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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(12)意外な確証とその代償


「はい……ええ、了解しました。ひとまずはそれで……」


 超高層ホテルにある駐車場の一角で、ボリス=ベッカーは携帯端末に話しかけていた。

 通話の相手は上司なのだろう。いつになく落ち着いた受け答えと慎重な言葉遣いである。

 やがて話を終えたのか、彼は端末のスイッチをオフにすると、無造作にスーツの胸ポケットに突っ込んだ。


(やれやれ、とんだ護衛任務になったもんだぜ……これだけ人的損害を出すのも久しぶりだ)


 黄昏の空を見上げ、ボリスはため息をつく。

 愛用の安煙草を懐から取り出して火を点けながら、傍らの車に背をもたれかけさせた。


(支部からの補充が来るまでは、ひとまずホテルの警備に任せるしかねぇな)


 宇宙港襲撃事件の際、彼の所属する特別保安局の黒服たちは、ほとんどが殉職していた。

 当初の警護体制を維持できないと判断したボリスは、上層部に掛け合い、人員の補充を要請していたのだ。

 ただ、補充までにも数時間程かかるため、それまでは一時的に警護の中心から外れている。ジェラルドもそれは了承済みであった。


(ま、束の間の休憩というところか……それにしても、だ)


 紫煙をくゆらせるボリスだが、その表情は険しい。

 彼の脳裏には、宇宙港で出くわした因縁の男の姿が浮かんでいた。


(ソルド=レイフォース……なぜ、奴があそこにいた? そもそも奴と、あの襲撃にどんな関係があったってんだ?)


 かつて友であるジョニーを葬り、自分を救った男――カオスレイダー掃討を任務とするオリンポスの特務執行官。

 ボリスとしては単純な憎しみだけでも語れない相手だけに、その動向は気になっていた。


(奴が意味もなくあの場にいたとは思えねぇ。もし、奴の任務とやらがあの襲撃に関わっていたんだとしたら……カオスレイダーとかいう化け物が、あそこに潜んでいたってことか?)


 一瞬、宇宙港に現れたオールバックの男の姿が浮かぶ。

 ソルドはあの男を止めるべく現場に残り、ボリスたちに脱出を促した。もしあの男がソルドのターゲットだったのなら、一応のつじつまは合う。

 ただ、ボリス自身の直感は、そうではないと告げていた。


(あの緑の肌の男は違うな。あいつも厄介な化け物には違いねぇが、まだ人間の姿をしていた。だとすると……)


 火星でジョニーに起きた変化や、アルティナが語ったカオスレイダーの特徴――それらを考えると、オールバックはソルドの掃討対象ではないはずであった。

 あくまで成り行きでああなったと考えるのが妥当だろう。ならば、彼の任務に関わる人物は別にいると考えるべきだ。

 あれこれ考えを巡らすボリスだが、やがてボリボリと頭を掻くと、煙草の灰を落とす。


「考えても、しょうがねぇな。細かいことはいい……とにかく、次に会った時は……!」


 自嘲気味にぼやきながら、彼は寄りかかっていた車から身を離した。

 所詮、推測だけで他人の任務のことなど詳しくわかるはずもないのだ。

 ひとつだけ言えることは、今度ソルドに出会った時こそ今までの借りを返す絶好の機会ということだろう。

 宙に漂っていく紫煙を見つめながら、彼は包帯の巻かれた右手を強く握り締めた。






 その日の夜、ホテルの従業員更衣室に、一人の女の姿があった。

 今から出勤なのか、制服を着て身だしなみをチェックしている。

 白いシャツに動きやすさを重視したベスト、加えて蝶ネクタイといった出で立ちから、恐らくはサービススタッフの一人だろう。

 ひとしきりセルフチェックを終えた彼女は時計を見ながら、人気の無い空間で少し息をつく。


「はぁ……仕事とは言っても、気疲れしちゃうなぁ。あの有名政治家の前に行くってのは……」


 このあとの業務を考え、彼女はため息をつく。

 それは独り言に過ぎないものであり、誰が聞いているはずのないものだった。

 しかし、その声に返答する者がいた。


「あ、そう。じゃあ代わりましょうか?」

「!? だ、誰!?」


 スタッフの女は息を呑む。

 自分以外には決していないはずの室内で、別の人間の声が響いたのだから当然だ。

 せわしなく頭を巡らせた彼女の背後に、天井からなにかが降り立った。


「悪いんだけど、眠っていてね」


 声と共に姿を現したのは、金髪の女であった。

 支援捜査官のレイカ=ハーベストは、動揺しているスタッフに当て身を食らわせると、その意識を奪う。


「手荒な真似をしてごめんね。今回限りだから、まぁ許して」


 彼女は軽く舌を出すと、気を失ったスタッフに向けて、腕時計型の端末から光を浴びせた。

 続いて操作すると、光が人の形を取り、レイカの全身を包み込む。

 次の瞬間、彼女の外見は昏倒させた女性とまったく変わらない姿に変貌していた。


「それじゃ、行くとしましょうか」


 部屋を出る前に周囲を確認すると、レイカはスタッフの女性を近くのトイレに担ぎ込む。

 個室に閉じ込めたあと、念を入れて睡眠薬を嗅がせた。これで一時間以上は動くこともないだろう。

 見事にすり替わりを成功させたレイカは一呼吸すると、何事もなかったかのように通路を歩き始めた。


(さて、事前情報通りなら、そろそろルームサービスの時間のはず……確かこのまま受け取りに行けばいいのよね)


 内心でつぶやきながら、彼女はその足をレストランの厨房へと向けた。




 数十分後、スタッフの姿を借りたレイカは、サービスワゴンを押しながらジェラルドの部屋に向かっていた。

 彼女の描いたプランは、ルームサービスに扮装してジェラルドへの接触を図るというものだった。

 これはベータでの滞在が政府公館などでないからこそ、考え付いたことだ。

 もちろん言うほど実行は簡単でなく、かなりの事前情報を集める必要があった。

 ルームサービスの内容、その提供時刻、ジェラルド専属となるスタッフの身元、更には警備人員の配置――徹底的に練られた警戒体制を考慮した上で、プランを実行する必要があった。

 最初のすり替わりは問題なく成功し、あとは警備の人間たちをごまかせるかどうかだった。

 ただ、ホテルとの打ち合わせにあった専属スタッフであるということを確認すると、特に何事もなく通過することができた。

 ボディチェックでもされたら面倒なことになると考えていたレイカだが、そこは杞憂に終わったようである。

 とはいえ、部屋へのチェックポイントが無駄に多いことには、少し辟易していた。


(まったく、どれだけ警戒厳重なんだか……ここまでくると牢獄よね。わたしだったら、息苦しくてやってられないわ)


 わずかに嘆息しながら、彼女はついに目的地となるジェラルドの部屋にやってくる。

 他の部屋よりも大きく作られたドアには、豪奢な装飾が施されていた。

 扉脇のパネルに触れると、呼び出しのベルが鳴る。

 次いでわずかに喉を鳴らしたあと、レイカは努めて冷静な声で告げた。


「失礼致します。ルームサービスのお食事をお持ちしました」

『そうか……入りたまえ』


 ドアロックの解除音が小さく響く。

 ノブを捻って引き開けたあと、レイカは慣れた手つきでワゴンを操り、室内へと足を踏み入れた。


(あれが……ジェラルド=バウアー。こうして見ると、ずいぶん怖い目をしているのね)


 室内にいた男を認めたレイカの第一印象がそれだった。

 ベージュに彩られた落ち着いた室内に似つかわしくない、重い雰囲気が漂っている。

 そしてジェラルドの側には、一人の茶髪の女がたたずんでいた。妖艶な雰囲気を持ちながらも、その目の奥には剣呑な輝きがある。

 わずかに眉をひそめるレイカだが、ワゴンの蓋に手をかけた瞬間、女がすかさず歩み寄ってきて彼女の手首を掴んでいた。


「待ちなさい。あなた……この中になにを隠しているのかしら?」

「な、なんのことでしょう?」

「とぼけても無駄よ。警備の目は欺けても、私は欺けない。あなたが更衣室でスタッフと入れ替わったところを、ちゃんとこちらは捉えているの」


 そう言うと茶髪の女――リサは、空いた手に持った携帯端末の画像を向けた。

 そこには更衣室でレイカがスタッフを昏倒させる様子が、ありありと映っていた。

 ホテルの監視システムを事前に調査した段階では、そんなところに監視カメラなど無かったはずである。


(冗談でしょ!? 更衣室に隠しカメラを仕込んでるとか……抜け目無いとかじゃなくて、スタッフのプライベートもお構いなしなの!?)


 それは明らかにジェラルド側が、仕掛けたものに間違いなかった。

 冷や汗を浮かべたレイカの表情を見つめ、リサは口元を歪める。


「言いなさい。誰の差し金かしら? さしずめ、エンリケス=ラウド辺りではなくて?」

「うああああぁぁぁぁっ!!」


 掴まれた右手首が、ビキビキと嫌な音を立てた。

 絶叫したレイカはすかさずワゴンを蹴り上げる。

 ワゴンの転倒する派手な音に加え、手を離さざるを得なくなったリサの舌打ちが聞こえた。


(うぅぅ……手首が……骨が砕け……この女、生体強化兵なの?……まさか!?)


 折れた右手首を抑えながら、レイカは思考を巡らせる。

 彼女の身体情報が変わった影響で、容姿をカモフラージュするシステムは効果を消失していた。

 速やかに次の行動を起こす必要があると感じた彼女は意識を集中し、その念を自身の耳元で輝くコスモスティア製のイヤリングに注ぎ込む。

 瞬間、フラッシュにも似た光が辺りを包んだ。


「むっ!」

「うっ! グアアアァァアァァァ!!」


 ジェラルドが目を背け、リサが絶叫をあげて目を抑える。

 その瞬間、レイカは驚きに目を見開いていた。


(そんな!? そういうことだったの!?)


 すかさず踵を返して逃走した彼女に向け、人ならざる絶叫が背後から聞こえてくる。


「おノれ! キサマァァァァァ!!」


 怒りの形相をあらわにしたリサは、ジェラルドを置いて部屋を飛び出していた。




 状況は一転して、厄介な方向に向かっていた。

 変装のカモフラージュを解かれたレイカは、警備側から見ても侵入者でしかない。

 向かう先々で行く手を塞ごうとする男たちから身をかわし、進路を変更しながら、彼女は自身の認識の甘さを呪っていた。


(予想外……いえ、わたしが見落としてた! ジェラルド以外にも可能性のある人間を……!)


 しかし、今は余計なことを考えている余裕はないようだ。

 次から次へと現れる警備員たちから逃れ、レイカはひたすらに駆けるしかなかった。


「いたぞ! いたぞぉぉぉ!!」

(くっ! やっぱりこっちもダメね! しょうがないわ……!)


 退路をことごとく封鎖された彼女は、ただひとつ残った通路を走る。

 しかしそこは逃げ場のない袋小路も同然の場所だった。

 最上階の展望ラウンジ――外の景色を眺めることのできる強化ガラスの外壁に面した空間である。


(ここまではなんとか……あとはソルドに……くぅっ!!)


 そこでレイカは腕時計型端末を操作しようとして、激痛に顔を歪める。

 手首を砕かれた右手はほとんど動かせなくなっており、肝心の操作ができなくなっていたのだ。


「ふふ……この私から逃げラレると思って? ジェラルド様に仇なす愚カ者!!」


 彼女が足を止めたその瞬間、追ってきたリサが凄まじい勢いで掴みかかってきた。

 瞳を紅に染め、狂気をみなぎらせた表情は、すでに人間のものと思えない。

 床を転がりながら拘束を逃れようとするレイカだが、すぐに首を絞め上げられ、ガラスに叩き付けられた。

 銃弾を防ぐほどの強化ガラスが、音を立ててひび割れる。


「アナタも多少の強化をしているみたイダけれど、私には及ばナイワ。さぁ、首をネジ切ってあげましょうか? それともココから真っ逆さまに落とサレたいかしら?」


 恐るべき力で首を圧迫され、レイカは呼吸困難に陥る。

 同時に押し付けられる圧力で、背骨が嫌な音を立て始めた。

 ガラスのひび割れも鋭い刃物となって、その背中を切り裂き鮮血を迸らせる。


「かはっ! こはっ! くあぁああぁぁ……!!」


 必死に足を蹴り上げるレイカだが、思うように力が入らない状況では相手にダメージを与えることもできない。

 リサは舌なめずりをしながら、吊り上げられた犠牲者を更に押し込んだ。


「ここから落ちれば、ミンチになるわね……身元も一切わからなくナル。それも一興ネ……!」


 恐るべき狂気の声が響く。

 二人を追ってきた警備員たちも、今はその雰囲気に呑まれて動けずにいた。

 すでにガラスは砕ける寸前であり、高層に吹く冷たい風がひびの隙間から吹き込んできている。

 リサはとどめを刺すべく、全力でその力を行使した。


「サァ、死になさい! ()()()()()()()()()に近づく女狐が!!」


 その絶叫と共に、とうとうガラスが砕け散った。

 吹き荒れた風が、室内の装飾などを吹き飛ばしていく。

 髪を振り乱し、般若のような姿になったリサはそこで、掴んでいた手を離していた。


「いやあぁああぁぁあぁぁぁぁぁ……!!」


 凶暴な風の音に、レイカの遠ざかる絶叫が重なる。

 金髪の支援捜査官は、なす術もなく遥か下の冷たい大地へと落下していった。


「ふふふ……アハハハハハハハ……!! やった! やったわ!! アハハハハハハハ……!!」


 あとには笑い続けるリサと、彼女を眺める警備員たちの恐怖の視線だけが残っていた。



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