(16)意地と矜持の激突
ジェラルド=バウアーが帰宅する日――その日はあいにくの曇り空であった。
人工的に造られた海に面した沿岸道路を、数台の車が走っている。
縦列で走る黒塗りの車群である。ジェラルド=バウアーとそれを警護する者たちの集団だ。
周囲に高い建造物が少ないこの道路は見晴らしが良く、普段はドライブコースとしても人気が高い。
同時に身を隠す場所がほとんどないということは、狙撃や襲撃を警戒する者たちにとって都合が良いと言えた。
この日は一時的な通行制限もかけられており、今の時間、周囲を走る他の車は存在していない。
「来たようだな……予定通りか」
その縦列車群を、天空から見つめる影があった。
赤の髪に金の瞳を煌めかせた男は、腕組みをしながら中空に静止している。言わずと知れたソルド=レイフォースである。
ホテルからジェラルド邸へと向かう途上において最も警戒が甘く、周囲の目を気にする必要のないところ――レイカからもたらされた情報を基に彼が襲撃場所として選定したのが、この路上であった。
ソルドは頃合いを見計らってゆっくり降下すると、先頭を走る車両の数百メートル先に降り立つ。
急ブレーキの音が響き渡り、車群が次々と停止した。
「貴様、何者だ!? そこをどけ!」
先頭車両から降り立った黒服の男たちが、唐突に舞い降りたソルドに訝しげな視線を向け、警告を発する。
しかし、それに対する彼の返答はシンプルだった。
「あいにくだが、どくわけにはいかない……その車の中の人物に用がある」
超然とした空気を身に纏うソルドは、ゆっくりとその歩を進める。
有無を言わせぬ迫力に気圧される黒服たちだが、そんな彼らを押しのけるようにして一人の男が進み出た。
その姿を認めた青年の歩みが、思わず止まる。
「用ね……どんな用事か知らねぇが、はいそうですかと言うわけにはいかねぇな」
「ボリス=ベッカー……」
「こないだは世話になったな。ソルド=レイフォース……とりあえず、あの時の礼は言っておくぜ」
ボリスは取り繕いのない、いつもの口調で語りかける。
それを受けたソルドもまた瞑目しながら、ぶっきらぼうに答えた。
「その必要はない。あれは成り行きだったのだからな」
「だろうな……てめぇの目的は別にある。違うか?」
「その通りだ。先ほども言ったが、その車の中の人物に用がある。そこをどいてもらおう」
「こっちも言ったはずだぜ。できねぇとな」
二人の間に流れる空気が凍り付く。
知り合いのようなやり取りでありながら、そこには同時に相容れない感情も渦巻いているようだった。
その証拠に、懐からハンドブラスターを取り出したボリスの目には剣呑な輝きがある。
他の男たちは動くこともせず、ただ警戒しながら二人のやり取りを見つめている。
「抵抗するつもりか? お前は知っているはずだ……私の任務がなんであるかを」
「もちろん知っているさ。だが、わりぃな……こっちも仕事なんでな」
再び歩みを進めようとするソルドの足下を、ブラスターの閃光が貫いた。
風の騒めきに、男たちのそれが重なる。
焼け焦げた臭いと共にアスファルトに刻まれた銃痕を見つめ、赤髪の青年はわずかに嘆息した。
「なるほど……どんな理由があれ、警護対象に危害を加えようとするなら、お前は守るしかないということか」
「そういうこった」
「だが、お前は勘違いをしている。私のターゲットは……」
「それも知っているさ」
無益な争いを避けるべく続けようとした言葉を、ボリスはさえぎった。
ソルドの表情が、思わず強張る。
「てめぇの狙う相手が誰かは、察しがついてる。こっちもいろいろあったんでな」
レイカによる侵入事件、それを排除したリサの人外めいた力、そして落ちたレイカを救った赤い光――それらの情報を総合すれば、導き出される結論はひとつだった。
もちろん、それはカオスレイダーやオリンポスの存在を認知していなければ、辿り着けないものだったが。
「……それを知ってなお、お前は私を阻むつもりなのか?」
「ああ、そんなことは関係ねぇ。てめぇはこうして依頼主を襲ってきた。俺たち警護官にとっては、それがすべてだ」
ソルドの問い掛けに、ボリスはブラスターを構え直し、憎悪の視線を向ける。
普段の彼を知る者が意外に感じるほどの激情をあらわにしながら、彼は雷のごとく吠えた。
「それにな……俺としては願ったり叶ったりなんだよ! こうして公然とてめぇを葬る口実ができるんだからな!」
同時に放たれた閃光が、今度はソルドの胸板に迫った。
だが、彼が無造作に腕を振るだけで、ブラスターの光は雲散霧消する。
「あいにくだが、そんなもので私を葬れはしない」
「だろうな……だが、こいつならどうだ!?」
軽く息をついたボリスはブラスターを捨てると、おもむろに右腕の包帯を外した。
白い螺旋が宙に舞ったあと、そこに現れたのは銀色に輝く義手であった。
元の腕の大きさと比較すると一回り大きく、地球の歴史に出てくる中世騎士の手甲をつけたかのように見える。
それだけなら珍しい話でもなかったろう。しかし、彼が掌に開かれた発射口を向けた時、ソルドの表情がわずかに動いた。
「これは……!」
「消えな!!」
ボリスの叫びと共に、その腕が激しく振動する。
血流のような輝きが義手全体に満ち、一瞬の間を置いて、砲口から凶悪な光の奔流が迸った。
空気を震わせて迫るその光を、ソルドは身を翻して回避する。
駆け抜けた光跡を、荒ぶる風が追いかけていった。
「原子破砕砲か! なぜ、お前がそんなものを……!」
ボリスの解き放った力――それは最先端科学の結晶であり、同時に最も凶悪な兵器として認知されているものだった。
対象を原子レベルで分解し、どんな硬度の物質でも一発で塵に変えてしまう。まさに切り札と呼ぶにふさわしいものである。
手首の排熱口から蒸気を排出し、肘の辺りからエネルギーパックを落としたボリスは、新たなパックを取り出して再装填する。
「言わせんなよ……てめぇをぶっ殺すために決まってんだろうが!」
咆哮と共に、エネルギーラインが義手全体を覆う。
そして再度放たれた閃光が轟音と共にアスファルトをえぐり取り、射線上の木々などを消し去った。
「確かに、それは恐るべき兵器だ。当たり所によっては私を葬ることも可能だろう」
地に降り立ったソルドは、わずかな戦慄を込めてボリスに告げる。
さしもの特務執行官でも、この攻撃は回避せざるを得なかった。人の手にする力の中では、恐らく最も彼らに迫れる武器のひとつであろう。
しかし、それはあくまで単純な威力だけを見た場合の話である。
「だが、それでも私に勝つことはできない」
「ぬかせ!!」
直線的に走り込んできたソルドに向けて、ボリスは三度目の閃光を放つ。
破壊の光が相手を捉えようとするが、その瞬間青年の姿は地上から消えている。
目を見開いた男の頬に、横合いから強烈な掌底が叩き込まれた。
うめき声と共に張り倒されたボリスの身体が、派手に路上を転がる。
「所詮、人間であるお前は、私の速度についてこれない。それがわかっていてなぜ……」
静かにつぶやくソルドだが、次の瞬間、周囲からの殺気を認める。ボリス配下の黒服たちがそれぞれの獲物を手に、彼に向けて発砲したからだ。
しかし、その攻撃を容易くいなし、ソルドは次々と男たちを無力化していく。
ある者は吹き飛ばされ、ある者は大地に崩れ落ちる。およそ一分も経たないうちに、特別保安局の警護官たちは動くこともできなくなっていた。
彼らを一瞥し、車群の中央に降り立ったソルドは、無造作にジェラルド専用車のドアを剥ぎ取る。
「これは!?」
ややあって、ソルドの表情に驚愕が浮かぶ。
シェードに隠されていた車内の人間たちは、姿を精巧にコピーされた人形に過ぎなかった。
「……残念だったな。本物のジェラルド=バウアーはとっくに自宅に帰っている頃さ」
「バカな! なぜそんなことを!!」
ゆっくりと立ち上がったボリスに向けて、青年は問い掛ける。
血の混じった痰と折れた歯を吐き出しながらも、男の顔にはしてやったりといった表情が浮かんでいた。
「なぜ? 警護対象を守るために最善を尽くすのが俺たちの仕事だ。そのための手段は選ばねぇ……そんだけのことだ」
その言葉に、ソルドは拳を握り締める。
偶然か狙い通りなのかはさておき、ボリスは彼がここで襲撃してくることを読んでいたのだ。
しかも既定通りであったこちらのルートに、警護官の多数を配置する念の入れようでだ。
「なるほどな……見事に私は、囮に引っかかったというわけか」
青年は、感情を押し殺したようにつぶやく。
出し抜かれたことに対する悔しさや、自身の不甲斐なさに対する怒りはある。
ただ、それ以上に胸に去来していたのは、ボリスに対する賞賛の気持ちと、そこまで彼を駆り立てることとなった自身の背負う罪に対しての苦悩であった。
「さて……第二ラウンドといこうか。ソルド=レイフォース……」
「ボリス……お前の任務に対する真摯な態度、そして私に対する憎しみは充分に理解した……」
いまだ足元もおぼつかないボリスであったが、その戦意は失われていないようだった。
彼に向き直ったソルドは、その黄金の瞳に強い決意を宿す。
「だが、私とてカオスレイダー掃討を任務とする特務執行官! これ以上邪魔をするのなら全力で排除する!」
原子破砕砲を構えるボリスに対し、青年は恐れることもなく突っ込む。
その語りかけるような視線に、ボリスは先ほどのようなトリッキーな動きではなく、ソルドが本気で真っ向勝負を望んでいるのだと察した。
震える腕を抑え込み、その照準を合わせる。
だが、エネルギーラインが満ち、四度目の砲撃が放たれようとした瞬間、ソルドの拳は彼の顎を捉えていた。
衝撃と共に宙に舞い上がった男の腕から、天空に向けて閃光が迸る。
断末魔のあがきのように空気を震わせたそれは、上空の雲をかき消すように貫いていた。
(ち……やはりこんな程度じゃ……勝てねぇか……さすが、だぜ……)
差し込んだ一筋の光の中で、ボリスはやや口元を歪めながら、その意識を失った。
「ボリス=ベッカー……お前の執念、恐るべきものだった」
地に落ちた男を見据え、生命に別状がないことを確認すると、ソルドは静かにつぶやいた。
すでに周囲には、彼以外に動く者はいなくなっている。
ただ、個人的な感傷に浸っている余裕はなかった。ボリスの言う通りジェラルドたちが自宅に着いていたとするなら、事態は極めて深刻なこととなるのだ。
光を纏いながら天に舞い上がったソルドは今一度地上を一瞥すると、目的の方向に向けて飛び出した。




