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APOLLON -灼熱の特務執行官-  作者: 双首蒼竜
FILE13 窮地の中で
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(8)本領


「ぬおおあああぁぁぁぁっっ!!!」


 怒号と共に、無数のエネルギー球が大地に炸裂する。

 あちらこちらで爆炎が上がり、粉塵が舞う。

 それは文字通り、目につくものをすべて破壊するかのような無差別な攻撃だった。


「やることがいちいち極端なんだよ! この単細胞野郎がっっ!!」


 辺りを包み込んだ猛煙の中、雄叫びと共に宙に飛び上がった者がいる。

 紺の髪を逆立たせた男――ロウガは、巨大な戦槌を振りかぶって着地ざまに振り下ろした。

【イアペトス】はすかさず身をかわすが、わずかに遅れる。

 大地が陥没するほどの衝撃と共に、紺色の光を帯びたエネルギーが【統括者】の身を削り取った。


「おおおぉぉおおぉぉっっ!?」


 赤い目が驚愕に見開かれ、苦痛とも取れる声が上がる。

 制御訓練で著しい成果を上げていたロウガは、A.C.Eモードを発動せずとも【統括者】に有効な攻撃を与える術を身に着けていた。A.C.Eモードに匹敵する高密度エネルギーを、ピンポイント且つインパクト時に絞って展開できるようになっていたのである。

 ひるんだ【イアペトス】に対し、その重量からは到底考えられないスピードで戦槌を引き上げたロウガは、すぐさま水平に薙ぎ払う。

 混沌のエネルギーが更に霧散し、黒き影の奥――正確には本体の中央付近に蠢く醜悪な物体が、一瞬だけ垣間見えた。


(? なんだ? ありゃ……!?)

「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!!」


 訝しがったのも束の間、【イアペトス】の手から再びエネルギー球が放たれる。

 危うく身を捻って回避したロウガの脇を抜け、それは百メートルほど先の地面に着弾して爆発した。


「危ねぇ……しかし、あの変な物体はなんだ?」

『核じゃないかと……思います』


 冷や汗と共に大きく息をついたロウガの問いに答えたのは、簡易通信で飛んできたメルトメイアの声だった。


「核だと?」

『はい……ずっと前から不思議に思っていたんです。混沌のエネルギーの集合体である【統括者】は、いったいどこで思考しているのかと……』


 ダメージから回復し切っていないメルトメイアは、防御に徹して戦況を観察していた。

 それは今後の戦いで必要となる情報をかき集める狙いもあった。


『常識的に考えれば、エネルギーそのものが意思を持っているとは考えにくい……ましてや、あれほどに個性のある人格を持っているなど……』


 これまでの【統括者】との戦いの中で疑問に思いつつも確証を得られなかったこと――その真相にメルトメイアは至っていた。


『人間だって脳がなければ思考できませんし、心臓がなければ生命活動すらできません。私たち特務執行官もそう……つまり【統括者】も、必ず中枢となるべきなにかがあるはずじゃないかと』

「それがさっきの変な物体ってことか?」

『はい。恐らくあれこそが【統括者】の急所……!』


 彼女の声は、わずかに昂っていた。

 絶望的としか言えなかった敵相手に、勝利への希望を見出せたからである。

 その思いはロウガにも伝わっていた。


「なら、話は簡単か。あれをぶっ潰せば【イアペトス】の野郎を倒せるってことだな!!」


 戦況は以前と比べると、格段に良いと言える。

 攻撃が通用し弱点もわかった以上、歴戦の猛者たる男の心に焦りはなかった。

 だが、それで容易くいくほど、【統括者】の底も浅くなかったのである。


「貴様……【アレス】……見たな?」

「見た? それは、お前の気色悪い心臓のことかよ?」

「許さん……許さんぞおおぉぉぉぉぉぉっっ!!!」


 雄叫びと共に【イアペトス】の姿が変化を始めた。

 弾けるような闘志と真逆に、その身から迸っていたエネルギーが収縮していく。

 霧のようにおぼろだった身体が、漆黒とも呼べる物体へと変わっていった。


「……これは?」

『【イアペトス】の身体が……!?』


 ロウガたちの顔に緊張が走る。

 空気すら震わすほどの威圧感と共に彼らの前に現れたのは、赤い目に鋭い爪と牙を生やした異形の人型生物であった。


「貴様らを生かしてはおかん……我の本領、今こそ見せてくれるわ!!」


 悪魔と呼ぶにふさわしい容貌へと変化した【イアペトス】は、特務執行官たちに向けて、その右手をかざした。






 海が爆発した。

 水が渦を巻いて弾け飛び、視界を埋め尽くした霧の中で、水滴が結晶のように煌めく。

 壮絶でありながら美しくもある空間の中で、青と緑の光が分かたれたように飛ぶ。


「くっ……!」


 その光は、鋼の姿をした二人の女神である。

 仮面のような顔をわずかに歪ませ、両者は天高く逃れるように飛ぶ。


「遅いねぇ!!」


 そんな二人を追うように、霧の中から黒い影が飛び出す。

 弧を描くように飛んだその影は、女神たちを続けて跳ね飛ばした。


「くうっ!?」


 体勢を大きく崩した青の女神に向けて、影は無数の黒弾を撃ち出す。

 凄まじい衝撃音と爆風とが起こる。マシンガンのように襲ってきた闇の弾丸に女神は翻弄され、その身にいくつもの亀裂を刻んで弾け飛んだ。


「うああああぁああぁぁっっ!!」

「ルナル!!」


 すかさず緑の女神が黒い影に肉薄するが、次の瞬間、視界から相手の姿は消えている。

 驚きも束の間、背後で爆発のような衝撃が炸裂した。

 吹き飛ばされた緑の女神は、きりもみしながら中空に煌めく破片をまき散らす。


「うぐっ……はぁっ……」

「ア、アーシェリー……ッ」


 なんとか体勢を立て直した女神たちは、支え合うように寄り添って敵を見つめた。


「どうしたんだい? この程度が君たちの力じゃないだろう?」


 A.C.Eモードを発動したルナルたちを圧倒する者――それは二本の角を生やし、黒い闇のような肉体を得た金眼の【統括者】だった。


「この姿になるのも久しぶりだ……そう、君たちの前身……秩序の戦士たちと戦った時以来……」


 懐かしむような口振りで【ハイペリオン】はつぶやく。

 しかしそれは彼にとって、望ましい感情ではなかった。圧倒的な力と共に蘇ったものは、忌まわしき過去の記憶。


「まさか君たち相手に晒すとは思ってもいなかった。だから、もっと見せてみろ……この屈辱に見合うだけの抵抗をねぇっ!!」

「くっ!」


 突っ込んでくる【ハイペリオン】に向けて、ルナルは光の弓を引き絞る。

 レーザーのような矢がいくつも放たれるが、そのすべては異常な動きで回避され、あっという間に再接近を許してしまった。

 黒い腕が刃のように鋭くなり、青き女神に振り下ろされようとした瞬間、アーシェリーが割り込む。

 銀の槍が攻撃を受け止め、激しい火花を散らした。


「ルナルを……やらせるわけにはいきません!」

「小賢しい……! じゃあ君から片付けてやるよ。【アテナ】!!」


 これまでにない殺意をみなぎらせた声で、【ハイペリオン】は咆哮した。






 澱んだ風の中にたたずむ威容――本領と言い放った【イアペトス】の真の姿は、再度の戦慄を抱かせるに充分なものだった。

 空気そのものが先ほどまでと異なり、重くなったように感じる。


「本領だか、なんだか知らねぇがっっ!!」


 言い知れぬ不安を払うように、ロウガは跳躍する。

 そのまま体重を乗せるかのような戦槌の一撃を、黒い悪魔に叩き付けた。

 爆音と共に衝撃波が広がる。それが濃密な粉塵を周囲に飛び散らせたが、変化と言える変化は、ただそれだけだった。


「バカな……!?」


 目を見開くロウガに、【イアペトス】は歪んだ笑みを向ける。

 すべてを打ち砕くかに見えた鋼の塊は、悪魔の腕ひとつで受け止められていた。


「その程度で、今の我を倒せるとでも……? 笑わせる!!」

「ちぃっ!!」


 とっさに危険を感じたロウガが武器を捨てて飛び退る。

 瞬間、今まで彼のいた空間に凄まじい爆発が起こった。

 残された戦槌が跡形もなく消し飛び、逃れたはずのロウガも強烈な爆風に吹き飛ばされる。


「ぐうあぁっ!!?」

「ロウガ!!」


 メルトメイアはすかさず土の壁を隆起させる。

 それは吹き飛ばされた衝撃を緩和させるように、柔らかく男の身体を受け止めていた。


「だいじょうぶですか?」

「ああ、問題ねぇ」


 駆け寄ってきたメルトメイアに、ロウガは首を振って答えた。

 派手に飛ばされこそしたものの、ダメージは軽微なものだ。

 いまいましげな表情で立ち上がった彼は、赤い目の悪魔をぐっと睨む。


「ありゃ、なんだ? 霧みてぇだった奴の身体が、紛れもなく実体化してやがる」

「CW値はそこまで大きく変わっていません。でも、その密度が今までとまったく違う……!」


 メルトメイアは【イアペトス】の身体的変化が、混沌のエネルギーを凝縮して物質化したものと結論付けた。

 今まで外向きに放出されていた力が、核を中心に強く結びついたものだと。


「密度が濃くなった分、防御力も上昇しています。生半可な攻撃じゃ、あの身体にダメージを与えられない……!」

「……つまりは、こっちも覚悟を決めなきゃいけねぇってことだな」


 言葉の先を読んだように、ロウガは続けた。

 その身から凄まじい光が放たれ始め、辺りの空気が震え出す。


「メル、少し下がってろ。こっから先は、俺もどうなるかわからねぇ……うっかり近付いたら巻き添えを食うぞ」

「ロウガ……!」

「全力で行かせてもらうさ……今の俺のやれる限りでな……!」


 特務執行官の最終形態――A.C.Eモードを起動したロウガは、やがてその身を鋼と化した。

 メルトメイアは不安げな表情ながらも、唇を引き結んで後退する。

 自身のそれと異なった威圧感――これほどまでに凄まじいものかと、羨望と恐怖が入り混じる。

 同時にこれから始まる戦いが、己が想像を超えるものになろうことも――。


「フフフ……それでいい。それでこそ、我も本気になった甲斐があるというもの……」


 拳を握り締めて進み出た戦神の視線を、黒い悪魔は狂喜の笑みをもって受け止めた。


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