(14)受け取る想い
ベータの宇宙港から数十キロほど離れたある場所に、小さな病院がある。
そこは名目上、私設経営となっていたが、実際はオリンポスが資金供与している施設であり、主に負傷した支援捜査官が担ぎ込まれる場所だ。
強力な情報統制の敷かれたそこはオリンポスメンバーにとって、いわば安息の場所とも言えた。
「それでいったい、なにがあった? 君がここまでの大怪我を負うとは……」
ため息をついたソルドは、目の前のベッドに横たわるレイカに声をかける。
あれから気を遣いつつ全力疾走した彼は、なんとかこの病院に彼女を送り届けることができたのである。
「あ~……認識が甘かったわ。まさか、こんなことになるなんて……」
結局、緊急入院する羽目になったレイカだが、ここに来るまでにソルドが施したナノマシンヒーリングのお陰で大事には至っていない。
その顔にも今はだいぶ赤みが戻っており、いつもの口調も復活していた。
「私も正直、肝を冷やしたぞ。もう少し遅かったら、君の身体は粉々だったんだからな」
「ん、まぁ……それはね。アンタにはホント、感謝してる」
いつになく真面目な表情で、彼女は感謝の言葉を口にする。
当初の計画では、待機していたソルドが連絡と同時にレイカのいる場所へ出向き、共に脱出するという流れになっていた。
しかし、実際は想定外の負傷で肝心の連絡ができず、最上階から叩き落とされてしまったのである。
ソルドの反応があと数秒でも遅ければ、レイカの生命は失われていたに違いない。
「それで結局、ジェラルドはカオスレイダーだったのか? 奴にやられてあんなことに?」
「いえ、違うわ。実のところ彼はカオスレイダーじゃなかった。カオスレイダーだったのは、この女よ……」
レイカはゆっくりと身を起こすと、青年の顔を見つめた。
愛用の腕時計型端末を脇机から取り出し、宙に映像を投影する。
そこに映っていたのは、茶髪の女性――レイカを今の有様にした元凶の女であった。
同時に様々なデータが、映像の脇に表示される。
「リサ=ストーンフィールド……ジェラルドの私設秘書で、彼が議員になる前から傍にいた女よ。上院議員になってからは公的秘書に主要業務を任せていたけど……それ以外のところでは、いろいろ暗躍していたみたいね」
表示されたデータを見ながら、ソルドは頷く。
女の経歴には【宵の明星】を始め、様々な違法組織との繋がりを示す内容が並んでいた。
「裏社会との繋がりも持つ女か……なるほどな。彼の躍進の裏に、こんな事情があったとは……」
ソルド自身、政治に明るいとは言えない。
ただ、ジェラルドが今の地位を確立する上で、かなり非合法な手段を行使してきたのは事実だった。
そして、その大半は明らかに彼女の手腕によるものだったのである。
「清濁併せ呑むからこそ、ジェラルドもやり手と呼ばれる議員に成り上がったということね。ただ、リサという女が生体強化兵ということまではわからなかったわ。なにしろ秘書になる前の記録があまり残ってなかったから……」
おかげでわたしもこのザマってわけ、とレイカは自嘲気味に笑う。
生体強化兵の能力に加え、覚醒前といえどカオスレイダーの力が加わっていたのなら、支援捜査官の力で対抗できないのは当然だった。
「しかし、この女がカオスレイダーなら、なぜジェラルドの関係者ばかりを次々と手にかけた?」
「さぁ、そこまではわからない……と言いたいけど、なんとなく推測はつく」
ソルドの提示した疑問に、レイカは記憶を手繰りながら答える。
リサと対峙した時、彼女の発したある言葉にそのヒントはあった。
『ワタシのジェラルドに近づく女狐が!!』
それはリサ自身が、ジェラルドという人物に惹かれていることの証であった。
業務面だけでなく、プライベートな部分でも彼女はジェラルドを占有したがっていたのである。
それゆえにジェラルドの関係者ばかりが被害に遭うこととなり、結果として彼にカオスレイダーの疑惑が降りかかってしまったのだ。
「思えば失踪事件の被害者は、みんな女性だったわ。彼女にとってジェラルドに近づく女は、ほぼ排除対象だったのね。嫉妬深さも、ここに極まれりってことかしら?」
人の想いは、かくも人を鬼にする。それを改めて実感しつつ、レイカは先入観に囚われていた自分の認識を恥じていた。
その様子を見つめるソルドは彼女を責めることもなく、次なる疑問を口にする。
「ふむ……そうなると覚醒の引き金になるのは、ジェラルド本人ということになる。ならばなぜ、リサという女は彼を狙わない?」
確かにリサのこだわりがジェラルド本人にあるとするなら、彼を狙うのが筋である。
ただ、それに対してはレイカも明確な回答を用意できた。
「ねぇ、ソルド……カオスレイダーって寄生者の最も大切な者の発する負の感情を求めるのよね?」
諭すような口調で語りかける彼女の言葉に、ソルドはやや考え込むも、すぐにその真意に気付く。
「そうか! ジェラルドが強烈な負の感情を呼び起こす瞬間を彼女が狙っているとするなら……!」
「ええ。恐らく狙いは、彼の家族……彼の目の前で、家族を手にかけるつもりじゃないかしら?」
ジェラルドを独占したいリサにとって、彼が唯一こだわりを持つとされる家族は間違いなく目の上のタンコブであり、優先的な排除対象であるはずだ。
それに、他者に対して冷徹な男の感情を動かせるキーパーソンは、もはや彼ら以外あり得ないだろう。
家族をジェラルドの目の前で殺す――その瞬間に生まれるであろう負の感情は、リサの覚醒を促すに充分なものになり得る。
疑惑の時点で重要視されていたジェラルドが家族に会う時こそが、やはり今回の任務の要だったのだ。
「だが、これで彼女がカオスレイダーだという確証は掴めたわけだな。ならば、あとの話は簡単か」
ソルドはそう言うと、すっくと立ち上がる。
ずっと曇っていた空が晴れ渡ったように、彼は己の為すべきことを見出した喜びに震えているようだった。
しかし、その腕をレイカが掴み止める。
「ちょっと、まさか真っ向から突っ込む気じゃないでしょうね?」
「他にどんな方法がある? それに君はしばらく動けん。あとのことは私が引き受けよう」
「この脳筋バカ! いくら特務執行官でも、事前準備無しに突っ込んだら後始末が大変でしょ!」
だからアンタは目が離せないのよ!と彼女は激高しながら、端末を再び操作する。
浮かび上がったスクリーンには、ジェラルドの行動予定やその他のデータが詳細に記されていた。
その内の一部を拡大表示させ、レイカは続ける。
「ほら……ジェラルドが家族に会う日の行動予定と移動ルートよ……これを把握しておけばアンタでも、最小限の被害でリサを排除できるタイミングがわかるはずでしょ?」
感情的になったことで息を荒げた彼女を見つめ、ソルドは己の短絡的な思考を恥じた。
確かに特務執行官としての力を行使すれば、リサの排除は簡単だ。
ただ、ジェラルドの側近的人物に接触するとなれば、本人を狙うのと同様に障害は多い。
ソルドとて無益な損害を出すつもりはなかったが、それならば狙うタイミングを考慮する必要があるということだ。
そのことを伝えると同時に、自分を心配してくれたレイカに強い感謝の念を抱く。
苦しげな吐息の彼女を優しく抱き締め、ソルドはその耳元で囁くように言った。
「すまなかった……だが、もう心配はいらない。あとのことは私に任せて、君はゆっくりと休んでくれ」
その声にレイカはわずかに頬を赤らめると、静かに目を閉じた。
「頼んだわよ……あと、気を付けてね……ソルド……」
「了解した」
彼女の腕が、ゆっくりとソルドの背に回される。
金髪の支援捜査官の想いを受け取り、赤髪の特務執行官は任務完遂への想いを新たにした。




