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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(9)光と闇の交錯


 空に閃光が走る。

 緑の光が闇の塊とぶつかり合うごとに、その光は閃いた。

 人の目にはなにが起きているのか、捉えることはできない。両者の激突はコンマ数秒の世界の出来事であり、その世界の住人にあらざる者には知覚すら困難だ。

 もっとも、今の両者を観測しようとするものなど、この場にはほぼいなかったわけだが――。


「フフフ……なかなか粘るね。【アテナ】」


 闇が声を発する。

 傲慢なる声は小馬鹿にしたようでありながら、根源的な恐怖を呼び起こさせる響きを持っていた。

 闇の魔人と化した混沌の使者【ハイペリオン】。

 それに抗う緑の女神アーシェリーは、仮面のような顔に苦渋を滲ませる。


(実体化の影響で多少動きは読めるようになりましたが、このままでは……!)


 全身から放たれる波動で、周囲に動く物体の動きを感知する。アーシェリーが得意とする波動感知は、実体化した【統括者】にも有効に機能はしていた。

 しかし、純粋な生命体でない【ハイペリオン】には、肉体構造の制約がない。ゆえに読みの精度は低く、相手に先んじることもできない。あくまでついていけるというだけだ。


(これが【ハイペリオン】……ソルドたちが手も足も出なかった相手……)


 受けに徹していても、傷はどんどん増えていく。

 この状況で攻撃に転じるなど夢のまた夢だ。敵の狙いを自身に向けたまでは良かったが、それも墓穴を掘っただけかも知れない。


(それでも……ここで負けるわけにはいきません)


 ただ、アーシェリーの目に諦めの色は見えない。

 反撃の一矢を報いるべく、彼女はひたすらに機を窺っていた。





 そんな両者の戦いを、口惜しそうにルナルは見つめている。

 加勢したいと思うものの、今の二人の動きは彼女の知覚ではほぼ捉えられないものだった。

 なにより身体に力が入らず、A.C.Eモードもすでに解除されている。


(こんなに……戦えなくなっているなんて……)


 悲しみと怒りとが、心の中で渦を巻く。

 ソルドや他の仲間たちの思いを受けて復活したものの、今の自分はあまりに無力だった。特務執行官だった頃と比較しても、戦闘能力は大幅に落ちていると言わざるを得ない。

 その原因が【ヘカテイア】との分離にあることは、間違いない事実だった。


(彼女との分離が【絆の光】発動のための条件だったとしても……その代償は大きい……)


 己が胸に手を当てる。

 ルナルのコスモスティア――【絆の光】の真の力は、同じ戦士たちの力を束ねることだ。

 それはバビロン修復という奇跡すら起こせるものだったが、同時に彼女自身の戦う力を犠牲にした。


(【ヘカテイア】は私の中の異物であったと同時に半身……彼女の存在があったからこそ、私は特務執行官として戦ってこれたのね……)


 敵に対する闘争心――もっと言えば殺意や害意がなければ、戦うことはできない。

 厳密にはそれがなくとも戦うための行動は起こせるが、人であったカオスレイダーを滅ぼすという行為は殺意や害意なくしては成り立たないものだ。

 ルナルがこれまで戦いに臨む時、負の側面を引き受けていたのは【ヘカテイア】だった。正確には【ヘカテイア】を構成していた負の精神的要素というべきか。

 それが失われた今、いかに心を奮い立たせようとも、かつてのような力は発揮できないのである。


(私はどうすればいいの? このままじゃ……このままじゃいけないのに……!)


 駆け巡る焦燥の中、脅えた子羊のようにルナルはただ竦んでいることしかできなかった。






 暗闇の中で、声が聞こえた。

 それは誰よりも、なによりも知っている声だった。

 苛立ちを呼び起こさせるものでありながら、決して放っておくことはできないもの――。


「……いまいましい……また、あいつが……私を……!」


 距離感すらわからなくなるほどの闇の中で、女はむくりとその身を起こした。

 黒く長い髪が揺れ、その目に鋭い光が宿る。

 全身を襲う倦怠感――しかし、噴き出した怒りが肉体の不調を忘れさせる。


「もう二度と……あいつの思うようには……!」


 片手で頭を押さえながら、もう一方の手に大きな鎌を実体化させる。

 圧倒的な漆黒の中に、銀色の双眸が冷たく煌めいた。

 やがて大鎌をぐるりと一回転させた女は、闇に溶けるようにその場から消えていく。


『ほう……あの状態から、自力で覚醒するとは……思ったよりも、強い執念よ……』


 暗い虚無の中に、何者かの声が響き渡った。






【統括者】と遭遇してから、実際は十分も過ぎていなかった。

 しかし、猛威に晒されているアーシェリーにとっては、無限の時間のようにも感じられた。

 ひびだらけの身体からは血が噴き出し、全身は赤く染まっている。普通の人間ならば、間違いなく致死量と思えるほどに――。


「そろそろ遊びは終わりにしようか? 僕も悠長に君の相手をしているほど、暇じゃないんでね!」


 殺意を滾らせ、【ハイペリオン】が迫る。

 息も絶え絶えの女神にとどめを刺そうと、その腕を硬質化させ、突っ込んできた。

 心の臓――無限稼働炉目掛けて、放たれる突き。

 しかし、アーシェリーはその瞬間を狙っていたかのように、翡翠の双眸を煌めかせた。




 蒼天に重い音が響く。

 同時に光と闇とが弾けるように飛び散った。




「フフフ……甘いねぇ……」

「うっ……あ、ぁ……!」


 止まったような時の中で、黒い魔人が笑っていた。

 カウンターを狙い、突き出された女神の槍――しかしそれは【ハイペリオン】の肩口をかすめるに留まっていた。

 対する魔人の腕は、アーシェリーの胸を確実に貫いている。


「君の狙いなんて見え見えなのさ……僕の動きに合わせたことは、褒めてあげるけどね」

「あ、あ……」

「さぁ、これで終わりだ!!」


 狙いに狙ったチャンスさえ、魔人には通用しなかった。

 呆然とする女神の背に突き抜けた手が、力強く握り締められる。

 直撃こそ避けたものの、大きく開いた傷口からわずか数センチのところに無限稼働炉はある。【ハイペリオン】が少し力を解放するだけで、アーシェリーの生命は絶たれることになるのだ。


「やらせないっっ!!」


 事ここに至り、仲間の危機を悟ったルナルが猛然と突っ込んでくる。

 しかし【ハイペリオン】は、空いたもう片方の手を突き出し、凄まじいエネルギー波を放った。

 その衝撃に、ルナルの動きが止められる。


「そう慌てるなよ。【アルテミス】……君の相手はこのあとすぐにしてやる」

「くぅっ……アーシェリー……ッ!」


 拘束されたかのような圧力の中で、ルナルは必死に手を伸ばす。


(こんなところで怖気付いてる場合じゃない! 私は……私はまだなにも償えていない! なにも返せていない!)


 アーシェリーに対する思いが、渦を巻く。

 仲間として許されないことをしてしまったにも関わらず、彼女はルナルを許してくれた。そして今も満足に動けない自分を庇ってくれている。

 自身の苦しみなど、二の次だ。今ここで彼女を救えなくて、なにが秩序の戦士か。このままでは己の存在意義すらもわからなくなるだろう。



「アーシェリー……あなたを死なせたりしない!! このまま終わらせたり……しなあぁぁいっっ!!!」



 銀の瞳が輝き、叫びに呼応するように、ルナルの全身から光が溢れた。

 虹のようなその光は、突き出した右手に収束し、光芒となって放たれる。



「なにっ!? バカな……!!」



 驚愕と苦痛の入り混じった声が、【ハイペリオン】の口から漏れた。

 アーシェリーを貫いていた腕が、光の直撃を受けて粉々に粉砕されたのだ。

 人の姿に戻った女神が、力なく落下する。すかさず飛んだルナルは、その身をしかと受け止めた。

 一瞬、呆然とした【ハイペリオン】だが、やがて怒りの炎を黄金の目に宿す。


「その力……やはり……やはり危険過ぎるものだ!! ここでなんとしても、葬り去る!!」


 残された腕を振りかざし、魔人は特攻した。

 溢れ出す殺意と共に、混沌の力が陽炎となって空気を歪ませる。

 必殺必滅の攻撃――しかし、アーシェリーを抱えたルナルは、身動きひとつできずにいた。


(だ、だめ……もう、ちから、が……)


 先の一撃で力を使い果たしてしまったのか、意識を繋ぎ止め浮遊するだけで精一杯だったのだ。

 迫る敵を捉えつつも、打つ手はまったくない。

 せめてアーシェリーだけでも――そう思った瞬間、ルナルの目の前で闇が大きく弾けた。



「っ! あ、あなた、は……っっ!!?」

「バカな! 貴様はっっ……!!?」



 轟音と衝撃が空を揺るがす中で、驚愕の声が交錯する。

 その場に突如現れ、魔人の一撃を大鎌で受け止めた者――それはルナルと同じ容姿を持つ黒き女神【ヘカテイア】であった。


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