(20)戦慄の融合覚醒
そのカオスレイダーは異形でありつつも、元のリサの印象を残したものとなっていた。
身体つきは一回り大きくなり、肌は白磁の陶器めいた艶を持っている。
茶色の髪は般若のように広がり、耳は鋭く尖り、口は横に大きく裂けていた。
そしてその目は、闇の中に紅い眼球を浮かべたようになっている。
「サァ、始メマショウ……スベテヲ混沌ニ帰スタメニ……」
鋭い爪を生やした腕を倍以上の長さに伸ばし、カオスレイダー・リサは行動を開始する。
周囲で立ちすくんでいたジェラルドの関係者たちが、無造作に振られたその一撃によってまとめて胴体を分断された。
多数の下半身が間欠泉のように血を噴き上げる中、警護の者たちが慌てて銃撃を開始する。
しかし、その攻撃がリサを傷つけることはない。覚醒した彼女に対し、通常兵器は無意味なのだ。
恐るべき速さで動いたリサは、次々と歯向かう者たちを手にかけていく。
「フフフフフ……帰リナサイ……混沌ニ……!」
数分も経たぬうちに、ジェラルドと共にあった者たちは血の海に沈んでいた。
むせ返るような鉄の臭いの中で、カオスレイダー・リサは高揚したように咆哮する。
そして、その場に残る者は彼女とエンリケス、彼の子飼いであるSPSの男だけとなった。
「こ、これは……女!! 貴様ぁ!!」
しばし呆然としていたエンリケスは、我に返ったようにリサへと視線を向ける。
彼の瞳は共鳴するかのように紅い輝きを強くするが、それを見つめるリサは興味もなさそうな態度で告げた。
「えんりけす=らうど……アナタハ、ツクヅク純粋ナ方。デモ、モウアナタハ終ワリ……タトエ同類デアッテモ用済ミ……ココデ消エルガイイ!」
そして彼女は、エンリケスに向けてその牙を剥いた。
ボリスたちを叩き伏せて飛び出したソルドは、すぐに焦燥に駆られることとなった。
ジェラルド邸のある方向から、強く禍々しいエネルギーが放たれたからである。
見れば邸宅のある丘の上に、炎が燃え上がっている様子も確認できた。
(いかん! これはカオスレイダーの反応だ……すでにリサは覚醒してしまったのか!?)
歯噛みした彼はその時、自分と同様にジェラルド邸に近づく銀色の光を目にする。
それがフィアネスだと気付くまで時間はかからなかった。
『フィアネス!』
『ソルド! どうしたんですの!?』
二人は、簡易通信で情報を共有し合う。
禍々しいエネルギーは、その強さをより一層増しつつあった。
『では、エンリケスもジェラルドの家族を狙っているのか!?』
『ええ。そのリサという秘書も同じことを考えているなら、二人のカオスレイダーが同時に覚醒する可能性もありますわ!』
『確かにな。だが、この感じは明らかにどちらかが覚醒したはず……む!?』
ソルドたちは同時に、視線の先で起こっている出来事を捉えていた。
それは白磁の肌を持つカオスレイダーと、それに捕まって宙吊りになっている男の姿だった。
『あれは、カオスレイダーか! 相手の男は……?』
『エンリケスですわ! では、覚醒したのは……』
『やはり、リサが……くっ!』
ある程度予想していたとはいえ、間に合わなかったという事実に、ソルドは悔しさをあらわにする。
着地軌道に乗った二人の特務執行官は、勢いを殺すこともなくそのままジェラルド邸に向けて降下していった。
ジェラルド邸では、エンリケスがカオスレイダー・リサによって吊し上げられていた。
子飼いのSPSの男は主の危機にも気付くことなく、傍らでその動きを止めてしまっている。
「ぐおおぉぁあぁ……き、きさ、ま……」
「フフフフ……ナカナカ頑張ッタミタイダケド、ココマデノヨウネ……」
エンリケスの首を絞めながら、カオスレイダー・リサは割れた口の端を歪める。
ミシミシと男の首が嫌な音を立て始めていた。
「お、のれ……化け物……なぜ……なぜ、動かん……!」
必死にSPSの男に指令を送るエンリケスだが、男はまるで電池の切れた人形のように動かない。
その様子を愉快そうに眺めながら、異形の女がつぶやく。
「無駄ナコト……コレハ混沌ノ意思ニヨッテ動ク人形……ナラ、私ガ操レテモナンノ不思議モナイ」
彼女の言葉の示す通り、男への指示主導権はすでにエンリケスには無かった。
カオスレイダーの因子を持つ者によってコントロールされるSPS兵器は、その因子が強く発動している者に優先権があるようだ。
覚醒していないエンリケスと覚醒後のリサではどちらが優位か、言わずとも明白であった。
「サァ、えんりけす=らうど……アナタモみんちニシテアゲルワ。フフフフフフフ……」
以前にレイカを突き落とした時と似た台詞を吐きながら、カオスレイダー・リサは男の首をへし折ろうとする。
しかし、その瞬間、邸宅の庭に二筋の光が突っ込んできた。
凄まじい土煙と轟音を上げて着地したそれらは、一組の男女の姿を形作る。
その内の一人、赤髪の特務執行官ソルド=レイフォースは金の瞳に闘志を宿して叫んだ。
「そこまでだ! カオスレイダー!!」
「アラ……アナタタチハ何者カシラ?」
新たな闖入者に訝しげな視線を向けたリサの耳に、続けて名乗りの声がこだまする。
「我は太陽……炎の守護者! 絶望導く悪の輩を、正義の炎が焼き尽くす! 我が名は、特務執行官【アポロン】!」
「我は四季……調和の守護者。穏やかな時を乱す輩に、猛威を持って立ち向かわん。我が名は、特務執行官【ペルセポネ】!」
「フフ……面白ソウナ相手ダコト。コノえんりけすヲ始末シタラ、遊ンデアゲルワ」
二人の特務執行官を愉快そうに横目で見たあと、カオスレイダー・リサはその手に最後の力を込める。
ゴキリと首の骨の砕ける音が、辺りに響く。
しかし、その音を耳にしながらもエンリケスは顔を紅潮させて彼女を睨みつけていた。
「ふざけるな……ふざけるな、女ぁ……! 人の善意を弄び、地獄に突き落とした、貴様を……この私が許すとでも、思うのか……! 許すと、思うかああああああぁぁぁっっ!!」
そこにあったのは自身を陥れ、家族を不幸のどん底に叩き落とすきっかけを作った女に対する底知れない怒りであった。
すでに死に至る状況になっているにも関わらず、彼は空を震わさんばかりに咆哮した。
その目全体が真っ赤に染まり、黒目の部分が金色に発光する。
「貴様ごときに! このエンリケス=ラウドが! 殺せると思うなああぁぁぁアアァァァァァァァァッッ!!!」
喉が張り裂けんばかりの叫びと共にエンリケスの身体から赤黒い波動が迸り、凄まじい衝撃波を巻き起こした。
その恐るべき破壊力に、カオスレイダー・リサの手が粉々に吹き飛ぶ。
「コ、コレハ!?」
「覚醒……したのか!?」
見つめる者たちの驚きの声の中、エンリケスだったものは異形の生命体に姿を変えていた。
漆黒の身体は元の三倍以上に膨れ上がり、頭には四本の大きな角が生えている。
その姿はカオスレイダー・リサと対照的であり、凄まじい力に溢れているようだった。
「女……貴様ハコノ私ノ糧トナルガイイ……スベテヲ混沌ニ帰スタメニ!!」
地響きを立てて着地したカオスレイダー・エンリケスは、憎悪に満ちた目を同胞に向ける。
そして腕を肉食恐竜の顔のように変形させ、その巨大な顎で目の前の相手に食らいついた。
「グガッ! グギャアアアアアアアアァァアアァァァァ……!!!」
白き異形の絶叫が響き渡る。
バキバキという嫌な音と共にカオスレイダー・リサの身体が巨竜に食われ、原型を失っていく。
それまで惨劇をまき散らしていた彼女は、あっけないほど簡単に黒き異形の体内へ消えていった。
「貴様モ! 我ガ元ニ来タレ!!」
カオスレイダー・エンリケスは更に傍らにいたSPSの男をも、巨竜の顎で呑み込んでいく。
同時に赤黒い波動が強まり、それが彼の全身を卵のように包み込んでゆく。
「ウオオオアアァァァアァァァァァアアアアアアァァァアアァァァァァァァアァァァッッッ!!!!!」
そして刹那ののち、轟いた絶叫と共に波動は爆発するように弾けた。
再び巻き起こった衝撃波が、周囲一帯の木々や人工物を粉々に吹き飛ばしていく。
恐るべき猛威から身を守りつつ耐えていた二人の特務執行官だったが、彼らは次の瞬間、信じられないものを目にしていた。
「こ、これは!? なんだ!?」
そこにいたのは、元のカオスレイダー・エンリケスを更に数倍に膨れ上がらせた怪物だった。
身長は十メートルに迫るほどとなり、漆黒の身体にはあちこちに緑色の血管らしきものが走っている。
頭部には四本の角に加えて白い髪が生えており、それが般若のように広がっていた。
その姿は立っているだけで、圧倒的な恐怖と存在感を見る者に与える。
「カオスレイダーが融合した、だと……!?」
「なんて禍々しいエネルギーですの……!」
初めて目にする事象に、ソルドたちも驚愕するしかない。
エンリケスとリサの融合したカオスレイダーは咆哮を上げながら、そんな特務執行官たちを見下ろした。
「スベテヲ混沌ニ帰スル……消エ去レ!! 消エ去レ!! 我ガ前カラ!!」
憎悪と共に放たれる赤黒い波動が、辺りの空気を大きく震わせる。
次の瞬間、目にも止まらぬ速さで振り抜かれた腕が、ソルドを跳ね飛ばしていた。
「ぐああぁぁっ!!」
とっさに防御したものの、彼の身体は塀を容易く突き破り、道路上を滑っていく。
路面のアスファルトに、抉れるような跡が百メートル以上に渡って刻まれた。
「ソルド!? この……斬影桜舞!!」
フィアネスはすかさず髪を輝かせ、光の花吹雪を繰り出す。
しかし、輝く斬撃の奔流は融合カオスレイダーが放った咆哮によって、容易く逆流させられた。
「そんな!? 返され……きゃあああぁぁぁぁぁ!!」
自らの放った斬影桜舞によって、フィアネスの身体が切り刻まれる。
とっさに技を解除するも、彼女の全身には無数の血が滲んでいた。
ただ、傷自体はナノマシンヒーリングによって消えていくので、ダメージはさほどにない。
舞い戻ってきたソルドが彼女の脇に降り立ち、声を掛ける。
「フィアネス! 無事か?」
「ええ……私はだいじょうぶです。ですが、信じられないパワーですわ……!」
「ああ、こんな相手は初めてだ……!」
巨大な敵を見上げた特務執行官たちは、これから始まる戦いが死闘になるであろうことを予感していた。




