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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE3 愛憎に狂い落ちて目覚めしもの
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(6)議員襲撃計画


 その日、イプシロンの宇宙港は緊張した空気の中にあった。

 政府関係者の移動が多いため、警備体制は他星と比較しても高いレベルにあるが、今日に関しては更に物々しいものとなっている。普段より警備ロボットの数も多く、巡回頻度も倍増しになっていた。

 ジェラルド=バウアー議員のベータ帰還は大々的とまではいかないものの、デイリーニュースになる程度には話題性があったからだ。

 そんな厳戒態勢下の宇宙港に、ソルドとレイカはやってきていた。


「結局、イプシロンにいる間は確証掴めずだったか……」

「それは仕方ないわよ。向こうも基本的にカンヅメだし、移動経路も決まっていたから接触のしようもなかったし」


 憮然とした表情を見せるソルドに対し、レイカの態度は淡々としたものだ。

 彼女は腕時計型の端末から目立たぬように画像を投影し、その内容をチェックする。


「ただ、ベータでの行動予定は入手できたわ。家族に会うまで、まだ少し猶予があるみたい。その間になんとか接触するしかないわね」

「こう考えると歯痒いものだな。君たちの任務も……」

「ま、アンタの性格には向いてないでしょうね。少しは理解してもらえたようで嬉しいわ」


 特務執行官として武力行使することの多いソルドにとって、地道な調査はあまり得意とは言えなかった。

 外面上はそう見えないものの、割と性急に事を運びたがる性格だからだろう。要はせっかちなのだ。

 的を得たレイカの指摘に、彼はずり下がった眼鏡を上げ直す。


「それにしても、こうして見ると似合わない格好ね」


 改めてソルドの全身を見渡し、レイカは声を押し殺して笑う。

 二人は出張客を装うため、ビジネススーツに身を包んでいた。レイカはさておき、普段のソルドの外見は目立ち過ぎるからだ。

 赤髪は黒髪に、金の瞳も茶色に変わっている。なにより七三分けにまとめて眼鏡をかけたその姿は、普段の彼を知る者が見たら失笑を買うこと必至であった。

 ソルドは、その表情を更に憮然とさせる。


「それは仕方あるまい。そもそも生前も、このような格好をしたことはないからな」

「そうなの? アンタの人生っていったいどんな感じだったのよ?」

「……それは……」

「あ……ごめん。余計なことだったわね……」


 からかい気味に返したレイカだが、途中で気が付いたように表情を変え、その肩をすくめた。

 なぜならオリンポスメンバーの共通認識として、特務執行官の過去の話は禁句であったからだ。

 元々、他界した人間の記憶を生体兵器に移植したのが特務執行官という存在である。彼らにとって生前の記憶というのは、すでに終わった人間の記録に過ぎないのだ。

 もちろん、ルナルとの兄妹関係のように当時から続くものはある。それでも自分が死ぬ前の話をあえてしたいとは思わないだろう。

 レイカに気を遣わせてしまったことで少し落ち着きを取り戻したソルドは、窓の外を見て気付いたように言った。


「見ろ。来たみたいだぞ」


 彼の視線の先には、群れのように固まって走ってくる数台の黒塗りの車があった。

 中央の車両に、新太陽系政府の旗がはためいている。

 あの車にジェラルドが乗っているのだろう。上院議員とはいえ、まるで政府の大臣並みの警護だ。

 車群は宇宙港のゲートをそのまま潜り抜け、特別区画に駐機しているシャトルの下へ向かっていく。

 区画内で待機していたメディアの記者たちが、こぞってフラッシュを焚き始めていた。


「今更だけど、専用機で移動って豪勢なことよね。やっぱり、やり手の議員は違うってことかしら?」

「敵も多いことを考えれば、無理のない話だと思うがな。もし一般市民を巻き込むことになれば、いろいろと面倒だろう」

「それもそうね。さて、私たちも急ぎましょう。彼より先にベータに着かないと」


 図らずもレイカがその言葉を口にした直後、シャトルの最終案内アナウンスが流れる。

 二人の予約したシャトルは、ジェラルド専用機離陸前に発つ最後の便であった。

 慣れない雰囲気の中で頷いたソルドだが、ふとなにかに気付いたように目を細めた。


「あれは……?」

「ちょっと、どうしたのよ!?」

「……いや、なんでもない」

「急ぐわよ。あまり時間もないんだから」

「ああ、わかっている」


 レイカに促され速やかに駆け出しながら、彼は先日の記憶を探る。

 ジェラルドを守るように降り立った黒服たちの中に、印象深い人間が混じっていたからである。


(ボリス=ベッカー……そういえばあの男、特別保安局の人間だったな。面倒な男が護衛に着いたものだ)





 その頃、ベータの第一宇宙港近くにある貸倉庫には、数十名の人間が密かに集結していた。

 やや肌寒さの残る空間には、緊迫した空気が流れている。

 誰もが剣呑な雰囲気を漂わせており、一般人でないことは明らかだ。

 思い思いに武装した彼らは、皆一様に宙に投影された映像を見つめていた。

 そこに映っていたのは【宵の明星】ベータ第一支部の指揮官、エンリケス=ラウドである。

 立体映像の彼は男たちを見つめ、拳を振り上げて力強く叫んだ。


「時は来た! あと数時間で、ジェラルド=バウアーが第一宇宙港に到着する。正義の鉄槌を下す時が、ついにやってきたのだ!」


 その様子は、かつての議員候補だった彼を彷彿とさせた。


「諸君らも知っていよう! 奴の根回しによって決議された数々の悪法を! 企業再生法の適用厳格化、消費促進税の全星均一化、医療負担金の大幅な増額……ベータ出身でありながら奴は大企業の利権のみを考え、貧しい人々を犠牲にしてきたのだ! 政府の中でも奴以上に腐れ切った議員はいない! まさに悪そのものだ!」


 謡うようにエンリケスは、ジェラルドへの批判を口にする。

 内容は過激であったが、それを違和感なく信じさせる説得力が言葉の中にあった。


「奴もそれをわかっている! だから今までイプシロンという鳥籠から動こうともしなかった! だが今日この日、奴はベータに戻ってくる! この時を逃せば、奴を葬る機会は無い!」


 エンリケスの感情の昂りが、その場にいる男たちにも伝染していく。

 同意の声がそこかしこから上がり、熱量が増大する。


「ここにいる諸君は、我らの中でも選ばれた強者である! 必ずあのジェラルド=バウアーを抹殺し、政府に我らの力を見せつけるのだ!【宵の明星】に栄光の輝きを!!」


 その叫びと共に、庫内に歓声が満ちた。

 栄光の輝きをという謳い文句が連呼され、強い連帯感が生み出されていた。

 その熱量の中で、一人静かにゴードンは部隊の男たちを観察していた。

 ここにいる人間の中で、彼だけは襲撃を妨害する意図をもって存在している。

 特記戦力となる者を特定し、速やかに排除を考える必要があった。


(サイボーグに生体強化兵が数名混じっている……実行部隊の人数こそ少数だが、油断ならない連中が多いな。だが、この程度ならどうにかなりそうだ)


 一通りの分析を終えた彼はプランを練りつつ、いまだ騒がしさの絶えない庫内を見渡す。


(それにしても人の悪意とは、恐ろしいものだ。バウアー議員一人の力で、法が決まってきたわけではないものを……詭弁を弄し、彼への憎しみを煽っている)


 彼自身、知識はあれど、そこまで政治に興味があるわけではない。

 しかし、人々の感情を煽り焚き付けるようなやり方は、あまり好きになれなかった。

 満足げに笑うエンリケスの姿に、ゴードンは強烈な悪意を感じずにはいられなかった。


(エンリケス=ラウド……奴にどれだけの憎悪が秘められているのかはわからん。だが、この襲撃計画は必ず阻止してみせるぞ)


 密かに襲撃阻止への思いを新たにした彼は、その拳を強く握り締めた。




 同じ頃、フィアネスはベータ第一宇宙港を見渡せる管制塔の上にたたずんでいた。

 闇の中、スポットライトのように伸びる光があちこちで港内を照らしている。

 風は極めて強く、彼女のトレードマークである銀髪も激しくなびいていた。


(あちらには対人攻撃用ドローン、こちらには暴徒鎮圧用ロボット……どれもプログラムを書き換えられていますわね。攻撃対象がジェラルド=バウアー個人に固定されていますわ)


 ジェラルド専用機が到着する特別区画の状況を分析し、彼女はわずかに頷く。

 襲撃を妨害するための警備システムは、すべて掌握されているようだ。しかもご丁寧なことに、自前の戦力に転用するというおまけ付きである。

 その用意周到さに、エンリケスの並々ならぬ決意が見て取れた。


(エンリケス=ラウド……なかなか抜け目のない方ですわね。さすがはかつてバウアー議員と争っただけのことはありますわ。ですが私がここにいる以上、このような小細工に意味はありませんわよ)


 内心でつぶやくと、フィアネスはすっとその右手を突き出す。

 銀の髪が瞬間的に淡く輝き、同時に煌めく砂のようなものが放たれた。

 それらは風に乗って警備システム群を包み込んでいく。

 ドローンやロボットの挙動が一瞬止まり、再び何事もなかったかのように再起動した。


(これでいいですわ。あとは襲撃部隊の目をくらませば、ゴードンがうまくやってくださるでしょう。ただ、例の取引が今回の件でどう絡んでくるか……)


 襲撃阻止への道程は見えたものの、フィアネスはいまだ懸念を消すことができずにいた。


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