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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(7)震える宇宙港


 様々な思惑が絡む中、時は数時間ほど流れる。

 イプシロンを一足先に出たソルドたちは、ベータの第一宇宙港に到着していた。

 時差の関係上、こちらではすでに深夜を回っており、シャトルの客以外の一般人はあまりいなくなっている。

 ただ、ラウンジが閑散としている理由はそればかりではないようだ。

 そこかしこに立ち入り制限の表示が見られ、多数の警備ロボットが至るところに巡回している。

 時折、屈強そうな男たちが声を荒げながら、スタッフオンリーの扉に出入りしているのも窺えた。

 そんな様子を見て、レイカが眉をひそめる。


「なんていうか、凄く物々しいわね。ジェラルドが来るから警備が強化されているとしても、妙に殺気立ってないかしら?」

「そうだな」


 傍らに立つソルドは、窓から見える特別区画を垣間見ながら頷きを返す。

 彼の視線の先では、かなりの数の警備員が集まっていた。

 その手には小銃やレーザーライフルなど、これから戦争に行くのかと言わんばかりの武器が思い思いに握られている。

 普通に考えれば、あれが警備の人間とはとても思えないだろう。


「確かに気になる部分はあるが、無理もないだろう。ここは基本的に治安が良くないからな」


 少し違和感を覚えつつも、彼は同時に納得もしていた。

 最近、火星やイプシロンなど治安の良い地域にいたためか、こういった雰囲気を忘れかけていた自分がいたためだ。

 アルファやベータといったレジデンスコロニーには、階層的にも雑多な人種が住んでいる。

 法が行き届かない部分も多いだけに、危機意識は過剰なまでに高いのだ。


「ああ、言われてみればそうね。反政府組織辺りが彼を狙っても不思議じゃないか。まぁ、むしろ襲ってもらったほうが、こっちの手間は省けるんだけど」


 レイカもその言葉に納得しつつ、支援捜査官とは思えない台詞をさらっと口にする。

 ソルドの表情が一転して険しくなった。


「レイカ、滅多なことを言うな。疑惑ありとはいえ、政府の重要人物だぞ?」

「冗談よ。本当に堅物ね。アンタは……」


 特に悪びれた様子もなく返しながら、レイカは彼の肩を小突いた。





 ジェラルドの乗った専用機が第一宇宙港に到着したのは、それから更に一時間ほどしてのことだった。

 虚空の旅を終えてランディングした白い機体が、わずかな白煙を上げて停止する。

 搭乗口が排気の音と共に開くと、黒服の男たちが先んじて地に降りた。その中にはボリス=ベッカーの姿もある。

 やがてジェラルドが秘書たちと共に、寒空の下へと姿を現した。

 イプシロンと異なりここでは報道も禁止らしく、迎えはあくまで警備の者たちだけである。


「警備ご苦労……しかし、車はどこにある?」


 警備指揮官に敬礼しながら、ボリスは疑問を口にする。

 本来ならば、特別区画内にあるはずの送迎車が見当たらないのだ。


「申し訳ありません。到着直前、用意していた車にトラブルが発生しまして……まもなく代車が来ますので、少しお待ち頂きたいのですが」


 警備指揮官は、深く頭を下げる。

 彼らとしても予期しなかったことらしく、そこにはわずかな苛立ちが見て取れた。


(到着直前にトラブルだ? ずいぶん都合の良いトラブルもあったもんだぜ……気に入らねぇな)


 ボリスが内心でそうつぶやいたのと、ほぼ同時にそれは起こった。

 数百メートルほど先――特別区画を囲むフェンスの一角が、突然爆発したのだ。

 次の瞬間、煙の向こうから大型の車両が二台、狂ったような勢いで走り込んでくる。

 送迎車ではなく、一般にも流通している小型バスにも似たバンだった。


「そこの車、止まれ!!」


 警備指揮官の怒声と同時に、部下たちが威嚇射撃を開始する。

 アスファルトが銃弾で煙を上げる中、スピンターンして停止したバンの扉が開き、中から数十名の男たちが飛び降りた。


「ジェラルド=バウアー、覚悟しろおおぉぉぉ!!」


 声を張り上げた男たちは、様々な武器を構えて走ってくる。

 その様子を見て状況を察したボリスは、即座に命令を下した。


「各員、防衛態勢A! 議員を守れ!!」


 声と同時に黒服たちは様々な得物を構えて、ジェラルドの前に立つ。

 ボリスもまた大口径のハンドブラスターを取り出して、左腕で構えた。


(ベータに来る早々、派手な歓迎だぜ。少しは気を遣えってんだ!)


 声のない毒づきを合図に、銃声と閃光が辺りを満たし始めた。



 お互いに遮蔽をほとんど取れない撃ち合いとなった。

 夜間戦闘且つ双方に防弾装備が整っていたため、一撃で致命傷にはなりにくい状況だったが、初手では数に勝る警備側に優位があった。

 迫ってくる襲撃者たちに、多数の銃弾やレーザー光が容赦なく撃ち込まれていく。

 何名かの男たちがその餌食となり路上に倒れるが、襲撃側も無策ではない。


「野郎、食らいな!」


 一人の男の腕が、肘から放射状に展開した。

 中には数十センチほどのミサイルが数基備えられており、彼はそれらを怒声と共に撃ち放つ。

 まるで蛇のような動きで飛んだミサイルは、前衛の警備員たちに炸裂して小爆発を起こした。

 ボディアーマーすら無効化する殺傷力の前に、あちこちで絶叫が上がる。


「ひるむな! 議員をお守りするのだ! 撃て!」


 距離を詰める襲撃側と、そうはさせまいとする警備側。

 しかし、対人攻撃ミサイルによって陣形の乱れた警備員たちに、容赦なく銃撃が加えられる。

 更には遠距離から飛んできたレーザーが、彼らの無防備な頭を次々と射抜いた。

 バンの陰に陣取った襲撃側の狙撃者が、ニヤリと笑みを浮かべる。

 その隙を突いて何名かの男たちが、人間以上の瞬発力で警備員たちの喉元に迫った。


「ひゃっはぁぁ~~! やり放題だぜぇ!!」


 特殊合金製の爪を装備した男が、腕を振るう。

 アーマーごと切り裂かれた警備員が、鮮血を上げて倒れ伏した。

 他の警備員たちが銃を向けようとするも、爪の男はすでに別の警備員の喉元に迫っている。

 躊躇する彼らをあざ笑うかのように、振り抜かれた爪が次の獲物を仕留めていた。


「ジェラルド=バウアーはどこだ? このままぶっこ……ぐわっ!」


 嫌らしい笑みを浮かべて叫ぶ爪の男だが、その頭を容赦のない白い閃光が撃ち抜く。

 もんどりうって倒れた彼を見据えていたのは、十メートルほど離れた距離でブラスターを構えたボリスであった。


「そうそう簡単にいくかってんだ。しかし、あの動きは生体強化兵だな……面倒な奴らが混じっていやがる。各員、油断するなよ!」


 黒服たちに再度命じながら、ボリスは次の相手に銃を向ける。

 すでに戦いは、混戦の状況に入ろうとしていた。





 突入から一連の襲撃の様子を眺めていたフィアネスは、一人感心したように声を漏らした。


「始まりましたわね。なかなか見事な手際ですわ。事前準備が周到だったとはいえ、行動も素早いですわね」


 半ば他人事のように言いつつも、その瞳には普段と異なる厳しい輝きが宿っている。

 少女めいた外見とは裏腹に、冷たい雰囲気が彼女を包んでいた。


「ただ、想定以上でもありませんでしたけど……では、こちらも始めましょう。我が意思に従いて幻惑せよ……電影幻霧(でんえいげんむ)


 フィアネスの声と同時に、銀髪が七色に発光する。

 その髪から光輝く無数の粒子が放たれ、風に乗って流れていく。

 特別区画上空で集い、白い霧となったそれらは、ゆっくり舞い降りて襲撃現場全体を包み込んだ。





 戦況は襲撃側に傾きつつあった。

【宵の明星】の精鋭たちは、的確な射撃や近接攻撃で警備の者たちを屠っていく。

 あちこちで血を流し、呻き倒れる警備員が続出していた。

 人数としては警備側が多かったものの、混戦となった場合の練度の差は明らかであった。

 ボリス含む特別保安局の黒服たちも無傷とはいかず、防弾スーツのあちこちが裂け始めている。

 それでも重傷を負う者が一人としていなかったのは、さすがであったろう。


(ちいとばっかし、分が悪いな……! 襲撃の手際もそうだが、腕も良いじゃねぇか!)


 奥歯を噛み締め、ボリスはブラスターを撃ちまくる。

 今まで当たった警護任務の中でも、トップクラスにハードな戦いとなっていた。


(代車ってのは、まだ来ねぇのかよ。このままじゃ、ジリ貧だぜ!)


 ジェラルドたちを匿いつつ下がりながら、ボリスがわずかな弱音を見せたその時だった。

 周囲一帯を、突然薄煙のような霧が包み込んだ。


「なんだ? これは……霧?」

「み、見えねぇ! なにも見えねぇぞ!?」

「ジェラルドめ! どこだ!? どこにいる!!」

「銃を使うな! 同士討ちになるぞ!」

「光学センサーが作動しない!? なんだ、この霧は!?」


 その途端、男たちの動揺する声が一斉に上がった。

 それまで優勢を保っていた襲撃側が、突然混乱に陥ったのである。


(どういうことだ? 確かに変な霧だが……なんで奴ら、あんなに混乱してやがる?)


 ボリスは怪訝そうに眉をひそめる。

 霧自体は彼も認識していたが、視界を塞ぐほどではないはずだ。

 他の警備の者たちも不思議に感じたようだが、同時に好機とも捉えたようだ。

 再度始まった銃撃が、混乱している男たちを屠っていく。

 絶叫が今度は、襲撃側から上がった。





 ジェラルド襲撃の情報は、宇宙港全体に伝わっていた。

 ラウンジでは一般客の誘導が行われ、人々がこぞって港外へと退出していく。

 ただ、特別区画の様子を見守る野次馬も一定数おり、ソルドたちもその中に紛れていた。


「まさか本当に襲撃が起こるなんてね。でもどうするの? ソルド?」


 冗談が現実となったことに、驚きとわずかな罪悪感とを感じながら、レイカは傍らのソルドに問いかけた。

 そのソルドは襲撃現場を遠視モードで見つめながら、表情を険しくしている。


「うむ……だが、あの霧は妙だ。そもそもベータの気候管理システム上、この時期に霧は出ないはずだが……」


 彼は状況もさることながら、突然現れた霧に違和感を覚えている様子だった。

 しかし、襲撃側と警備側との動きに大きな違いが見られた瞬間、なにかに思い当たったように声を発する。


「いや、違う。あれはまさか……電影幻霧か!?」


 その言葉は野次馬の騒めきに紛れていたが、レイカの耳にもはっきり届いていた。


「待ってよソルド。それって確か、特務執行官【ペルセポネ】の……?」

「そうだ。フィアネスの能力のひとつだ! この襲撃にオリンポスが関わっている!?」

「ちょっと、それってどういうこと!?」


 二人は同時に色めき立つ。

 自分たち以外のメンバーがジェラルドの案件に関わっていることなど、聞いていなかったからである。


「レイカはここにいろ! 私は行く!」

「あ、ちょ、ちょっと!」


 眼鏡を捨て、ソルドは速やかに駆け出す。

 人々の間を器用にすり抜けながら、彼は一陣の赤い風になった。



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