(9)情報共有
騒ぎになっている宇宙港から一度離れ、ソルドとフィアネスは人気のない工場区画に来ていた。
本来ならレイカたちも含めるべきところだが、今は全員揃うことが困難であったため、特務執行官二人のみで行動していた。
もちろんその目的は、今回の件に関する情報共有である。
「そうか。【宵の明星】に潜入しているゴードンの手助けとはな。それで今回の襲撃にも……」
「はい。ですが、成功させるつもりはありませんでしたわ。あれは妨害のために張った霧ですもの」
フィアネスの事情を聞いていたソルドは、深く頷く。
電影幻霧の効果が【宵の明星】側に限定されていたことからしても、彼女に襲撃を成功させる意思がなかったことは明らかだった。
話によると、彼女も先頃ゴードンの要請を受けてベータにやってきたとのことである。
「しかし、そうすると【宵の明星】の中に、カオスレイダーがいるということなのか?」
「ベータ第一支部の指揮官、エンリケス=ラウド……彼にカオスレイダーの疑惑がありますわ。公に報道はされてませんが、かつて彼に関わりのあった人間たちが連続で殺されていますの」
「疑惑……それはつまり、確証を掴めていないということだな?」
「そうですわね。接触しようにも彼は【宵の明星】の支部指揮官を任せられるほどの人物ですし……普通に近づくことは難しいですわ」
そこでフィアネスは嘆息する。
組織内に潜入したゴードンも、まだ直接エンリケスの姿を目にしたことはないらしい。
ただ、彼がジェラルドに並々ならぬこだわりを持っていることは事実のようで、今回の襲撃阻止はそれを考慮した上での行動だったとのことだ。
ままならない状況は同じだな、とソルドは同調するように嘆息した。
「あら? それは、どういうことですの?」
不思議そうな顔をしたフィアネスに、彼は自分たちの事情を説明する。
しばしその内容に聞き入った銀髪の少女もまた、得心したようであった。
「そうですのね……まさかバウアー議員まで、カオスレイダーの疑惑がありましたなんて……」
「ふたつの案件が関与すること自体、今まで無かった話だ。お互い寝耳に水だったということだな」
「ですが、どうしますの? エンリケスもバウアー議員も疑惑がある以上、私たちも連携を取ったほうが良いのでしょうか?」
「今は互いの任務を優先すべきだが……また同じようなことが起こらないとも限らん。直近の動きくらいは把握しておく必要があるな」
「そうですわね。では、随時連絡を取り合うことにいたしましょう」
二人は互いに頷き合う。
オリンポスの任務に関しては基本的に担当メンバー以外は関与しないのが原則だが、ジェラルドとエンリケスの関係性を考えれば、臨機応変な対応は必要だった。
ただ、ソルドの表情はいまだに険しいままである。その理由は、任務とは別のところにあった。
「それよりもフィアネス……もうひとつ気になる点がある。あのSPSを投与された男は、なぜジェラルドを狙っていた? なぜ奴が、あの場にいたんだ?」
「それは……」
フィアネスは、その言葉に黙考する。
SPSの情報はセントラルから得ていたものの、実際に目の当たりにすると厄介な代物であると彼女も認識していたところだ。
そして、その件で思い当たる節はひとつしかなかった。
「私たちも正直、あの男の存在は知りませんでしたわ。ただ一昨日、エンリケスがアマンド・バイオテックの人間と取引をしたのです。恐らくはその時に提供されたのではないかと」
「アマンド・バイオテックか……なるほどな」
ソルドはそこで一度納得したものの、すぐに眉をひそめた。
(だが、妙だ。確かにSPSは、アイダスがアマンド・バイオテックで開発したもの。しかし、そのノウハウはすべて奴が持ち去っていたはず……)
ミュスカの拉致事件の際、アマンド・バイオテックがアイダスの行方を追っていたことは判明している。
その理由は間違いなくSPSにあったはずであり、その後アイダスが倒されたことで、研究の所在もうやむやになったはずだった。
ルナルによれば、オルハン生科学研究所には一時的にサンプルデータが残されていたらしい。
しかし、その研究所も今は謎の爆発事故によって倒壊してしまっている。
爆発の理由は一切不明だが、何者かが証拠の隠滅を図ったのではないかというのが、事後調査において【ラケシス】の導き出した推論だった。
(SPSを持っている可能性があるのは、あの謎の影だけだが……奴がアマンド・バイオテックに情報を流したということか? だとすると、奴はあの会社となんらかの繋がりがある?)
自分と同じ黄金の瞳を持つ謎の影――悪意を塗り固めたかのようなその姿は、いまだにソルドの脳裏から離れない。
カオスレイダー以上の脅威を実感させた者が再び暗躍しているかもしれない事実に、彼は冷や汗が伝うのを感じた。
その様子に違和感を覚えたフィアネスが、改めて彼の顔を覗き込む。
「ソルド? どうしましたの?」
「いや、なんでもない……とにかく、あのSPSは危険極まりない代物だ。明確な出所を探る必要があるだろう」
謎の影の存在は伏せ、SPSが本当にアマンド・バイオテックから提供されたのかを確かめるべきだと彼は続けた。
フィアネスはその言葉に深く頷く。
「そうですわね。では、私たちでそちらも探ってみますわ。エンリケスは今回の襲撃失敗で、簡単に身動きできなくなるでしょうし……」
「わかった。こちらは当初の予定通り、ジェラルドの調査を続けることにする」
「了解しましたわ」
二人は改めて状況の変化があり次第、連絡を取り合うことを約束すると、その場を離れた。
「ふ~ん……そういうことだったわけね」
その後、レイカと合流したソルドは、フィアネスと交わした会話の内容をかいつまんで説明していた。
予期せぬトラブルがあったとはいえ、宇宙港を離れた彼らは予定通りジェラルドの追跡を再開していた。
今はそのジェラルドの宿泊するホテルを見上げるモーテルの一室に、二人の姿はある。
「なんにせよ、我々のやることは変わらんがな。今の任務を継続するだけだ」
壁にもたれて話すソルドの声は淡々としていたが、その表情には少し厳しさがある。
本来なら男女二人で滞在するには緊張する場所だが、今の彼には気にした様子も見えない。
それを見つめるレイカもまた、いつにない神妙な表情をしていた。
「でも、奇妙な話ね」
「なにがだ?」
「ジェラルドと、そのエンリケスだっけ? 因縁を持つ者同士が、ほぼ同時にカオスレイダー化の疑惑を持つなんて……偶然にしては出来過ぎな気がするわ」
彼女は、腰掛けていたベッドから立ち上がる。
宵闇の中、差し込む街灯の光がその顔に影を投げかけた。
「確かに前例のない話だが……それは考え過ぎではないか?」
レイカの言葉にソルドはそう答えるものの、言った直後に視線を落とす。
カオスレイダーの疑惑を持つ者同士の相関――そこになんらかの意図があるとしたら、それはなんなのか?
謎の影の存在を意識する今の彼にとっては、些細なことでも気にかかる内容ではあった。
「だといいんだけどね……それはそうとジェラルドの確証を掴む良い方法を思いついたんだけど、協力してくれるでしょ?」
「ああ、もちろんだ。それで、どうするつもりだ?」
ただ、そういった懸念と任務とは分けて考えなければいけない。
愛用の腕時計型端末を起動させて近寄ってきたレイカに、彼は改めて意識を向けた。
レイカはいくつかの画像を指し示しながら、自身のプランを語り始める。
しばしそれを黙って聞いていたソルドだが、すべてを聞き終えたあとに驚きの表情を浮かべた。
「バカな! それは危険過ぎる!」
「危険は承知の上。正直、のんびりと物証を探っている余裕はないんだから、手っ取り早くいくならこれしかないわ」
「しかし……」
なおも反論しようとする赤髪の青年に、レイカはいつもと変わらぬ無邪気な笑みを向けてくる。
「心配してくれるのはありがたいけど、わたしも支援捜査官の端くれよ。少しは信じて欲しいわね」
「わかった……とにかくやってみよう。だが、無理はするなよ?」
「はいはい。じゃ、よろしく頼むわよ。わたしも……アンタのこと信じてるから」
それでも最後の言葉をつぶやく彼女の声は、深く温かい響きに満ちていた。




