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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(15)彼方からの遺産


 そこはこれまで以上に異質な空間だった。

 広さは百平方メートルほどあるだろう。天井までの高さも同じほどに高く、これまでの道程と比べると、肌寒い空気が満ちている。

 壁には無数の直線的なラインが刻まれており、それらが赤い光を放っている。

 中央には巨大な円柱がそそり立ち、真っ直ぐに天井を貫く。

 その円柱の周囲を、巨大な球状クリスタル体が公転するかのようにゆっくりと回っている。

 幾何学模様の刻まれた表面には、壁同様の赤い光が駆け抜けていた。


「これは、いったい……」


 誰かがつぶやいた一言が、訪れた者たちの心境を端的に表していた。

 およそ目に入る情報だけなら、まるで現実味がない――さながら電脳空間に飛び込んだかのようだ。

 足音はこれまで以上に甲高く響き、その反響がより現実感のなさを際立たせた。


(なにかしらね。この感じ……誰かに監視されているような……)


 ダージリンは、警戒心をあらわにする。それは彼女の実戦経験から来る勘と、SPS強化兵として組み込まれたセンサー類が発するアラートによるものだ。

 臨戦態勢を整える素振りを彼女が見せると、同行していた者たちもにわかに色めき立った。


『ようこそ。我が子に導かれし者たちよ……』


 その瞬間、空間内に響き渡ったのは、女の声であった。

 澄んだ響きを持ちながら、どこか不気味な威圧感をも感じさせる声だった。

 場の誰もが頭を巡らせるも、声の主らしき者は辺りに見当たらない。


「お前は……誰!?」


 いつになく緊張した様子で声を発したダージリンに対し、謎の声は端的に返答する。


『私は、遥か古の遠き星より来たりしもの……』


 その言葉と同時に、周囲の壁から一斉にレーザーのような光が降り注いだ。

 それらは一ヵ所に集中し、人の姿を形成していく。単純な映像ではない実体を持った存在として――。

 やがて一行の視線の先に現れたのは、長い黒髪をなびかせた女であった。


『私は……そう……私の名は、【ガイア】』






 吹き荒ぶ風の中で、メルトメイアは目を覚ました。

 辺りには土埃が舞い、視界はあまり良好とは言えない。

 ここがどこか――それは今更なことであり、倒れる前の記憶にあった【イアペトス】との決戦の地であることは明らかだった。


「……!! ロウガ! ロウガは!!」

「あら? 気が付いたみたいね。メルちゃん」


 跳ねるように起き上がった彼女は、少し離れたところにいるグラマラスな女の姿を認める。

 言わずと知れた特務執行官のサーナであり、跪く女の足元にはロウガの姿がある。

 ほぼ半身近くを吹き飛ばされた男は姿形こそ元に戻っていたものの、いまだ全身には裂傷が残っており、サーナがナノマシンヒーリングを施している最中のようだった。


「サーナ……ロウガは? ロウガは無事なんですか……!」


 二人の元に歩み寄ろうとするメルトメイアだが、すぐによろめいて膝をつく。

 見咎めたようにサーナが、鋭い声を飛ばした。


「まだ動いちゃダメよ。メルちゃんだって相当なダメージが残ってるんだから」

「で、ですけど……」

「心配しなくても、ロウガ君なら無事よ。身体の損傷はひどかったけど、無限稼働炉が無事だったからね。悪運の強さは、ソルド君並かしら」


 冗談めかしたような言い方でありながら、その表情に普段のおちゃらけた様子はない。

 彼女曰く、二人の生命反応が途絶えそうになっているという知らせを受けて、十分ほど前にやってきたばかりだという。


「そうだったんですね……ありがとう、ございます」

「礼ならいいわよ。仲間だもの……それで、なにがあったの? メルちゃん?」


 どこか追及するような口振りにメルトメイアは緊張しつつも、ぽつぽつと事の顛末を話し始める。

 カオスレイダー掃討の最中、【イアペトス】と遭遇したこと。ロウガと協力して、それを打倒したこと。そして力尽き倒れる前に、【レア】らしき影と出会ったことなど――。


「……【統括者】を倒したっていうの!? 良くそんなことが出来たものね」

「ロウガのおかげです……彼がいなかったら、間違いなく私は死んでいました……」

「そういうことなら、このズタボロっぷりも納得できるけど……」


 大きな驚きを見せつつも、サーナの関心は別のところにあった。

 ナノマシンヒーリングを続ける傍ら、彼女の視線は周囲の惨状に何度も向けられていたのだ。

 メルトメイアもここに来て、その行動の示す意味に気が付いたようだった。


「……これは、まずいことになるわよ。メルちゃんも、わかってるでしょ?」

「……はい……」

「私たち特務執行官は、戦いの際に甚大な被害が出ないようにしなければならない……」


 自らにも言い聞かせるように、サーナは言葉を紡ぐ。


「もちろん今、それがとても難しいことはわかってる。【統括者】相手なら尚更ね。でも、これは被害を食い止めるどころか、わざと拡大させたようにしか見えない……市街地のど真ん中なのにも関わらずね」


 改めて二人の視線は、周囲へと向けられた。

【イアペトス】との戦闘によってもたらされた被害――それは彼女たちが今いる場所から半径一キロ四方が瓦礫の山と化すほどのものだった。

 元々、カオスレイダーによってもたらされた被害は大きかったものの、ここまでひどいものではなかった。A.C.Eモードまで発動し、なりふり構わぬ戦いを繰り広げた結果がこれなのである。


「それに今、オリンポスは厄介なことになってる……このままだと本気でまずいことになるわ」

「や、厄介なこと……?」


 顔面蒼白のメルトメイアは、追撃のような言葉に身を震わせる。

 自らが犯した過ち以上に、いったいなにがあるというのか――やがてサーナから続けられた言葉は、あまりに衝撃的なものだった。


「統括副司令が……イレーヌが射殺されたわ」







「【ガイア】ですって……!?」


 目の前に現れた女を用心深く見つめ、ダージリンはつぶやく。

 センサーを駆使して相手を調べるものの、その結果はほとんどが不明というものだった。

 彼女の――いや、この場に居合わせた者全員の不安を取り払うように、【ガイア】と名乗った女は続ける。


『そう。あなたたちの頭上に存在するコンピューター……その制御を司る電脳人格です』

「コンピューターだと? あれが?」


 班長の男が、すかさず頭上を見上げる。

 中空に浮かぶ球状のクリスタル体が答えるように、強く明滅した。


『そうです。量子通信を可能とするコンピューター……あなたたちの世界にはまだないもの……いえ、正確に言えば、下位機種はありましたか』

「下位機種?」

『はい。あなたたちが【オリンポス】と呼んでいる組織に……今は失われたようですが』

「【オリンポス】だと!?」


 怨敵とも呼べる組織の名が出て、【宵の明星】構成員たちの顔色が変わる。

 どよめきが広がる中、冷静さを取り戻したようにダージリンが問いを続ける。


「それで……あなたが出てきた目的はなに? さっき、我が子とか言っていたけど……」

『私は、あなたたちに協力するために再起動しました。【宵の明星】が主と呼んでいる存在によって……』

「なんと……我らが主の……!」


 敬愛する主の御業ということで、今度は一行の中に安堵が広がる。

 その答えの中には極めて重要な事実が含まれていたが、ダージリン以外に気付く者はいなかったようだ。


『あなたたちはオリンポス……特務執行官と呼ばれる者たちに手を焼いている』


【ガイア】は続ける。

 その言葉は、なにもかもわかっていると言わんばかりの断定的な物言いだった。


『この世界の技術で、彼らに抗することは不可能。なぜなら、彼らもまた古の星の系譜に連なるものゆえ……』


 古の星――先ほどから出てきているこの単語こそが重要な意味を持つことは間違いなかった。

【ガイア】は少し間を置いたあと、ダージリンに視線を向ける。


『……しかし、望むのなら、私はあなたに更なる力を授けることが出来る』

「更なる……力……?」

『特務執行官と戦える力……この場にいる者たちの中で、あなただけがその資格を持っている』


 ダージリンが普通の人間でないことは、すでに見抜かれていたようだ。

 もっとも、それ自体は驚くことではない。場に戦慄をもたらしたのは、次に続いた言葉だ。


『無理強いはしません。しかし、それを決断すべき時は迫っている』

「なんですって?」

『特務執行官が、接近しています。あなたたちを追って来たのでしょう』


 そこで【ガイア】は、中空に映像を投影する。

 浮かび上がった巨大なスクリーンに映っていたのは、嵐の中を突き進んでくるソルドたちの姿だった。


(ソルド……! まさか、あなたが来るとはね……)


 それとない予感が現実となったことに、ダージリンの心は昂る。

 ただ、実際に相見えるとなると、あまり好ましい状況でないのも確かだった。アールグレイや他のSPS強化兵もおらず、以前使ったドローンのような兵器もここにはない。


『もちろん今のままでも、私の力なら彼らを追い返すことは出来ます。しかし、あなたはそれを望まないでしょう。違いますか?』

「っ!」


 どこか見透かしたような【ガイア】の言葉が、彼女の心を更にざわつかせた。

 この電脳人格とやらは、どこまで知っているのか? 無遠慮に、無造作に人の心の中すら覗いてくるような冷たい女に対し苛立ちを覚えたものの、同時に相手の提案する力とやらに興味が湧いてもいた。


「……いいわ。その言葉が本当かどうか……確かめさせてもらおうかしら」

『了解です。では、始めましょう』


【ガイア】は無機質な声で言い放つと、右手をすっと振り上げる。

 刹那、ダージリンに向けて壁から無数のレーザーが降り注いだ――。


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