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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(11)冷酷と情動の狭間で


 黄昏時の光が、ベータを包み込もうとしていた。

 ニュース的にも大きな騒動を巻き起こした宇宙港襲撃事件から、一日近くが過ぎようとしていた。

 政務やマスコミへの取材などを終え、ようやく落ち着いた時間を得たジェラルド=バウアーは、漫然と窓の外を眺めている。

 ベータで最も高級と言われている超高層ホテルの最上階に、彼の滞在する部屋はあった。

 

「相変わらず薄汚い星だ……まったく反吐が出る」


 ウイスキーのグラスを手にしながら、彼は吐き捨てるように言う。

 眼下には朱の光に照らされ始めた街並みが広がっている。

 高層階から見るベータの景色は絶景といえど、やや美しさに欠ける印象がある。人工星ゆえの自然の少なさに加え、乱開発されたビルなどが整然さも無く建っているためだ。

 密集した建物の間を行き交う車や人の群れは、さながら墓標の間をはい回るアリの様子に似ていた。


「ずいぶんなお言葉ですね。仮にもジェラルド様にとっては、故郷の星でしょう?」


 彼の背後で、茶髪の若い女がわずかな笑みを浮かべて答えた。

 ベッドに腰かけバスローブを羽織った彼女は、どこか妖艶な雰囲気に満ちている。意図的に胸元や太ももをさらけ出しているその姿を見れば、ほとんどの男は興奮を抑え切れないことだろう。

 そんな彼女に振り向くこともなく、ジェラルドは嘆息する。


「好きで生まれ育ったわけではない。ここは人間の悪意に満ち溢れ過ぎているからな……妻たちがいなければ戻ってくる気にもならんよ」


 男の声には基本的にいまいましさが滲んでいたが、妻たちという言葉以降は囁くような声音だった。

 普段の威圧的な彼を知る者が聞いたら、意外に感じたことだろう。

 もっとも、背後に座る女は例外に当たるようで表情が変化した様子はない。


「そこまでおっしゃるのでしたら、ご家族もイプシロンにお連れすればよかったではありませんか?」

「そうしたいのは山々だが、本人たちが望まぬのだから仕方がない。おかげで護衛にも余計な気を遣う……」


 鼻を鳴らしつつ、ジェラルドはグラスの酒をあおる。

 カランという甲高い音色が、室内にわずか響き渡った。


「それよりも、例の襲撃の首謀者は掴めたのか?」


 自分でもらしくないと感じたのだろう。彼は振り向くと、持ち前の鷹のような眼光を備えた目で女を見据えた。

 その変化に動じることもなく、女はわずかに姿勢を正したのみである。


「はい……反政府組織【宵の明星】の仕業ですね。組織に忍ばせた者から連絡がありました」

「ふむ……いろいろ利用のし甲斐はある連中だが、少しのさばらせ過ぎたということか?」

「そういうわけでもないかと。あの組織の中でもジェラルド様を支持する層はいますので……彼の者たちによれば今回の襲撃は、一部の過激派が起こした騒動だということです」


 卓上に置かれた空のグラスに、新たな酒が注がれた。

 琥珀の輝きに映る男の顔が、わずかに歪んで見えた。


「組織が大きくなれば、統制は難しくなっていく。理屈はわかるが、その過激派とやらを止められないのでは話にならんな。それで? その過激派とやらの首謀者は誰だ?」

「今回の襲撃を画策したのは、エンリケス=ラウドという人物のようですね」


 それまで比較的無表情に報告を聞いていたジェラルドだが、そこで少し驚いたように目を開いた。

 次いで、口元に侮蔑とも取れる笑みが浮かぶ。


「ほう……これは懐かしい名前を聞いた。あの男、消息不明ということだったが、まさか反政府組織に身を置いていたとは……語るに落ちたものだな」

「あら? その原因を作ったのは、ジェラルド様ではありませんか?」

「よく言う。その片棒を担いだのはお前だろうが……リサ」


 たしなめるような女の言葉にも、彼は平然としたままだった。

 リサと呼ばれた女は再び妖艶さを取り戻した態度で、薄く笑う。


「確かにあの方、政治家としてはあまりにお人好しが過ぎましたわね。それとも純粋だったというべきでしょうか?」

「純粋なだけで人が動けば苦労はせん。所詮、器ではなかったということだよ……」


 しかし、エンリケスへの侮蔑を口にしたあと、ジェラルドは再び鷹のような眼光を取り戻していた。

 グラスを持ち上げたその手は、情動にわずかながら震えていた。


「ただ、私怨だけでないとはいえ、反政府組織の一部を動かす力を持っているというのは侮れんな。手を打つ必要がありそうだ」

「では、潜入させた者に命じて始末させますか?」

「手段は任せよう……それよりもこっちに来い。リサ」


 酒を一気にあおった彼は、リサに向けて手招きをする。

 求めに応じて傍らまでやってきた女は次の瞬間、力強く抱き締められベッドに押し倒された。

 ただ、その行動に対しても意外さを見せることなく、彼女は妖艶に微笑むだけだ。


「荒々しい御方……奥様も子供もいる身で、このようなことを……」

「それはそれ。これはこれだ。言っただろう? 純粋なだけで人は動かせんとな……」


 そのまま二人は唇を重ね合う。

 赤い光の照らす中、次いで蠢く影から嬌声が漏れ始めた。






「では、この男がエンリケスと接触した者で間違いないのですわね?」


 ほぼ同じ頃、ゴードンと顔を合わせたフィアネスは、先日エンリケスと取引をした男のことを確認していた。

【ラケシス】から提供された企業内情報を当たった結果、比較的早い段階でその素性には到達している。

 宙に浮かぶスクリーンには精悍な男の顔と、様々なデータが添えられていた。


「ええ、間違いありません。実際に見た雰囲気は、少し違いましたが……」


 ゴードンはその映像を見て頷くも、少し違和感を覚えている様子だった。

 ただ、その違和感がなんなのかということまでは説明できずにいる。男を目の当たりにした時に感じた不穏な空気は、彼も初めて経験するものだったからだ。

 同じように映像を見つめるフィアネスも厳しい表情をしていたが、彼女の疑問はゴードンの感じたこととは別のところにあるようだった。


「アマンド・バイオテック情報統括役員のダイゴ=オザキですか……妙ですわね」

「妙、ですか?」

「ええ。そもそも情報統括役員というのは、企業内情報を統括する部署の最高責任者です。そのような人間が外部との取引に出てくる必然性がありませんわ」


 それは当たり前の疑問であった。

 非合法な相手との取引と言えど、そもそも取引自体を業務としていない部署の人間が担当するのはおかしな話だ。

 仮にダイゴという男がエンリケスと私的交流があったとしても、間に別の人間を挟むのが普通である。


「言われてみれば確かに……では、なぜこの男はエンリケスに接触したのでしょう?」


 ゴードンは男の雰囲気の違いに囚われていたため、単純な事柄を見落としていたことを恥じた。

 もっとも、フィアネスがそれを責めることはない。同時に彼の疑問に答えることもなかった。

 なぜなら彼女の思考は、すでにその先に進んでいたからである。


(セントラルに保存されたSPSのデータ……【ラケシス】の仮説……それらを考慮した上で、彼がSPSの男をエンリケスに提供したとするなら……考えられる可能性はひとつ)


 顔を上げたフィアネスはゴードンに視線を向けると、努めて静かな口調で告げる。


「……ゴードン、私はこの男を調べてみようと思いますわ。もし私の考えが正しければ、エンリケスがカオスレイダーであることの確証にもなるはずですから」

「? はっ……了解しました」


 いつものように頭を垂れて返答したゴードンだが、彼はこの時のフィアネスの表情を見逃していた。

 普段は決して見せることのない、強い覚悟に満ちた表情をしていたことを――。


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