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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(14)導く者の目的


「バカ、な……!」


【イアペトス】は、瞳のない赤目を見開いた。

 自身の中枢とも言える核に突き刺さった物体を凝視する。

 そこにあったのは指ほどの太さの、光輝く石によって作られた針であった。


「き、きさ、ま……! 貴様……女ぁ……っ!!」


 改めて視線を移した【イアペトス】は、膝をつくロウガの遥か後方にたたずむメルトメイアの姿を見る。

 両手を合わせ突き出すように掲げた大地の女神は、荒い息をつきつつも魔人を真っ向から見据えていた。


「バ、バカな……バカな……我が……我の身が!」


 魔人の身体が崩れていく。

 正確には、魔体を構成していた混沌のエネルギーが拡散し、おぼろな影へと戻っていった。

 しかし、そればかりではない。

 影の姿すらも維持が困難なほど、【イアペトス】のエネルギーは霧散と集束とを激しく繰り返している。


「へっ……形勢逆転、ってか……」


 もはや息も絶え絶えという様子ながらも、ロウガは不敵な笑みを崩さずにいる。

 よろよろと近付いてきたメルトメイアが、寄り添ってその身体を支えた。


「き、さま、ら……なぜ、だ……!? どうし、て……!!」


 動揺を隠せぬ【統括者】に対し、ロウガは血を吐きつつ答える。


「俺が……意味もなく、同じ攻撃を、繰り返したと思ったか……?」

「な、に……!!」

「ロウガが同じ攻撃をし続けた理由は、ふたつあったんですよ……ひとつは、あなたの再生能力の特性を確かめるため。ふたつ目は、あなたの注意を私から逸らすために……」


 メルトメイアが、ロウガの言葉を引き継いで言った。

 自身の攻撃だけでは核を貫けないと判断したロウガは、決め手となる一手をメルトメイアに託した。

 しかし、消耗し切った彼女が核を撃ち抜くパワーを持った針を生成するには、数分程度の時間が必要だった。そのため、再生能力の分析も含めて時間稼ぎをしていたのである。


「あなたの再生能力が、自分でコントロールできるものじゃなくて幸いでした。タイミングを間違える心配がありませんでしたから……」

「ま、そういうこった……そこだけが、不安点だったからな……」


 そして準備が整ったところで、二人は作戦を実行した。

 ロウガは塹壕を背にしてメルトメイアの動きを【イアペトス】に悟らせないようにしつつ、簡易通信で攻撃ポイントを伝達。あとはパイルを打ち込む際の絶叫に合わせて、メルトメイアが針を射出したわけである。

 もちろんこの方法だと、位置関係的に針はロウガの身体をも貫くことになるが、それも織り込み済みであった。傷付くことも傷付けることも厭わず、互いが互いを信じ切った極限の連携作戦だったのだ。


「バカ、な……貴様は、すべてを、女に任せたと、言うのか……!」

「……それが、どうした? 誰もタイマン、するなんて、言ってねぇぜ……」


 どこかバカにしたように、ロウガはつぶやく。

 ただ、その目は鋭く【イアペトス】を見つめていた。


「てめぇの落ち度さ……【イアペトス】。メルをみくびり、戦いの中でその存在を忘れた……それが敗因だ」

「お、おのれ、ぇ……とくむ、執行、かんの、女ぁ……!」

「……いつまでもその呼び方は、やめて欲しいですね。私は特務執行官【デメテル】です……!」

「ぐ……ぐおおおおぉぉ……!」


 二人の特務執行官に追い詰められ、苦鳴を上げる【イアペトス】。

 核の損傷は間違いなく、致命の一撃であった。

 しかし、それでも彼は【統括者】としての意地を見せる。



「許さん! 許さんぞ!!【アレス】、【デメテル】ウゥゥゥッ!!」



【イアペトス】を中心に凄まじいエネルギーが集まり、それが瞬間的に弾けた。

 大音響と共に巻き起こった爆発が、周囲のものをまとめて吹き飛ばす。

 当然、ロウガとメルトメイアも大きく宙を舞い、地面に叩き付けられる。


(ま、まだ……これほどの、力が……)


 メルトメイアは身を起こそうとするが、すでに力を使い果たした彼女には、それもままならない。

 視界の隅にロウガの姿を認めるが、彼も意識を失ったようで、ぴくりとも動かない。


「我は……我は、滅びぬ……貴様らを、葬る……!」

(い、いけない……このまま、じゃ……)


【イアペトス】が、ゆっくりと近付いてくる。

 その姿は針の突き刺さった核に煙がまとわりついたようであり、特徴的な赤目も弱々しい輝きを放つのみだ。

 ただ、そこには確かにメルトメイアに対しての殺意がみなぎっていた。



「……無様なものですね……」



 その接近を眺めているしかなかったメルトメイアは、そこで何者かの声を聞く。

 いつの間にか彼女の側に、【統括者】のような黒い影がたたずんでいた。

 特徴的に輝くその目は、白い輝きを放っている。


(あの目は……まさか、【レア】……!)


 メルトメイア自身、【レア】との面識はなかったが、パーソナルメモリーデータバンクに存在するデータは、影の正体が【レア】であることを告げていた。


「き、きさ、ま……! 裏切り、者……!」


【イアペトス】が驚いたように言葉を放つ。

 それに対する【レア】の答えは、どこか侮蔑に満ちていた。


「裏切り者……? フフ……【ウラノス】の末梢端末ごときが、偉そうな口を叩く」

「なに……っ!」

「もっとも、お前の短絡思考は、受け持っていた役割を考えれば当然のことか……所詮はFCSに過ぎないのだから」

「わ、我を、愚弄する、か……!」

「その有様では、軽んじられても仕方がないでしょう? 情報集積核を破損し、今のお前は存在維持も困難となった……消え去る前に、データのすべてを頂きます」

(い、いったい……なにを……言っ、て……)


 理解の追いつかない話を耳にしつつ、ついにメルトメイアの意識は途切れる。

【レア】はそんな彼女の前に進み出ると、【イアペトス】に向けて闇の手を伸ばした。


「き、きさ、ま……やめ、ろ……!」

「……私も想定外の事態でしたよ。まさか真の力を開放していない特務執行官が、お前を倒すとはね……」


 後退るという言い方が適当かはさておき、【イアペトス】は【レア】を怖れるかのように距離を取ろうとする。

 しかし、それは無駄な足掻きだった。

【レア】の腕は【イアペトス】の核に触れ、そのまま漆黒の闇に包んでいく。


「ぐ、ぐわああああぁぁ……! やめ、ろぉ……!」

「これまで、ご苦労でした。あなたのすべては、()()の糧となる……」


 空気そのものを震わせ、【イアペトス】を構成していた混沌のエネルギーが【レア】に吸収されていく。

 そして【レア】自体の姿も、これまでより一回り大きくなっていく。

 それは文字通り、【レア】が【イアペトス】を食らっているかのようだった。


「うおおぉぉぉ……われ、がぁ……」


 やがて、力強さなど欠片もない虫のような悲鳴を残し、【統括者】の一体である【イアペトス】は姿を消した。

 あとには粉々に砕けた彼の核だけが、木の実の欠片のように散らばっただけだった。


「実に僥倖だった。我らの目的に、早くも一歩近付いた……」


 白い目を愉悦に歪め、【レア】は笑った。

 それは今までと異なり、男と女の声が入り混じった歪な笑いであった。


「だが、時期尚早であることも、また事実……奴らも警戒心を強めよう。急ぐ必要がありそうだ。さて、人間共はうまくやってくれるかな……?」


 倒れ伏すロウガとメルトメイアを尻目に、【レア】はその場から姿を消す。

 荒野となった大地には力尽きた勝者と滅びた敗者のみが残され、乾いた風が虚しく吹き渡るのみだった。







 艦の外へ出た【宵の明星】の乗組員たちは、役割に従って行動を開始していた。

 便宜上、探索班と呼ばれる十余名ほどの人間たちは、班長である男の指示の下、構造物の中を進んでいく。

 幻想的とも無機質とも取れる輝きの中、誰もが無言であったが、内心はその威容に圧倒されていた。

 彼らに同行するダージリンも、その心境は理解できた。


(想像以上に大掛かりな場所ね。あの岩の内部がここまで人工的な空間だとは思わなかったわ……)


 実際、内部の構造は極めて精緻なものであった。

 今、こうして歩いている通路も歪みのない直線であり、壁全体がぼやけた光を放っている。


(過去の遺産ということだけど、こんな金属も見たことがない……本当に地球人が作ったものなのかしらね?)


 探索の目的を聞いた時、SSSの誰もが半信半疑だった。過去の地球の遺産などに、どれほどの価値があるのか――現在の情勢を覆す力などあるものかと。

 しかし、こうして目的の場所を目の当たりにしたダージリンは、それが誤りなのではないかと思い始めていた。

 同時にここの存在を知り、その探索を命じたという【我らが主】の異質さにも疑問を抱く。


(ただの人間に、そんな知識があるとは思えない。いえ……もしも、()()()()()()のだとしたら……?)


 会話の声もなく、ただ無数の靴音だけがこだまする時間が続く。

 やがて行く手に見えてきた一筋の光に、探索班一行の緊張は最大の高まりを見せていた。


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