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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(18)狂気の男を追って


 原型を留めぬほどに破壊された車の残骸が、炎を上げていた。

 辺りにはいくつかの破壊の痕跡が残り、ただの事故でないことを窺わせる。

 無人の路上に横たわり、空を見上げているのは一人の男だ。

 その彼の周囲には、夥しい鮮血が池のように広がっていた。


(いかんな……意識が、遠のき……)


 霞む視界の中で、支援捜査官のゴードン=ウェストは声にならぬつぶやきを漏らす。

 すでに彼の生命は、風前の灯火であった。四肢があらぬ方向に曲がり、口から溢れた血が身体を伝って路上に流れ落ちていく。

 このまま死ぬのか――そんなことをふと思っていると、微かな光が降り注いできたような気がした。

 その光は人の形を取っていたが、すでに何者であるのかすら判別することもできない。


「ゴードン!!」


 ただ、耳に聞こえてきた声には覚えがあった。

 彼が敬愛する特務執行官の一人――今は別行動を取っていたフィアネス=シーズフォースの声である。

 霞む視線を巡らせつつ、彼はかろうじて声を絞り出す。


「フィア、ネス……様……」

「なんてひどい怪我……今、回復してあげますわ!」


 心配そうな声と同時に、淡い輝きが辺りに満ちた気がした。

 それに従い、ゴードンの意識がわずかながらはっきりとしてくる。消えかかっていた体温が蘇り、続けて痛みの感覚が襲ってきた。

 表情を歪める彼だが、それと同時に消えかけていた記憶――伝えなければならない事柄も蘇ってきていた。


「フィアネス様……私のことは、構わず……」

「なにを言うんですの! こんな状態ではいつ死んでもおかしくないですわ! 動いてはなりません!!」


 あどけない顔に似合わぬほどの強い語勢で、フィアネスはまくし立てる。

 その勢いに逆らうこともできないまま、ゴードンはしばし治癒の力に身を委ねた。


「ひとまず出血は抑えましたわ。あとは早く病院へ……」


 やがて、ナノマシンヒーリングが一段落したところで、フィアネスは大きく息をつく。

 全身の痛みはまるで消えていないが、死に至る状況を脱したことで視力も回復したゴードンは、少女を強い眼差しで見つめた。


「フィアネス様……今はそれどころでは……ないのです……エンリケス……奴を、やつを……止めなければ……!」

「エンリケス? 彼がどうしたというんですの!? いったい、なにがあったんですの!?」


 フィアネスの問いに、彼は訥々と語りだす。

 彼女と別行動を取ったのち、この状況に至った経緯を――。





 それは今日の昼前のことだった。

 エンリケスの動向を監視していたゴードンだったが、普段は支部に篭りっきりの彼が前触れもなく外に出てきたのである。

 彼の脇には二人のスーツを着た男が付き従い、どこか連行されているようにも見えた。

 表向きの理由は【宵の明星】本部へ行くということであり、部下たちもそれで納得している様子だった。

 ただ、ゴードンだけは違和感を覚えていた。なぜなら脇に立つ男たちが、死者のような虚ろな瞳をしていたからである。

 その後、車に乗って去っていくエンリケスらを追跡すべく、彼もまたバンであとを追った。


 追跡自体は、順調に進んでいるように思えた。

 しかし、廃棄区画を出て公道に入りかけた時、ゴードンはそれが間違いであったと知る。

 今倒れていたこの場所で、彼の乗ったバンはいきなりコントロールを失った。


 コントロールを失った理由は、単純だった。

 エンリケスに付いていた男の一人が車を飛び出し、バンの斜め前方に体当たりしたのである。

 轟音と共に、車体はガードレールに叩き付けられた。

 なんとかバンから脱出したゴードンであったが、その前にエンリケスらが立ちはだかる。

 冷徹な瞳で彼を見つめ、狂気の男は言葉を紡いだ。


「こそこそと人を付け回すドブネズミめが……」


 その瞳が異常に赤い輝きを放っていたのを、ゴードンは覚えている。

 そしてそれは、彼も何度か見てきたカオスレイダーに取り付かれた人間の特徴であった。


「エンリケス=ラウド……いったい、どこへ行くつもりだ?」


 曖昧ながらも確証と呼べるべきものを掴んだゴードンは、厳しい表情で問い掛けた。

 しかし、それに対するエンリケスの答えはなかった。


「フン……先頃入ってきたばかりの新米か。歴戦の兵士という触れ込みだったが、なるほど……貴様もジェラルドの手の者だったというわけか!」

「ジェラルドの手の者だと……なにを言っている?」

「とぼけおるわ。貴様もこ奴らと同じく私を排除しに来たのだろうが、残念だったな!」


 どこか憑りつかれたかのように叫んだエンリケスは、脇に立つ男の一人に向けて指を鳴らす。

 その瞬間、男の服がちぎれ飛び、その中から筋肉の隆起した緑色の肉体が現れた。

 驚愕したゴードンは、次の瞬間、男の放ったボディブローを食らっていた。

 まるで杭を打ち込まれたかのような鋭い衝撃に、二メートル近い身体が後方に吹き飛ぶ。

 路上を派手に転がった彼は、血の混じった唾を吐きつつ、かろうじて立ち上がる。


「ぐはっ……エンリケス……きさ、ま……!!」

「どうした? 歴戦の兵士もそのザマか? せいぜい抵抗してみろ!」


 叫びと共に、緑の体色――SPSを宿した男が疾駆してくる。

 ゴードンはその特攻を、なんとか転がって回避した。

 背後で鈍い音が響き、男の突っ込んだガードレールが飴のように変形する。


(なんというパワーとスピードだ……)


 痛みに表情を歪めつつ、ゴードンはハンドブラスターを放つ。

 しかし、男は意に介した様子もない。ビームによって穿たれた傷は、次の瞬間には元通りに復元していた。


(効果なしか……データ通りだな。ならば……)


 ゆらりと振り向いた相手を見据えながら、ゴードンはバンを背にできる位置まで移動する。

 再びSPSの男は、彼に向かって突進してきた。それは常人には反応できないほどのスピードであった。

 ただ、支援捜査官であるゴードンも生体強化兵としての能力を持っている。猛獣のような突進を倒れ込むように回避すると、すかさず懐から高性能爆薬を取り出して無造作に後方へ投擲した。

 ほぼ同時に大地を蹴って距離を取った彼は、振り向きざまにハンドブラスターのトリガーを引く。



 凄まじい爆音が巻き起こった。

 それはバンに突っ込んだ男の衝撃音とブラスターに射抜かれた爆薬の爆発音、更にはガソリンに引火したバンの爆発音が立て続けに重なったものだった。

 吹き飛んだ車のパーツに混じって、男の手などが飛んでくる。

 猛火の中、原型を失いつつも立ち上がった男だったが、二歩三歩と歩いたあとにその身体は力尽きた。


(やはり、火が有効か……これでもう再生はできまい)


 至近距離の爆発にダメージを負いつつも、わずかにゴードンは口元を緩めた。

 以前ソルドがSPSのゾンビ群と戦った際、その炎で容易く敵が殲滅されたというデータを参考にした攻撃だった。

 さすがに特務執行官の生み出す火力には敵わないが、単体であるなら充分過ぎるほどの威力を発揮したと言えるだろう。

 しかし、奮闘もここまでであった。ふらつきながら立ち上がった彼の身体は次の瞬間、再び激しく突き飛ばされていた。


「ぐはっ!!」

「バカめが! 油断しおって!!」


 血反吐を吐きながらガードレールに叩き付けられたゴードンの耳に、エンリケスの哄笑が響く。

 もう一人のSPSの男が荒い息を吐きながら、彼の目の前に迫っていた。


(く……身体が、思うように動かん……!)


 ゴードンは体勢を整えようとするも、ダメージの蓄積した身体はいうことをきいてくれない。

 SPSの男は無表情のまま、容赦のない追撃を加えてきた。

 振り下ろされた拳がゴードンの肩を砕き、放たれたローキックが足の骨を容赦なくへし折る。地面に転がるように倒れたその胸板に、続けて強烈な踏みつけが叩き込まれた。

 アスファルトが陥没し、あばらの砕ける音が同時に響く。


「ぐわぁ!!」

「フン……少しは頑張ったようだが、所詮その程度だったか!」


 エンリケスが指を鳴らすと、男は動きを止める。

 死の淵へと追いやられたゴードンは、霞む意識の中で狂気の男の声を聞いていた。


「だが、これ以上戯れている暇はない。ジェラルドと奴の家族を皆、葬り去らねばならんからな!」

「……な、に……家族……だと……」


 声の代わりに吐き出された血の泡を見ることもなく、エンリケスらは車に乗って立ち去っていく。

 咆哮のようなエンジン音が遠のく中、ゴードンはオリンポス専用のSOS信号をかろうじて発信したのである。





「SPSの人型兵器? そんな、彼はまた……!」


 事の顛末を聞いたフィアネスは、驚きに声を震わせていた。

 エンリケスが更なる手駒を用意していたのもさることながら、その戦闘能力を再認識させられたからだ。

 支援捜査官の中でも極めて頑強なことで知られるゴードンが、容易く瀕死に追い込まれるほどに。


「フィアネス様……奴はバウアー議員を……狙っている……彼の家族も……含めて……」

「ゴードン……」

「だから早く……行ってください……! 私のことは……だいじょうぶです……」


 少女の手を震える手で掴みながら、ゴードンは再び懇願する。

 こうしている間にも、エンリケスは目的を遂げようとするだろう。それはすなわち、彼の覚醒そのものを意味するのだ。

 フィアネスはもう片方の手を添えると、そっと握り返した。

 その瞳には、微かな輝きが揺れている。それは愁いと後悔とを含んだ輝きだった。

 少なくとも自分がいれば、このような事態は避けられたはずなのだから。


「ゴードン……ごめんなさい。私があなたのフォローを離れたばかりに……」

「いいのです。早く……」


 そんな想いを知っているのか、ゴードンはわずかに口元を緩める。

 苦痛の中で浮かべた彼の表情を見て、フィアネスはゆっくり立ち上がると、努めて優しい口調でつぶやいた。


「すぐに終わらせて戻ってきますわ。待っててくださいね」


 そのまま踵を返すと、銀の輝きとなって天空に舞い上がる。

 ジェラルド=バウアーの邸宅の位置を検索した彼女は、その方角に向けて閃光のように飛び出した。


(エンリケス=ラウド……許しはしませんわ……!)


 心の中に怒りを秘め、銀髪の特務執行官は空を駆ける。

 その先には、黒き暗雲が渦巻いているように見えた。


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