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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(21)死闘の幕開け


 恐るべき異形の出現に、天が哭く。

 静かに降り始めた雨が、戦いの始まりを告げた。


「フィアネス! この相手は今までのようにいきそうもない! セントラルに情報統制の申請を頼む!」

「わかりましたわ!」


 ソルドはそう叫ぶと、融合カオスレイダーに向けて跳躍する。

 足に灼熱の炎を宿らせて宙返りすると、彼は相手の顔面に向けて蹴りを放った。

 しかし命中する直前で足首を掴まれ、攻撃を止められてしまう。

 融合カオスレイダーの手が炎によって煙を上げたものの、敵の目には憎悪と怒りの感情しか見えない。


「滅ビヨ! 消エロ! 我ガ前カラ!!」

「うおぉぉっ!?」


 凄まじい勢いで、ソルドはそのまま地面に叩き付けられた。

 それも一度ではない。二度、三度と立て続けにだ。

 轟音と共に叩き付けられた地面が陥没し、何か所にも渡ってクレーターのような跡を刻む。

 融合カオスレイダーは数度目かの攻撃のあとに手を離し、すぐに巨大な足でソルドを踏みつけた。


「ぐおおおぉあああぁっ!」


 その重量とパワーによる圧迫に、ソルドの表情が歪む。

 足を押しのけようと力を込めるものの、相手はまったくビクともしない。


「オリンポス・セントラル、アクセス!【ラケシス】応答を!」


 窮地に陥った彼を見ながら、フィアネスは叫ぶように通信回線を開く。

 光の中に浮かび上がった【ラケシス】が、目をキョトンとさせながら答えた。


『はいは~い? どしたの、フィアネス? 珍しく慌てて……』

「詳しく話している暇はありませんわ!【ICコード】のSクラスを申請します!!」


 いきなりで現状を把握できていない彼女だったが、フィアネスが発した単語を聞いた瞬間、表情が目に見えて変わった。


『え……ICコードのS!? わ、わかった!! 場所は!?』

「ベータの座標X43、Y29ですわ!」

『了解。セントラルは【ペルセポネ】の要請を承認しました。ICコード・Sクラスに従い、指定座標より半径五キロ圏内を侵入制限区域に指定。MCNフィールド展開します!』


 セントラル・オペレーターとしての厳しい目となった【ラケシス】は、素早く情報を処理して返答する。

 ICコードとは、情報統制を要請する場合の特殊コードである。その中でもSクラスは対カオスレイダー戦にて甚大な被害が予想される場合の緊急性の高いものだ。

 指定区域はオリンポスの強化監視対象となり、一般人はおろかCKOの構成員ですら侵入できなくなる。

 区域内にいる者は散布された心理操作型ナノマシンにより、意思を操作され強制退去させられる。無理に留まろうとしたり侵入しようとする者には、強烈な頭痛が襲う仕組みだ。


「ソルドッ!!」


【ラケシス】の声をすべて聞き終えることなく通信を終わらせたフィアネスは、すぐさま融合カオスレイダーに向けて跳ぶ。

 ソルドを踏みつける敵の顔面に向けて、彼女は閃光のような蹴りを叩き込んだ。

 さすがに意識が向いていなかったせいなのか、融合カオスレイダーは大きくバランスを崩す。

 その瞬間を狙って力を振り絞ったソルドは、踏みつける足を一気に押しのけた。

 融合カオスレイダーの巨体が倒れ、地響きが轟く。


「すまん、フィアネス! 助かった!」

「礼には及びませんわ! それよりもICコードの申請は承認されました! このまま片付けましょう!」

「了解し……なにっ!?」


 二人が言葉を交わしたその刹那に、融合カオスレイダーはその姿を消した。

 恐るべき速度で跳躍した化け物は、お返しとばかりに踏みつけのような飛び蹴りを放ってくる。

 離れるように横へ飛んだ二人の間に、隕石の落下を思わせるような一撃が叩き込まれた。

 赤黒い波動とそれに伴う爆発が地を打ち砕き、大気を震わす。


「なんてパワーですの!?」


 体勢を立て直したフィアネスは次の瞬間、目の前に巨大な拳が迫っていることに気付く。

 体躯の倍以上に伸びた敵の腕が、息をつく間もなく彼女に鉄拳を見舞ったのだ。


「きゃああああぁぁっ!!」

「フィアネス! おのれ!!」


 轟音と共にフィアネスの身体が吹き飛ばされ、地面を転がっていく。

 その様子を見て怒りをあらわにしたソルドは、灼熱の炎の球を敵に向けて放った。

 しかしその一撃も、融合カオスレイダーが口から放った咆哮によってかき消される。


「なんだと!? うおおおぉぉっっ!!」


 驚愕する間もなく、ソルドの身体も大きく後ろに吹き飛ばされていた。

 咆哮と思われたのは球状のエネルギー体であり、それが地面に炸裂して大爆発を起こしたのだ。

 宙に舞った彼は空中で体勢を整え、恐るべき敵を見下ろす。

 その表情は、普段見せたことのない苦痛に歪んでいた。


「くっ……こうなれば、あれを使うしかあるまい」


 ソルドは前にルナルとの共闘で使った火炎竜巻を使うことにした。

 あれならば、いかに巨体のカオスレイダーといえど焼き尽くせるはずだ。

 彼は戻ってきたフィアネスに向けて叫ぶ。


「フィアネス、奴の注意を逸らしてくれ。少し時間が欲しい!」

「わかりましたわ!」


 ソルドの意図を察したフィアネスは、融合カオスレイダーの周囲を飛び回り始める。

 その隙に地上に降りたソルドは、強く意識を集中した。

 体内の無限稼働炉が唸りをあげ、全身から凄まじい七色の炎が迸る。

 彼はそれを両手に集め、一気に前へ突き出した。


「今だ! フィアネス、退け!!」


 爆発的に膨れ上がった炎が、手元から撃ち放たれる。

 それは飛び退ったフィアネスの目の前で融合カオスレイダーに直撃すると、姿を変えて炎の竜巻となった。


「ウオオオォォォォォオオオオオォォォォ……!!」


 それまで余裕を見せていた敵が、初めて苦痛の叫びをあげる。

 すべてを焼き尽くす灼熱の業火によって、巨躯の体表が徐々に灰へと変わっていく。

 このままいけば、数秒で敵は跡形もなく燃え尽きるはずだ。

 しかし、ソルドが勝利を確信したその時、融合カオスレイダーの瞳が輝きを増し、全身から赤黒い波動が放たれた。


「オノレ! オノレェェ!! じぇらるど=ばうああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 それはかつてのエンリケスの怨念を思わせる叫びであった。

 同時に波動が大きく弾け、その爆風で火炎竜巻が無数の炎となって飛散する。

 炎は凶悪な弾丸となり、周囲の木々を吹き飛ばし、地面に破壊の跡を刻んだ。


「なんだと!? バカな……!」


 ソルドもまた己の炎を受けて後退りながら、驚愕の表情を浮かべる。

 融合カオスレイダーは、自分を焼き尽くそうとした特務執行官を見つめ、怒りをみなぎらせて吼えた。


「破壊!! 混沌!! みんちニシテクレルワアアァァァァァァァッッ!!!」


 再び襲ってきた球状エネルギー体が、今度はソルドに直撃する。

 戦闘時の全身を構成する超金属細胞の組成が破壊され、ヒビだらけになって血をまき散らしながら、彼は天空へと弾き飛ばされた。


「ぐわあああぁぁああぁぁぁぁっっ!!」

「ソ、ソルドォォォッッ!!」


 絶叫が交錯する中、降り出した雨が激しさを増していく――。





『し、司令……! なんか、ソルドたちが押されてるんですけど!?』


 ICコードの処理を終えた【ラケシス】は二人の戦いをモニターしながら、慌てたように言った。

 彼女自身もここまで特務執行官が苦戦する光景というのは、目にしたことがない。ここに【クロト】がいたら、もっと動揺は激しいものになっていただろう。

 同じように戦いを見つめるライザスも、融合カオスレイダーの出現にわずかな戦慄を抱いているようだった。


(カオスレイダーの融合……そのようなことが起ころうとはな。いや、奴らの求めるものは混沌……ならばこれも当然の結果なのか)


 カオスレイダーは、そもそも秩序の対極に位置する存在である。

 個々の確立が秩序の構成であるならば、その境界を無くしてすべてを融合することは混沌に帰ることに他ならない。

 融合カオスレイダーは、いわばその行動原理に沿った存在と言えるのだ。


(だが、偶然ではあるまい……恐らく奴らの思惑が絡んでいる。その目的は……)


 ただ、彼の懸念は別のところにあるようだった。

 ライザスは眼光鋭く【ラケシス】を見つめて、指示を下す。


「【ラケシス】、あの地域のCW値はどうなっている?」

『へ? CW値ですか? え~と……こ、これって……通常のカオスレイダー出現時の十倍近い反応が出ています!』


 当初は怪訝そうな表情をした【ラケシス】だが、すぐにそれも驚愕に変わった。

 CW値とは、カオスレイダー出現時に放出される特殊な波動エネルギーを数値化したものである。融合カオスレイダーのそれは、明らかに異常な数値を示していたのだ。

 ライザスはその返答を聞いて、強く拳を握り締める。


(やはりか……! 早く奴を倒さねばならん。だが、やれるか? ソルド、フィアネス……!)


 そこには彼らしくもない、焦燥の感情が見て取れた。


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