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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(13)悪意と憎悪の連関


 最上階の展望ラウンジは、ちょっとした騒ぎになっていた。

 ホテル関係者や警備の者たちが集まり、事情聴取や乱雑に荒れた内部の片づけを行っている。

 砕かれたガラス壁には応急処置用の超硬化ゲルが施され、風の影響はすでになくなっていた。


「暗殺者の侵入ね……ルームサービスにすり替わってってのは、なかなか考えたもんだ」


 その場に駆け付けたボリス=ベッカーは、警備の者たちから話を聞いて感心したように頷いた。

 同時に、やすやすと侵入を許した彼らに対して失望の色も見せている。

 自分たちが警護に当たっていれば、こうはならなかったはずである。


(まぁ……相手も手練れだったみたいだからな。出し抜かれるのも仕方ねぇか)


 ただ、今の彼に警備員たちを責めるつもりはなかったし、その資格もなかった。

 辺りの様子を見渡しながら、やがて彼は茶髪の女の姿を認める。


(それを見破った上にここから叩き落としたってのが、あの女とは……)


 目撃者の話を聞いても、ボリスはいまだ実感できずにいた。

 視線の先にいる女――リサは長身で肉感的ではあったが、ここまでの破壊行動を起こせるほど力がありそうには見えなかったのだ。

 生体強化兵なのではないかとも囁かれていたが、それにしてもと彼は思う。


(いくら生体強化兵といっても、強化ガラスを簡単にぶち抜くなんて話は聞いたことがねぇ……一体、どういうことだ?)


 生体強化兵は投薬や人為的な遺伝子操作によって、常人の限界を超えた能力を発揮できる兵士のことである。

 ただ、限界を超えるとは言っても、人間本来の身体構造はそう変わらない。仮に筋力が上がっても、強化ガラスを殴れば自分の手が砕けるのは自明の理だ。

 ボリスが厳しい目で見つめているのに気付いたのか、リサは妖艶な笑みを湛えつつ、彼の元にやってくる。


「これは特別保安局のベッカーさん……わざわざ状況確認にいらっしゃるとは、仕事熱心ですわね」

「いえ、それほどでも……本来、警護を預かる身でありながら、肝心な時にお役に立てず申し訳ありません」

「それは仕方ありませんわ。宇宙港での襲撃被害は、予想外でしたものね」


 いつもの外面を作って受け答えしながら、ボリスは女を観察する。

 物腰は柔らかなものの、その瞳の奥に剣呑な輝きがあるのを、彼は見逃さなかった。

 もう何度も見てきた殺意の潜む眼差しである。


「でも、ご心配なく……この程度の輩なら、私がどうにかしてみせますわ。今は体制の立て直しに専念して下さいな」

「お心遣い、痛み入ります」


 頭を下げた彼に軽く手を振ると、リサはくるりと踵を返す。

 優雅な動作で立ち去っていくその姿を見送りながら、ボリスは異様な感覚を味わっていた。


(あのジェラルドの秘書だけあって、嫌な目をした女だ……だが、なんだ? このざわつく感じは……)


 幾多の修羅場を潜り抜けてきた直感が、彼になにかを教えていた。

 だが、それがなんなのかまでは説明できずにいる。

 腑に落ちない気持ちを抱えつつ、彼は超硬化ジェルで覆われた外壁近くに歩み寄った。


「それにしても、その暗殺者とやらもここから落ちたんじゃ、ひとたまりもねぇな」


 眼下に広がる光景を見て息を呑みながら、彼は誰に言うともなくつぶやく。

 星のカーブすら垣間見えるほどの高さである。人間だろうがアンドロイドだろうが、落ちれば木っ端微塵になるはずだ。

 ただ、その独り言を聞いていたのか、警備員の一人が彼に話しかけてくる。


「それなんですが、ベッカーさん……どうも落下予測地点と思しき場所に、死体が見当たらないらしいのです」

「なんだと?」

「ガラスなどの破片はあちこちに散乱しているらしいのですが、それ以外はなにもないと」

「そんなバカな話が……落ちた奴が空を飛んでったとでもいうのかよ?」


 半ば冗談で言った言葉だが、それに対する警備員の反応は意外なものだった。


「実際に飛んだかどうかはさておき、地上の通行人から奇妙な目撃証言はあったようです。上から女の悲鳴が聞こえてきたかと思うと、赤い流星のような光が空を飛んでいったと……」

「赤い光だと?」


 ボリスの眉が跳ね上がる。

 普通なら想像もつかない話であったが、彼にだけはその光の正体が掴めていたのだ。


(まさか、そいつは……だとすると、奴の狙いは……!)


 同時にボリスの中で渦巻いていた様々な謎が、氷解していた。

 今回の一件を含め、彼が仇と狙う男の目的とその相手の存在を――。






 どこかで、なにかが聞こえる。

 暗闇の世界に、わずかながら声が響いている。

 それは極めて微かなものであったが、やがて大きくなり、大音声のような音に変わる。

 次いで、闇が遠のいていく。

 色を取り戻し始めた視界の中で、女は灼熱のような赤い輝きを見る。

 やがてそれは、一人の青年の形を持って現れた。


「レイカ! レイカ! しっかりしろ!!」


 うすぼんやりとした視界の中で、レイカはソルドの姿を認めていた。

 いつになく動揺した青年の姿は、今まで見たことのないものだ。

 ふと、からかってみようか――そんなことを考え始めた矢先、全身に凄まじい激痛が走った。

 その痛みが、彼女の意識をはっきりと現世に呼び戻す。


「ソ、ソルド……あいっ!痛っ!!」

「だいじょうぶか!? 想像以上に、ひどいやられ方をしているぞ!?」


 意識を取り戻したレイカを見てソルドはわずかに安堵するものの、心配そうな表情は崩さずにいる。

 レイカの姿は普段の凛々しさや美しさなど見る影もないほどに、痛々しいものだった。

 右手首はあらぬ方向に曲がり、首には絞め跡が残り、背中はズタズタに切り裂かれて血が溢れている。

 口元からも血が溢れていることから、内臓にもダメージがあるのだろう。


「ごめん……わたしも……ここまで、やられるとは……思ってなかった。でも……ありがと……やっぱ、アンタって……頼りになるわね……」

「しゃべるな。今、治療する!」

「待って! ここでは……ダメよ!」


 かつてアルティナに施したナノマシンヒーリングを行使しようとするソルドだが、その動きをレイカが止める。

 激痛に顔を歪めながらも、彼女の意識は敵の次の動きに向けられていた。


「とにかく……今は、離れましょう……ジェラルドの手の者が……嗅ぎ付ける前に……早く!!」

「わ……わかった」


 その剣幕に、さすがのソルドも気圧されたようだ。

 それ以上はなにも言わずレイカを抱え上げると、速やかにその場を離れる。

 赤い風が、宵闇の中を駆け抜けていった。






 ホテルでの騒動とほぼ時を同じくして、【宵の明星】ベータ第一支部では、再びエンリケスとダイゴが相まみえていた。

 ただ、以前と違うのは、二人の他に同席する人間がいないということだろう。

 組織としての活動を凍結された現在において、この対話はあくまで私的なものという位置付けであった。


「今回はまた急な呼びつけですね。エンリケス殿」


 先日と同じ部屋で、ダイゴは特に感情をあらわにすることもなく問い掛けた。

 対するエンリケスの表情は、やや苛立ちに満ちている。


「ふん……貴様に少し文句を言いたくなってな」

「と、申しますと?」

「とぼけるな。貴様から提供されたあの男のことだ。虎の子で使ってみたは良いものの、途中で勝手に暴走しおった。あのままいけば、ジェラルドを葬り去れたものを……」


 後ろ手に組んでその場をうろうろしながら、彼は厳しい視線を向けた。

 ダイゴはふむと頷くと、やや伏し目がちに答える。


「アレの行動はこちらでもモニターしておりました。確かに途中から制御が効かなくなりましたね。自我の類は抹消したはずでしたが、想定外の男の介入でそれが蘇ったようです。こちらとしても反省材料ですね」


 襲撃の最中に乱入してきた男――ソルド=レイフォースの姿を思い出し、彼は嘆息する。

 オールバックにとってあの男の存在は、自身の信用を失墜させた張本人だった。自我が失われても、その秘めたる憎悪は消えなかったということだろう。


「想定外の男の介入だと?」

「こちらの話です。それで? 襲撃失敗の当てつけだけで、私を呼んだわけでもないでしょう?」


 訝しげな表情をしたエンリケスに対し、ダイゴは特に弁解することもなかった。

 すでに終わったことを、とやかく言っても始まらない。

 エンリケスも、それ以上追及するつもりはないようだった。


「そうだ……不本意ではあるが、あの男と同等の兵器をまた提供してもらいたい」

「これはまた性急なお話で……」

「貴様らに責任があったとは言わんが、落ち度がなかったわけでもない。断るとは言わせんぞ?」


 予期せぬ事態があったとはいえ彼自身、オールバックの兵器としての有用性は認めていたようだ。

 事実、制御できていた範囲においては、絶大な戦果をあげていたのだから当然だろう。


「かしこまりました。そうおっしゃるだろうと思い、すでに用意は整えてあります」


 ダイゴはわずかな笑みを浮かべると、エンリケスの前に金属製のケースを差し出し蓋を開けた。

 中にはインジェクターと、それに挿入するであろうユニットが複数並んでいる。

 ユニットの中には緑色の液体に近い物体が、脈動するかのように蠢いていた。


「これは?」

「アレに投与したものと同じ超細胞SPSです。アレに対しては生きたまま投与しましたが、死体であってもほぼ効果は変わりません。生体投与よりは性能が落ちますが、並の兵士を遥かに上回る超人を作れます」


 想像よりもコンパクトにまとまったそれらを見て、エンリケスは首を傾げる。

 ケースから取り出して見つめながら、彼は気になった点を口にした。


「死体ということは、つまり誰かを殺して投与しろということか?」

「対象の生死は問いませんが、死体のほうが想定外の事態が起こらないというだけです。そこはエンリケス殿の判断にお任せします。なんなら、あなた自身に投与したっていい」

「なに!? 貴様……からかっているのか!?」


 ダイゴが最後に付け加えた言葉に、彼は激高する。

 自ら化け物になれということなのだから、それも当然だろう。

 しかし、ダイゴの表情は極めて平静であり、返す口調も真摯なものだった。


「いえ、私は本気です。SPSはそれを操る資格がある者に投与した場合、想定以上の効果を発揮する。そしてエンリケス殿……あなたはその資格者だ」

「資格者……だと? ぐぅっ!?」


 そこでエンリケスは、再び凄まじい頭痛を感じた。

 脳が焼け付くように痛み、心臓の鼓動が早鐘のようになる。全身から汗が吹き出し、その瞳が紅い輝きを宿した。

 うずくまった彼を見下ろし、ダイゴは何事もなかったかのように続ける。


「あなたはジェラルドが憎いのでしょう? そして彼が苦しみ、絶望にもがいて死んでいく様を見たいはずだ。違いますか?」

「ジェラルド……じぇラルど=バうアー……奴がニクイ。ヤツに絶望とコントンを……!」


 男の瞳もまた、強く紅い輝きに包まれていた。

 どこか別人のような口調になったエンリケスを見つめる口元は、微かに歪んでいた。


「そうです。彼に絶望を与えるのです。エンリケス殿……彼がベータに来た真意を知りたくはありませんか?」


 そこで二人の異変は、終わりを告げた。

 首を振って立ち上がったエンリケスは、いまだ朦朧とした様子でダイゴを見る。


「し……真意だと? なんだ? その真意というのは……」

「表向きはベータの視察となっておりますが、ジェラルドが帰ってきたのには別の理由があるのです。そう、あなたにとって決して認めることのできない理由が……」


 すべて知っていると言わんばかりの様子で、男は続ける。

 放たれた言葉、そしてその理由を耳にしたエンリケスの表情が、驚愕と怒りに包まれる。


「なんだ、と……!? それが……それが奴が戻ってきた理由だと……そう言うのか!! ダイゴ=オザキ!!」


 両手を机に叩き付け、エンリケスが吠えた。

 強烈な衝撃に机が歪み、卓上に置かれていたパソコンなどが音を立てて落下する。

 それは今まで誰も見たことがないほどに激高した彼の姿だった。


「確かな情報です。あのような男でも、人としての情は多少残っているということです」


 その様子に気圧されることもなく、ダイゴは淡々と続ける。

 全身を震わせ、拳を血が滲むほどに強く握り締めたエンリケスは、凄まじい憎悪の視線を中空に放った。


「認めん……私は認めんぞ!! あのような屑に、それを語る資格などない!!」

「ならば、話は簡単のはず……エンリケス殿、彼に苦しみと絶望を与えるのです。たとえどのような手段を使ってでも……」


 そこで再び紅い輝きが、ダイゴの瞳に宿る。

 それに応じるようにエンリケスの瞳も輝き、彼の憎悪が増幅された。


「ジェラルド=バウアー!! 貴様にワタシと同ジ苦しみヲ与エテやる!! キサマノスベテヲ! 奪ッテヤル!!」


 放たれた怒声が、室内の空気すらも震わす嵐となる。

 その狂気の渦の中で、ダイゴは静かに口元を歪めていた。


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