその影の顔に当たる部分には、銀に輝く瞳のような光が浮かんでいた。


「お前、は……?」


 その光が、もうひとつの影の存在を認める。

 それを確認したかのように、元からいた影――【ハイペリオン】は、その肩を揺らした。


「やぁ、君も意識を蘇らせることができたんだ……久しぶりだね」

「……いし、き……なんの、話を……して……?」

「おや? まだ寝起きで記憶が曖昧かな? ま、詳しいことはあとで語ろうか……今は君の帰還を祝福しよう」


 新たな影の問いに彼はいつもの口調で答えると、その視線を上げる。

 空間の歪みはいまだ消えることもなく、そこから新たな赤黒い波動を降らせている。

【ハイペリオン】の金の瞳は、その歪みの奥を見つめているようだった。


「いや、しかしここまでの力を持っているとは思いもしなかったよ。愚かではあるけど、恐ろしい感情と意思を持った種族だね……地球という星に生まれた人類は……」


 愉快そうでもありながら、同時に怖れにも似た感情を込めた声だった。

 銀の瞳の影は、そんな彼を茫然とした状態で見つめているだけだ。


「けど、まだ足りない……もっと混沌の力を溢れさせないとね……」


 漆黒の手を握り締める【ハイペリオン】の姿は、地上にいる時とは比較にならないほどにはっきりとしていた。

 波動を受けて輝きを増した瞳の下には、歪んだ笑みを浮かべた口元が見えた。






 もう何度目かになる攻撃を防がれ、ソルドは再び大地に叩き付けられた。

 伸びるように放たれた追撃の鉄拳をギリギリで回避し、体勢を立て直す。

 融合カオスレイダーは、これまでにない恐るべき敵であった。上級カオスレイダーとの戦いですら、ここまで圧倒されることはなかった。

 加えて今回は特務執行官二人がかりで、この有様である。


(……恐ろしい敵だ。単純に二倍の力ではない。SPSによる増幅強化と再生力に加え、リサの持っていた生体強化兵の能力……すべてが溶け合って、強大な戦闘力を生み出している……!)


 全身を血に染めつつ分析しながら、彼は敵を見据える。

 ナノマシンによる回復が追い付かないほど、そのダメージは大きい。フィアネスも彼ほどではないにしろ、消耗しているようだ。

 それに対し融合カオスレイダーは、ほぼ無傷である。火炎竜巻によるダメージも、SPSの再生力によって修復されていた。


(このままでは埒があかない。どうする? どうすればいい?)

「滅ビヨ! 滅セヨ! 砕ケヨオォォォォ!!」


 融合カオスレイダーは狂ったような叫びと共に、猛然と腕を叩き付けてくる。

 特務執行官たちが身をかわすたびに破壊の痕跡が刻まれるため、かつてジェラルド邸であった土地は月面のような荒廃した様相に変わっていた。

 もはやそこに人が住んでいた痕跡など、まったく見られなくなっている。


(今の状態で仕留めるのが難しいとするなら、残された方法はひとつしか……!)


 吹き荒れる波動の暴風に晒されながら、ソルドは思う。

 特務執行官には現状の戦闘形態を更に上回り、コスモスティアのパワーを爆発的に開放する最終形態が存在する。

 しかし、それは様々なリスクを伴う諸刃の剣でもあった。


『ソルドッ! だいじょうぶ!?』


 その時、彼の頭に簡易通信で女の声が流れ込んでくる。それはオリンポス・セントラルの電脳人格【ラケシス】の声であった。

 意外な通信にソルドは面食らうも、すぐに敵から距離を取って回線を開く。


「【ラケシス】か。急にどうした!?」

『戦闘中にごめん! 実は数分ほど前に指定区域内に侵入した者がいるの! 今、そっちに向かってる!』

「なんだと!? ナノマシンによる心理操作はどうなっている?」

『それが、機能してるはずなんだけど……相手の意思力がよほど強靭みたいで、効果が薄いの!』

「くっ……こんな時に……! いったい誰が?」


【ラケシス】の言葉に、彼の焦燥が募る。

 ICコードにより、厳しい戦況の中でも周囲の被害を考えなくて良いのが唯一の救いだったが、それを破る者が現れるとは思いもしなかった。

 精神操作を乗り越える相手の意思も凄まじいものだが、現状の好転に繋がるものとは思えない。

 ソルドは意を決し、フィアネスに向けて叫んだ。


「フィアネス! 聞いた通り、時間がない! ここはあれを使うしかない!」

「まさか……A.C.Eモードを!? でも、あれは司令の許可が下りなければ、使用できませんわよ!」

「だが、他に手は……!」


 そこまで言った瞬間、彼は目の前に異形の物体が近づいたことに気付く。

 融合カオスレイダーの腕が恐竜の顎のようになって、二人に食らいついていた。


「しまった! うおあああぁぁぁぁ!!」

「きゃああああぁぁぁぁぁ!!」


 カオスレイダー・エンリケスが、リサやSPSの男を呑み込んだ時と同じであった。

 あの時同様に、融合カオスレイダーは特務執行官たちを食らおうというのだ。

 押しのけようとする力を上回る強大な咬合力に全身が圧迫され、二人の身体に牙が食い込んでいく。


「くそ……甘く見るなあぁぁぁっ!!」


 ソルドは金の瞳を輝かせ、全身を灼熱の炎に包む。

 自身の身すら燃やしかねないほどの強大なそれを爆発させ、敵の拘束を強引に弾き飛ばした。

 すかさず彼はフィアネスの元に飛び、彼女を拘束するもうひとつの腕に体当たりを食らわす。

 顎の拘束が緩んだ隙を突いて、フィアネスもまたその身を脱出させた。


「くっ……!?」


 だが、その瞬間、ソルドは視界が霞むほどの眩暈(めまい)に襲われる。

 蓄積したダメージに加え、瞬間的なパワー増大による反動なのか、体内の無限稼働炉が出力低下を起こしたのだ。

 飛行能力を失い落下していく彼を、慌ててフィアネスが抱き留める。


「ソルド! だいじょうぶですの?」

「あ、ああ……問題ない」


 なんとか体勢を立て直す二人だが、敵は息をつく暇も与えてくれない。

 再生した敵の腕が巨大な鞭となって、寄り添う彼らを弾き飛ばしていた。

 分かれて落下したソルドたちによって、地に二条の深い溝が刻まれる。


(まずい……敵の反応が、早すぎる……!)


 出力低下の影響が大きかったのか、ソルドは容易に立ち上がれなくなっていた。

 敵は血走った眼でこちらを見つめ、球状エネルギー弾を放とうとしている。

 それに気付いていながら、彼は動きを取れずにいた。


(いかん! 間に合わない……!)


 その瞬間、背後から飛んできた白い閃光が、発射直前だったエネルギー弾に炸裂する。

 強烈な爆発が起こり、体勢を崩した融合カオスレイダーがもんどりうって倒れた。

 驚いて振り返ったソルドは、そこに右腕を掲げてたたずむ黒服の男を認める。


「なにをやってやがる! ソルド=レイフォース!!」

「ボリス=ベッカー!?」


 先刻、叩きのめしたはずの男の登場に、さすがの彼も驚きを隠せない。

 脂汗を浮かべたボリスの顔は歪んでいたが、その目には明確な意思の光があった。

 原子破砕砲のパックを取り換え、彼は融合カオスレイダーに向けて咆哮する。


「化け物が! この俺が相手になって……うおおああぁぁぁぁ!?」


 だが、彼が次の攻撃を放とうとした瞬間、目の前の地面が大きく爆ぜた。

 融合カオスレイダーが、無造作に鞭の腕を叩き付けたのだ。直撃こそしなかったものの、巻き起こった衝撃波でボリスの身体が吹き飛ばされる。

 とっさに飛んだソルドは宙で彼の身体を受け止めると、距離を大きく離して着地する。


「ボリス! お前なぜ……?」

「フン……こないだの借りを返しただけだ……」


 肉体的なダメージに加え、ナノマシンによる心理操作の影響下にもあった彼は弱々しげに答える。

 それでも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。


「それにてめぇを殺すのは、この俺だ……ここで、くだらねぇ化け物にやられるなんざ、認めねぇ、ぞ……」


 ただ、意識を繋ぎ止めるのも、さすがに限界だったらしい。

 力尽きるように気を失った男を見て、ソルドは大きくため息をついた。


「まったく、とんでもない男だ……だが、助かったぞ。ボリス……」


 図らずも助けられた事実に礼の言葉を述べると、彼はボリスを寝かせて立ち上がる。

 二人への攻撃をさせまいと攪乱していたフィアネスが、すぐさまその様子を見て通信を飛ばしてきた。


『ソルド、ひとつ案が浮かびましたわ……彼の腕は、原子破砕砲のようですわね? それを利用しましょう!』

「なに? しかし、フィアネス……いくら原子破砕砲といえど、カオスレイダーには……」

『通常では通用しませんわね。ですが、特務執行官の力を乗せれば話は別ですわ……!』


 怪訝そうな表情を見せるソルドに、彼女は自身が考えた作戦を語る。

 しばしそれに受け答えしていた青年は、やがて瞳に強い光を取り戻して頷いた。


「よし……了解した。とにかくやってみよう」


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